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【#CXONight 】日本を代表するCXOが語る「CXOのリアル」——デザイナーだけでなく、経営陣として、事業者としての視点を

「CXO Nightを始めて2年ほど。ようやく、CXOが集まるセッションが実現できました」

2019年8月9日、第6回目となる『CXO Night』が開催された。前後編に分かれた本イベントは、前編でdelyがCXOを設置した背景が語られ、後編では『CXOのリアル』をテーマに、日本を代表するCXOの面々が登壇した。

名を連ねたのは、Takram代表でメルカリのCXOアドバイザーを務める田川欣哉氏、THE GUILD 共同創業者で今年の4月からYAMAP CXOを務める安藤剛氏、Basecamp CXO/Partnerで元FOLIO CDOの広野萌氏、そしてBasecamp CEOでdely CXOの坪田朋氏だ。

冒頭の言葉は、セッションが始まるにあたり主催者でもある坪田氏が語ったもの。本レポートでは、この4名が語ったCXOの現在地と求められる素養を紹介していく。

CXOは、Experienceの前にC-suiteである

セッション冒頭では、CXOという職務のアウトラインを探っていった。

CXOを国内で設置する企業が現れはじめたのはほんの数年前。第一線で活躍するCXOたちもその職務の役割を探りながら価値を発揮し続けてきた。それぞれ異なるフィールドで活躍する面々は、この役割をどのように定義するのか。

まず話し出したのは、YAMAP CXOの安藤氏だ。同氏がYAMAPのCXOに就任したのは今年頭のこと。YAMAPは2013年に創業し、エンジニアリングに強みを持ち成長を続けてきた。ただ、デザインを統括して見る人材がいなかったことでUX上のフリクションがおきるなどの課題が顕在化し、昨年末、安藤氏へ相談を持ちかけた。

安藤氏自身、元々登山の愛好家としてテクノロジーの活用が進んでいないことへの課題を感じていた。その中で、YAMAPから相談を受け、同社の事業や蓄積してきた山の中での行動データなどを用いれば、山での体験をアップデートできると感じ、CXOの就任を快諾したという。安藤氏は、CXOを語る前に、C-suiteとしての意識の必要性を語る。

安藤:CXOは、全体を横断しユーザー体験の最適化を目指すのがミッションだと考えています。ただ、その前提としてCXOをはじめC-suiteは、CEOが持つ課題をそれぞれの専門領域を持って解決することがミッションです。よくC-suiteは部門長だと勘違いされますが、そうではありません。自身の専門性を活かしつつ、部門を横断して最適解を出すことが責務です。

これに言葉を続けるのが、2018年からメルカリのデザイン組織構築、CXOアドバイザーを務めている田川氏だ。メルカリでは、CXOの下にUXリードとクリエイティブを作れる人が並び、CXOはその統括と、経営陣とのやりとりを担う。田川氏は、CXOとともに組織構造、役割、ポジション決めといった組織作りを担っている。この経験を元に、CXOが担う領域の広さを田川氏は述べる。

田川:仰るとおりで、C-suiteは、集合人格として大きなCEOを作るのが役割ですよね。企業が大きくなってきた時に、C-suiteは個々の役割を担いながら大きなCEOを構成していくイメージです。

その中で、CXOは何者か。CXOはCTOやCPOと連携してプロダクトを作ったり、to CプロダクトであればCMOなどと連携してマーケティングのコミュニケーションを担ったりもする。

時には、COOと連携しインナーブランディングをやったり、エンゲージメント向上施策をやったり組織作りにも携わる。本当、色々なんですよね。プロダクトやブランドといった定義ではおさまりきらない横断的な役割と感じています。

ここで、モデレーターの坪田氏は広野氏へ話を渡す。広野氏は前職のFOLIOで創業期からCDOとして同社の成長を支えてきた。“CDO”という肩書きで働いていた彼にとって、CDOの役割と三者が語るCXOとの差はどこにあるのか。そう問うと、広野氏は「CXO的に動いていたのかもしれない」と振り返る。

広野:そういう意味では、あまりCDO的動き方ではなかったのかもしれません。「デザインの領域で」という意識はなく、サービスを作るためになんでもやる。ある意味横串に動いていたと思います。逆に、当時僕がCDOという名の通りプロダクトのクリエイティブにこだわったとしても、あのフェーズではおそらくサービスの成長に寄与しなかったと思います。

CXOに求められる、経営と現場双方での信頼

では、C-suiteとしての意識を持ちつつ、CXOは横断的に組織を動きつつ、どのような役割を担うのか。田川氏は「会社のステージによってCXOがやることは全く異なる」と指摘する。この言葉を入り口に、坪田氏が自身の経験を語ってくれた。

坪田:僕は前職のBCGDV(BCG Digital Ventures)で大企業の新規事業開発をお手伝いしていたのですが、日本の大企業はアセットをたくさん持っている一方、すでにできあがっている縦割り組織の構造上、横断力が必要になるデジタル事業作りの難易度は非常に高い。その組織におけるCXOに必要なのは経営陣との交渉力や意思決定材料集めだったりするので、いまdelyで求められるCXOの役割は大きく違うと感じますね。田川さんはメルカリでアドバイザーを務める中で何が求められると感じていますか?

