「共感」が負債に。元GoogleのUXリサーチャーが語る、デザイナーのメンタルヘルス問題
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「共感」が負債に。元GoogleのUXリサーチャーが語る、デザイナーのメンタルヘルス問題

UXデザインにおいてはユーザーを理解し、寄り添うことが重要だと考えられている。『HmntyCntrd』のファウンダーでUXリサーチャーのVivianne Castillo氏は、『The Emotional Toll of Working in UX(UX領域で働くことによる感情的な負荷)』という記事のなかで、ユーザーを含む「人間」と向き合うときに、心にかかる負荷やセルフケアの必要性を綴った。

自分自身という「人間」を理解すること

記事の内容を紹介する前に『HmntyCntrd』やCastillo氏について紹介しておきたい。

『HmntyCntrd』は、人間中心なUXデザインのためのオンラインコースやコミュニティを提供している。2021年にはFast Companyの『最もイノベーティブなデザインカンパニー』にも選ばれた。以下はコース内容を一部抜粋したものだ。

  • 人間中心なデザインを実践するときに直面する苦悩と対処法

  • 包括的かつ公平なリサーチとステークホルダーのニーズのバランス、職業倫理

  • 文化的謙虚さを実践するにあたって感情的な抵抗をどう扱うのか

「人間中心」や「UXデザイン」と聞いて想像するものとは、少し違ったかもしれない。

Castillo氏は、GoogleやSalesforceでUXリサーチャーとして働く以前は、心理学や福祉領域を専門としていた。2021年5月に出演したポッドキャストでは、セラピストとUXリサーチャーの仕事は重なる部分が多いと語っている。いずれも「他者を代弁し、その人が過去の課題に対し、新たなアプローチを見つけるよう手助けする」からだ。

その上で、Castillo氏はUXリサーチに携わる人が自分自身の内面と向き合う必要性について、次のように話す。

「私は(筆者注:セラピストとして)人間の複雑さを恐れず、関心と愛を持って、支援してきました。そのためには、自分について、あるいは他者を支えるときに起こる感情的な負荷について、知ることが必要です。また、他者との向き合い方や、その方法が自分の過去にどのように影響を受けているのかも、理解しておかなければいけません。

それらの作業は、私が常に愛し、楽しんできたことであり、UXリサーチの仕事においても、当てはまるものだと感じています」

ユーザーだけでなく、自分という「人間」の内面にも向き合うため、知識と力を身につけること。UXプロフェッショナルが「人間中心」をより広い意味で捉え、社会の抑圧や差別を解決し、より良い未来を構想すること。Castillo氏の願いであり、HmntyCntrdのミッションだ。

「人を理解すること、人間中心に(※)思考し、向き合うこと、あるいは、自分の偏見を自覚して自己認識を深める。これらは全てスキルセットであり、意図的に身につける必要があるものです。

UXの領域に携わる人たちは、多くが他者を助けたい、大切にしたい、より良い体験を作りたいと思っているはずです。それは素晴らしいことです。ただ、私には多くの人々が『自分は良い人間である』と信じすぎているように思います。

自分たちは良い人間であり、人種差別主義者でも、性差別主義者でもないと思っている。私にとっては(筆者注:それを問い直すことが)UXプロフェッショナルが成長するチャンスだと思います。意図的に学習の旅に出なければなりません」

(※訳者注...ここでの人間中心は、ユーザーを中心に据えるだけでなく、担い手自身も含めた、人間を考慮するという意味を指す

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『UX領域で働くことによる感情的な負荷』のなかで、Castillo氏は「セルフケアは単なる理想ではなく、倫理的に必須なものであり、他人に害を与えないための方法でもある」と語っている。

以前、Airbnbの記事でも紹介した通り、インクルーシブなデザインの実践においても、デザイナーが内側にある偏見と向き合うことが不可欠だと言われる。

自己を省みる営みと、人間と向き合う負荷を知り、自分自身をケアする営みは、どちらも今後より一層大切になるだろう。そんなことを読者の皆さんとも考えていけたらと思い、この記事を翻訳した。以下は『The Emotional Toll of Working in UX』を正式に許可をいただき、訳した内容だ。

UXに携わることが、心に与え得る負荷とは?

この記事を読んでいる人は、UX領域の専門家になりたいか、すでに専門家として仕事をしているか、どちらかに当てはまるのではないかと思う。

いずれにせよ、以下のようなことを耳にしたり、自分に当てはまると思ったりしたことがあるはずだ。

  • 人助けが好きで、人間の行動に興味がある。

  • 人と人がどのように関わり、どのような経験をし、どのような生態系の中で生活しているのかに興味がある。

  • 問題を解決し、新しいことを学ぶのが好き。

  • UXプロフェッショナルは給料も高く、楽しく、意義も感じられる。ぶっちゃけ、そんな仕事に就きたくない人なんている?(いや、いない)

だが、同時に以下のような経験はないだろうか。もしくは経験をした人を知っているのではないだろうか?

