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「わかりやすさ」を捨て、オルタナティブをデザインする——インフォメーション・デザイナー 櫻田潤

「インフォメーション・デザイナー」という肩書きからは少し意外にも思える、90年代のUKロックミュージシャンを彷彿とさせる風貌で、櫻田潤は現れた。

インフォグラフィックという概念が日本ではまだ広まっていなかった2010年から、海外のインフォグラフィックを日本に紹介するサイト「VISUAL THINKING」を運営してきた櫻田。2014年にユーザベースに入社して以来約8年間、NewsPicksをはじめとした同社のインフォグラフィック展開を牽引。経済メディアにおける「縦スクロールで読めるビジュアルコンテンツ」を浸透させた立役者だ。

NewsPicksではこれまで、インフォグラフィック・エディター、チーフ・ソーシャル・エディターと歩んできた。加えて今後は、インフォグラフィックの自主制作へと活動の幅を広げていたVISUAL THINKINGの位置付けを、コンテンツレーベルへと変えるという。

櫻田はインフォメーション・デザインを「見た人の心にメッセージを響かせ、行動を起こさせる手法」と捉える。氏はそれを通してムーブメントを仕掛けようとするアクティビストだとも言えよう。

インタビューを進めていくと、櫻田の精神性には、音楽、とりわけ90年代を牽引したUKバンド「レディオヘッド」の影響が色濃く見えてきた。

本記事はWantedly Official Profileとのコラボレーション企画です。

「インフォグラフィックは音楽に似ている」

大学時代、経済学部でデザインやアートとは縁の遠いことを学んでいたという櫻田。授業に出るほかは、本を読み、絵を描き、音楽に傾倒する日々を送っていた。レコードやCDジャケットを眺めながら描いたのは、政治的なコラージュや風刺、プロテスト・アートなど。その中でも特に心酔し、インタビューを読み漁っていたのが、レディオヘッドだ。

筆者が「レディオヘッドは、ジャンルでいえばロックですか?」と問うと、櫻田は熱量高くこう答える。

櫻田「彼らはジャンルで語れないんです。というのも、彼らはアルバムごとに全然違う音楽をやっていたから。とにかく実験的で、王道のギターサウンドもあれば、電子音楽を演じる時もある。でも手段は変わっても、レディオヘッドは紛れもなくレディオヘッドなんですよ」

好きなアーティストを語る熱量そのまま、櫻田は今へとつながる思想の軸を垣間見せた。

櫻田「僕がレディオヘッドから学んだのは、いわば『オルタナティブな精神性』です。彼らはいつも新しい時代に適した表現方法を模索しながらも、同時に『自分たちであろう』としつづけている。『世の中に不信感があるなら、どう立ち向かうか自分で考えろ』と、いつも問いかけてくるんです」

しかし、櫻田が自分なりの表現を見つけるまでの道のりは、決して短くはなかった。

大学卒業後はプログラマーとして働くが、表現を仕事にする憧れが捨てきれず、デザイン会社へ転職。やっとスタートラインに立ったかと思いきや、ここでも挫折を味わう。クライアントワークでは、顧客の要望や課題が前提にあるが、櫻田が思い描いていたのは、アーティストの衝動にもとづく表現のような仕事だったからだ。結局、デザイン会社も1年ほどで辞職。BtoBの事業会社に転職し、マーケティングの仕事に携わるようになった。

その頃、偶然出会ったのが、インフォグラフィックだった。

プログラマー時代に手がけた「データの集計や分析」、デザイン会社で経験した「視覚的な表現」、マーケティングの仕事で行った「情報の伝達」……櫻田の目には、自分の経験のかけ合わせで成り立つ「表現」のように映った。

「絵画のようだ」——はじめてインフォグラフィックを目にした時の印象をこう表現する。「複雑な物事をわかりやすくする」という機能性に目が行きがちなインフォグラフィックだが、櫻田には創造性を自由に発露できる可能性の塊のように見えたのだ。

櫻田「インフォグラフィックをインフォグラフィックたらしめるのは、人の手による編集です。見る人の心にメッセージを響かせるためには、データをまとめる上手さだけでなく、つくり手の個性が重要になる。だからこそ、僕には音楽と似たアート的なもののように感じられたんです」

インフォグラフィックは必ず「誰かの何らかの意図」を含む

2010年、櫻田は「VISUAL THINKING」を立ち上げ。海外の先端事例を発信するとともに、自主制作もスタートした。

見よう見まねで作ったインフォグラフィックは、すぐに日の目を浴びた。最初に声がかかったのは、愛読していた「WIRED」。そこから「Huffington Post(現ハフポスト)」「TechCrunch」「Engadget」と、著名メディアから次々と相談が舞い込んだ。

櫻田が感銘を受けたのは、明らかにインフォグラフィックに対する理解が深い点だ。当時のインフォグラフィックは挿絵のように扱われることが多く、クレジットが載ることもなければ、制作者の意図も求められない。発注者の意図に沿って「視覚化する」ような役割だった。

