『FONTPLUS』リニューアルを支えた、精鋭をまとめ上げる“熱量”あるチーム作り
今年夏、SNSのタイムラインにこんな投稿が踊った。
2018年7月3日、Webフォントサービス『FONTPLUS』がリニューアルされた。この投稿は、リニューアルで実装された「FONTPLUS ためし書き」という機能を活用したものだ。
リニューアルを手掛けたのは日本デザインセンターを中心に組成されたチームだ。デザインを日本デザインセンター。UXデザインをStandard、フロントページの「ためし書き」開発をUniba、フロント/バックエンド開発をSHIFTBRAIN、そしてコンテンツディレクションをフリーランスの編集者・ディレクターの土屋綾子氏が担当した。
各領域のプロフェッショナル、且つ精鋭揃い。メンバーを揃えることも難しいが、それを同じ方向へと歩みを進めさせていくことも、決して容易でないはずだ。
彼らはどのように、このプロジェクトをゴールまで導いたのか。その裏側を伺うべく、日本デザインセンター関口裕氏、Uniba河合伶氏、SHIFTBRAIN鈴木丈氏、Standard鈴木健一氏、土屋綾子氏の5名にお話を伺った。
姿形がないところからの、チーム作り
プロジェクトの立ち上がりは、丁度ほぼ1年前。
FONTPLUSの運営元と、クリエイティブディレクターとしてプロジェクトを統括することとなる関口氏の間からはじまった。
FONTPLUSは2011年から続く、Webフォントサービス。長年様々なフォントメーカーと提携を重ねラインナップを増やしてきたが、サービスとして次なるステップへ歩みを進めるため、何をすれば良いかという漠然とした課題があった。
日本デザインセンター関口裕氏
関口「当時はまだ、プロジェクトの姿形さえ見えていない段階でした。何をすべきかは見えていないが、変えなければいけないことはわかっている。どこへ向かうべきか——という漠然とした問いからスタートしました」
漠然とした相談ではあったが、クライアントと対等に議論を重ねプロジェクトを進めるには絶好の機会だった。長らくユーザーとしてフォントサービスに馴染みがあったこともあり、関口氏はほぼ即答したという。
とはいえ、日本デザインセンターはデザインファーム。サービスの設計から開発までを一貫して行うには、パートナーと共にチームを作りゴールを目指す必要がある。そのとき関口氏が思い描いたのが、今回の面々だった。
関口「今回、チームビルディングがプロジェクトの核になるのは明らかでした。だからこそ、それぞれの分野で信頼が置ける人。かつ、フラットな関係性でプロジェクトに取り組め、各々が自走できる人がいい。そのときに思い浮かんだのが今回の皆さんでした」
初期のサービス設計を、UXデザインファームStandardに。Web開発は、海外のデザイン賞をいくつも受賞するSHIFTBRAIN、フロントページの「ためし書き」開発は、高い技術力を誇るUniba、コンテンツディレクションは、Webの編集経験も豊富な土屋氏に、それぞれ白刃の矢がたった。
そのほか、デザイン、アートディレクションを担当する日本デザインセンターの後藤健人氏を加え、プロジェクトがスタートする。
このオファーに対し、特に驚いたと振り返るのは開発を担当する2社だ。
中央・Uniba河合伶氏
河合「僕らは『こういうものを作りたいが、どう作ればいいかわからない』『ある程度までできたが、技術的に足りないところがある』といった形で相談をいただくことが多いんです。今回『何も決まっていないですが、一緒にやりましょう』とお声がけいただいたので、最初は驚きましたね。ただ、チャレンジしてみたい領域ではあったので、そこに面白さを感じ、ぜひとお答えさせていただきました」
SHIFTBRAINも同様だ。同社は、基本は企画からディレクション、デザイン、開発までをワンストップでかつ高いクオリティで行う。そのため、開発だけの案件は普段受けていない。ただ、その中でも直接鈴木氏、安田氏の個々の能力に期待し関口氏は声をかけた。
鈴木丈「今回、関口さんからは僕とフロントエンドの安田へ直接お声がけいただきました。我々のポテンシャルに期待いただいた貴重な機会でした。また、ちょうどスタンダードデザインユニットというチームを立ち上げ、SHIFTBRAINとして仕事の幅を広げていく時期でもあった。そういった背景もあり、チャレンジしてみようという意志決定になりました」
