人とプロダクトの幸福な関係をデザインする──THE 米津雄介
「わからないんですが……」
「もやもやしているんですが……」
そんな前置きのもとに、丁寧に選ばれた言葉は信頼できる。
誰かが語った言葉を借用するのではなく、自分の中から言葉を生み出していくこと。THEというブランドを手掛ける米津雄介は、そんな「わからない」を使いながら、丁寧に言葉を生み出していく人物だ。
ちょうど10年前の2012年、good design companyの水野学、中川政七商店の十三代中川政七、PRODUCT DESIGN CENTERの鈴木啓太とともにTHEを立ち上げた米津。以降、「定番」をコンセプトに、グラス、醤油さしなどのキッチンアイテムからフリースやスウェットなどのアパレルまで数々のプロダクトを開発。また、THE が運営する店舗「THE SHOP」では、オリジナル商品の他にも、彼らが「定番」と定めた高品質なプロダクトを取り扱う。
取材のためにTHE SHOPを訪れると、そこには秀逸なプロダクトデザインや高品質な素材や機能性のみならず、環境負荷に対する配慮、製造環境に対するこだわりなどが十二分に反映された商品ばかりが並んでいた。米津いわく「自分達が本当に『ほしい』と思える商品しか置いていない」。
プロダクトに対して深い愛情を注いできた米津の目から見て、今、プロダクトデザインには何が求められているのだろうか?その哲学を掘り下げていくと、そこには、デザインが貢献し得る、人とプロダクトの幸福な関係が見えてきた。
「定番」というアンチテーゼ
10年前の2012年、good design companyの水野学は、とあるコンセプト文を米津雄介に見せた。
手書きの文字で綴られたそれは「世の中の定番を新たに生み出し、これからの『THE』をつくっていく」「世の中の定番と呼ばれるモノの基準値を引き上げていく」──現在でもTHEのWebサイトに掲げられているブランドコンセプトがほとんどそのまま書かれていたという。
「こんなに明快に、かっこよく言葉にできる人がいるのか」。その言葉に心を動かされた当時32歳の米津は、新しいブランドの立ち上げにのめり込んでいく。
米津「当時、僕らが共通して覚えていた違和感は『世の中に、こんなにたくさんモノが必要なんだっけ?』というものでした。周囲を見渡せば、毎年数多くの新商品で溢れかえっています。それなのに、自分がほしいと思えるモノがひとつもなかったんです。THEは、そんな社会の状況に対するアンチテーゼとして始まりました。
THEが求めるのは、差別化された新奇なプロダクトではなく、ずっと変わらない定番です。それを生み出すことによって、社会をよくしていけるんじゃないかって」
そう説明する米津の手には、THEの創業以来ロングセラーとなっている「THE GLASS」が握られている。
「最もグラスらしいグラスとはなにか?」を徹底的に考察し、デザインされたこのプロダクト。一見すると何の変哲もないフォルムだが、その一切の無駄のないデザインは、ユーザの暮らしの中にすっと溶け込んでくれる。もちろん、外面的な美しさのみならず、耐熱グラスを極限まで厚くすることで、割れにくく、電子レンジや食器洗い機でも使えるといった高い機能性も備えている。
ただし、THEの「定番」という発想は、 表面上の洗練だけを意味しない。それを生み出す製造環境に対して不当な値下げを要求しないというものづくりに対するリスペクト、あるいはそれが使われる地球環境に対して負荷をかけない配慮などがある。あらゆる意味でスタンダードとなるべきプロダクトを、彼らは「定番」と呼ぶ。
米津「消費者がプロダクトを購入する時って、『より機能的な新商品が出た』という理由と、『今使っている物に飽きた』という2つの理由が大きいんです。僕らのプロダクトが十分な機能と、飽きないデザインを持っていれば、消費者の購入サイクルは伸び、この社会からモノを捨てるという行動を減らすことができます」
10年前から、自然と取り組んできたサーキュラー・エコノミー