一方、外資系メディアの仕事では、どの情報を伝えるべきかを編集部と議論したうえで、インフォグラフィックとして落とし込む。そこには情報を取捨選択できる裁量と、自分がつくっている手触り感があった。もちろん、そこまで深く関与するからこそクレジットも掲載されていた。

それは同時に、“重圧”という側面もあった。どんなことを伝えるかの意思決定に深く関与している以上、デザイナーには公開する内容に対してより大きな責任が生じるからだ。

櫻田「インフォグラフィックは、データや事実に基づくように見えて、実際は人の手による編集を介します。これはあらゆるデザインにも言えますが、その過程では、かならず“意図”が含まれてしまうんです。

たとえば、グラフの一部を赤色にしたり、少しコピーをつけたりするだけで、見る人が受ける印象をポジティブにもネガティブにも操作できてしまう。それだけの影響力を持つんです。その責任はとても重い。そう思い、僕は当時から『制作者名を表記すること』を仕事を受ける絶対条件にしてきました」

「経済」による変革への熱狂、そして違和感

この頃櫻田は、インフォグラフィックを通して、社会にどうインパクトを与えていくかを思案していた。経済、政治をはじめアプローチできる領域は幾つもあるが、どの文脈で活動すればオルタナティブな価値観から社会へインパクトを与えられるのか。

2010年代前半に着目したのは、経済活動、とりわけGAFAを中心とするシリコンバレー的世界観から生まれたテック企業の存在だった。ちょうどその頃、外部パートナーとして参画していたNewsPicksで、GAFAが世界を変える臨場感を可視化する連載「ネット四天王のすべて」を担当。大きな反響が得られたことも櫻田を後押しした。

「ここでなら『経済』を通じて世の中を変える流れに貢献できるかもしれない」。櫻田はそのままNewsPicksを運営するユーザベースへ入社を決める。「経済情報で、世界を変える」をミッションに掲げていた同社は、経済とテクノロジーの力で既存体制を塗り替える、シリコンバレー的「オルタナティブ」な価値観をいち早く発信する経済メディアだったとも言えよう。

櫻田の肩書きは「インフォグラフィック・エディター」。情報をビジュアル化する編集者として、経済メディアにおけるスマートフォン時代の縦スクロールコンテンツを確立させるために奔走した。

また2019年からはソーシャルメディア編集部を立ち上げ、初代チーフに就任。SNSで記事内のインフォグラフィックを拡散し、「試し読み」させることで、これまで興味を持っていなかった層にも、経済活動が世の中を変えていく潮流を伝えることに尽力した。

だが、この頃からある違和感を覚えるようにもなっていた。

櫻田「経済活動が大きく社会を変える可能性には、いまも疑いはありません。でも、世界の革新を先導していたGAFAも、企業の倫理性をより問われる立場に置かれると、不正義が目立ちはじめてきた。その姿を見る中で、シリコンバレー的な価値観を純粋に信じられなくなったんです」

かつてオルタナティブだと感じていた価値観は、櫻田にとって輝きを失ってしまったのだ。

インフォグラフィックは「わかりやすく伝える手段」ではない

もうひとつ、櫻田には違和感があった。「インフォグラフィック・エディター」という肩書きだ。

あくまで目的は社会に影響を与えることであり、コンテンツ制作は手段のひとつ。だが、気づけば「インフォグラフィックを作ること」が、自分のアイデンティティーになっている。「このままでは、“作り手”以上にはなれない」。

櫻田は焦りながらも、別のあり方を模索しはじめた。かつてレディオヘッドが、ロックやパンクの枠組みに電子音楽、ジャズ、クラシックなどを実験的に織り交ぜ、新しい自らの表現を確立しようとしたように。

2021年、『デザイナーと名乗ることにした。』と題したnoteを公開。「インフォメーション・デザイナー」と自らの肩書きを再定義し、“情報のデザイン”というより広範な領域に取り組む旨を記した。

同時に、この機は櫻田にとってインフォグラフィックの役割を再考する機会にもなった。

櫻田「一般的に、インフォグラフィックは『わかりやすく情報を伝える手段』と言われます。ですが、わかりやすさを追求しすぎると、受け手はわかった気になり、その本質を考えないまま忘れてしまう。むしろ、本当にすべきなのは『紐解きつづけさせる』ことではないでしょうか。何度見返しても本質が何かを考えさせられるような、長く向き合われるものが必要だと考えました」

その想いのもと、櫻田はある実験をおこなった。情報量の多い「重たい」インフォグラフィックを、あえてSNSに投下したのだ。一般的には情報量が多く端的に受け取りづらいものはSNSと相性が悪いとされる。櫻田自身、それは重々理解した上でのことだ。

結果は、櫻田の期待に応えるものだった。予想に反してリーチが伸びただけでなく、受け手が独自の解釈を投稿し、投稿を起点に議論まで巻き起こったのだ。

櫻田「『相手は見てくれない』と決めつけるのは良くありません。ちゃんと届ける努力をしていれば、届くべき人に届く。そう確信しました」

もちろん、「わかりやすさ」が悪というわけではない。説明的でわかりやすいコンテンツをつくることは「容易い」ともいう。だからこそ、あえてそうしない。櫻田からすれば、「答えを提示するのはカッコ悪い」からだ。

