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「衝動」に忠実に、問いと遊びをデザインし続ける——ミミクリデザイン安斎勇樹

デザインが価値を発揮する領域は、ますます広範囲になってきている。経営、事業、構造、組織——。さまざまなファクターが複雑に絡みあった難題にこそ、デザインの力が求められている。

そんな中、「問い」にデザインを応用するのがミミクリデザインCEOの安斎勇樹氏だ。資生堂のビジョン浸透にや京セラの新規事業創出、シチズン時計のインナーブランディングなど、数々の集団の創造性を引き出し、複雑な課題解決をファシリテートしてきた。

他方で、東京大学大学院情報学環特任助教としてワークショップデザインやファシリテーションを研究する研究者としての顔も持ち、研究と実践を行き来しながら、方法論を日々アップデートしている。

問いを投げかけ、私たちの頭のなかに凝り固まった「常識」を解きほぐすことで、ボトムアップ型の学びとアイデアの創発を生み出す。2020年6月にはその方法論を、『問いのデザイン-創造的対話のファシリテーション(学芸出版社)』として京都大学総合博物館准教授の塩瀬隆之氏との共著で上梓し、3万部を突破するベストセラーとなった。

いかにして問いをデザインするのか。ワークショップデザインの本質とは何なのか──。安斎氏の言葉と原体験から見えてきたのは、私たちが普段心のなかに押しとどめている「衝動」の重要性だった。

安斎 勇樹(あんざい ゆうき)
ミミクリデザイン CEO / Founder , DONGURI CCO
東京大学大学院 情報学環 特任助教
1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。研究と実践を架橋させながら、人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について研究している。主な著書に『問いのデザイン-創造的対話のファシリテーション』(共著・学芸出版社)『リサーチ・ドリブン・イノベーション-「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)『ワークショップデザイン論-創ることで学ぶ』(共著・慶応義塾大学出版会)『協創の場のデザイン-ワークショップで企業と地域が変わる』(藝術学舎)がある。

ワークショップの鍵が「問い」と「遊び」にある理由

大半の仕事は「やらなければならないこと」に左右されている。

売上を増やさなければならない、ユーザー数を伸ばさなければならない、チームを効率的にマネジメントしなければならない——。さまざまな「やらなければならないこと」が組織のKGIやKPIなどとして設定され、そこに向け奔走する。

そうやって多くの組織が、既存の事象や葛藤と向き合いながら、課題解決や変革を目指す。「このままではまずい」「変わらなければならない」ことへの危機感を煽るこの手法を、安斎氏は「ペインフル・アプローチ」と呼ぶ。彼は組織開発の方法論としてペインフル・アプローチの一定の有効性を認めながらも、遊び心を活用しながら組織を変えていく「プレイフル・アプローチ」を重視する。

「僕自身がワークショップに感じている魅力は、日常とは異なる視点から生まれる好奇心や、つい子どものようにのめり込んでやってしまう衝動的な面白さ、当たり前と思っていたことが覆される楽しさといった、ポジティブな内発的動機にある。そんな『遊び心』が削ぎ落とされ、痛みと向き合う組織開発の方法論では、多くの人は自発的に『やってみよう』と思えません。『上司に言われたから』『そう決まったから』と思考停止した結果、本来期待されていたほど効果が出ないこともしばしばです」

プレイフル・アプローチの鍵となるのが、「面白そう」「やってみたい」と遊び心をくすぐり、一人ひとりの衝動に基づく自発性を呼び起こす「問い」をデザインすることだ。

安斎氏はワークショップを研究し、実践を重ねていくうちに、その本質はファシリテーションではなく「問い」にあると考えるようになった。そして、「どんな問いを立てるべきか」を追求していくなかで浮かび上がったのが、衝動に基づく内発的動機を呼び起こす「遊び」の重要性だったのだ。

「遊び心」は「物語的な思考」や、異なるものの間に類似性を発見する「アナロジー思考」を誘発し、発想を飛躍させるトリガーとなる。さらに、チームの創造的なコラボレーションを促進し、ボトムアップ型で創造的な組織風土の醸成にもつながる。

