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事業会社がなぜ受託?多様ではなく“多価”を追うスマイルズ・クリエイティブ本部の姿勢

「あなた自身の経験を教えて下さい」

スマイルズCCO(Chief Creative Officer)野崎亙は、企画を練る時そんな言葉を投げかける。

同社は、食べるスープの専門店『スープストックトーキョー(以下、SST)』や、ファミリーレストラン『100本のスプーン』、ネクタイ専門店『giraffe』などを運営。これまで彼らは、マーケティングから得られる定量情報に裏打ちされたニーズではなく、つねに「自分たちが欲しいもの」を形にし、成長を遂げてきた。

「N=1」と表現されるそんな彼らのアプローチは、自社事業だけでなく、クリエイティブ本部が手掛けてきた入場料のある本屋『文喫』やPanasonic『talcook』のイベントプロデュースなどのクライアントワークにも活かされている。

そう、彼らは事業会社でありながら、クライアントワークも手がけるのだ。当初は、グラフィックやウェブサイトの制作といった案件を数多く手掛けてきたが、年を追うごとに案件の種類や規模は拡大。今や、空間プロデュース、ブランディング、エリア開発など進行中の案件は50にものぼるという。

同組織を立ち上げから率いてきた野崎氏を通し、その実態と変遷に迫った。

野崎亙(のざき・わたる)
スマイルズ 取締役 CCO クリエイティブ本部長 / Smiles: Project & Company主宰
1976年7月3日生まれ。京都大学工学部卒業。東京大学大学院修了。2003年にイデーに入社し、新規事業の企画に携わる。06年にアクシス入社。大手メーカーのビジネスプロデュースや経営コンサルティングに携わる。11年にスマイルズ入社。全事業のブランディングやクリエイティブを統括するほか、外部企業のコンサルティングやプロデュースも行う。15年4月にクリエイティブ本部長、11月に取締役に就任。

上司がソフトクリームを食べてる姿って、なんか許せる

2020年12月、東芝本社が入る「浜松町ビルディング」のシェアスペース『ハマラボ!!!』がリニューアルされた。手がけたのはスマイルズのクリエイティブ本部。クライアントとともに導き出した『Be Soft』というコンセプトを形にしたこのスペースでは、スマイルズもソフトクリーム店を出店する。もしかして、Be Soft だからソフトクリーム……?

野崎「ちょっと意識しました(笑)。僕らは、クリエイティブを手がけるにあたり、マーケティング情報ではなく必ず一人ひとりの実体験や実際に感じた思いを大切にします。個々の体験を深堀りし、定量情報では得られないN=1の声に耳を澄ますんです。

ハマラボ!!!のリニューアルにあたり聞こえてきたのは、「上司がソフトクリームを食べている姿って、なんか許せる」という言葉だ。

野崎「たしかに、ソフトクリームを食べていると、どんなに偉い人でもカッコつけられませんよね。『ちょっと、ソフトクリームを食べませんか?』を誘い文句にすればコミュニケーションの質はきっと変わるだろうなと。そう思い、ソフトクリーム店を出したんです」

1万人が勤めるこのオフィスビルは周囲に飲食店がなく、息抜きをできる場所がなかったという。気持ちを切り替えたり、普段とは違う気持ちで話し合いができたりする、言うなれば『逃げ場』のようなものだ。そこで「ソフトクリーム」はよいツールになると彼らは導いたのだ。

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ハマラボ!!!内に出店したソフトクリーム店(提供:スマイルズ)

同組織のユニークさを表すのはアプローチだけではない。2019年に、十勝地方のプロモーション案件でプロデュースした物産イベントにもその一端が表れている。彼らは、イベントのプロデュースの傍ら、自らもフライドポテト店を出店した。

WORLD POTATO CLASSIC』と名付けたこの店は、世界一多品種のじゃがいもを生産する十勝をPRするために、「世界一のじゃがいもを決める」というコンセプトを立て、フライドポテトの詰め合わせを提供した。ここで働いたのは、イベントのために雇用されたアルバイトでも飲食部門のスタッフはなく、クリエイティブ本部で働くメンバーたちだ。

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WORLD POTATO CLASSICの店舗(提供:スマイルズ)

野崎「このお店では、料理も販売もすべてクリエイティブ本部の人間がやりました。デザイナーがじゃがいもTシャツをつくって、プロジェクトマネジャーやデザイナーがじゃがいもを揚げて。WEBディレクターが販売する。まるで文化祭ですよね。短期間のイベントでしたが、クリエイティブ本部が企画から現場までを務めたこのお店は売上的にも成功を収めたんです」

ゆくゆくはこの物産展を本場十勝で開催しWORLD POTATO CLASSICも出店。その際にはアプリを開発して実際に投票できるように……と野崎氏の脳内には企画のイメージが広がっている。だが、冷静に考えてほしい。なぜ、デザイナーがポテトを揚げる必要があるのだろうか? 