プライベートでは海でのサーフィンや山でのキャンプを楽しんでいるという米津。恒常的に自然に親しんでいる彼の目には、プロダクトはあたかも「自然の一部」として映っているようだ。
米津「すべてのプロダクトは石油、木、金属など、身の回りにあるものが形を変えたもの。それらは地球から循環してもたらされたものであり、僕らはそれがうまく回るようにすべきです」
そうして生み出されるプロダクトは、「エコロジー」や「エシカル」という文脈のみならず、これまでのプロダクトに不満を抱えていたユーザー層の獲得にも貢献しているという。
たとえば、THEが販売する洗濯洗剤、その名も「THE 洗濯洗剤」は、界面活性剤の使用量を極限まで削ぎ落とし、海に流出した後1日で94%、7日後には100%が生分解される。一般的な洗濯洗剤よりも高価格であるものの、環境への配慮とともに、敏感肌のユーザー、小さな子供を持つユーザーなどからの支持を集め、THEを代表するプロダクトとなった。
米津「『定番』というのはあくまでも手段に過ぎません。定番を作っていく先には、未来を作っていくという意識がある。ブランドビジョンをして、僕らはそれを『“最適”と暮らす』という言葉で定義しています。『最高』でも『唯一』でもなく、『最適』。あらゆる人、自然環境、未来にとって最適なことを僕らは求めているんです。
今、モノと地球の関係は、全然うまくいっていない。これを正常に循環させていくためには、環境だけでなく、経済、文化がしっかりと回ることが必要になります。『サーキュラー・エコノミー』という言葉で表されている発想ですが、僕らは創業当初から、それを推し進めていくために定番に磨きをかけ、長く使い続けられる環境に配慮されたプロダクトを提供してきました」
前述のTHE GLASSは、THEの設立後、10年にわたって販売数を拡大している。THEが提案する「定番」は、徐々に人々の暮らしに浸透しつつある。
大ヒット商品を手掛ける中で生じた違和感
現在、THEでは渋谷、丸の内、横浜に3店舗と、オンラインショップを運営している。
中川政七商店を始めとする他のショップでの取り扱いも行っているものの、大量生産品ではないために、THEが生み出すプロダクトを実際に触ったことがある人は少ないかもしれない。
しかし、多くの人々は、かつて米津が手掛けたプロダクトを目にしたことがあるはずだ。それが、前職の文具メーカーPLUS時代に手掛けた個人情報保護スタンプ「ケシポン」やカーブ刃が採用された、ダンボールなどでも切りやすいハサミ「フィットカットカーブ」。米津が企画したこれらの商品は、累計で数千万個を販売するメガヒットを記録している。
東京造形大学でデザインを学んだ米津は、新卒でPLUSに入社後、商品企画を担当。商品企画といっても、そのデザインやプロモーション戦略、工場での製造工程、流通戦略など、ユーザの手に届くまでのあらゆる工程を手掛け、プロダクトにまつわるあらゆる側面を学んだ。
それと同時に、米津は、文房具業界の慣例にどこか違和感を覚えたという。
米津「多くの方々にプロダクトを届けるためには、どうしても流通主導、マーケット主導の発想が必要になります。そこで行われるのが、たとえば、毎年新商品を出して意図的に買い替えを促すようなサイクル。
数千年前の古代エジプトではすでに、今のハサミの形が生まれていました。新しい考え方や製品仕様の進化なくして、新たなものを毎年発売する意味は本当にあるのでしょうか?日本の文房具は世界でも有数のクオリティの高さを誇っています。こんなに素晴らしいプロダクトを安価で作っているのに、ただ売るためだけのマイナーチェンジは必要はない。
目先だけを変えた新商品を発売しても、消費者のためや、社会のためになっていないんじゃないかって」
マーケットが要請する目先の変化に踊らされるのではなく、本質的なプロダクトを。THEが掲げる「定番」という概念の背景には、メガヒット商品に携わったからこそ抱えた米津の違和感があったのだ。
