【#CXONight 】delyが語る、事業会社がデザインファームを子会社化する意味
2019年7月、国内では珍しい事業会社によるデザインファームの子会社化が報じられた。
delyによるBasecampのM&A、およびBasecamp代表坪田氏のdelyCXO就任だ。筆者はこの機に、dely側へのインタビュー、Basecamp側へのインタビューの双方を担当したが、事業会社としても、デザインファームとしても、今後の動きに双方大きな期待を寄せていた。
その1カ月後、2019年8月9日に開催された『CXO Night』では、この一連の動きを紐解くべく、dely CEO堀江裕介氏、CTO大竹雅登氏、そしてCXOの坪田朋の3名が登壇。『delyがCXOを起用した理由』をテーマにパネルトークが行われた。
当時のインタビューやリリース等でも語られてはいるが、改めてその意図を当人同士が振り返りつつ、事業会社にとってデザインファームを買収する狙いを明らかにしていった。
delyにとって至上命題だった“ブランド”
セッションは、「なぜこのタイミングでCXOを迎え入れたか」という問いからはじまる。
delyは2014年に創業し、累計70億円を調達、2019年6月時点で累計1,800万DLなど、レシピ動画サービス「kurashiru」を軸に順調に事業を伸ばし続けてきた。2018年7月にはヤフーの連結子会社化を通し、資本面を強化しつつ、メディアにとどまらない食領域での多様な事業展開を目指している。
堀江氏は、このタイミングだからこそ強まった「ブランドへの意識」がCXOへ繋がったと振り返る。
堀江:食を軸に、オンラインだけではない接点に挑んでいくためには「ブランド作り」が欠かせないと考えていました。ブランドには、すべての接点におけるユーザー体験が非常に重要です。たとえば、大竹はAppleが大好きなのですが、Appleは箱を開ける体験にさえこだわりがある。そういったこだわりの積み重ねにユーザーは感動を覚えるし、ここの商品を選ぼうと思うようになります。
ソフトウェアだけではないさまざまな接点の体験を洗練させることで、はじめてブランドは生まれる。そこに向け「日本一の人を紹介してくれ」と大竹に言ったところ、紹介されたのが坪田さんだったんです。
この言葉を受け、大竹氏が真っ先に思い浮かんだのが坪田氏だった。
大竹:トップを担うのであれば、中途半端なスキルセットの人では到底難しいと思っていました。堀江の言葉を受け、採用できるか否かの現実性にとらわれず「来てくれたら1番嬉しい人は誰か?」と考えた時、第一想起が坪田さんだったんです。
ここから、大竹氏は坪田氏に連絡。ちょうど「CTO、譲ります」という記事をリリースした直後で、堀江氏を交えた三人で会食し、delyの目指すビジョン、坪田氏にCXOを担って欲しいという思いを伝えたという。そこから何度かのやりとり等を経て、坪田氏は正式にdelyへ参画する旨を決意する。その経緯は、は以下の記事を参照していただきたい。
Basecamp子会社化から見える、クリエイターと事業会社との関係性
今回の坪田氏CXO就任がユニークなのは、BasecampをM&Aして参画することにあるだろう。たしかに、海外では“acqui-hire”という言葉もあるように、優秀な人材を引き入れるために買収する事例は珍しくない。ただ、今回のM&Aは、単に坪田氏自身を迎え入れるだけでなく、Basecampとdelyのシナジーも意識してでの取り組みだ。
堀江:Basecampは事業も順調で問題ない状態でした。冷静に考えれば、あえてdelyの傘下に入る必要はないかもしれません。ただ、欲張って考えて見たときに、「両方やってもらうのはどうか」と思ったんです。
Basecampがあれば、delyでクリエイティブの力が必要になった際に、優秀なクリエイターとの接点を持てる。特に、Basecampには一流のクリエイターが集結しています。優秀なメンバーを社員にするのは難しいかもしれませんが、ともに良いクリエイティブを作る場としてBasecampが担える役割は大きい。「ブランドを作りたい」と考えるdelyにとって、トップクリエイターと共創できるBasecampは魅力的な場でした。
M&Aという選択は坪田氏にとっても想定外の提案だった。ただ、この提案があったからこそdelyへコミットしようという意思決定にもつながった。
