“学び”こそが目的になる。PREDUCTS安藤剛が挑戦を続ける理由
App Store1位の著名アプリ開発者
クリエイティブチームの共同創業者
映像配信サービスのデザイン技術顧問
メディアプラットフォームのデータ部門立ち上げ責任者
登山者向けWebサービスのCXO
道具ブランドの代表 兼 創業者
安藤剛は、わずか10年弱の間でいくつもの“顔”を有してきた。
いずれも、「デザイナー」の枠にとどまらず、時にはエンジニアリング、時にはデータ分析、時には経営と、多様な専門性を掛け合わせ、都度必要とされる役割を果たす。
こと「デザイン」という領域だけを見ても、この10年で大きな様変わりし、10年前の常識のほとんどが通用しないであろう世界へ変化した。その中、安藤はデザインの軸足を固めつつも、新たな専門性を身につけ掛け合わせ続ける。
つい先日には、「いい仕事」を生み出す道具のメーカー『PREDUCTS』を発表。1年弱、SNSでその存在をちらつかせてきた“机”づくりの裏側を少しずつ発信し、また“新たな顔”を表に見せた。
なぜ安藤は、次々と新たな領域を切り拓けるのか。キャリアのスタートまで遡り氏の歩みを聞いていくと、そこには一貫した「学び」の軌跡があった。
つねに「ゼロから学ぶのが当然」の状況だった
少々意外かもしれないが、安藤はSIerのエンジニアとしてのキャリアをスタートしている。ただ、その仕事内容は現在の「SIer」という言葉から想起されるものとは少々異なるものだった。
安藤「肩書きこそエンジニアでしたが、最初からデザインとプログラミングを両方手がけていました。当時のSIerは、エンジニアが自分で画面とコードの双方を書くのが当たり前。デザイナーがいる企業なんてほぼなかったんじゃないかと思います」
つまりキャリアの初期から、肩書きを越え「学び」に励まざるを得ない状況に置かれていた。ただ、経済学部出身でテックのバックグラウンドではなかったこともあり、「ゼロから学ぶのは当然と受け入れていた」という。
その後、当時の上司と一緒に独立し、検索エンジンを手がけるベンチャーの立ち上げに参画。プロダクトを市場に展開する面白さと大変さの双方を実感した。その後、2012年にはアプリ開発者として独立。個人で、プロダクトを手がける道を選ぶ。
安藤「iPhoneの登場は大きな要因でした。App Storeの仕組みを使えば、自分のプロダクトを直接流通に乗せられる。前職での経験から自分で作ったプロダクトを展開したいという思いが強くなっていたこともあり、挑戦を決めました。東日本大震災もあって、自分自身で人生の舵を取る必要性を強く感じたことも後押しになりました」
安藤が独立した当時は、日本でもiPhoneが普及し始めた頃。個人・法人問わず全ての開発者に開かれたApp Storeは、技術やアイデアを持つ人々にとって格好の挑戦の場になっていた。ランキング上位は、今のような大手企業のサービスばかりではなく、個人開発者の意欲的なアプリも数多く並ぶ時代だ。
安藤はこの波に乗り、カレンダーアプリ『Staccal』をローンチ。2014年にはApp Store有料総合ランキング1位を達成した。個人開発ということもあり、ここでも「何から何まで学んで自分でやる」経験を必然的に積み重ねる。
「デザインからプログラミング、プロモーションまで、全てを手探りでやっていましたね」
2013年には、共同創業者の深津貴之との出会いもあり、「個人開発者としての経験を、企業のサービス開発に役立てられないか」との思いでTHE GUILDを創業。その後、同社はアプリやサービスのデザインから、事業のアドバイザー、様々なスタートアップへの投資に至るまで多様な活動を展開してきた。
映画、データ分析、登山……気づけば趣味が仕事に
一方で、安藤は仕事だけでなく趣味の幅も広い。
カメラやガジェットに、映画などの映像作品、データ分析、登山、車に自転車……SNSを少し覗くだけでも、その多趣味ぶりが伝わってくる。趣味を楽しむ様子やその過程で得た知識を惜しみなく発信しており、その熱量につい読み込んでしまう。
これらは、思いもよらぬ形で(直接的、間接的問わず)仕事につながっているケースもあるという。
映画愛は、映像配信サービス『U-NEXT』のデザイン技術顧問に、データ分析の知見はnoteのデータ分析チームの立ち上げに。言うまでもないが、いずれも仕事にするつもりで発信をしていたわけではない。
その最たる例が、登山の様子を発信していることがきっかけとなった、YAMAPへの参画だろう。当初は外部顧問、その後はCXOとして、2年以上にわたってサービスのグロースに貢献してきた。
しかし、2021年3月安藤は自らCXOの退任を発表した。とはいえ、その決断は決して後ろ向きなものではない。YAMAP自体、そして安藤自身次の道が見えたゆえの選択だった。
安藤「自分がCXOとして力になれるフェーズは終わったと思ったんです。2年が経過し、事業の成長サイクルも確立され、組織としても強くなった感触もありました。外部から入る僕にできるのは、あくまで組織と事業がかみ合い回り続ける仕組みや議論の土台を作ること。
