良い顧客体験は経営上の資産。メルカリが3年以上CXに注力する理由
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良い顧客体験は経営上の資産。メルカリが3年以上CXに注力する理由

2021年9月には時価総額1兆円を突破。同年第4四半期にはアメリカ法人単体でも黒字を達成するなど、国内外で存在感を強める日本スタートアップ界の雄・メルカリ。
この躍進のタイミングに、同社はデザインの力を事業成長のドライバーと見据えているという。designingではこの機に、「メルカリデザイン」を特集。全3本の連載を通し、そのデザイン文化と重視するキーワード「N=1」「体験」を紐解いていく。
1:ソウゾウ プロダクトデザイナー 鈴木伸緒
2:メルペイ デザインマネージャー 成澤真由美
3:メルカリ ジャパンCEO 田面木宏尚

「メルカリはCXを重視する。この姿勢は今後さらに強化します」

デザインを語る上で、CEOが登場する機会はそう多くない。しかし、メルカリジャパンCEOの田面木 宏尚(たものき・ひろひさ)は、ともすればデザイナーよりも雄弁に、その必要性を語り尽くしてくれる。

2013年の立ち上げから8年。破竹の勢いで成長を遂げたメルカリは、今やフリマアプリのみならずCtoCサービスの代名詞になった。その勢いは国内にとどまらず、長く苦戦を強いられてきたUS市場でも、コロナ禍による急激な市場環境の変化から大きく躍進。メルペイ、ソウゾウ、メルロジといったグループ企業も次々と立ち上がり、新たな挑戦を次々と発表している。

そんなメルカリ日本事業を仕切るCEOは、『良い体験』作りこそが次なる成長の鍵という確信がある。

その理由はどこにあるのか。そして田面木はなぜ雄弁にデザインや体験の重要性を語るのか。

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GMV重視の文化に、あえてCXを掲げた意図

2021年6月期の通期連結決算において、メルカリは売上高1,061億円を記録、創業以来初の黒字となった。MAU(月間アクティブユーザー)は2,000万人以上にのぼる。

外からは順風満帆に見えるが、スタートアップのCEOらしくラフなTシャツ姿でオフィスに現れた田面木の顔つきは決して晴れやかでない。

2017年にメルカリの執行役員として参画した田面木は、CS、海外採用、人事制度の構築、プロダクト開発などを歴任し、2018年10月にジャパンCEOに就任した。日本事業を率い、年25%の成長を牽引。グループ全体の売上高の70%あまりを稼ぎ出すも、まだその成長に不足を感じている。「『出品意向はあるがまだ出品していない』というユーザーが3,600万人いるという調査からも明らかだ」という。

田面木「メルカリは、まだまだ多くの人々に使われる余地がある。僕がCEOに就任してからの3年間は、成長率を維持しつつ、さらなる利用拡大に向け注力してきました。AIを活用したプロダクト体験を作り上げるためのデータ基盤整備、ユーザー個々人にパーソナライズされたトップ画面の体験、顧客の声をサービス向上に活かすため、プロダクトチームとCS部門の融合や連携強化……。これらすべては、『良い体験』作りへとつながるものです」

そう、田面木が体験を重視する姿勢は今に始まったものではない。メルカリジャパンCEOに就任してすぐ、「CX(Customer Experience:顧客体験)」を重視する旨を公言。「良い体験」作りを経営上の至上命題に据えた。

しかし、他のコマースサービスと同様、メルカリは長年GMV(流通取引総額)を絶対的な指標としてきた。田面木が重視するCXや良い体験は一見定量化しづらく、その文化とは相成れないようにもみえる。そういうと、田面木は首を横に振った。

田面木「お客さまに『良い体験』を提供し続けられればLTV(顧客生涯価値)は向上し、中長期的にGMVへのインパクトにもつながる。この相関性は数字上でもはっきりと確認できています。もちろん、GMVは『どれだけのお客さまに使っていただけたか』の結果ですから、経営上重要な指標であることは変わりません。