主体性が活きた、仮説検証
まずは企画と仮説検証から入る。
企画の土台となるユーザーニーズの仮説を関口氏がクライアントと共に整理。その仮説をStandard、Unibaと共にユーザーテストとプロトタイピングを繰り返し、検証・改善していく。
関口「企画の根幹はクライアントとの会話の中で、これまでのサービスの歴史についてのヒアリング、今後のビジョンについての再解釈を行い、めざすべき仮説として提案していました。ただ、それが本当に正しいか、慎重に検証を重ねなければいけない。そこでStandardさんとUnibaさんにはご尽力いただきました」
検証では、仮説で設定されたペルソナに対しUnibaが制作したプロトタイプでユーザーテストを実施。得られたフィードバックをプロトタイプへ反映する。このスプリントを3回繰り返し、仮説の解像度を上げていった。
右・Standard鈴木健一氏
鈴木健一「やるべきことは明確でしたので、スケジュールを加味して、進め方のプランを事前に用意しキックオフに臨みました。すると驚いたことにUnibaさんもほぼ同じプランを同じタイミングで用意されていたんです。なので、その場でこれで進めましょうと意志決定できた。動き出しはスムーズでしたね」
河合氏としては、焦りもあった。スケジュールにそこまで余裕があるわけではない。普段得意としている複雑なシステム開発とは異なるアプローチが必要だった。
河合「詳細は決まっていないにしても、肌感覚としてつくるべきものの方向性と、かかる時間は見えていた。スケジュールを考えると、頑張らなければリリースまで余裕がないこともわかっていたので、早め早めで手を動かしていました」
実際プロセスに入ると、形の見えていないものを短いスパンで形にするという経験は、河合氏にとっては特に印象的に映った。
河合「2週間後には締め切りが来るというプレッシャーはありました。ペルソナに対してどういう価値を提供できるか考えながらバタバタと作り、フィードバックを受け修正する——新鮮な進め方というのもあり、あっという間の6週間でした」
同業者が使うサービスゆえの想い
仮説検証を経て、デザイン、開発へとフェーズは進む。
アートディレクションを担当した後藤氏は、今回扱うタイポグラフィに、デザイナーとして思い入れがあった。SHIFTBRAINと組んだのも、鈴木氏がCSSでの文字組みに精通しているとの理由から、関口によるアサイン提案があったためだ。
関口「後藤は、FONTPLUSでバーティカルリズム(Vertical Rhythm)をやりたい——と考えていました。その思いを実現してくれるのは、鈴木さんしかいないと考え、協業を提案しました」
バーティカルリズムは、ベースラインを基準にした文字配置で、印刷のタイポグラフィで用いるもの。Webの場合、行の高さの考え方が異なるが、後藤氏はそれを理解した上で、Webフォントサービスだからこそできるデザインを追求した。SHIFTBRAINの鈴木氏は、当初デザインを見たときの印象を以下のように振り返る。
左・SHIFTBRAIN鈴木丈氏
鈴木丈「感心しました。理路整然として、全てに理由があるデザインだった。このマージンにはこういう理由があり、ここはこれだけあける必要がある…といったものが全て整理され納得感もある。明確な指針のもとで実装に入れたので、迷いがなかったですね」
後藤氏は普段、デザインから実装までを担当することも多い。その中で、今回の協業ではたくさんの刺激を受けたという。
関口「SHIFTBRAINさんと後藤は、デザインと実装の間で何度もやりとりを重ねました。普通のプロダクションでは、もらったデザインをどう実装するかという意識を持つところが多い中、SHIFTBRAINさんにはいい意味で突き上げてもらった。後藤は自分でもある程度コードを書ける人間なので、提案を聞いて『そういうやり方があるのか』とエンジニアならではの観点に戸惑ったり、ソースコードを見ながら、何度も『すごい』と言っていたのが印象的でしたね」
鈴木氏も、今回の実装難易度を踏まえつつ、やりとりを重ねたことが、結果良いアウトプットへと繋がったと振り返る。
鈴木丈「フォント選択やフィルター機能など、今回のUIは実装が複雑でビジュアル通りに進めると無理の出る箇所がいくつかありました。そこを『こうさせてもらえないか』と、密に相談させていただきましたね。結果、グラフィックデザインとアクセシビリティ、ユーザビリティが両立する良い落としどころにたどり着けました」