ここからは内部のメンバーが、自社のビジョンなどに向かい内発的に動くフェーズです。もちろん大好きな企業・サービスですから、去ることに惜しさもありました。ただ、自分自身新たにやりたいことができたこともあり、踏み出そうと決意したんです」
自己満足を恐る恐る発信して得た気づき
CXOを退任してまで「やりたいこと」──それが、机だった。
きっかけは、「机の上からどうやってケーブル類を見えなくするか」を語るnoteを書いたことだった。
安藤「最初は、『気持ち悪いと思われるかも…』と恐る恐る出したものだったんです。『どうしたらデスクを自分にとって一番良い状態にできるか』と試行錯誤する営みはとてもクリエイティブですし、それに没頭している時間は充実感もある。ただ、それは極めて自己満足的な行為。だから、それまではずっと一人でやって悦に入ってるだけにしていたんです。それがここまで大きな反響があるとは思わず、正直驚きました」
その後、このnoteを引用しながら自らも机をすっきりさせた話を投稿する人が次々に現れ、SNS上でのちょっとしたムーブメントに。それを受け、安藤は一連の投稿をnoteのマガジン機能を使って一つにまとめるようになった。それが「デスクをすっきりさせるマガジン」だ。
「きわめて自己満足的な行為を人と共有することが、こんなにも嬉しいことなのか——そう気付かされました」こうした、純粋な“趣味”が次なる事業の種になった。
安藤「この活動を始めてから、同じようなことがやりたくてもDIYが苦手でできないという人がいることもわかりました。そういう人にもこの楽しさを味わってほしい。そう思い、最初はサポートツールのようなものを作れないかと考えはじめたんです。それが、最終的には机自体を作ることになってしまったんですが(笑)」
折しも、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの最中。自宅作業を強いられ、必ずしも快適な環境を作れていない人も多い。「そういう人たちに快適な仕事環境を届けよう」——そう考え、安藤はまたしても趣味を仕事へと転換し始めた。
吐きそうでした——ハードウェア開発の日々
慣れ親しんだソフトウェアから変数も多いハードウェアに。
かつ、クライアントの支援ではなく、自ら身銭を切る経営者として。
想定されるリスクを考えれば尻込みしそうなものだが、安藤はどうだったのか。
安藤「正直、最初は簡単に考えていたんです(苦笑)。受注生産にすれば、そんなにリスクはないだろうと。でも蓋を開けてみると、金属加工をするには金型に初期投資が必要で、ある程度のロットで作らないと提供価格が跳ね上がってしまう。
また、当初は家具屋のようなところ一社とやりとりをすればひと通りは作れると思っていました。しかし、作りたいものの特殊性や、金属部品ひとつ作る場合でも、いろいろな加工企業の分業で成り立っていることがわかってきて。当初の考えは甘かったと気づかされてばかりの日々でした」
最初の試作品ができるまでに要した期間は約一年。
デジタルと違い、アジャイルな開発がやりづらい難しさもある。
安藤「金型は、1個つくるのにも数十万〜数百万円の費用が必要です。失敗ができないので、『試しに作ってみよう』とはまずなりません。3Dプリンタなどで入念にプロトタイプを作り、寸法などをコンマ1ミリ単位で入念に突き詰めた上で、はじめてゴーサインを出せる。本当に地道なんです」
商品自体も徹底的に突き詰めた。例えば、鉄脚の塗膜はあえて薄くし、スチールの風合いを感じられる加工とした。ものとしての魅力は高まる一方、研磨跡や溶接痕など、「本来見せないところを見せる」には配慮や技術も要する。安藤はそのコストや手間暇をもってしても、「妥協せず、自分が満足いくレベルのものづくり」にこだわった。
安藤「自分が一番のユーザーになりたいので。自分が良いと思っていないものを提供することはできないですから」
商品ができた後も、考えるべきことは尽きない。どこの物流倉庫に商品を置くか、オーダーが入った後どのようなオペレーションで配送するか、配送料を抑えるには、パッケージのデザインは、サステナビリティに配慮しつつコストのバランスをとるには……その変数は枚挙に暇がない。並行して進めた特許取得では、幾度もの差し戻し調整も要したそうだ。「本当に吐きそうな気持ちになった」と苦笑する。
その苦労の甲斐もあって2021年12月21日に無事発売。
商品の企画から数えると、一年半以上もの時間をかけスタートラインにたどり着いた。
戦略なき軌跡と、「語る資格」への意志
安藤のキャリアを紐解くと、SNS上の発信から受けるスマートなイメージとは異なる、良い意味での「出たとこ勝負」に、こちら側が少し拍子抜けしてしまう。
だが、続けて話を聞いていくと、そこにこそ安藤のキャリアの本質があったことを徐々に理解していくこととなる。
安藤「どういうキャリアを歩もうかと、実はあまりと考えたことがないんです。それよりは、『何をしたら学び続けられるか』をいつも考えています。新たな知識を身につけた瞬間に、僕は一番成長を実感できる。それまでとはまったく異なる世界の見え方に、おもしろさを感じるんです」