ただ、これだけに囚われてしまうと見落とすものがある。例えば、GMVが伸びていても隠れた『悪い体験』が知らぬ間に積み上がると、離脱やLTVの低下につながり、事業の持続性に影響し、成長率も頭打ちになる。CX重視の姿勢はその見落としを防ぐものであり、中長期を見据えた戦略なんです」

つまり、CX重視の姿勢は数字にも裏打ちされた「明確な経営戦略」なのだ。

顧客と向き合う原点が、CX重視へと導いた

CXの向上に取り組む上で、田面木は「N=1」の声へ耳を傾けることを重視する。言い換えるなら個別の定性的なデータだ。

田面木「メルカリを利用されるお客さまは本当に多様です。かつ、取引される商品もユニークで、同じ取引はふたつとして存在しない。それに対して、最大公約数的な施策を打っても良い体験は生まれない。個々のお客さまから集めたN=1の声にこそ、良い体験のヒントが詰まっているんです」

こう断言できる背景には、田面木の実体験もある。氏のキャリアは、「N=1」の声に耳を澄ますことから始まったからだ。

大学時代に、田面木はアルバイトとしてGMOクラウドに入社。レンタルサーバの問い合わせ窓口でキャリアをスタートした。

田面木「当時はサーバ障害が起こると、お客さまからの電話が鳴り止みませんでした。『どうなっているんだ!!』と、さんざん怒られました(笑)。その時、僕は怒られながらこの電話をどうにかして減らせないかと考えていたんです。そこから、問い合わせ窓口で得た声やアイデアをエンジニアに直接ぶつけ、改善へと活かしてもらうようにしました。『障害が起こらないようにこうしたほうがいい』『お客さまはこのような部分に困っている』と」

卒業後、社員としてGMOで働いた後は、ピクシブに参画。システム開発、マーケティング、HR、事業統括などあらゆるポジションを兼務した後、取締役に抜擢。それと並行し2014年からはアニメイトで、子会社「アニメイトラボ」を立ち上げ。代表取締役社長CEOとして、IT事業領域を牽引した。

その手腕が買われ、2017年に田面木は執行役員としてメルカリに入社。「タモさんは色々できるから、一度メルカリ全体を見てほしい」。入社直後、メルカリ創業者の山田進太郎は、こんな言葉を投げかけた。

採用、セールス、マーケティング、開発……あらかたの部署を見回した後、田面木が自らの仕事として引き受けたのが、自身の原点とも重なる「CS(カスタマーサービス)の強化」だった。

当時、MAU651万人のメルカリは、問い合わせ数が急増していた。たしかに、ユーザーが増えるほど、問い合わせは増える。田面木がここを引き受けたのは、それにコストや人件費が比例してかさんでいたからだ。CSはユーザーの満足度向上だけでなく、経営面でも焦眉の急だった。

CS拠点である仙台と福岡、そして海外拠点であるUSにも足を運んだ田面木。現地メンバーへのヒアリングを重ねながら、属人化していたCSのスキルを仕組みをもって体系化していった。

田面木「GMOでのCS経験は自分にとって非常に重要なものでしたが、メルカリのCSは規模感も大きく、それだけでは正直歯が立たなかった。そこで生きたのがCXの知見でした。実は、日本事業の前にUS事業のCSをサポートしていた時期あったんです。そのときに、シリコンバレーの先行事例を学びました。

2017年当時、アメリカではCXはすでにバズワードを通り越し、多くの企業が戦略の一貫として当たり前に取り組んでいた。そこで得た知見が、日本事業のCSの根幹にも活かされた形です」

なかでも田面木を驚かせたのが、Airbnbだった。同社は、CSを担当するCXチームに最も多くの人員が割かれ、シリコンバレーでも最先端のCXを提供する企業として注目されていた。