2017年に創業したミミクリデザインの「ミミクリ」とは、社会学者のロジェ・カイヨワが提唱した遊びの類型理論に準拠している。「ミミクリ(Mimicry)」とは真似や模倣を伴う遊びのことで、ごっこ遊びや空想、仮装など、いわゆる「見立て遊び」を意味する言葉だ。

事象や現象を異なる角度から捉え、「見立て」によって発見や気づきが生まれ、思いもよらぬ創発が起こる。こうしたカイヨワの理論も背景に、安斎氏は「遊び」を引き起こす「問い」のデザインに取り組むようになった。

起業経験から見いだした、「変容」への可能性

安斎氏が「遊び」による衝動の喚起に重点を置く理由には、とある原体験がある。

1985年、東京に生まれた安斎氏は、「私立中学男子御三家の一つ」とも称される中高一貫校の私立武蔵高等学校中学校(以下、武蔵)を経て、東京大学に入学した。中高時代から「賢さのメカニズム」に興味を持ち、大学ではその脳内構造を解き明かすべく脳科学研究を志したものの、実際の講義は氏の希望を叶えるようなものではなかったという。大学で学ぶ目的を見失ってしまった安斎氏は、工学部に進学するも、その理由は「成り行き」。サークル活動や、家庭教師のアルバイトをする普通の大学生だった。

ただ、アルバイトをする中で目にした、「子ども自身の意向や意欲はないがしろにされたまま、親ばかりが受験に熱を上げる学歴社会」に、彼は疑問を抱いていた。

「僕自身、そもそも両親から勉強を強いられることは一切なかったんです。中学受験も地元の中学に行くのが嫌だったから。武蔵を選んだのも、自由闊達な校風で知られていたからです。実際、武蔵の校則は『下駄を履かない』『バイクに乗らない』の2つだけ。制服もありません。

ただ、それをいいことに髪を赤や金に染めたり、ピアスを開けたりして好き放題していると、みるみるうちに成績は下から数番目に。でも誰も何も言わないし、助けてもくれない。『自由は責任を伴うんだ』と体感し、僕はそこからまた勉強するようになった。いずれも、誰かに言われたわけではなく、自分で選び勉強をするようになったんです」

だからこそ「親が子どもを束縛し、無理に学習させるのではなく、モチベーションさえ生み出せれば、子どもは自分の意思で勉強できるようになるのではないか」と安斎氏は考えた。

折しも第3次ベンチャーブームのさなか。高橋飛翔氏(現・ナイル代表取締役社長)や福島良典氏(現・LayerX代表取締役CEO)など在学中に起業する学生も少なくなかった東京大学で、安斎氏もまた友人とともに、小中学生向けの私塾を運営する会社を起業した。

理想的な学習環境を志向し、起業家やアーティストなどを招いて体験型授業を行なったり、保護者に対するサポートや情報を提供したりして、好評を博していた。だがその体験型授業を通じて、安斎氏は後のキャリアに影響を及ぼす人物と出会う。ワークショップに参加していた、ある少年だ。

「彼は吃音があって、アイスブレイクでもうまく話せず、当初は周りにもなじめずにいました。しかし、あるときを境に突如流暢に話せるようになったんです。きっかけは、ワークショップで他の子が知らなかった遊びについて話をし、周りから『えっ、何それ?』『すごいね!』と注目を浴びたこと。

僕はその姿に衝撃を受けました。彼の身にいったいどのような変化が起きたのか。全くわからなかった。当時は『ワークショップ』という言葉さえ意識していなかったので、彼の中の変化も、それが起こる仕組みも検討さえつかなかった。ビジネスよりも、これを解き明かしたい——そんな好奇心に駆られたんです」

学生たちのアイデアがCMに。企業への価値提供

実践者としてワークショップに出会った安斎氏は、「研究」へ足を踏み入れる。

3年続けた会社を畳み、東京大学大学院学際情報学府に進学。学習環境デザインを研究テーマとする山内祐平教授の研究室に入った。同研究室では、学習者を自らの学びを積極的に創り出す存在として捉え、そのプロセスを支援する空間・活動・共同体・人工物のあり方について、教育学の知見を基盤に研究している。