  • 「人間中心設計で」という指示を受けたが、ステークホルダーたちがリサーチやデザインにおいて、人間性を軽視していると気づいた

  • 調査の参加者や関係者の発言に圧倒されたり、驚いたり、悩んだり、不安になったりした

  • うつ症状との戦いが始まった、もしくは、あるプロジェクトや仕事に携わり始めてから、うつ症状がひどくなった

  • あるプロジェクトや仕事に携わるようになってから、友人や家族、同僚との関係が悪化していると気づいた

  • プロジェクトの最中に、集中力の低下や身体的・精神的・感情的な疲労、エモーショナルイーティング(感情やストレスの反応として、衝動的に食べ物を口にすること)、侵入思考(意思に反して止まらない思考)、無気力などを経験した

  • プロジェクト終了後、悲しみや嘆きを感じ、次のプロジェクトに進めない

  • リサーチ会議後に疲れを感じたがその理由がはっきりしない

UXに携わる意義について、私たちは「人助けができる」とか「給与水準が高い」とか、プラスの面に惹かれがちだ。

しかし、一歩立ち止まって、自分自身に問いかけてみてほしい。この職業は私という個人にどのようなリスクをもたらすのか、と。これまでに、そのリスクについて警告されたり、業界のリーダーたちの見解を聞いたりした経験はあるだろうか。教授や同僚、メンターから、精神的、身体的、スピリチュアル的、心理的な影響について、どのように注意されただろうか。

以下では、私が誰も事前に教えてくれなかったと感じる、3つの注意点について紹介する。

1. 「UXの専門家は、いつも感情的な中立性を保てる」という神話

UXの領域では、バイアスを減らし、人々のニーズを代弁すること。あるいは、デザインとビジネスの課題において人間を考慮するようステークホルダーに理解することの必要性が語られる。

私たちは、人間ならではの美しさ、複雑さ、厄介さにも、寄り添うよう求められる。そこにはサービスを提供した相手から受け取る感情も含まれる。

そうした他者からの影響によって、自分の感情が左右されていると認識するのは難しいかもしれない。なぜなら「UXプロフェッショナルは中立なのではなかったのか?」という疑問がつきまとうからだ。

こう考えてみてはどうだろう。そもそも私たちは感情的な存在であるのだ、と。解決すべき課題や、サービスの提供相手に対して感情的になってしまったときは、いかにその感情に気づき、寄り添い、対処するかを学ぶ必要があるのだと。

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例えば、職場で不安を感じたらどうなるだろうか。腹が立つのか、ショックを受けるのか、傷つくのか、あるいはイライラするのか。そういった感情をどう処理するのか。

残念ながら、大抵の人は次のような状態に陥ってしまう。

「多くのUXプロフェッショナルは、時間の経過とともに人間の感情に鈍感になり、感情の急性過剰摂取を経験し、境界線をきちんと引いて感情のスイッチを切ることを学ぶ。こうして警戒心と慎重な姿勢を維持していても、調査の参加者との接触がいつの間に深く自分に影響していることがある。」

(ジェフリー・コットラー博士『On Being a Therapist』より)

2. 共感は最大の負債

UXコミュニティやデザイン界隈のTwitterで、この職業において「共感」がいかに大事かを話し合う必要はもう無いと思う。

もちろん「共感」はUXプロフェッショナルの最大の資産の一つであるのは間違いない。だが、それは同時に最大の負債だ。なぜなら「共感」は、共感疲労や二次的外傷、代理外傷など、私たちの業界では知られていない症状への入り口でもあるからだ。

共感疲労

共感疲労は、共感を表すことが仕事の中心となっている人によく見られる。世界的に有名なトラウマ専門家であるチャールズ・フィグリー博士は、共感疲労を「援助者が燃料を補給しても再生できないときに起こる、心的および身体的に深刻な侵食」と表現している。

症状は以下に分類される。

怒りっぽくなる、イライラする/身体的、精神的疲労/集中力の低下/孤立感/不眠症/過食/アルコールや薬物の過剰摂取

こうした症状はUXの仕事にどのような影響を及ぼすだろうか。いくつかの実例を挙げてみよう。

怒りやイライラ:
調査の参加者に対して我慢できずひどいことや見下すよう発言をしてしまい、時には進行を軌道に戻すため、彼らの話を遮ってしまう。

集中力の低下:
集中力が続かず、インタビューの記録から裏づけとなる箇所を見つけることが難しくなる。重要な洞察であるにもかかわらず裏づけとなる引用文を適当に作ってしまう。例えば、あるプロダクトが大都市のジェントリフィケーションに与える影響を見落としたまま、デザインが出来上がってしまう。

