生み出すべきは、個々の「生活に寄り添う」デザイン──ソウゾウ鈴木伸緒
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生み出すべきは、個々の「生活に寄り添う」デザイン──ソウゾウ鈴木伸緒

2021年9月には時価総額1兆円を突破。同年第4四半期にはアメリカ法人単体でも黒字を達成するなど、国内外で存在感を強める日本スタートアップ界の雄・メルカリ。
この躍進のタイミングに、同社はデザインの力を事業成長のドライバーと見据えているという。designingではこの機に、「メルカリデザイン」を特集。全3本の連載を通し、そのデザイン文化と重視するキーワード「N=1」「体験」を紐解いていく。

1:ソウゾウ プロダクトデザイナー 鈴木伸緒
2:メルペイ デザインマネージャー 成澤真由美
3:メルカリ ジャパンCEO 田面木宏尚

こと急成長を前提とするベンチャー・スタートアップにおいて、一社に何年も所属し続けるケースは、比較的珍しいのではないか。事業フェーズ、自身の欲する経験、ライフステージなど多様な内外の変化に合わせ、新たな環境を選択するものも少なくない。

そこから鑑みると、メルカリの急成長期に入社し、上場を経てなおその環境で挑戦を続ける鈴木伸緒は、少々レアケースに映るかもしれない。

メルカリ3人目のデザイナーとして2015年11月に入社して以降、メルカリのUS・UK事業(UKは2018年に撤退済)、メルペイ、そして現在所属するソウゾウでの『メルカリShops』立ち上げを経験。一事業に安住することなく、約6年間にわたりグループ横断で次々と新たな挑戦機会を切り開き続けてきた。

草創期から上場を経ても所属し続けるということは、さぞかし会社や事業への想いに溢れているのだろう。そう考えて、メルカリグループにいる理由を聞くと、返ってきたのは意外な返答だった。

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「自社が勝つ」より「世の中を便利に」したい

鈴木「極論、僕は競合の中でどこが勝ってもいいと思っているんです。自分にとって、仕事とは“周りの人たちの生活を便利にするもの”。メルカリグループならばそれが一番早くできると思い、ここで働き続けています。

もちろん、自分自身良い仕事をしたいですし、今の仲間と一緒に勝ちたい気持ちもある。そのために全力で成果にもコミットします。ただ、その結果として他の事業者が自分が取り組む領域で覇権を握っても、世の中が便利になれば究極的には構わないとも思っているんです」

ことIT領域において、デザインが事業作りや経営に活かされるのは当たり前になりつつある。デザイナー出身の事業家や経営者がその数を増やす一方、デザイナーとしての鈴木が追い求めるのは一見ささやかなものだ。

「明確に『これが作りたい』という気持ちはない」
「事業を生み出したいとか、経営者になりたいとも思わない」
「ただ、自分の周りにいる人たちが喜んでくれればいい」

しかし、そんな想いの積み重ねが、日本の、ひいては世界の人々の消費行動や生活を変容させつつある『メルカリ』を形作ってきた。

鈴木はなぜその想いをデザインに乗せ、一人ひとり——言い換えるなら「N=1」の生活に寄り添う“小さな”変容を生み出すことを重視するようになったのだろうか。

ベルパーソンのアルバイトに見た、デザインとの共通項

家電メーカーでエンジニアを務めていた父の影響で、鈴木は幼少期からモノづくりやアートに興味を持っていた。

父の言葉で、今も印象に残っているものがあるという。

鈴木「僕が中高生だった頃から、父は『このコップは持ちやすいけど、重ねられないよね』『このコーヒーカップはおしゃれだけど、持ち手が小さすぎて、指が太い人だと1本の指で支えなくてはならないから不安定になるよね』といった話をしてくれました。そんな話を聞くうちに、ものの見方が変わったことをよく覚えているんです」

『重ねやすさ』や『持ちやすさ』は、パッと見では分からない。ただ、デザインによって生み出されているもの。実際の生活の中で使ってみて、その価値が初めて分かる。「父はそんな『生活に寄り添う、自然なデザイン』の重要性を教えてくれた」と鈴木は振り返る。