デザインの対象となる「学習環境」は、ラーニングスタジオやメディアセンターといった新しい教育空間から、ワークショップ型学習のデザイン原則や評価方法、学習コミュニティの組織論・経営論、マルチメディア教材など多岐にわたる。そのなかで安斎氏は、特に学習科学や教育工学の観点から、創造性を育むワークショップの実践とその評価方法について研究に取り組んだ。

実際に小中学生や大学生向けのワークショップを実践しながら、他の研究者や専門家の実践について研究を進める日々をおくる。そんな折、“大学生が劇的にクリエイティブになるワークショップ”の存在を聞きつけた。それは広告プランナーの中西紹一氏による広告デザインワークショップ『イメージをカタチにする』だった。

2009年当時、福岡大学で行われていたその講座にはるばる参加した安斎氏は、大学生のクリエイティビティが爆発する瞬間を目の当たりにする。

ワークショップでは、発想法のフレームワークをいくつか学んだ後、ロッテ『クーリッシュ』の広告をプロデュースする、というお題が出る。実際にロッテや広告代理店の協力を得て、アイスをもっと売るためにはどんな広告が良いか、学生たちが考えるというものだ。身近な話題ということもあって、高いモチベーションを持った学生たちから、面白いアイデアがたくさん出てくる——そんな光景が、彼の心を大きく捉えた。

「ある意味、学生はクーリッシュのユーザーでもあります。このワークショップは、ユーザーにとっては考え学ぶ場でありながら、クライアントにとってはユーザー理解を深める場となっている。もともと教育に対する問題意識から個人に向けワークショップを行うようになった自分にとっては、企業に対する価値発揮の可能性に目を向けるきっかけとなったんです」

その後、安斎氏は中西氏と親睦を深め、同様のワークショップを東大でも開催することを提案。中西氏のコーディネートのもとおこなったワークショップからは、実際のテレビCMに採用されるアイデアも誕生。そのキーコンセプトはいまでも使われている。

「模造紙に付箋を貼りつける」がワークショップではない

ワークショップで新たな社会との接点を得たのち、安斎氏ははじめての正式な仕事として、企業向けのワークショッププログラムを担当することとなる。2010年、KDDI研究所(現・KDDI総合研究所)が新たなサービス開発のあり方を模索するなかで開催した、創発を目的としたワークショップだ。

安斎氏は研究所へ足を運び、「アイデアが浮かびづらい理由」を丁寧にヒアリングした。自分たちの技術に関しては流暢に語る研究員たちも、新たなアイデアとなると二の足を踏む。前年度は前述の中西氏がコーディネートし、「ケータイ葬送ワークショップ」なるユニークなプログラムを行なっていたこともあり、安斎氏には大きなプレッシャーが覆いかぶさっていた。

「そのワークショップは、『ユーザーが亡くなった後、携帯端末と情報をいかにしてケア・供養するか』というテーマで、文化人類学者や葬儀業界誌の編集長、脚本家などさまざまな分野の方を招いて議論を行なっていました。いま考えてもかなり尖ったテーマですが、それに匹敵するようなプログラムを考えなければならない。書店でいろんな本を探したり、自分でもいくつも切り口を考えたりして、中西さんにもアドバイスをもらいながら、10案くらいのなかからやっとテーマを決めました」

それは、「つながらない携帯電話とは何か?」という問いだった。普段、次世代技術の研究に勤しみ、いかに人や情報のつながりを支援するかを考え続けている研究員たちにとって、まさに「非日常」の問いだ。

「実際のワークショップの場では、あんなに技術の話ばかりしていた研究員たちが、『つながらない携帯!?』 『えーっと……』と頭を抱えている。でも議論を重ねていくと、ユーザーが『人と情報のしがらみ』から解放される価値について想像力が働き、どんどん前のめりになって新しいアイデアが生まれていくんです。研究員たちの姿勢が変わり、思いもよらぬ創発が生まれるプロセスに、僕は最高にワクワクしました」