二次的外傷と代理外傷

二次的外傷は一度目のセッションで突然起こるのに対し、代理外傷は他人の痛みにさらされた経験の積み重ねに対する反応であると、チャールズ・フィグリー博士は言う。

二次的外傷と代理外傷は、非営利の領域にいるUXプロフェッショナルや周縁化された人、トラウマを抱えた人、慢性疾患(精神疾患と身体疾患の両方)を抱えた人、抑圧された人と密接に仕事をしている人の間で、よく経験されるものである。

起こる時期は違っても症状は同じだ。

怒りやイライラ/侵入思考/職場での孤立や引きこもり/無気力/モチベーションの低下/人間関係における健康状態の悪化/絶望感

先ほどと同様、UXプロフェッショナルが陥る実例を見てみよう。

職場での孤立:
同僚が感情的にならざるを得ないプロジェクトに取り組んでいて助けを求めてきたが、手伝えない理由をリストアップし、その後、数週間そのプロジェクトについての会話を避ける。

侵入思考:
調査の参加者が話してくれた問題のある話が何度も頭に浮かんでくる。調査を続けながらも、他の参加者から同じような話が挙がるのを回避するための質問を作成し、最終的にプロダクトを推薦されるようにする。

こうしたトラウマ経験は、福祉領域の専門家(ソーシャルワーカー、看護師、カウンセラーなど)の間で起こりやすいと言われる。

アメリカ公共福祉協会によると「学際的な知識に基づいて人間のニーズを満たすという目的に取り組み、問題の改善だけでなく予防にも力を注ぎ、人々の生活の質を全体的に向上させることに尽力する人」と定義される人たちである。

定義はUXプロフェッショナルとも似ているのではないだろうか。UXの仕事では「人間とは何か」という複雑な課題や美しさと密接に関わるよう求められる。それはまさに福祉の領域で行われていることなのである。

3. セルフケアは倫理的な義務

最近、UX業界で「エシカル」という言葉が流行語になっているのは興味深い。まるで「人に関わるものが人に影響を与える」ということを、皆が初めて認識したかのようである。

だが、倫理の話は、UXプロフェッショナルとその周囲の関係において扱われるだけではなく、UXプロフェッショナルが自分自身との関係に対処するうえでも必要なものと言える。

なぜなら、セルフケアは単なる理想ではなく、倫理的に必須なものであり、他人に害を与えないための方法でもあるからだ。

アメリカカウンセリング協会は、米国のプロのカウンセラー、学生、その他のカウンセリングの専門家を代表する会員制組織だ。倫理規定は「プロフェッショナルな価値観は、倫理的なコミットメントを実践するために重要な手段である」という理解のもとに運営されている。そんな彼らから、私たちは次のことが学べる。

彼らはセルフケアの方法を知らずして自分の仕事が可能であるとは、決して考えない。倫理規定には「専門家としての責任」という項目がある。プロとしての責任とは何かを説明する箇所に、以下のような文章がある。

「カウンセラーは専門家としての責任を果たすために、自分自身の心的、身体的、精神的、スピリチュアル的な健康を維持促進するためのセルフケア活動を行う」

心的、身体的、精神的な幸福の追求は、ニュースやメディアでよく取り上げられている。だが、スピリチュアル的な幸福についてはどうだろうか。なぜプロの組織が倫理規定に盛り込むのだろうか。

ブリーン・ブラウン博士のスピリチュアリティに対する考え方は、とても参考になる。彼は「スピリチュアリティを実践することで、人生に展望、意味、目的の感覚がもたらされる」と言う。

それは、ある人にとっては、自分が信仰する共同体で人や神とつながることを意味するし、ある人にとっては、自然の中を長く歩いたり、ハイキングしたりすることを意味する。また、ある人にとっては、陶芸作品を作ったり、本を読んだり、ボランティア活動をしたり、友達とゲームナイトをしたりすることを意味する。

心的、身体的、精神的、そしてスピリチュアル的な幸福は、プロとして責任遂行に影響を与える。自分の幸福について網羅的な理解を維持促進しなければならない。

UXプロフェッショナルが同様の心構えを取り入れるには、福祉の専門家のように、自分たちの仕事が人々の生活にどれほど影響を与えているのかを認識する必要があるだろう。

あなたは、自分自身の心的、身体的、精神的、あるいはスピリチュアル的な問題から、仕事で生じる障害の前兆に気づくことができるだろうか。また、そのような問題が起きたときに、どのように周囲に助けを求めるべきか心得ているだろうか。これは簡単なことではない。

 福祉の専門家は、セルフケアが倫理的に必須であると、学生の間に業界のリーダーから教えられる。さらに、彼らは他人の擁護者という身近で個人的な役割を担うことになるため、プロとしての責任が問われる。UXプロフェッショナルも同じことを始める時が来たのではないだろうか。

[翻訳]Erika H.[編集]向晴香

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