たとえば、この画像に「2020年までに公開の23作品のうち、20作品の主人公が男性、女性の主人公は3作品でした」と文言を挿入し、直接的にジェンダーバランスの問題を指摘すると、わかりやすくなるだろう。

あえてそうしないのが、今の櫻田のスタンスだ。

櫻田「閲覧数を求めるなら『わかりやすい』ことを目指す方が効率がいい。でも、僕はそれをやめようと考えました。少し難しくて複雑でも、読者を信頼して委ねる。そんなアプローチを試行錯誤しています」

例えば、下記のインフォグラフィックを見て欲しい。数字や図が入り混じり、タイムライン上で一瞥しただけでは理解できない。かつ、この数字をどう捉えるかは、格差、性別など様々な切り口・論点が存在するだろう。これは読者への信頼があって初めて成り立つコンテンツだ。ぜひ、その意図を読み解いてみてほしい。

「コンテンツレーベル」として、次のオルタナティブへ

音楽評論家の田中宗一郎は、レディオヘッドについて解説するインタビューの中で、彼らが新しい表現へラディカルに足を踏み入れた代表作『OKコンピューター』『キッドA』についてこう評している。

「グローバリゼーションが行き届いた後の世界で起こってること」がテーマであること。「世の中の皆さんが見てる半径15メートルの外側では世界はこんなことになってるんですよ」と、いろいろな角度から伝えようとするレコードだと。

櫻田は、音楽ではなくインフォメーション・デザインで、半径15メートルの外側を届けようとしているようにも見て取れる。

2021年、VISUAL THINKINGはミッションを“情報をデザインし、「興味のきっかけ」「理解のきっかけ」「行動のきっかけ」を作る” に変更。「僕にできる社会変革の支援とは、これまで関心のなかった情報との出会いを作り、それによって価値観や行動変容のきっかけを生み出すことです」とnote『デザイナーとしてのミッションは何か』には記されている。自分の興味範疇、フィルターバブルの外側との接続に尽力するという宣言と捉えられる。

加えて、VISUAL THINKINGの位置付けを「コンテンツレーベル」として再始動する姿勢を明確にした。

櫻田「いまのメディアはコンテンツの内容がSNSに左右されています。プラットフォームに発信内容を左右される度合いを下げるために、どんなスタンスを取るべきかはずっと悩み続けてきました。その結果、『コンテンツレーベル』と名乗ることにしたんです。メディアやSNSはただの、流通先。自分たちが独立したつくり手であると意思表示し、流通経路の流行り廃りに囚われず、自分達はコンテンツや作品づくりに集中しようと考えました」

VISUAL THINKINGが扱う領域も変化する。「経済」ではなくこれからは「サステナビリティ」に軸足を据えていく。

櫻田「言うまでもなく、いま地球環境は危機的な状態にあります。一方で、サステナビリティという言葉には、どこか不信感を抱いている人も多い。僕は、その理由を『情報の関係性がわからない』ことにあると考えています。人間は遠い世界で起こる複雑な出来事には、どうしても不信感を持ちやすい。だからこそ、インフォメーション・デザインを通して、世界にある“見えにくい事実関係”を見える化し、見た人が身近な自分ごととして捉えて、行動を促したいと考えています」

グローバリゼーションが行き届き過ぎたGAFA後の世界で、情報のデザインを通じ「半径15メートルの外側」を伝えようとする。1990年代の文脈とは異なる、2020年代に求められる新たな「オルタナティブ」への挑戦ではないだろうか。

すでにいくつかの実勢も生まれている。Climate Integrateとのコラボレーション企画「気候変動をめぐる2022年スケジュール」や、日本財団との共同制作コンテンツ「里親制度のきほん」など櫻田が見据える領域を象徴しているような事例だろう。

こうした、社会へのまなざしを強める一方で、前半でも触れたように、櫻田はつくり手自身の内発的衝動や個性、趣味趣向に宿る価値も重視する。たとえば、ビートルズが大好きなデザイナーが、「ビートルズでわかる気候変動」というコンテンツを制作すれば、これまで気候変動に興味関心がなかった層にまで響くはずだ、と櫻田は目を輝かせる。

櫻田「カルチャーを経由して社会課題への関心を広げる。それが紆余曲折を経てきた僕だからできる、 “アクティビスト”としてのあり方なんだと思います」

歌詞カードを擦り切れるまで読み込んだレディオヘッドから、オルタナティブな精神性を学んだ櫻田。

『世の中に不信感があるなら、どう立ち向かうか自分で考えろ』——自らの表現を見つけた櫻田に、迷いはなかった。

櫻田さんのキャリアの変遷と、その過程で携わった活動の数々は、ぜひプロフィールページもご覧ください。