本格的にデザインの世界に興味を持ったのは、浪人時代。父親からプレゼントされた工業デザイナー・榮久庵憲司の著書がきっかけだった。元より建築に興味を持っていた鈴木は「建築もデザインも学びたい」と考え、京都工芸繊維大学を進路として選択した。

大学入学後は、どの領域が自らにフィットするのかを確かめるように、グラフィック、プロダクトからファニチャーデザインまで、幅広く学んだ。この時期に、今も鈴木の根底をなす想いを抱くも、そのきっかけは思いがけないところにあった。

鈴木「大学1年生から2年生まで、ホテルでベルパーソンのアルバイトをしていたんです。ゲストをもてなす作法を教えられる中で、特に言われていたのは『お客さまが要望を口にする前に、その要望を叶える』、そして『目立たない』こと。つまり、求められていることを、気付かないうちに、自然に実現することが大事だと。

ベルパーソンの理想像は、父が言っていた『生活に寄り添う、自然なデザイン』と重なりました。それを機に、『いいデザインとは、人々の生活に溶け込み、自然にニーズを満たすもの』という考えを持つようになりました」

大学卒業後、さらにデザインを学ぶためニューヨークに渡った。1年半の留学生活を終え、帰国後はWeb制作会社に就職。実務経験を積んだ後、2012年にサイバーエージェントへ転職する。

当時同社は「スタートアップスタジオのような組織で、年間100個の新規事業を生み出すことが目標になっていた」そうだ。その中で、鈴木の担う役割も徐々に広がっていった。

リアルなモノを作るように、Webサービスをデザインする

いくつもの挑戦機会を経る中、第一子の誕生が次なる転機となった。

鈴木「『子どもに自分の仕事を説明するときが来るんだ』と意識するようになったんです。当時のサイバーエージェントは広告やメディア関連の事業がほとんど。当然、いずれも価値があり素晴らしい事業なのですが、子どもにその意義を分かりやすく説明するのは難しいと感じて。子どもや家族、身の回りの人たちと作っているモノについて話せて、『使ってみたい』と思ってもらえるようなサービスに携わりたいと思うようになったんです」

そんなとき、声を掛けてくれたのが松本龍祐(現カンカク代表取締役、元ソウゾウ代表取締役)だった。

鈴木「メルカリは、手数料という形でお客さまから直接お金をいただくサービスです。より多くのお客さまに価値を感じてもらえなければビジネスは成り立たない。ここならしっかりとお客さまに向き合い、多くの人に必要とされるプロダクトを作れるのではないかと思いました」

海外向けのプロダクトに携わりたいと考えていたことも理由の一つだった。

鈴木「メルカリは2014年の3月にUS事業を立ち上げ、海外進出を本格化させていました。留学経験もあり、いつかは海外事業に携わりたいと思っていたので、遂にそのときが来たという感覚でしたね」

2015年11月、メルカリに入社してすぐ、鈴木はメルカリのデザイン文化に良い意味で衝撃を受ける。

鈴木「メルカリは圧倒的にスピードを重視します。整ってからでは遅いという考え方でどんどん出していく。その中でも、UIには『使いやすさ・わかりやすさ』が最重要視されました。求められるクオリティはとても高く本質的だったんです。自分のデザイン観との親和性を感じつつも、求められる技術面では、自分の力とのギャップも感じました」

これは、同社の「一人目デザイナー」である宮上佳子の存在も大きいという。宮上は、国内大手メーカーを経験した後、CEOである山田進太郎がメルカリ創業前に立ち上げたウノウにジョイン。その後、山田と道を共にし、創業時のメルカリにも参画。メルカリデザインの土壌を耕してきた人物だ。宮上は、「誰にとっても直感的で、迷わないデザイン」をとにかく重視していたという。

鈴木「宮上は徹底的にお客さま目線でデザインをする人で、常に『お客さまにとっての分かりやすさ』について考えていました。僕が入社したときも、たとえば『その説明文ではお客さまに伝わらない』と、PMやエンジニアによく意見していたことを覚えています。僕が理想とする『生活に寄り添う、自然なデザイン』にも通底する部分があると感じました」

