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デザインはVisionalの文化へ——CDO田中裕一が振り返る3年間の軌跡

2018年、CDO就任時の取材以来、久しぶりに話を伺ったVisional 田中裕一は、近況を意外な言葉で表現した。

「合意形成に時間を使っている」

成長角度を重視するベンチャー・スタートアップにとって、合意形成は時に無駄とも捉えられる。だが、適切な合意形成が現在のVisionalのデザイン経営において、重要な役割を担うと田中は確信を持つ。

その理由は、事業・組織のあらゆるシーンにデザイナー的な思考回路を埋め込むことに尽力しているから。言い換えるなら「デザイン文化を醸成すること」だ。実際、Visionalではその成果の輪郭が見え始めてきているとも言う。

デザイン文化が根付く組織とはどのような状態か。プロダクト開発、マーケティング、インナーコミュニケーション、新規事業……あらゆる現場でデザイナー的思考回路が駆動しようとする、Visionalのデザイン経営の現在地に迫った。

田中裕一
Visionalグループ 株式会社ビズリーチ 執行役員 CDO
通信販売会社でのEコマース事業立ち上げ、インターリンク株式会社での複数企業のプロジェクト推進を経て、2012年、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に入社。Eコマース事業のデザイン統括、新規事業のプロダクトマネジメント、デザイン人事に従事。2017年、株式会社ビズリーチに入社。2018年、デザイン本部を組成し、デザイン本部長兼CDOに就任。2020年2月、現職に就任。

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ブランドとイノベーション、両軸のデザイン経営

私たちは、デザインがはたらくべきフィールドは、すべてであると本気で考えています。人と関わる、あらゆる物事の本質的な課題をデザインのチカラを駆使して解決し、世の中をアップデートしていく

Visionalのデザイン組織が掲げるフィロソフィー『We DESIGN it.』には、こんな一節がある。デザインの価値を信じ、その影響力を個から組織、社会に広げようとする、田中の信念も込められた言葉だ。

前職のディー・エヌ・エー時代から、デザインの価値発揮に尽力してきた田中。よりデザインの力を拡張し、価値を生み出せる機会を求める中で出会ったのが、デザインの可能性に目を向けはじめたビズリーチ(当時)だった。2017年の入社後から準備を重ね、2018年にはCDOに就任。いち早くデザイン経営に乗り出した。

便宜上『「デザイン経営」宣言』の表現を用いるならば、田中は「ブランド構築に資するデザイン」「イノベーションに資するデザイン」の両輪を動かしてきた。

前者はイメージがしやすい。Visionalが2020年にグループ経営体制へ移行したこともあり、グループを貫く「ブランド」や「ユーザー体験」の一貫性は重要なテーマだ。決して定量的にその価値を説明しやすいものではないが、経営レベルで会話できることで、ブランドへの投資も合意を得られてきた。

田中「経営戦略に事業戦略、デザイン戦略、そしてお客様に提供するサービスやプロダクトの価値や事業——私が経営に入れて良かったと感じるのは、これらの一貫性を担保できるようになったことです。デザインとは、一貫性を取り続ける役割でもある。Visionalは組織は大きくなり、関わる人の多様性も増し続けるからこそ、経営や事業からもそこに大きな期待を寄せられています」

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他方で、Visionalが特徴的なのは、このブランド面と並行し「イノベーションに資するデザイン」にも注力している点だ。ここには、「デザインを通した価値創造」を目指してCDOに就任した、田中の想いと意志がある。

企業文化レベルの変革に向け、まずデザイナーを変革する

価値創造に向け田中が推し進めたのは、企業文化にデザインを注入し、「イノベーションを生む企業体へ進化させること」。

特定分野、特定部署でデザインを通し新たな価値を生めばいいわけではない。Visionalという企業、およびそこに所属する面々に“デザイナー的思考回路”を埋め込む。

3年の月日をかけ、田中は「組織」「人」「プロセス」の順に変革をしていった。

まずは、組織。CDO直下でのデザイン組織の組成・改編だ。

職種別組織としてのデザイン組織は珍しくないが、Visionalではここに採用や人事、広報などを担うメンバーも配置。周辺領域含めた“デザイン”に関わるすべてを管掌できる素地を作った。

さらに、先に触れたデザイン組織のフィロソフィー『We DESIGN it.』も策定。事業成長に伴い、組織体制やデザイナーに求められる役割は変わりうる。そうなっても、デザインに携わる一人ひとりが一貫した信念のもと働き続けられるよう、言語化した。

田中「デザインの価値を見出し、浸透させていく。そのためには、どんな状況になっても、デザインに携わる個々が、信念を持って働き続けられなければと考えました。会社の方向性を踏まえながら、“デザイナーとして”の旗印を掲げたんです」