田川:いまメルカリは全社で1,800名以上、デザインチームは50名ほどで、ここから100人位を目指すといった規模感です。この中で、フェーズ問わずCXOに必要なのは、ボードメンバーに「デザインはこう理解するもの」「ブランドとはこういうもの」とわかりやすく説明していくことですね。

「ブランディングはこういう順番でやる、だからこういう予算が必要」など、全体を構造化し説明を重ねることが欠かせません。というのも、「CXOはボードメンバーになめられたら終わり」だから。デザインやエクスペリエンスの質は定量では語れません。ですから、その人自身がボードメンバーから信頼されているかどうかが重要です。

ただ、経営側の信頼だけでは事業は前へ進まない。現場と経営、双方との信頼関係を築き、握るところは握りながらも、推進力を持つことも外せないと田川氏は言葉を続ける。

田川:経営者から信頼される顔とは別に、現場のデザイナーからも強い信頼を得なければいけません。坪田さんがよく語られる「手を動かすことをやめない」という意識も欠かせないと感じますね。

坪田:やはり、それをやらなければ現場の人はついてこないですし、手を動かさずないまま3年も経つと技術感覚が狂ってしまう。意思決定をし続けるには、手を動かし続けるないしはそれに近い学習を続けなければいけない。その意識は強く持っていますね。

CXO視点は、“すべてを担う経験”を通して学ぶ

イベント中盤、会場で「CXOになりたいと思っている人は?」と聞くと、半数近くが手を上げた。あくまで観測範囲内での話だが、CXOという職種への注目は高まっているのかもしれない。

ただ、C-suiteとして経営陣と連携しながら事業を推進しつつ、経営陣、現場の双方と適切な信頼関係を築く——といったここまでの話を聞くと、その経験は一筋縄で積むのは容易ではない。田川氏も「かなりの難易度がある」と語る。

では、どのようにそこまでのキャリアを積むべきか。この問いには、さまざまなアプローチがあると田川氏は考える。

田川:デザイナーのキャリアパスとしてこれまで存在していたものではないので、ここから作り上げていくものになると思っています。実際、ここに集まっている人も皆異なるキャリアの登山口から入り、複数の役割を経験して、いまCXOになっている。それぞれが領域を横断しながら、山を登っていくみようなイメージですね。

広野:たしかに、CXOはデザイナー入り口でなくてもいいんですよね。デザイナーはユーザーに見える部分を作っているので、物事を可視化し、議論を前に進めるという意味で価値を発揮しやすかった。だから、いまはデザインの経験があるメンバーがCXOになっているのだと思います。その第1陣が、ここにいらっしゃる方々なのかなと。

登壇者の中でも、各々が異なる方向性でキャリアを積んできた。例えば坪田氏の場合、段階的に先を見据え経験を重ねてきている。

坪田:僕のキャリアでいうと、制作会社でスキルを覚え、事業会社で数字感覚を覚え、コンサル会社でエグゼクティブな人の立ち回りや説得プレゼンを覚える。今は情報が摂取しやすいので、時間は短縮できるとおもいますが、それぞれ3年ずつやって、9年といった具合です。デザイナーという職種からいくと、手は動かせるけど、エグゼクティブとの立ち回りやビジネス感覚あたりが難しいかなと思いますね。

この指摘に、田川氏はひとつのキャリアの積み方を指し示した。

田川:その解は萌ちゃん(広野氏)にありますよ。デザイナーが経営者になり、自分でスタートアップをやれば、数字感覚やお金の意味、組織の難しさを身をもって理解できる。その経験があれば、CEOの分身的な動き方もずっとしやすくなるんと思います。

広野氏は、大学時代に農業系のスタートアップを起業した後、ヤフーを経てFOLIOの創業に参画している。2度の起業を経て、C-suiteとしての在り方を体得したというわけだ。