こうして安斎氏はさまざまな企業や団体とプロジェクトを行い、外部パートナーとして組織開発や商品開発などに関わるように。2017年には大学外の実践活動を拡張する形でミミクリデザインを創業。仲間とともに創造性を引き出すワークショップデザインとファシリテーションをより大きな規模で取り組むようになった。また、そこでの実践をもとに研究を続け、方法論を学術論文や著作に落とし込んだ。

安斎氏が研究を続けてきたこの10年余で、多くの企業が既存の方法論や組織のあり方に限界を覚え、ワークショップデザインやデザイン思考にその解決策を求めるようになってきた。

だが、その表層だけとらえ、「模造紙にアイデアを書いた付箋を貼りつけるだけ」で何かが変わったような錯覚をおこす人に、彼は警鐘を鳴らす。

「人は事象を定義し、枠組みをつくり、ルールを明文化することで、課題解決や目的の達成を目論むもの。ただ、そもそもその既存の枠組みはどういったものなのか、何に囚われているのかを自問自答し、その枠組みや日常から解き放たれてはじめて、物事の本質や創発にたどり着けます。

ですから、組織として自覚的にその活動を獲得していかなければならない。ワークショップの理論的基盤を築いた一人である哲学者ジョン・デューイは、一人ひとりに内在している創造的な『衝動』の重要性を説きました。その議論は提唱から100年経ったいまでも色褪せない。創造的衝動に目を向け、組織にとって意味のある変革やイノベーションを起こす力に転換させることこそが、ワークショップの本質だと思っています」

実践と研究を両輪で回す姿勢

企業としても少しずつ拡大を続けてきたミミクリデザインは2020年3月、デザインコンサルティングファームDONGURIとの資本業務提携を発表した。

同時に、安斎氏はDONGURIのCCO(Chief Cultivating Officer)に、DONGURIのCEOであるミナベトモミ氏はミミクリデザインのCOO(Chief Operating Officer)に就任。両社の強みと弱みを補完し合い、横断経営を行うことで、クライアントの組織やチーム、個人それぞれの創造性を耕し、イノベーション創出にコミットすることを表明した。

ミミクリデザインを経営するなかで組織フェーズが変化したのはもちろんのこと、その背景には安斎氏自身の心境の変化もあった。

「遡ってみると、それこそ高校生くらいから、僕はどうすれば自分はもっと賢くなれるのかという、『賢さのメカニズム』に関心がありました。創業後も、僕自身のモチベーションは『もっと賢くなりたい』『もっとより良い方法論を確立したい』といったものだった。

ただ、価値観や方法論を共有できる仲間が徐々に増えていくと、面白さを感じるレイヤーが変わってきた。僕が現場で経験を積まなくとも、他のメンバーがワークショップを成功させていくのを見るのが、楽しくなってきたんです」

ただ、それが20人、30人と増えていくと、コミュニケーションだけでは解決できない組織課題や壁の存在を実感するようになる。その中で出会ったのが、「組織デザイン」によって組織変革に取り組むDONGURIだった。同社から支援を受けるなかで、安斎氏は「彼らからもっと学びたい」と感じるようになる。

「ミミクリデザインが取り組んできたのは、組織にいる個々人の関係性にアプローチしボトムアップに変革を起こす“組織開発”。一方、DONGURIが持つ強みは、トップダウンで組織構造や制度などにアプローチする“組織デザイン”。この両者は補完関係にあり、それぞれの力をうまく生かせれば、さらに組織はよくなると感じるようになりました。そこから、自然と協業という道を考えていくようになったんです」

「『賢さのメカニズム』を解き明かしたい」という衝動を貫徹し、こうして主に実践面での新たな展開を重ねる安斎氏。ただし、それだけでは、彼にとっては片手落ちだ。冒頭でも触れたように、安斎氏は現在、東京大学大学院情報学環特任助教という肩書を持つ。ビジネスとアカデミア、二つの異なる領域を行き来しながら、知の探求への衝動を突き詰めているのだ。