FONTPLUSはデザイナーやエンジニアといった同業者が使うサービス。ゆえに関口氏は、譲ってはいけないものがあると考えていた。
関口「エンジニアやデザイナーが想定ユーザーということもあり、使ってみて『なんだ』とがっかりされるようなものは絶対に作りたくない。だからこそ、SHIFTBRAINさんやUnibaさんといった技術力のある方の力が必要だったんです」
言葉が、サービスの“顔つき”を整える
プロジェクトの後半にさしかかり、重要な役割を担っていくのが土屋氏だ。土屋氏が担うコンテンツディレクターは、サイト上で用いられる様々な言葉を統括する。土屋氏は、プロジェクト初期のサイト設計から関わり、土台を整備した上で、具体のコンテンツにつなげていった。関口氏はこの役割を、サービスの“らしさ”を作る上で重要になると考えていた。
関口「企画をまとめる中で、『サービスとしての“顔つき”』をどう表現するかを考えました。フォントを扱うサービスということもあり、FONTPLUSらしさは、言葉への落とし込みが重要になる。そこで、Webのこともわかり編集マインドもある、土屋さんにお願いしたんです」
土屋氏は普段ディレクター系の職務を担うことが多いという。その中でも、言葉やコンテンツにフォーカスしてもらいたい、というのが関口氏からのオーダーだった。土屋氏は、サイトの設計を通してサービスの“らしさ”を知るため、初期からプロジェクトへ参画し、サービスが体現すべき価値観をインプットしていった。
土屋「このプロジェクトは、関口さんが企画をまとめ上げた段階で、かなり熱い想いが込められていました。企画書をはじめとするドキュメントには、サイトでも使えるような土台となる言葉がちりばめられていた。それを軸に据えつつ、設計を進めながら編集的な視点で言葉へ落とし込んでいきました」
左・土屋綾子氏
概要文などのサイト内で使われる文章から、アラートの文言、「ためし書き」というサービス名まで。FONTPLUSらしさを構成する言葉は全て土屋氏がまとめ上げた。
ページ内で用いられる言葉だけではない。ユーザーの目に最も触れるであろう、サンプルテキストにもこだわった。テンプレート的文言を入れることもできる。しかし、ここはサービスの顔になるという思いから、初期表示のテキストについては初期表示のテキストについてはオリジナルで作り込んでいった。
土屋「Webで利用されることを考えたときに、紙媒体を前提とした書体見本帳で使われているような文章を用いるのは適切ではないだろうと考えました。さらに、Webとひとくちに言ってもサービスサイトとニュースサイトではサイトに必要な言葉も使われ方も変わってくる。であれば、適切なサンプルテキストを作らなければと考えたんです」
「行頭にはちょっと、懐の広い国みたいな漢字が欲しい」「英字、数字、カタカナは入れたい」…といった、必要となる要素から文章を構築していく——。土屋氏はこの作業を繰り返し、サンプルテキストへとまとめていった。
オリジナル文だけでなく文学作品・詩・論説文などから適切なものをチョイスしたり、和文書体の制作で用いられる漢字セットを盛り込んだりしながらも、土屋氏は、このテキストのうち1つをある人物に依頼した。編集者の伊藤ガビン氏だ。
土屋「最初は、『ラッパーが書くような文がいいかな』と考えていたんですが、ガビンさんに相談したところ『僕やるよ』と言って下さいました。どんなものが来るだろうとワクワクして待っていたら、まさにコレだ!という文章で。俄然テンションが上がりました」
「いつの間にか来ていた未来。この世界、気づいたら横で寝てる機械。紛れもないRobot。AIに出会い。いつの世にも引かれていた、このLINE。アナログとデジタルの境界線。グラデ描く水平線。急接近する世界線、そこが最前線、これがリアルなフォントの話。本当にホントにFontの話。信じる信じないは関係ない。使うも使わないも問題ない。いつの日にかわかるはずだこの革命。」
サイトの思想と設計を通して言葉作りをし、サービスの“らしさ”を整備。その上で、FONTPLUSはリリースへと歩みを進めた。結果、7月3日に無事リニューアル版をリリース。ためし書き機能を活用した投稿がソーシャル上で次々と目にするなど、良い滑り出しを描けた。