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無論、組織も哲学も作って終わりではない。

その時々のデザイン戦略に合わせ、組織構造は柔軟に変化。哲学も日々の業務におけるミッションや目標設定にも組み込み、浸透を図っていった。

「本当に人が足りていないと言えるか」を問い続けた採用・育成戦略

続いて着手したのは、人。組織を構成する人材の採用と育成だ。

ここで興味深いのは、“場当たり的”な採用・育成を一切行わなかった点だ。経営レベルからデザイン戦略を見通していた田中は、事業戦略との整合性に強くこだわった。

田中「『人が足りないので採用しよう』という言葉はよく耳にしますが、『それは本当に足りていないと言えるのか』と僕は問い続けたんです。この問いに正確に答えるには、目の前の事業状況に限らず、中長期的な事業戦略、ひいては経営戦略レベルの議論が必要になる。

『3年後を考えると、こういったプロダクトを作りたい』『そのために、こんな組織形態で、こんなスキルを持った人が必要』『その人材の採用は難しいので育成を考えるべき』といった具合に経営から逆算し、人を考えていきました」

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経営戦略、事業戦略をデザイン戦略へとつなげ、人事戦略まで接続させていく。言葉にすればシンプルで本質的な話だが、この実現は決して容易ではない。ともすれば、事業推進を妨害しているようにも映る。“No”と言うには、相応の説明責任と信頼関係が不可欠だ。

また、「採用」「育成」を計画通りに進めるのも、一筋縄にはいかない。採用市場に適切な人材がいつでも存在するわけでもなければ、成長に苦しむこともある。ことデザイナーのように評価が難しく希少な人材はなおさらだろう。

ここで力を発揮したのが、「デザイナーJD(Job Description)」という職位・技術・評価定義の仕組みだ。組織推進支援をしていたDONGURI(現・MIMIGURI)とともに構築したもので、デザイナーの役割を「Expert」「Lead」「Management」「Direction」に細分化。各職種とデザイナーがもたらす影響範囲の組み合わせごとに、期待する役割と必要な能力を定義し、数値化した。

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定性的な評価になりがちなデザイナーの能力を定量的に評価できるよう、システマティックに分解し、採用や育成、機会提供に生かす。いわば、デザイナーに特化した“タレントマネジメントシステム”だ。

田中「『この職種の人は、ビジネスディレクションは○点、UXデザインは○点が必要』などと定義されているんです。各デザイナーは、それぞれの項目で能力を自己採点し、評価を担当するメンバーとすり合わせ、成長の指針としています。

採用や育成、人員配置を決める上でも、『どの能力を上げていくべきか』『新しいポジションには、どのような能力を持つ人が必要か』と常にこの数値を参照。他の経営陣と会話をする上でも、人材配置や人員計画に関する議論や説明責任を果たす上で、定量化は大きく寄与しています」

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プロセスの変革を通し「デザイナー的思考回路」を

最後は、「プロセス」。組織、人という“デザイナー側”の変革を経て、いよいよ非デザイナーに思考回路を埋め込んでいくフェーズだ。

取り組んだのは、事業推進の「いちプロセス」としてデザインが入るのではなく、「プロセス全体」にデザインが浸透し、融合するような変化を起こすこと。そして、その変化を起こす過程でデザインに対する認知を変えることにある。

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田中「事業の現場では、主にビジネスや開発のロジックにもとづいて物事が進められます。もちろん、それも不可欠なのですが、それ“しか”考慮できていないと、不具合が生じることもある。例えば、施策自体が目的化し、ユーザーがないがしろにされてしまうなどです。

その時、『そもそもこの施策って誰に何の価値を届けるためのものでしたっけ?』と、本質に焦点を置き、ブレたときも立ち返らせ、それを形に落とし込むのがデザインのチカラです。『誰のために、何を、どう解決するのか、その結果どう変わるのか』を問い続け、事業における羅針盤を形作る。その結果、ビジネス・開発と並び“デザイン”が各事業に埋め込まれていくよう尽力しました」

Takram田川欣哉氏が、著書『イノベーション・スキルセット〜世界が求めるBTC型人材とその手引き』で提唱する「BTC」になぞらえるとわかりやすい。従来はB(Business)とT(Technology)の力学が強かった事業に、C(Creative)が入り、バランスを取ろうとしたのだ。

具体例を挙げよう。

即戦力人材向け転職サイト「ビズリーチ」では、10年前のリリースから蓄積してきた技術負債の解消と、ユーザー体験の見直しを目的にリニューアルを実施した。

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「ビズリーチ」の企業向けダッシュボードのデザイン変更

KPIの一つは、求職者とヘッドハンターの接点数。双方の出会いを促すユーザー体験を構築するため、デザインはビジネス、開発側とともに企画の上流から参画。ユーザーと常に向き合いながら情報設計、機能設計に取り組んだ。