田面木「僕自身、ユーザーとしてAirbnbを使った際、一度カスタマーセンターに問い合わせをしたことがあったんです。すると、レスポンスが早く丁寧であるばかりか、後追いのメールで『こういった情報もあります』という追加情報や提案もくれた。僕が問い合わせたのはその一度きりですが、いまだに覚えているほどポジティブな印象を抱きました」

この経験は、ユーザーをN=1と捉える重要性を田面木に改めて気づかせた。Airbnbと同様、メルカリも一つひとつの取引がすべてユニークで、ユーザーが求めるものもバラバラ。問い合わせ内容も多岐に渡る。

その声一つひとつを深堀りする先に、CSの理想、ひいては「良い体験」があると考えた。ジャパンCEO就任後CXを強化する方針を打ち出したのも、この経験があったからこそだ。

もちろん、ここでいうCXはCS部門に限った話ではない。顧客がサービスと関わるあらゆる側面での“体験”を捉え、ひとつなぎに向上させていく。それが田面木の描くCX向上だ。ゆえに、データ基盤を整備しパーソナライズに尽力したり、CSのメンバーをプロダクトチーム内に配したりなど、土台作りは多岐にわたった。

数字に裏打ちされた“エモい体験”の必然性

CEO就任からの3年で、CXを重視し『良い体験』作りへの土台を築き上げてきた田面木。ただそれには相応のコスト・時間がかかったはず。田面木には、そのROIも数字をもって明確に語れる用意がある。

これは、田面木に限らない経営陣が「体験」という抽象的な概念の議論をする上でも、とても心強い状態といえる。

田面木「あるクレジットカード会社の調査によると、安い・便利といった『頭で満足する』実利的なメリットを生む体験と、サービスを使っていて嬉しい出来事があったというような『心で満足する』体験では、後者の方がサービスの継続率が高いという結果が出たそうです。つまり、僕たちがやるべきは『心で満足する』体験を生むために、一人ひとりに『良い体験』を届けること。それが中長期的な事業成長へとつながるからです」

顧客満足の研究を行なったアメリカのリチャード・オリバーは、顧客ロイヤルティを実際の購買行動である「行動的ロイヤルティ」と、消費者の心理的な側面である「態度的ロイヤルティ」に分類。さらに、この態度的ロイヤルティを「認知ロイヤルティ」「感情ロイヤルティ」「意欲ロイヤルティ」に分類した。

このうち、認知ロイヤルティは、コストや便益などによって育まれるものの、さらに深い主観的な感情を揺さぶる感情ロイヤルティを持続させていくほどではない。結果として、顧客がリピートしていく「意欲ロイヤルティ」にまで行き着かないという。田面木の語る良い体験は、ユーザー心理を「意欲ロイヤリティ」にまで深めるドライバーになるとも言える。

ここで一つの疑問が沸く。その「良い体験」とは具体的にどのようなものだろう。ユーザーも取引も多様なメルカリにおいて、一様な定義は難しいはず。何をもって「良い体験」とするか。田面木はそれを「エモい体験」と言い換えた。

田面木「自分自身を振り返っても、記憶に残る体験は大体何かしらの“エモい”要素があるんです。例えば僕は、10代の頃に裏原系ファッションに強い憧れを抱いていました。ですが、当時は地方に住んでいて東京には行けなかったですし、高価で着られませんでした。その叶わなかった想いは今にも影響していて、特別な思い入れがある。当時買えなかったスニーカーなど、いまだにメルカリで探したりしています。

エモい体験って数十年経っても心に刻まれてるじゃないですか。メルカリもそういう体験を提供する存在でありたいですね。もちろん、強く想いを持った対象や、感情を動かされた事象は一人ひとりで異なると思います。ただ、そうした経験が及ぼす影響は共通しているはず。僕はそういった『エモい体験』を、メルカリを通して届けたいんです」

この言葉に続くように、田面木をはじめ取材に同席していた面々は、各々の「エモい体験」を自然と話し出していた。Webサービスでそんな“エモい体験”ができるのかと一瞬疑問を抱いたが、そこで上がるエピソードにはいずれも納得感があった。

