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毎年多数の新規事業を生み続ける、エムスリー流事業創造の要諦:連載「0→1デザイナー」第2回

本記事は、MIMIGURIが運営する、組織イノベーションの知を耕す学びのメディア『CULTIBASE』との共同企画です。本記事は双方の媒体に掲載されています。

サービスの立ち上げと成長フェーズでは、デザイナーに求められる素養もスキルも異なります。特にプロダクトの0→1を支えるデザイナーには、何もないところから、事業の根幹を見極め、形にしていくさまざまな力が求められるでしょう。

いま名を知られるサービスは、どのように0→1を乗り越えてきたのか。創業期を支えてきたデザイナーに、当時の舞台裏を伺う本連載。

今回お話を伺ったのは、エムスリーでCDO(Chief Design Officer)を務める古結隆介さんです。2021年4月現職に就任した同氏がキャリアにおける最大の転機と振り返るのが『エムスリーデジカル』(以下、デジカル)の立ち上げです。デジカルは2015年にいち早くその可能性を見いだされ事業化。今では群雄割拠のクラウド電子カルテ業界で、導入数No.1を誇ります。

本記事では、エムスリーのデザイン組織推進にも携わるMIMIGURIのCo-CEO・ミナベトモミを聞き手に、0→1デザイナーの素養、エムスリーが新規事業を次々と生み出せる所以に迫ります。

「まずは、医師に話を聞こう」と誰もが語る文化

ミナベ:エムスリーは「医療」領域に特化し、様々なサービスを通して圧倒的なシェアを持たれています。特定領域の中で次々と新規事業を生み出し、価値を積み上げられてきました。5兆円を上回る時価総額(2021年6月現在)がその価値の証左でもあります。

今回の記事では、古結さんが担当されたデジカルを切り口に、「エムスリーが次々と新規事業を生み出せる理由」と「そこにおけるデザイナーの役割」を探っていければと思います。

古結:よろしくお願いします!

ミナベ:まずは、デジカルがどのように生まれたのかご紹介いただけますか?

古結:デジカルは、プロダクトマネージャーを務めた山崎(現・執行役員VPoE)の意志から生まれたプロダクトです。山崎は以前からエムスリーのグループ会社で、クラウドではないオンプレミスの電子カルテを開発、PCとセットで販売する事業を担当し、現場にさまざまな課題があることを認識していました。ですが、医師たちは患者と向き合うのが最優先。診療の合間にも、研究や学習に励むような人たちで、電子カルテの運用やメンテナンスは多大な負担になっていました。

そこで山崎は医師が直面しているそれらの課題をチームを立ち上げて自主的に分析。メンテナンスフリー、業務効率化へつながるアプローチの検討をはじめました。その一つが、処置行為の入力パターンを自動学習するクラウド型の電子カルテ(=現在のデジカル)だったんです。

ミナベ:医療に限らず、多くの産業で「課題は山のようにあるが、どう解決すればいいかがわからない」という状況が生じています。エムスリーのような事業会社はその課題解決を担う役割なのですが、各社とも“課題の抽出”に苦労されてる。デジカルの場合、山崎さんが自主的に取り組まれたとのお話ですが、エムスリーではどのように課題を見いだしているのでしょうか。

古結:エムスリーは、とにかく現場へ足を運ぶことを重視しています。職種関係なく「まずは、医師に話を聞きに行こう」と皆が言うんです。

新たなプロダクトに着手する時には、仮説を立てた上で必ず医療従事者のもとを訪れ、どのように業務を行っているかを観察したり、直接お話を聞いたりする。現場で聞くことや観察する内容などはプロダクトや目的次第ですが、どのような場合でも「現場へ行くこと」は変わりません。

デジカルを立ち上げる際も、エンジニアやデザイナーを含めて6名、チーム全員で話を聞きました。最初は、皆で医師を取り囲んでプロトタイプを見てもらい、フィードバックをもらっていましたね。

事業意思決定を支えるインパクト文化

ミナベ:デジカルの初期の資料を拝見したのですが、情報量が少なく、かなりシンプルなことに驚きました。これで社内合意が得られるんですね。 10名ほどのスタートアップならわかりますが、エムスリーの企業規模を考えると、数十枚、ないしは数百枚にわたる事業概要や拡大可能性、ロードマップなどを含めたドキュメントがあってもおかしくない。そうした「社内承認のための作業」が圧倒的に少ないのだろうと感じました。

ヒアリングに使った資料もたった4枚。これも驚くべきシンプルさですね。

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ヒアリングの際に用いた要件資料

古結:最初は僕もびっくりしました(笑)。実際にはこれに付け加えて画面イメージが1枚だけありました。

山崎から「このスライドを持ってヒアリングに行こう」と言われたとき、「それだけでわかるんだろうか?」と疑問を抱いた記憶があります。

ミナベ:ですが、よく見てみると、情報量は少ないながらヒアリングをするうえでの勘所は押さえられている。地味な資料ですが、レベルの高さを感じます。

これに関連し、僕がエムスリーさんとお仕事をして印象的だったのが、皆さんかなりハイコンテクストなコミュニケーションで意志決定をしている点でした。山崎さんはその極地のような人で、前提をすりあわせたり共有を求めることをほぼしない。

これはエムスリーにおける何かしらの文化によって成立しているのではないかと感じていたのですが、古結さんの見立てだと、なにが要因だと思われますか?