例えば、ヘッドハンターの「求職者様の職務経歴書を確認しながら、スカウト文を作成したい」という声から「求職者一人ひとりに向き合いたい」というインサイトを発掘し、KPIとの接続を整理した。

その上で、冒頭の言葉のように合意形成に時間を費やす。決して「要望が多いからこのデザイン」と短絡的に合意をとらない。「スカウト文を丁寧に書ける設計にし、スカウト返信率の向上につなげる。そのためにこのデザインに」というように、事業目標とユーザー体験をつなげながら丁寧にコンセンサスをとっていった。

田中「重要なのは、“リニューアルしたこと”ではなく、そのプロセスです。『“デザイン”で取り組むと、事業が前に進む』という成功体験をプロセスの中で可能な限り作る。それが積み重なれば、自然とビジネス・開発と同じように、デザイン的観点から事業を見る動きが生まれていくからです。

もちろん、その先に描く目的はお客様の課題を解決し、高い体験価値で期待を越え、事業の成果にもつなげること。目線は全員同じです。だからこそ、ユーザーや事業の課題を解決したり価値を作ったりする過程で、実際に“デザイン”を試しながら、全員で有用性を確かめていく。そうすることで、浸透していくんです」

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この動きは、事業推進の中だけにとどまらない。組織に対しても同様だ。Visionalデザイン組織には、制度開発やプロセス設計を担うデザインプログラムマネジメント室(DPM室)という部署が存在する。そこに所属するメンバーは、「デザイナー的思考回路」のもと、従業員をユーザーと捉えて業務を遂行する。

例えば、制度開発のアンチパターンに、全体最適の意識が強く表出した結果、現場レベルではうまく機能しない制度が生まれるといったものがある。これに対して、デザイン的アプローチでは、ユーザー(=現場)起点で制度を考え始め、そこにある課題やニーズを踏まえ立案、検証改善を繰り返し導入までこぎ着ける。結果、本当に機能する制度やプロセスを生み出しやすいという。

対象はデザイン組織に限らない。全社の人事施策にも影響範囲を広げることもあるという。

田中「これは、言い換えると“デザインを使ったマネジメント”でもあります。デザインは共創やコラボレーションを推進するスキルセットだとも言われますが、それはものづくりに限らず、会社の文化も、組織も、人も、プロセスでも同様。あらゆる領域で“共に創る”素地となるんです」

デザイン文化が「非連続」な価値創造の土台に

こうした積み重ねによって、徐々に事業・組織の各分野に「デザイナー的思考回路」が入り込んでいく。その先に、企業文化レベルでのデザイン経営が見えていく。

とはいえ、ここまで振り返った組織、人、プロセスの変革は、いずれも“言うはやすし行うは難し”。デザイナーにとっては当たり前のユーザー視点や本質回帰的な考え方も、他職種にとっては、慣れ親しんだものではない。「この3年間はそれを実感し続ける期間だった」とも振り返る。

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田中「就任当初は、僕自身『デザインを通して価値創造を』と息巻いていましたが、実際に取り組む中では、デザインの考え方は他職種にとっては馴染みが薄いのだと幾度も痛感させられました。その時に『デザインはこうあるべき』と振りかざして、受け入れてもらえるわけがないのです。今でこそ、こう整理してお話しできますが、実態は考え続け試行錯誤を重ねてきた。いまもその最中です」

田中が取り組んで来たこの3年間は、Visionalという企業体にとっても変革と躍進のタイミングだった。2020年にはグループ経営体制に移行し、2021年には東証マザーズへ上場。「新しい可能性を、次々と。」というグループミッションを掲げ、社会にインパクトを与え続けるという未来像を打ち出した。

同時に、既存事業であるHR領域では転職や採用に限らず「個人のキャリアを考える総合的なプラットフォーム」としての事業構想を。新規事業ではセキュリティや物流DXが動くなど、まだ見ぬ領域への拡大を視野に入れる。こうした構想には、田中が描く価値創造のような非連続な取り組みがより一層求められる。田中は「そこにデザイン文化の力が存分に発揮される」と確信する。

田中「デザインには、今ないものを生み出せる力があります。表出していない課題を浮かび上がらせ、イメージを描き、形作る。これをより多くの人が実行できるようになっていけば、デザインに後押しされた非連続な価値作りが、各所で起こりうる。いちデザイナーとしても、CDOとしても、そこへつながるデザインに取り組み続けていきたいですね」

田中が蒔き続けた「デザインを通した価値創造」の種は、今、確実に芽吹きはじめている。一つひとつの会話、合意形成のコミュニケーション、プロセス、個々の認識、思考回路を変えることで、地道に土壌を耕し続ける。銀の弾丸は存在しない。その積み重ねの先に「文化」という何者にも代えがたい価値が、企業に根付く。

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[文]藤原梨香[取材・編]小池真幸[写真]今井駿介

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