USとUKで痛感した「生活に寄り添う難しさ」

ただ、メルカリでの船出は決して順風満帆ではなかった。

最初に担当したのはUS事業。「日本で一定のお客さまを獲得しているのだから、アメリカで受け入れてもらうこともそう難しくはないはず」と考えていたが、現実はそう甘くなかった。壁となったのは、USにおける「分かりやすさ」の多義性だ。

鈴木「一定のお客さまには使っていただけるようになるも、なかなか大きなグロースにつながりませんでした。その理由は、“アメリカ人”と一口に言ってもその実はとてつもなく多様だからです。人種、嗜好性など実に多様性に富んでいる。もちろん、日本にもさまざまな方が住んでいますが、USの方がその幅が広い。多くの方が自然に利用するサービスになるには、さまざまなコンテキストやカルチャーを理解する必要がある。そこが最も難しいポイントでした」

結果的に、鈴木がUS事業に関わっていた2016年10月までの間には「大きくグロースさせることはできなかった」という。しかし、その後プロダクトは着実に成長。2021年度の第4四半期には、US事業単体として初の黒字を達成した。社会環境による側面が大きいと考えられるが、鈴木らによる探求が、中長期で実を結んだ側面も小さくないだろう。

次に担当したのは、UK事業。ここにも、ならではの壁があった。

鈴木「よりデザインの細部にこだわることが求められました。UKの方々は、総じてデザインのリテラシーが高いんです。リサーチのために、街中を歩いている方に声をかけても、フォントや色調など細部に関するフィードバックまで返って来る。Webサービスやデザインに関する仕事をしているわけではない人でもです」

その象徴的な例がタブレット端末向けのデザインだ。

鈴木「日本のスタートアップだと、PCとスマートフォン向けのデザインまで手をかけても、タブレットは後回しにすることが多いと思います。でも、イギリスでそれでは通用しない『私たちが使うクオリティのサービスではない』と判断されてしまうんです」

加えて、地域ごとの特性に合わせたデザインも必要だ。たとえば、イギリスに住む人びとは、オフライン環境にいる時間が長い。ロンドンで働く方々の多くは、通勤のために地下鉄を利用する。通勤時間の平均は1時間32分。現在の日本ほど地下鉄内の通信環境が充実していなかった中で、日常的に短くない時間をオフライン環境で過ごすため、一部の機能をオフライン環境でも使用できるサービスが求められるのだ。

鈴木「生活に寄り添う、自然なデザインといっても、国が違えば生活様式も違う。そういった地域ごとの特性に向き合うことの重要性を、海外向けのプロダクトを担当する中で学びました」

メルペイ草創期に発揮された、デザインの力

US,UKと苦渋をなめた鈴木は、2018年1月メルペイへ出向する。当時のメルペイは創業からまだ数カ月ほど。当然プロダクトもない、ゼロからのスタートだった。

ただ、そこでデザインは大きな役割を果たす。会社としての指針を可視化し「まだ存在しない」プロダクトがどんな世界を実現しようとしているのか、そのイメージを共有できる唯一の手段だったからだ。

鈴木「最初に手をかけたのは、採用サイトでした。採用という対外向けのコミュニケーションの場ではありますが、当時は社内向けの意味合いも大きかったからです。なぜなら、当時在籍していたメンバーのほとんどが、『信用を創造して、なめらかな社会を創る』というミッションへの共感のみでジョインしていたから。

当時はプロダクトもない上に、ミッションに対しても解釈にも幅があった。だからこそ、採用サイトを通じ、目線を揃える必要がありました。リリースした際、青柳(CEOの青柳直樹)がとても喜んでくれたのは印象的でした。『これから入ってくる人ももちろん、集まったばかりのメンバーに向け、どこに向かうのか、何を大切にするかを伝えられるモノに仕上げてくれた』と」

プロダクトのデザインにおいても、鈴木の頭の中では社内の共通認識を生むことが重要な位置を占めていた。その工夫は、デザインのプロセスに現れている。メルペイのデザインは初期段階からFigmaを導入。青柳を始めとする役員陣を含め、全員がアクセスできる状態にし、プロダクトが形になっていく過程を常に可視化した。