坪田:最初に声をかけられた時は、自分の会社やりながら週3くらいでdelyにコミットしようと考えていたんです。ですから「会社ごと入って一緒にやりましょうよ」といわれたのは正直驚きました。実は、これまでも何社かから声をかけられていたのですが、こういった提案はdelyがはじめてです。ここで、腹を括った部分もあります。
堀江氏の姿勢に驚いたのに加え、坪田氏はBasecampの事業成長の観点でも、dely傘下に入るのは有用な選択肢ではないかと考えた。
坪田:当時のBasecampは、僕が一人で面取りをしていたこともあり、年間数億円の売り上げは作れるものの、それを数百億にすることは考えきれていない状況でした。もちろん、人数を数百人規模に拡大すれば別ですが、労働集約的なアプローチ以外ではなかなかスケールするイメージがわかなかった。その中で、delyと協業するといった企業間のシナジーにはその可能性はあると思ったんです。
「デザイン会社のあり方として、今後こういうケースは増えていくのではないか」——と語る坪田氏の言葉に、堀江氏も首を振る。
堀江:kurashiruもTRILLも、日々、動画をはじめとする膨大なクリエイティブを作っています。中でも、視聴者のブランド意識へ繋がるような体験やクリエイティブは、Basecampのような優れたクリエイティブを担えるチームと作れるとよいのは間違いありません。
ここ数年、D2Cブランドが外部のデザインファームに頼る動きがあったり、資生堂のような大企業がクリエイティブエージェンシーを買収するなど、クリエイティブの重要性を感じている事業会社側は増えてきている。今後、このケースを見て同じような買収劇が増えていくかもしれませんね。
二人の話をうけつつ、大竹氏は少し違う角度から、Basecampのようなプロフェッショナル集団を引き入れる意義を考えているという。
大竹:ここ数年、事業作りは総合格闘技のようにになってきていると感じています。少し前であれば、スーパーエンジニアのような“特定領域に強い一人“がいれば、荒削りでもそれだけで優位性が作れる事業もありました。
一方、今はどのタッチポイントから触ってもよい体験が提供され、デザインが隅々まで行き渡り、データも使えて、AIも使えて、コミュニケーションは適切である——といった全方位での完成度が大切になってきている。その意味でも、各方面のプロフェッショナルが集うBasecampの価値は大きいと思いますね。
CXOが参画を経て、delyが見据える食の負
7月の坪田氏参画から1カ月弱。この間、dely社内ではどのような変化が起こっているのか。無論、その評価を下すには早すぎるタイミングではあるはずだが、大竹氏、堀江氏ともその価値を強く感じていると言葉を合わせる。
大竹:アウトプットのクオリティは、すでに大きく変わりはじめています。先述の通り、我々のサービスは、全てのタッチポイントで高いクオリティを提供したいという想いがありります。その中で、CXOの存在は組織全体のアウトプットのクオリティに直結する。まだ1カ月ながら、その力を実感しています。
堀江氏はdelyの組織体制の変化もCXO就任のタイミングとしては適切だったと振り返る。delyは大竹氏がCTOを譲る旨を発表した前後から、徐々に各部署への権限委譲が進んできたという。その時期だからこそCXOの価値がすぐに発揮されたという。
堀江:多くの会社は、事業が伸びれば伸びるほど、分業化が進みます。部署が分断して、業務が細分化され、それぞれの上長がクオリティコントロールの役割を担う形になる。CXOは、それを横串で見る役割として、とても機能していると感じています。
この1カ月での変化を評価しつつも、彼らが見据える先はより先にある。セッションの最後には、改めてCXOを迎えてdelyが目指すところについてが語られ、場が閉じられた。
堀江:冒頭でお話ししたブランドはもちろんのこと、それを持って食や暮らしの全てをサポートしたい——というのがdelyの想いです。delyはもともとデリバリーサービスとして始まった会社です。kurashiruを通し料理に関してはサービスできていますが、それで人々の食に関する課題をすべて解決できているかというと、まだまだそうではない。私たちのサービスをとおしてすべての食の幸福度を上げられればと考えています。
大竹:そのひとつが、僕が今手掛けているコマース事業です。実際、負が大きいのは間違いなく、流通や物流をはじめ、事業として手掛けたことで知れる難しいポイントが本当にたくさん存在しています。ですが、その負の解消が「70億人に1日3回の幸せを届ける」というミッションには欠かせないからこそ、引き続き向き合っていきたいと考えています。
[文・写真]小山和之