古結:それは、ミッションだと思います。

エムスリーのミッションは「インターネットを活用し、健康で楽しく長生きする人を1人でも増やし、不必要な医療コストを1円でも減らすこと」。つまり、医療業界における生産性を高めるために、何ができるかをひたすら考えているんです。そして、私たちは医療領域に特化しているため医療従事者の行動や市場感などを深く理解している。

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ゆえに、事業のROIやインパクトがすぐに算出できるんです。たとえシンプルな資料でも、「このアイデアにはどれくらいのインパクトがあるか」を、背景知識や経験から一定イメージできる。だからこそ、明らかにインパクトがあるなら、数分の議論で数百、数千万円の決裁も下ります。

ミナベ:おそらく医療現場や医療業界の情報を国内で一番もっているのはエムスリーですからね。長年の蓄積で、定量的にも定性的にも判断の勘所が皆さんのなかにある。かつ、インパクトの大きさから考える文化があるから、意思決定が早い。

古結:そうですね。デジカルが与えるインパクトでいえば、「煩雑な納品作業」「煩雑な入力作業」といった一言で、どれくらいの手間があり、削減することで生まれる価値がイメージできる。もちろん細かい数字を出すこともありますが、一つひとつ丁寧に説明するのは基本的に不要という感触はあります。

大企業特有の「説明責任過大要求」に陥らせないプロダクト文化

古結:デジカルは、エムスリーとして最初期に仮説検証型のアジャイルを導入したプロジェクトでもありました。当時は自分もそれが仮説検証型のアジャイルだとは知らず、「見慣れないやり方だな」と思いながら、取り組んでいました。

ただ、かなりざっくりとしたプロトタイプで検証を重ねるので「こんな中途半端なものをユーザーに見せて大丈夫なのか?」と、しばらくは葛藤もありました。ユーザーに見せるのなら、ちゃんとデザインしたものを持っていきたいなと思っていたんです。

ミナベ:デザイナーなら、そう思うのも当然ですよね。

古結:ただ、実際に医師の方々に見てもらうと、僕たちがやろうとしていることがちゃんと伝わるんですよね。かつ「そういうことがやりたいのなら、こういったことも必要かな」と的確なアドバイスもいただける。

どんなにざっくりとしたものでも、本質をじっくりと理解し、良くするために協力してくださる。その姿勢を見たとき、「自分はなんて小さいことにこだわっていたんだ」と反省しました。向き合うべきは、“どんなものを作るか”ではなく“ユーザー”や“事業”なんだと。この経験が、デザイナーとしての価値観をアップデートするきっかけになりました。

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簡易的に作成したHTML/CSSモック

ミナベ:アジャイルだからこそできた経験ですね。はじめてアジャイル導入にあたり、アカウンタビリティ(説明責任)の観点で苦戦はされなかったのでしょうか?アジャイルは成果までのリードタイムが短くなりますが、短期的には「明確な成果」を説明しづらいという点もあります。ここに大企業の新規事業はよく苦戦される印象を持っています。

古結:僕も詳細は把握できていないですが、山崎が経営陣の間でうまく立ち回られていたのだと思います。事実、後に自分がデジカルのようなチームを増やそうとしたときに難しさを感じたので、山崎の力量や信頼は間違いなくあったのだろうと思います。

先述の通り、エムスリー自体アカウンタビリティを強く求めない基本的な文化がありつつも、すべてのシーンで不要というわけではない。今、CDOとしてデザイン組織の変革に取り組んでいるのも、こうした文化を浸透させ、より早くより優れた事業を生み出し続けるための打ち手ですから。

プロダクトビジョンを、対話を通じて問い直し続ける

ミナベ:現在ではデジカルは2,600を超える施設に導入され、クラウド電子カルテ市場ではシェア70%以上と圧倒的な数値を誇っています。ここまで成長できた要因はどこにあったと考えますか?