鈴木「言葉で『こういうプロダクトを作ります』と説明しても、その完成形をイメージするのは容易ではありません。だから、視覚的に理解できる土台を設けたんです。当時、デザインチームのデスクはフロアの真ん中にあったのですが、僕はあえて42インチの大きなディスプレイでデザインをしていて、通りがかった役員やメンバーの目に入るようにしていたくらいでした(笑)。

メルペイは単独のアプリではなく、メルカリを起点に利用されるサービスです。ただ、開発当初は『メルペイのアプリ』を作っていると誤解しているメンバーもいたくらい。プロダクトの可視化も、当時のメルペイには不可欠でした」

無論、鈴木の目線は社内だけを向いていたわけではない。『生活に寄り添う、自然なデザイン』はメルペイにこそ求められるものでもあったという。

鈴木「メルカリはモノを買う場所なので、調べたり、比較したり、決済をしたりといった行為が伴います。ここで実際の店舗での体験を考えると、特に『お金を払う』のは、おおげさに言えば息を吐くのと同じくらい自然におこなっている行為。だからこそ、『メルペイを使っている』という感覚は徹底的に排除したかった。『お金を払おう』と考えた次の瞬間には、お金を払えていることが理想だし、それだけ自然なものでなくてはならないですから」

「もちろん、現状はまだまだ」と鈴木は言う。しかし、金融事業ゆえ、登録などさまざまな局面で複雑な作業を求められる決済サービスの中では、「かなりスムーズで自然な使用感を実現できてきている」という自負も見せる。特に重視したのは、「『決済をする』という行為の裏にある、『買うこと』よりも多様なコンテキスト」という。

鈴木「お客さまの中には、お金にまつわる苦い思い出や失敗体験を持つ人もいるでしょう。そういった多様な経験・背景も踏まえた上で、安心してサービスを利用してもらうにはどうすべきかと考えていました。『こういう経験をした人は、ここを気にするかもな』とか『こういった懸念を払拭するには、どんな説明をすればいいだろう』といったお客さまN=1の体験を考えながら、デザインしました」

全ての新規事業含め、大きく前進することを目指す姿勢

現在、鈴木はソウゾウに籍を置く。2021年10月にはメルカリShopsの本格提供が開始されたが、「メルカリ、メルペイ両社で得た学びを更新しながら、新たなプロダクトに挑んでいる」という。

鈴木「メルカリはローンチ初期から、Eコマースに不慣れな方々にも自然に使っていただきたいと考えサービスを作ってきました。ですが、メルペイ、メルコイン、メルカリShopsと事業が拡大することでその難易度は必然的に上がってくる。その中でも、以前と変わらない体験を提供していくには、これまでの考え方もアップデートし続けていく必要があると考えています」

一方で、ユーザーにとっての分かりやすさを重視する姿勢はこれからも変わらない。それは言葉尻にも表れる。

「メルカリでは、サービスの利用者を『ユーザー』ではなく『お客さま』と呼びます。お客さまに使っていただかなければサービスが成り立たない。だからこそ、最大限の敬意を払いたいと考えるからです」

2つの海外事業、2つの新規事業を経験する鈴木。取材冒頭、メルカリで働き続ける理由「理想のデザインを実現できるから」と語ったが、ここまでの経験を振り返り、そこにもう一つの理由を付け加えた。

鈴木「メルカリは点と点をつなぎ、グループで大きなインパクトを生むことを重視します。次々と新規事業を展開する会社は少なくありませんが、メルカリのように、その連携を重視し、いかに事業間のシナジーを最大化できるかを考え抜きながらながら前進する会社はそう多くない。社会を変えるために、本気で全ての新規事業に取り組んでいる。その一端を担うことに魅力を感じているのかも知れません」

一見ささやかにも見えた鈴木の想いは、N=1の顧客と向き合うメルカリのデザイン文化に通底していた。『生活に寄り添う、自然なデザイン』——鈴木の一貫する姿勢は、まさにそれを表現している。

それと同時に、この姿勢は一つの問いを提示しているとも言える。「そのデザインは、何のためにあるのか」。根源的で、普遍的であるが故に見失いがちなこの“透明”な問いに、あなたはどんな答えを出すだろうか。

[文]鷲尾諒太郎[取材・編]小池真幸[写真]今井駿介

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