広野:確かに会社を興して事業やってみると、本当に本に書いてあるようなことばっかりが起こるんですよね。定石やアンチパターンが世の中にあふれているにもかかわらず、多くのスタートアップはそれを踏む。経験を通し、その視点が染みつくというのはあると思います。

この意見には安藤氏も同意する。同氏は、THE GUILDを立ち上げる前はiPhoneアプリのディベロッパーとして、有料アプリランキング1位を獲得する人気アプリを個人で開発していた。そこでの経験が、CXOのキャリアにも存分に生きているという。

安藤:当時、私はインディペンデントディベロッパーとしてAppStore1位を目指し、あらゆることを自らの手で取り組んでいました。プロダクトデザインはもちろん、ユーザーとのコミュニケーションから、改善点の把握、プロモーションにおけるメディアとのタイアップや、動画などの商材作り、100万人近いユーザーのCS対応などなど……。これらを通し、ビジネスプロセスを入り口から出口まで一通り経験できた。この経験はCXOとして事業と向き合う上では大いに活きていると感じています。

ここで大事なのは、自分の中にフィードバックループをどれだけインストールできるかでした。客観的に数値を見て、比較・分析して、改善を繰り返す。才能を伸ばしていける人は、これが早いタイミングでインストールできていると思いますね。

CXOを目指す上で持つべき視点・経験

セッションの最後は「いまCXOを目指すとしたら逆算して何からやっていけばいいか」という問いが投げかけられた。各々異なるキャリアを積んできた登壇者たちは、それぞれ異なる視点で、持つべきマインドを指し示した。広野氏が語るのは、視野の広さだ。

広野:CXOはビジネスに限らず、体験に関わる全てをやり指針を示さなければいけません。そのためには、何に関しても興味を持ち、どんな情報にも目を向ける意識が大切ではないかと思っています。

CXOは少し引いて世の中を動きを広く見る必要がある。社会の変化や世界の情勢など様々な背景とともにユーザーには情報が届きます。GDPRなどはそのよい例だと思います。そういった、デザインに限らないあらゆる情報を取り入れていくことが有用になっていくのではないでしょうか。

安藤氏は、先述した自分でビジネスを持つ姿勢と、ユーザー視点に言及した。

安藤:私はさきほどお話しした通り、どんなサイズでも良いので自分で100%コントロールできるビジネスを経験できると良いかなと思いますね。

あとは、自分の好きなことを突き詰めること。私自身、元々山が好きでYAMAPのCXOを始めていますし、深津は元々ブロガーをしていた経験を活かしnoteに取り組んでいます。CXOは、ユーザーを誰よりも理解する“ユーザーの代弁者”でなければいけません。そうでなければ、ユーザー体験の価値を他のC-suiteに訴え続けるのは難しくなるからです。その意味で、自分の好きなことを突き詰めることも大切だと思っています。

田川氏は、先人から学ぶことを勧める。

田川:僕ははっきりしていて、1つ目はdelyに就職して、坪田さんの弟子になる。2つ目はYAMAPに就職して、安藤さんから学ぶ。3つ目はメルカリに就職して、CXOの仕事をみる(笑)。そこで3年間ほど修行して起業するのがいいと思いますね。

その理由は、CXOへの道は非常に険しいから。先人たちの肩に乗り、彼らが10年以上かけて積み上げてきたものを3年位で自分のものにする気持ちで、そのエッセンスを学び実践するのが近道だと思います。

最後は坪田氏だ。坪田氏が、自らの経験を踏まえ、“分かりやすい経験“の大切さを語った。

坪田:わかりやすい成果を残すことは意識できると良いかなと思います。僕自身、結構わかりやすいトラックレコードを踏むようにしてきました。livedoorやDeNAでサービス開発を学んで、BCGDVで経営コンサルを学び、最近はbosyuを自分で作って事業譲渡しました。

ツールとしてのデザインではなく、事業から設計したといえる実績があれば、コミュニケーションできる人のレイヤーが変わる。チャンスをつかむ上では、大切なことだと思います。

『CXOのリアル』と題し行われたCXO Night。いま日本では数少ないCXO人材が担う役割の大きさ、そしてそこへの道のりの険しさが語られたセッションだった。Experienceを冠するからといって、それだけを知ればよいわけではない。C-suiteとして事業と向き合う意識や、領域横断的な視点など持つべき武器は多岐にわたる。

ただ、今回のセッションを通し、CXOは単なるデザイナーの延長ではなく、経営レイヤーで価値を発揮する存在であると解像度が上がった人もいるだろう。その気づきをもとに、デザインの力を持ちつつ、次なるステップへ踏み出してくれることを期待したい。

[文・写真]小山和之