熱量的な中心人物と、業務的な中心人物
プロセスは難なく進んだように見える。
ただ、このプロジェクトが成立したのは、メンバーが1つの方向を向いて歩みを進められたからに他ならない。実際、苦労した点を——と質問をすると、各々が担当した部分で小さくない課題を抱え、乗り越えてきた。
その背景には、それぞれが各領域のプロフェッショナルであること。そして、その意識を強く持ってプロジェクトに取り組めたことにあると関口氏は振り返る。
関口「今回は冒頭でも申し上げたように、このメンバーをそろえることがプロジェクトの要でした。僕がやったことは、声をかけた人間として、最後まで当事者意識を強く持つってことくらいです」
プロジェクト後半、SHIFTBRAIN鈴木氏は、開発フェーズが主となる段階において最後まで中心に立つ存在がいることはとても大きかったという。
鈴木丈「僕らからすると、中心で高い熱量を持っている人が居続けることはとても大きいんです。開発フェーズに入ると、ディレクターは次の案件に取り掛かっていることって、たまにありますよね。一生懸命作っていても、周りに誰もいないみたいな。最後まで熱量高く取り組めるための柱として、関口さんの存在はありがたかったです」
河合「中心に、何かしらの求心力がないと回らないっていうのは本当にそうだなと思いますね。個々が熱量を出していたとしても、収束する先がないと発散してしまう。今回は関口さんという中心があったからこそ全員が常に熱量を持ち続けられたというのはあると思います」
また、プロジェクトに対して常に考え続ける関口氏がいる一方、進行管理や折衝を行うディレクターのロールを持つ人を置かなかったことも大きいのではないかと、土屋氏は振り返る。
土屋「良い面悪い面あると思いますが、今回はディレクターがいなかったことで、意思決定やタスクの切り分けでスタックすることがなく、それぞれのメンバーがすぐにアクションに移れたのは大きかったと思います。その分全員に負荷がかかり苦労はあったと思いますが、良い意味でより主体的に動くきっかけにはなったなと」
河合「確かに、全員が自走しているイメージがありましたね。あの人が決めてくれるだろうといった空気はなく、全員が次どう動くかを考えていたように思います」
プロジェクトに対する熱量という意味での中心的人物の存在。他方で、業務という意味ではあえて中心を持たせないこと。この2つが、チームを主体的かつ継続的に熱量高く動かす力になった。
目の前のサービスと、中長期的な視点での可能性
リリースまで熱量を込め、プロジェクトと真摯に向き合った面々。
ただ、FONTPLUSはWebサービスであること、そして関口氏が整理した企画としても、リリース後いかに改善していくかがサービスの将来像を決める。サービスの今後を伺うと、その先のフェーズに対し、何ができるかという意識を強く持ちつつ、期待を語ってくれた。
関口「FONTPLUSの事業はWebフォントの提供がメインです。ただ、その先の可能性はとても大きい。現状、テキストに付加される情報として、フォントが担える役割はまだまだある。その可能性の検証や表現、発信は今後必要になってくるでしょう。もちろん、手前でのサービス改善も必要ですから、中長期な視座と、目の前のプロダクトとのバランスをとりながら、うまく成長を描いていきたいと思っています。あくまでサービスの根幹は、事業の当事者であるクライアントの悩みや戦略。これからも常に向き合って並走していきたいと思います」
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インタビューの中、それぞれの話をしつつも、各社その場に集まれなかったメンバーについての言及が多いのが印象的だった。当初プロジェクトの概要を関口氏に伺った時も、「できれば各社から話を聞きたい」と語り、チームとして各社のメンバー各々が、非常に高いコミットメントの元成立したプロジェクトであることが伺い知れた。
本来、メンバーやステークホルダーが多くなるほど、コミュニケーションコストや手間も増える。しかし、それは必ずしも悪いことではない。各々の主体性と熱量があれば、多様な企業や立場の面々が肩を並べたとしても適切なコミュニケーションで皆が同じ目標に向かえる可能性がある——。
FONTPLUSのプロジェクトは、そう物語っているのではないだろうか。
[写真]今井駿介 [文]小山和之