なぜデザイン会社は自社事業をやるのか?——LOGICを立ち上げたPARKに聞く
デザインファームにおいて、クライアントワークだけでない“自社事業”を手がける経営者が増えている。
クライアントワークで得たナレッジを活かして事業を作る企業もいれば、R&D的に実験する企業、クライアントワークをキャッシュエンジンに、本命の事業を作る企業もいる。いずれにしても、デザインファームにとっては新たな挑戦だ。
その流れの中で、ブランディングに強みを持つ『PARK』が興味深い動きを見せた。2020年6月メンズスキンケアブランド『LOGIC』を発表したのだ。
先行販売をおこなったクラウドファンディングでは、開始25分で目標金額を早々に突破、最終達成率は1,101%まで躍進した。“好調”といって差し支えない滑り出しだ。
一見、これまでの事業とは関係のない領域だが、共同代表取締役でLOGIC事業責任者の佐々木智也氏は、「僕自身はクライアントワークのリソース度合いを下げ、LOGICへより力を入れる」と語り、アクセルを踏む覚悟を見せる。
なぜ彼らは、LOGICを立ち上げたのか。その経緯と、PARKにおける自社事業の意味を伺った。
カヤックで学んだ、自社事業もクライアントワークも同等に捉えるマインド
ツクルバにSmart HR、Layer X、Funds、メルペイ、ZIZAIなど、スタートアップ界隈では知らない人はいないであろう、著名企業のコーポレートブランディング。
それに加え、寺田倉庫のデジタル領域のデザイン支援、ステラシードの新規ブランド立ち上げなど、規模問わず幅広い領域で活躍するPARK。
同社はアートディレクターの佐々木氏と、プロデューサーの三好拓朗氏、コピーライターの田村大輔氏の3人によって、2015年に創業された。
彼らは前職・カヤックでの同僚同士。カヤック自体がCEO柳澤氏、CTO貝畑氏、CBO久場氏の3人による共同創業であり、PARKはその価値観の影響も大きいという。
左から、田村氏、三好氏、佐々木氏
自社事業を立ち上げた背景も、カヤック時代での体験に紐づいている。
「カヤックでは、クライアントワークと自社事業双方を手掛けており、ナレッジも人員も当たり前に相互に行き来しシナジーを生んでいました。その姿を見ていたので、我々も自然と自社事業とクライアントワークを分け隔てず取り組もうと考えていました」
事実、創業期からクライアントワークと並行し、いくつもの事業案を検討してきた。「ただ、肝心の注力できる事業が、結果的に今まで出てこなかった」と佐々木氏は振り返る。
「ニュースキュレーションアプリや、ミールキット、飲食などあまり縛られずにいくつもの事業アイデアを考えてきました。時には開発合宿をしたり、モックやプロトタイプも制作したりしましたが、いずれもマネタイズ面や開発、契約関係、競合環境の変化など様々な要因で、最終的にはお蔵入りになってしまった。クライアントワークが堅調に伸びてきたこともあり、気がつけば、何も出せないまま5期目に差し掛かっていました」
PARKは共同代表という体制もあり、自社事業も「3人がピンと来なければやらない」と判断してきた。都度「コレをやりたい」と思ったメンバーが議題にあげ、他2人の感触や反応を見ながら具体化、全員の同意を取りつけていくプロセスをとる。
「例えば、僕は過去にたまごボーロの事業案を提案したことがありました。”子どものおやつを大人のおつまみに”といったアイデアで、僕自身は結構モチベーションが高かったんです。自分でプロトタイプを家で作ったり、メーカーに問い合わせたり、簡易的にユニットエコノミクスを勘定したりしたんですが、二人からはまったく支持が得られなくて(笑)。泣く泣く引っ込めることもありました」
「男を上げる」でも「モテる」でもない、ワークツールというコンセプト
2019年、この面々が「やろう」と判断したのは“メンズスキンケア”という領域だった。そのアイデアは、クライアントワークでコスメブランドの立ち上げを支援する中で感じた、メンズコスメの「選択肢の少なさ」や「煩わしさ」から見いだした。
「メンズの商品は、『男を上げる』『女性にモテる』というコミュニケーションが大半で、個人的にも共感できるものがなかったんです」
PARKはコスメブランドの立ち上げを支援する中で、単にクリエイティブを作るだけでなく、事業にも深く入り業界構造や商慣習をなども学んでいた。
この知見を生かせば自分たちで作れるんじゃないか——漠然とした不満に経験を掛け合わせると、それは事業案へと形を変えた。タイミングも、彼らを後押しする。D2Cの台頭だ。
「これまでの化粧品販売は流通構造的に問屋が非常に強く、問屋との関係性がないと小売店の棚に並べてもらうのが非常に難しい。新参者が入りづらい構造なんです。その点、D2Cはそれらをスキップし、直接お客様アプローチできる。D2Cの盛り上がりにより、ECの構築から製造、流通といったブランド作りのアセットも充実し、ブランドを立ち上げるハードルもかなり下がってきていた。これも大きな契機となりました」
こうしてPARKはメンズコスメを軸に、事業を検討。海外への視察や競合調査、製品開発に各種インフラの整備等を経て形になっていく。この経緯は佐々木氏のnoteが詳しいので、是非参考にして欲しい。
ただ、単に自分たちが欲しい商品を作るだけではない。同社はあくまで「ブランディング」の会社。その強みは最大限活かす。