「『より良いワークショップデザインをしたい』『知を解き明かしたい』という根源的な衝動が、実践のモチベーションであり、研究のモチベーションでもあるんです。そのために、日々の経営や組織マネジメントに取り組みつつ、さまざまなプロジェクトの実践で得たものを、研究者として言語化し、普遍的で再現可能な知として編み直しています。

いまは、水曜日以外の平日は経営に専念して、水曜日は研究の日としています。メールやSlackが届いても一切返しません。いまはリモートですが、東大の本郷キャンパスに行くと、流れている空気も時間の速さもオフィスとはまるで違う。まったく異なる環境に身を置くことで、思考をコントロールできるんです」

手段が目的化してもいい。「衝動のフタを外す」重要性

安斎氏がそのキャリアで一貫して追究してきたのは、ワークショップデザインが人にもたらすポジティブな変化の仕組みを解き明かすことだった。それは先述の、吃音の少年を通してはじめてワークショップの力に触れたときの、大きな衝撃がきっかけとなっている。改めて、安斎氏はいま、その少年の身に起きた事象をどのように捉えているのだろうか。

「いま思うと、そのワークショップで提示した問いが取り立てて優れていたわけではなかったでしょう。ただ、その場では多様な価値観が許容されていて、学校教育のように『この子が優秀』『この子は体育が得意』といった強力な物差しがあるわけではない。そんななか、『すごいね』と認められたことで、それまで彼を抑制していたフタが外され、自らの衝動を解放できた。結果、彼は変容したんだと思います。だからこそ、僕は『衝動のフタを外す』ことの重要性を説いているんです」

そんな安斎氏はこれから、自身のキャリアをどこへ運ぼうとしているのだろうか。最後にこんな「お決まりの」問いを投げかけると、意外な答えが返ってきた。

「ずっと隠し通してきたのですが、最近もう開き直ったんです。僕、『ビジョン』のような、何か大きな目標を掲げて、それに向かっていくような考え方が苦手なんですよ。だから、工学部に馴染めなかったのかもしれない。エンジニアリングは目標に向かって、逆算してその達成を目指す考え方が根底にあるから。

よく『手段の自己目的化は良くない』と言われるけれど、僕は別にそれが悪いことではないと思うんです。『ワークショップを自己目的化させるな』という言い分には一切反論はないけど、『いや、確かにワークショップは面白いんだよ!』と考えてしまう自分もいる。

ジョン・デューイは人間の根源的な衝動として『構成的衝動(つくりたい)』『談話的衝動(語りたい)』の二つを挙げ、それが組み合わさることでより高次の『探究的衝動(知りたい)』『芸術的衝動(表現したい)』になると言っています。僕自身、『もっと探究したい』という実に利己的なモチベーションでここまでやってきた。それでもパフォーマンスを発揮することができているんです」

確かに私たちは、日々の忙しさや複雑な意思決定プロセスなど、もっともらしい理由を並べては、本当はやりたかったことに対して見て見ぬ振りをしているのかもしれない。「こっちのほうが面白いのに」「こうしたらもっと良くなるのに」……。安斎氏はさまざまな制約のなかでフタをされた衝動を一人ひとりが解き放ち、自由に創造性を発揮できるような社会をつくりたいという。

「端的に言えば、よくばりなんですよ。研究も実践もしたいし、良い会社にしたい。経営者、研究者、ファシリテーターと複数のモードを織り交ぜながら、人生を楽しみたい。

自分が実践したり研究したりできる最高の学習環境をつくって、価値観や思考の近い仲間と共有したい。そうやって学びの環境をより良くして、人の『学ぶ力』を最大化していけば、社会や組織のあらゆる課題を解決できるはず。それが僕の信念なんです」

安斎氏の言う「一人ひとりが自由に創造性を発揮できるような社会」の実現に向けて、その起点となる衝動や情熱を見出すため、ますます「問いのデザイン」の重要性は増していく。そして、その方法論は安斎氏が実践と研究を続ける限り、日々更新されていくはずだ。2021年時点での到達点も、あくまで目の前の「衝動」に基づいた通過点に過ぎない。

[文]大矢幸世[編集]小池真幸[写真]今井駿介