自ら稼ぎ、クリエイティブの質を上げる

創業以来、スマイルズは代理店や制作会社を使わず、自社でクリエイティブを展開してきた。クリエイティブ本部という形になったのは2016年。ここから、機能型組織として自社のクリエイティブを一手に受けるとともに、同組織の特徴でもある社外案件(=クライアントワーク)も受けると決めた。

インハウスとしては異例のこの取り組みを立案した野崎氏は、その理由を以下のように話す。

野崎「会社にとって、クリエイティブ組織はお金が出ていくだけの存在でしかありません。だから、普通に組織を作ると、最小限の人員しか確保しない。ですが、良質なクリエイティブを生むには、さまざまな背景や職能、強みを持つデザイナーが在籍しているのが理想。そこで、自ら“稼ぐ”クリエイティブ組織にして、多くの人を抱えようと考えたんです」

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だが、クリエイティブ本部が動き出した当初、慣れないクライアントワークにデザイナーたちの戸惑いも大きかった。

野崎「社内の見知った間柄から受ける仕事であれば、相手や事業の理解も一定ある上ですし、プレゼンや関係性構築に必要以上に時間を掛ける必要もありませんでした。しかし、外の仕事では企画を提案し、信頼を勝ち取り仕事をしていきます。これまで社内の仕事だけをしてきたデザイナーたちは、当初苦戦を強いられていました」

だが、外の仕事を通じてこれまでとはまるで異なる業界の知識や、デザインの技術を身につけられる。そして、外の仕事で新たな情報を獲得することで、スマイルズの仕事ではそれを生かした挑戦的なクリエイティブを生み出す。さらに、それが外の仕事を増やしていく。「時間をかけてでも、そんな循環を生み出せれば」と野崎氏は考えていた。

その目論見通り、クライアントワークが軌道に乗り始めるとともに、規模を拡大。今や、空間デザイン、ウェブデザインといったデザイナー陣のみならず、広報、プロジェクトマネージャー、そして料理人まで(!)、バラエティに富んだ人材が揃っている。しかし、いったいなぜ料理人がクリエイティブ本部に必要なのか?

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クリエイティブ本部のメンバー(提供:スマイルズ)

野崎「それは、なんとなくです(苦笑)。そもそも、彼はレストラン事業部では人が足りているから採用できなかった人材でした。しかし、話を聞くと、事業を立ち上げてバイアウトした経験を持っているなど、人としてさまざまな可能性を秘めていた。そこで、クリエイティブ本部として採用しました。当初は、料理とはほとんど関係ない仕事ばかりでしたが、だんだんと商品開発の仕事なども増えていき、料理人としての腕も発揮されるようになってきています」

野崎氏は、こうした人材の並びを「多様」という言葉では表現しない。その代わりに用いるのが「ポリバレント(=多価)」という言葉だ。“ユーティリティプレイヤー”という意味で捉えるかも知れないが、それだけではない。文字通り「多様な価値を発揮できること」こそ、この言葉を選ぶ意図だ。

事実、スマイルズには職能ごとに作業や役割を分担せず、デザイナーであっても、企画から開発、そしてフライドポテトの販売までを手掛けるのが当たり前なのだ。「もしも、その人が踊れるなら踊ってもらう」と野崎氏は語り、自身も文喫のプロデュースにあたっては、施工費削減のために自らトラックを運転して什器を運び入れた。

スマイルズという企業をフィールドワーク・研究した結果から組織文化を語る書籍『スマイルズという会社を人類学する-「全体的な個人」がつなぐ組織のあり方』(弘文堂)の中では、ある社員が「分業ではなく、守備範囲だけでなく全部を自分のこととして考えていこうという方針はスマイルズの方向性としてあると思う」と語っている。

野崎「デザイナー、ディレクターといった機能で捉えるのではなく、あらゆるメンバーがイチから企画を考え、実行します。デザイナーだからデザインだけをやる、というような人はいないし、求めていません。クリエイティブに限らず、全員が頭からお尻までをやる。これがスマイルズらしさであり、他社のクリエイティブ組織とは異なる部分でしょうね」

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手前:N=1のアプローチを解説する野崎氏の著書『自分が欲しいものだけ創る!スープストックトーキョーを生んだ『直感と共感』のスマイルズ流マーケティング』(日経BP)/中:『スマイルズという会社を人類学する-「全体的な個人」がつなぐ組織のあり方』(弘文堂)/奥:SSTのレシピ本『Soup Stock Tokyoのスープの作り方』(文藝春秋)。