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古結:身もふたもない話ですが、一番はクラウドの性質を生かして価格を抑えたことだと思います。もちろん使いやすさや機能も重要な要素です。ただ、クラウド電子カルテのプレイヤーも増え続けてきた中、それだけでは選ばれ続けることは難しかったでしょう。

実はリリース当初はなかなか売れなかったんです。いいもののを作れば売れると思っていたけれど、実際は売り方も伝え方も、考えなければいけないことが膨大にあった。そこからどう売るかについて議論や試行錯誤を重ねた結果、今があります。

あとは、デジカルに携わったチーム全員がプロダクトのあるべき姿に対し目線を揃え続けられたことも大きかったと感じます。

ミナベ:なるほど。そのお話は事業の正否を決める重要な要素に聞こえます。「目線を揃える」のは、言うのは簡単ですが実践は決して容易ではありません。何が肝になったと思いますか?

古結:一番はプロダクトのビジョンだと思います。山崎や私がよく口を揃えていたのが「医師を楽にして、医師が患者と向き合える時間を作る」という話でした。それが医師の喜びにつながり、患者の体験向上にも直結する。そのビジョンが根付いているのは大きいと思います。

これを根付かせたのは、とにかく「対話」を繰り返したからにほかなりません。何か劇的な体験があったとかではなく、とにかくみんなでビジョンの話をし、それに対して何ができるかを考えていた。話の中心に常にビジョンがあったんです。「この技術を使いたいからこう作る」とか、「こういうデザインを取り入れたいから」といった話は多くはなかったですね。

ミナベ:山崎さんは、すごく「対話を」大事にされる方ですよね。

古結:そうですね。その影響もあってか、デジカルのチームは当時としてはめずらしい取り組みで毎日朝会をしていました。当初はエンジニアの発案で、課題解決を早めようという意図だったのですが、その中では「その機能はユーザーのためになるのか」「なぜ、その機能を実装するのか」といったそもそも論をよく対話的に話したり、問い直したりしていました。

ミナベ:デイリースクラムですね。対話機会も素晴らしいですが、「そもそも」を問い直せていることにも感心します。新規事業で一番難しいのは、そうした「問い直しの文化」を生むことですから。

大きい会社ほど、承認文化によって「正解探し病」になってしまい、そもそも「違うんじゃないか」と言えなくなってしまう。「いかに皆を納得させるか」という方向に力を使ってしまい、本質からずれてしまうんです。ですが、新規事業こそ「問い直し」を定期的に回すことが重要になる。

その文化を生むには、本質的な議論が許されていたり、論理的にうまく説明できずとも承認される土壌が必要になる。デジカルの場合、対話を重ねることでそれが実現されていたんでしょう。

古結:たしかに。「考えをまとめて場に持ってくる」というより、会話のなかで固まっていない段階でも問いかける。それを皆で解決するというのが、当たり前に回っていました。

ミナベ:合意形成や社内政治の力が強くなると、これが難しくなるんですよね。動きが重くなってしまう企業を見ていると、声の大きい人が意見を押し通すために、固まってない意見を潰し、余計な声が上がらないように制圧してしまっていたりする。

すると、上層部に声を通せるパスがないと、担当している事業や部署の声が全く届かないといったことが起こる。ですが、エムスリーはそうした状況に陥らず、デジカルのチームのように「問い直しの文化」が根付いているのでしょう。

デジカルチームが耕した文化を、全社へ

古結:振り返ると、デジカルの経験は私がエムスリーに戻ってきた理由の1つでもあります。山崎は「デジカルのようなチームを増やしたい」と話をしていたのですが、これは僕もずっと思っていたことでした。

デジカルのように、本質を共有しつつ、問い直しを重ねて前進できるチームが増えれば、医療従事者の課題をもっと迅速に解決できるようになるはず。新規事業を生み出し続けるためにも、デジカルチームのような文化を広げていくことが必要なんです。

ミナベ:最後に、ここまでの話をふまえ、新規事業開発の「0→1」を担うデザイナーに必要なスキルはなんだと思われますか?

古結:ありきたりな表現にはなってしまいますが、結局は「形にする力」でしょうか。新規事業では、プロダクトマネージャーが抽象度の高いビジョンを描く。それに対して、体験設計から仕様設計、UI、UX……あらゆるところを、形にする力が問われます。

かつ、事業背景や社会変化、ユーザーなどを見ながら、その都度最適な「形」を模索し続けていくことが求められる。そして、その「形」は“デザイナーとしていいもの”ではなく、”ユーザの困りごとを見事に解決する”、“事業の価値につながる”という視点で作らなければいけません。

僕がCDOとして取り組むのは、それが仕組みとして生まれやすくなる組織作りです。デジカルで自分が得た成功体験を再現できるよう、成功事例を増やし、認知、仕組み、文化から変革していく。時間軸的には長い道のりだと思いますが、やりきる価値は大きいと確信しています。

[文]鷲尾諒太郎[編集]大矢幸世