米津「でも、前職のことはとてもリスペクトしているんです。プロダクトを作る上で最高の環境で仕事をさせてもらいました。僕の発想の基礎は、PLUSで培われたものなんですよね」
その証拠に、THE SHOPにはハサミの定番として、PLUSが製造した「THE SCISSORS」が並べられていた。
これから求められるのは、人とプロダクトの「関わり方」のデザイン
春めいた陽気の渋谷スクランブルスクエアには、暖かな陽気に誘われた数多くの買い物客が訪れる。この施設に入居するTHE SHOPの店頭で、米津は、ショッピングを楽しむ客と見紛いそうになるくらい、ひとつひとつの製品が持つ手触りをじっくりと味わっていた。
「僕らはプロダクトファーストなんですよ」
ただ、こうしてプロダクトを作ること、それ自体が環境に対して負荷をかけるのではないか?そんな意地の悪い質問を投げかけると、米津は少しの逡巡の後に、「とても難しい問題ですね」と、言葉をつなぐ。
米津「たとえば受注生産のように、必要な量だけをつくれば、より環境負荷は低減しますよね。ユーザーのデメリットは待つだけです。ただ、作るもののジャンルによっては製造背景を大きく変えなくてはならず、そう簡単なことではありません。とはいえ、僕らが在庫を抱えながら店頭で販売するような形に対して、もやもやした気持ちを抱えていないかといえば嘘になります。でも、僕らは、僕ららしいやり方でそれを乗り越えていきたい。
今注力しているのが、消費者が“自分の意志ではなくプロダクトを使っている所”で使われること。THE GLASSは、空港のラウンジやホテルなどで使われています。店舗で購入されて使われるだけでなく、使い手の意志と関係なくTHEのプロダクトが使われることで、世の中に広がっていく。その先で、この社会におけるプロダクトの位置づけが変わっていくのではないかと思うんです」
米津は、この10年間、プロダクトと人との関係は大きく変わってきたと振り返る。良質なモノを長く使うという価値観が浸透し、ユーザーの目はかつてよりも遥かに厳しくなった。「SDGs」「サステナブル」という言葉は半ばバズワードと化しているものの、その理念は、企業やユーザーが、未来のことを考えるきっかけになっていることは間違いないだろう。
そんな変化を踏まえて、米津はTHEの未来を次のように描く。
米津「もしかしたら、僕らが手掛けるのは『プロダクトを売る』ということだけではないのかもしれない。まだ全然採算が取れる形になっていませんが、THEでは、プロダクトの修理を受け付けているんです。修理しながら使うことでもっと長くプロダクトが愛されれば、廃棄の問題にも一役買いますよね」
今、米津が参考にしているのが、タイヤメーカー・ミシュランの取り組みだという。タイヤのサブスクリプションサービスを始めたミシュラン。現在、飽和状態のサブスクサービスだが、ミシュランの取り組みは、米津が目指す未来にとって大きなヒントとなり得るものだという。
米津「この取り組みの優れているところは、使用したタイヤをほぼ100%回収できること。世の中のほとんどの製品のリサイクルは回収がネックです。サブスクにすることで、回収し、循環するという仕組みの構築が容易になる。そこには経営のためのサブスクではなく、モノと関わり続けるためのサブスクという発想がある。きっと、これからのモノに関わるビジネスには、関わり方のデザインが必要とされていくのではないでしょうか」
米津雄介は、誰よりもプロダクトを愛している。だからこそ、人とプロダクトが、いい関係を長く続けられる方法を模索しながら、その答えのない問いにもやもやしている。単純に消費するだけでなく、人とプロダクトが幸福な関係を結ぶこと。
「僕らも上手くいっていないし、まだまだわからないことだらけなんですけどね」
THE GLASSを手に取りながら、自らの歯切れの悪い言葉に苦笑する米津。しかしその目は、「わからないこと」を眼差しながら、未来へ向けて輝いていた。
[取材・文]萩原雄太[編集]小池真幸[写真]今井駿介