だが、多くの企業が分業体制を敷いているのは、それによって効率性が確保されるから。職能ではなく人による仕事は、生産性を損なうのではないか?そんな疑問をぶつけると、野崎氏は深くうなずいた。

野崎「そうですね。ただ、生産性を上げることって、そんなに難しくないんですよ。ルールをつくり、ルーチン化できるように構造を整理すれば効率はすぐに上げられる。けど、そうやって決めたルールは『縛り』として働き、結果、僕らの目的である『新たな価値を生み出すこと』を阻害してしまうんです」

今、去年のデータは通用しない

この“新たな価値”を追求する姿勢もスマイルズの特徴だ。

同社は「生活価値の拡充」を企業理念に掲げ、代表の遠山正道氏は、過去の取材で「20世紀は経済の時代、21世紀は文化・価値の時代」と述べている。では、彼らはどのようにして新たな価値を生み出しているのか?野崎氏はその根源を「思考」と言い、技術や経験より重視する。

例えば、ポスター制作を依頼されても、クリエイティブ本部のデザイナーはすぐには手を動かさない。まず「なぜこのポスターが必要なのか?」「ポスター以外の方法で課題を解決できないのか?」と思考するところから始まる。

その姿勢は、クライアントワークにおいても変わらない。制作物の依頼を受けても、まずやるのは「なぜそれが必要なのかを思考する」こと。「思考することで仕事がややこしくなるんですけどね」と、野崎氏は苦笑する。

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野崎「ある案件では、オフィス空間のデザインを依頼されていたのに、打ち合わせを重ねて課題の根本に遡るうちに、空間よりコーポレートメッセージをつくることが大切だと気づき、仕事の内容そのものが変わってしまったり。

僕らはクライアントのパートナーとして価値を発揮します。ですから、クライアントからの依頼も『これを作ってください』ではなく『どうしたらいいのか、一緒に考えてください』という相談から始まることが多いですね」

そうして、彼らがクライアントとともに生み出す新たな価値は、今やグラフィック、ウェブサイト、空間などのデザインに留まらず、商品開発、企業ブランディング、野崎氏が「ヘクタール案件」と呼ぶ、大規模なエリア開発にまで規模を拡大している(その規模なんと2ha=20000㎡!)。

そんな大規模な案件、スマイルズも手掛けたことはない。

野崎「けれども『やったことがないからできません』と、お断りすることはない。だって、はじめて手掛ける案件から得られる成長ほどおもしろいものはありませんから。そうやってチャレンジを連続していたら、いつの間にか業務の幅がどんどんと拡大してしまったんですよ」

組織化以降、案件の規模・領域とも拡大し続けてきたクリエイティブ本部。だが、単に拡大の一途を狙うわけではない。つど、手を広げるだけでなく足場を固めることも重視する。直近では組織としての土台固めとして、『スマイルズ生活価値拡充研究所』を立ち上げた。ここでは、彼が大切にする「新たな価値」という概念を深く掘り下げていく。

野崎「“不便益”の研究で知られる、京都大学の川上浩司特定教授と共同で『生活価値工学』というジャンルを提唱していきます。ここでは、これまで価値と考えられていなかった価値をアカデミックな研究から見出していく。ゆくゆくは、ここで得られた価値を新しい事業へと結びつけたり、新たな価値に基づいたプロデュース事業を展開していこうと考えています」

ヘクタール案件から研究機関の立ち上げまで、猛烈な振り幅で展開するクリエイティブ本部の仕事。一見すると脈絡がないようにも見えるが、野崎氏はそれらの仕事の先に、スマイルズのミッションである「世の中の体温をあげる」ことを見ている。

野崎「スープにしてもファミリーレストランにしても、スマイルズが提供するのは、非日常な体験ではありません。それは日常の中にあって、今まで経験したことがあるはずなのに新しい感受性が呼び起こされるような体験。

スマイルズが『店舗』という単位で提供してきたそんな価値を、クリエイティブ本部では、ブランディングやエリア開発などでも表現していく。そうやって、感受性を刺激することでつくられるのは『新しい当たり前』です。当たり前が変われば、社会は変わっていくんです」

コロナ禍によって、これまでの「当たり前」は大きく変わり、昨年に取得したデータとの比較はほとんど意味をなさなくなった。その中で、スマイルズ・クリエイティブ本部は価値を追いかけるのではなく、価値そのものを生み出していく。今日も、「あなた自身の経験を教えて下さい」と問いかけながら。

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[文]萩原雄太[編集]小山和之[写真]今井駿介

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