「ブランドを作るにあたっては『“ワークツール”としてのスキンケア』をコンセプトに掲げました。男性にとって、やはりスキンケアは面倒なもの。ただ、仕事のパフォーマンスが高い方ほど人の目に触れる機会も多いので、スキンケアはパフォーマンスの一部になる。そう考えました」
「男を上げる」でも「モテる」でもない。これまでにない「ワークツール」というコンセプト。佐々木氏の違和感に呼応し提示したこの価値観は、市場からも好意的に受け止められる。その証左が、1,101%達成というクラウドファンディングの数字だ。
「幸いなことに自分たちの想像を大きく上回る支持をいただけた」としつつも、「D2Cは、ユーザーの声を元にプロダクトを改善していくサイクルを回していくもの。ブランドとしては、スタート地点に立ったばかりに過ぎない。共感を集め、輪を大きくしていくのはここから」という。
8月頭に日本初上陸した体験型店舗「b8ta」へ出店。8月3日には公式サイトを含め正式リリースするなど、まさにアクセルを踏みはじめた。
自分で事業を回し、はじめて知れる“重み”
では、この自社事業はPARKにどのような意味をもたらすのだろうか。
佐々木氏は、「創業期からクライアントワークと両輪で考えてはいたものの、その必要性はここ数年で大きく変わった」という。きっかけは、クライアントの変化だ。
「この2年ほどで、PARKはスタートアップの仕事が格段に増えました。すると、相対する相手が必然的に代表やCxOになってきたんです。我々はあくまでブランディングの専門家ですが、事業家と向き合うには近い目線での議論が欠かせなくなる。自分に求められる視座がグッと上がったんです」
もちろん経営やビジネスに関するインプットは日々行っている。ただ、「やればやるほど、経験しないと語れない部分があると感じるようになった」という。
「自分たちの資金で、企画から販売、サポートまで、お客様へ価値を提供し、対価をいただく——それらの商流を一通り経験したからこそ、見えてくる領域があると思っています。言葉に重みがあるのももちろんですが、事業を見る解像度が違う。そこに行けて、はじめて提供できる価値があるなと感じるようになったんです」
だからこそ、クライアントワークを抑えてでも、自社事業へコミットする。この経験が、クライアントワークのレベルを数段上げるという確信があるからだ。
その一例として、佐々木氏はコスト意識を挙げた。
「BtoCの商材をイメージするとわかりやすいと思います。新商品を作るとき、クリエイティブからすればより良い提案をし、数円コストが上がったとしても“良いもの”を届けたくなる。ですが、その裏側では材料を何キロ入れるか、在庫をどれだけ作るかで卸値や単価を細かく調整・交渉している人がいる。
たった数円でも、そろばんをはじく人にとっては重い数字なんです。その“重み”は自分で事業を回さないと感じられない。逆にいうと、その肌感があれば見える世界は別物になると感じています」
クリエイターであれば、単価が多少上がってもブランドのために「印刷で凝りたい」「素材にこだわりたい」と考えたことがあるかもしれない。佐々木氏自身「自分も昔なら躊躇せず言っていた」と振り返る。
「あらゆる商材は、パッケージから中の原料、販促物、物流費、人件費など……本当に多様な要素が結びついて企業から顧客に届いている。クリエイティブもブランドも変数のひとつでしかないんです。それを踏まえた上で、原料に投資しよう、販促に投資しよう、パッケージを頑張ろうと判断される。議論の土台に立つ上で、“重み”を知ることは大きな意味があると感じています」
ブランディングが軸。クライアントワークも自社事業もあくまで手段
とはいえ、PARKにとってLOGICは単なる“勉強の場”ではない。佐々木氏が事業責任者としてコミットしているのも、あくまで単体の事業として成果を求めるがゆえだ。他方で、物販だけの企業になるつもりもない。
「“ブランドを作る”という強みを、クライアントに提供することもあれば、自分たちでやることもある。軸足はあくまでブランディングです」と佐々木氏は言い切る。
売上的にも、規模は狙いすぎない。わかりやすくいうならば、数十億円、数百億円規模の事業を目指すよりは、数億円規模の事業を複数持つイメージに近いという。これは「ブランド」という戦い方に起因する。
「化粧品で言うと、売上数百億円規模に拡大するには、研究開発なども必要になってきたり、広告宣伝費をどれだけかけられるかの戦いにもなる。それは、体力のある大手だからできるやり方ですし、より多くの人が受け入れる商品づくりにシフトしなくてはいけません。我々は規模に縛られずに、同じ価値観を共有できる人をブランドでつなぎ、じっくり育てていきたい」
むしろ、ブランディングの知見が活き、愛を注げるものであれば、領域を選ばない。実際、「次に考えている事業アイデアはスイーツです」と佐々木氏は教えてくれた。
言うまでもなく、クライアントワークも「事業」だ。ただ、クライアントワークのような受託と、LOGICのような製造小売では、キャッシュフローも、事業が持つ変数も異なる。
そこに優劣は存在しないが、製造(開発)と販売の事業を手がけるクライアントには、同じ領域で経験がある方が提供できる価値は間違いなく大きくなるはずだ。その点、「いくつものブランドを立ち上げる」経験は、多様な領域を知れるという意味で、クライアントワークの厚みにも直結する。
無論、その苦労は計り知れない。ただ、上手く回る土台ができれば、経営者と同じ解像度でクライアントに伴走できる、唯一無二の企業へと変容するはずだ。
[文]小山和之[写真]今井駿介