田面木「先日ギターを購入した時には、わざわざメンテナンスに出してくれたり、そのモデルに合う弦に張り替えてくれたりと、出品者さんのギター愛を感じてとてもうれしくなりました。前にオーディオを購入した時には、『このモデルにはこのケーブルが合うから試してみて』とおまけしてくれたこともありましたね。一点ものを扱うサービスだからこそ、各々のモノや出品者にも想いがある。それに触れる体験はとても心が動かされます」

言うなれば、メルカリは単なるモノの取引をするサービスではない。モノの取引を通じて、さまざまな感情もやりとりされる場所なのだ。

3年かけて築いた、土台の上で

メルカリの変化は視覚的にも見て取れる。2018年からはロゴのリニューアルにリブランディング、各種デザインガイドラインの整備、オリジナルフォント「mercari sans」の開発などを実施。ビジュアル・ブランド面での基盤も整えてきた。

ここまでをフェーズ1とするならば、いま田面木が見据えるのはフェーズ2。

これまでの活動を田面木はあえて「土台」と呼んできた。それは、ここまで積み重ねてきたN=1の『良い体験』をさらに深化させ、メルカリを次のフェーズへ引き上げようという意志があるからだ。

背景には、事業の多様化がある。CtoCの『メルカリ』や決済の『メルペイ』に限らず、2021年4月には暗号資産・ブロックチェーン技術に関連する『メルコイン』を、8月にはSMB向けのECプラットフォーム『メルカリShops』も立ち上がった。生態系は拡張を続けている。

さらには、領域もアプリやWebに限らず、オフラインへも広がる。『メルカリステーション』や『メルカリ教室』『メルカリポスト』といった既存サービスに加え、10月には田面木も取締役に名を連ねる、物流サービスの企画・開発・運営を行う子会社『メルロジ』の設立も発表された。

メルロジの取り組む事業領域

こちらは、ユーザーの“商品発送体験そのもの”を提供するような事業だ。

もはや、メルカリにおける「良い体験」作りは一般的なデジタルプロダクトの射程には到底収まらない。「考慮すべき要素を上げれば枚挙に暇がない。だからこそ、田面木は、ここまで積み上げてきたものもあくまで「土台」と呼ぶ。

今後のメルカリを踏まえ、真に「良い体験」を届けるには、明確にギアを上げなければならないのだ。

田面木「今後も新規のサービスや事業は立ち上がり続け、メルカリはより複雑化していく。オンライン・オフラインの連携もより重要になっていくでしょう。僕たちはその細部までを理解しつつ、自分たちのエゴではなく、お客さまにとってのひとつなぎの『良い体験』を提示していかなければいけない。そのためには、これまで以上に、N=1の声と向き合いそれぞれにとっての『エモい体験』を紡ぎ出す力が必要なんです」

2,000万人が使う巨大サービスだからこそ、さらなる成長にはN=1の意識を強く持つデザインが求められている。

逆説的にも聞こえるが、ここまでの話を踏まえれば、それにも合点がいくはずだ。

田面木「無謀に聞こえるかも知れませんが、メルカリはスマホの利用者数と同じくらい使われるサービスを、本気で目指しています。今スマホを買うと、LINEやMessengerといったメッセージアプリをまずインストールしますよね?けれども、そんなコマースアプリはまだない。それくらいスマホで売って買ってが当たり前になる世界を目指しています。

これは単なる一企業として成長を追うというより、社会にとっても意味がある。メルカリのような二次流通の活性化は、サーキュラーエコノミーの促進にもつながり、環境負荷軽減や持続可能な社会の実現にも寄与する。かつ、二次流通が当たり前になれば、一次流通での購買ハードルも下がり、結果的に一時流通をも活性化できる。僕らの描く『エモい体験』はそれくらい大きなインパクトへとつながっていくんです」

[文]萩原雄太 [取材]小山和之 [編]小池真幸[写真]今井駿介

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