そう言われて改めて振り返れば、カメラにしろ山登りにしろ机にしろ、安藤の発信にはつねに「学び」の形跡があった。
安藤「熱中していたら、結果として仕事になったのがほとんどで。発信も、仕事につなげようという気もほぼありません。むしろ学ぶためのフィードバックループの意味合いが強いんです。学びを深めるコツは、こうしたループをいかに上手く作るかだと思っているので」
人材開発の分野では「主体的な経験」と「経験の内省(省察)」の繰り返しからなる『経験学習』が近年頻繁に話題に上がる。安藤の“学び”は、図らずともこれを体現してきた。
例えば、写真をもっとうまくなりたいなと思いInstagramを始める。良い写真を撮ると良いリアクションが来るし、逆も然り。安藤は、そのサイクル自体を楽しんでいる。
そう考えると、道具メーカーの創業者としての苦労を語る表情も、新たな学びの機会を得たことを楽しんでいる人のそれに見えてくる。
側から見れば次々に領域を拡張しているように映るキャリアも、自身は「広げるという意識はない」。「軸足はずっとデザインに置きつつ、ピボットしている感じ」と表現する。
安藤「SIer時代はプログラミング、個人開発時代はプロモーションやマーケティング、YAMAP時代は事業や経営……。いずれもデザインに軸足を置きつつ、何かと掛け合わせることをずっとやってきているんです」
他方で、安藤には明確に重視する点もある。それは、「自分に語る資格があるか」だ。
安藤「いまのサービス開発は、作って終わりではなく育て続けることが必須です。かつ、サービスを取り巻くコミュニティもセットで考えなければならない。その中には、作り手も含まれます。つまり、作り手は(外部協力者であっても)サービスを表現する一要素。そう捉えると『プロダクトを語る資格』は大きな価値になるんです」
YAMAPのCXOはわかりやすい例だ。日頃から登山に親しんできた安藤であれば、「ユーザーの気持ち」を代弁する「資格」を有すと言える。
ユーザーをはじめとする周辺のコミュニティと手を取り、プロダクトや事業の成長へコミットするとき、その「資格の有無」はどれだけ後押しを得られるかの差となって表れる。この差はそのまま「生み出せる価値」の差へつながる。ゆえに安藤は、「語る資格」を重視する。
昨今、パーパス経営において企業の信頼性を高めるために「オーセンシティ(らしさ、真正性)」が重要だと指摘する議論がある。安藤の言う「語る資格」とは、まさにこのオーセンシティと同義だろう。それは企業のみならず、個人にも求められていると見る。
安藤「企業のあらゆる言動が偽りなく『自分らしさ』を表現していることが、必須の時代となりつつあります。これは個人レベルでも言えるのではないでしょうか。僕もSNSで発信するとき、『何を言うのが自分らしいのか』『自分にしか言えないことはなんなのか』は念頭に置いています」
一生通して、作ったものを人に見てもらいたい
これからも、安藤は「学び」そのものを楽しんでいく。
PREDUCTSはもちろんだが、これまでと同様クライアントワークも続けていくそうだ。ここにも、学びへの意志が垣間見える。
安藤「PREDUCTS一本に絞るということは、多分ない気がします。かつて個人開発で得た知見をクライアントのサービス開発に役立てたのと同様、自分の新たな事業を通して得た学びをクライアントに還元していきたいんです。その方が学べる量や範囲はさらに広くなりますから」
最後に「中長期的にはどうなっていきたいのか?」と問うた。
すると、「難しいですね……持ち帰って考えたいくらいです」と逡巡しながらも、シンプルで力強い回答をしてくれた。
安藤「一生通して、何か作ったものを人に見てもらいたい——その欲求はなくならない気がします。僕は子供の頃すごいおじいちゃん子で、祖父の横でレゴを組み立てるのが好きでした。出来上がったものを見せて祖父に褒められたときの嬉しさが、原体験にある。
ですから今も、自分のプロダクトにせよクライアントのサービスにせよ、自分が関わって出来上がったものを発信して、リアクションを得るプロセス自体がとても好きなんです」
新しいことを学ぶと自分の成長が実感でき、その瞬間から世界がまったく違って見える。だから、何より学ぶことが楽しい。必要だから学ぶのではなく、楽しいから学ぶという安藤のスタンスを前にすると、“キャリア戦略”という言葉に空虚にさえ感じてしまう。
もちろん、その「学び」がキャリアにつながっていくためには、安藤が持つデザインというブレない軸が果たしている役割は大きい。しかし、オーセンティシティが大切な時代において、まず「学び」があり、結果としてそれが仕事になるという順番には、やはり意味があるように思える。勝手に学び続けていれば、気づけば「語る資格」を有している。
次の道を切り拓くのは、どのような「学び」か。
誰よりも、安藤自身がそれとの出会いを楽しみにしているはずだ。
[取材]小山和之[編]小池真幸[写真]今井駿介