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コイニー創業期を支えた二人が語る、“1”を生み出す猪突猛進の姿勢:連載「0→1デザイナー」第1回

本記事は、Mimicry DesignDONGURIが運営する、組織イノベーションの知を耕す学びのメディア『CULTIBASE』との共同企画です。本記事は双方の媒体に掲載されています。

サービスの立ち上げと成長フェーズでは、デザイナーに求められる素養もスキルも異なります。特にプロダクトの0→1を支えるデザイナーには、何もないところから、事業の根幹を見極め、形にしていく様々な力が求められるでしょう。

いま名を知られるサービスは、どのように0→1を乗り越えてきたのか。創業期を支えてきたデザイナーに、当時の舞台裏を伺う本連載。

今回お話を伺ったのは、ヘイ(旧・コイニー)を創業時から支えてきたお二人。プロダクトストラテジスト久下玄さんとリードデザイナーを務める松本隆応さんです。久下さんは家電メーカーを経て、独立。tsug,LLCを創業し、同社の経営を続けながらコイニーにジョイン。一方、松本さんはデザイン制作会社を経て、コイニーに参画しました。

「ほぼなにもなかった」というタイミングから参画したお二人の経験と、そこで求められたスキル、そして0→1期を支えるデザイナーの鍵を伺いました。

限りなく「0」の環境でもジョインを決めた理由

──お二人はコイニーが法人化される前から事業に関わっていたんですよね?どんなきっかけでコイニーとの関係が始まったのでしょうか。

松本:この取材を受けるにあたってメールを掘り返してみたところ、最初に佐俣とメールをしたのが2011年10月19日でした。コイニーの創業が2012年3月なので、その半年前からですね。

きっかけは、佐俣から直接メールがきたことでした。僕が書いていたデザインに関するブログを見て興味を持ってくれて、「ちょっと会いませんか」と声をかけてもらったんです。

久下:僕がコイニーに関わり始めたのは、2011年の11月頃。知人の紹介がきっかけでした。佐俣が考えていたビジネスプランにはハードウェアが必須。でも、ハードをデザインできる人がなかなか見つからず、たまたま相談したのが、紹介してくれた知人だったんです。その人が「お前ならできるんじゃないか」と佐俣と僕を引き合わせてくれたんです。

──お二人がコイニーに関わり始めたころ、事業はどんなフェーズだったのでしょう。ある程度、事業の形は見えていたのですか?

松本:いや、ほぼ何も決まっていなかったです。事業内容は佐俣の頭の中にだけあって、かろうじてピッチ資料があるくらい。具体的な事業プランもなく、当時はまだ日本になかったスマホ決済サービスのやりたいという話でした。

デザイン面でいうと、サービスのロゴだけはあったのですが、クラウドソーシングを利用して作られた一時的なもの。まずそのリデザインをしたいという相談を佐俣から受けました。

久下:松本が新たなロゴを完成させたころに僕もコイニーに関わり始めたので、事業のフェーズとしては松本と同じくほぼ「ゼロ」の状態でした。はじめに佐俣と話をしたときに聞いたのは、「決済用のアプリとハードウェアをつくりたいと思っている」程度。多少事業計画もあったんですが、かなりふわっとしていたと思います。

「どれくらいハードウェアが必要なんですか?」と佐俣に聞いたら「分からないけど、30万台くらいです!」といった具合でしたから(笑)。

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創業期のお二人。左:松本隆応さん、右:久下玄さん

──今のお話を伺うと、当時は0→1の中でも限りなく0に近い状態かと思います。なぜジョインを決められたのでしょうか。

松本:佐俣に会ったのが、ちょうどデザイナーとしてネクストキャリアを考えていた時期だったんです。当時、「良いデザインをしている会社に入る」か「良いデザインをゼロから生み出せる環境に身を置くか」の2択で迷っていました。さまざまな会社の話を聞く中で、良いデザインを生み出せる環境をゼロからつくっていった方がスキルもつくし、面白いだろうなと思うようになったんです。

事業の立ち上げフェーズのスタートアップとも何社かお話をしましたが、その中からコイニーを選んだのは、社長が最もデザインにうるさかったから。法人化する前、ロゴの他にも海外のサービスを参考にワイヤーフレームをつくっていたのですが、佐俣はデザインに関してかなり細かいフィードバックをくれたんです。トップがここまでデザインにこだわりを持っているなら、自分の力が存分に活かせると思いましたし、スキルも磨けると感じジョインを決めました。

久下:明確なビジョンがあったことは大きいですね。先程言ったように、事業計画は明確とは言えないものでした。ハードウェアの製作はかなりの資金が必要になるので「資金調達はどうするんですか?」と聞くと「大丈夫です!なんとかします!」と言った調子。いろんな会社と仕事をしていましたが、どこよりも雑だったかもしれません(笑)。

ですが、サービスを通じてどんな世界をつくりたいのか、何を成し遂げたいのかといった部分はどの会社よりも明確だった。だからこそ、どんなピースが必要で、何が足りていないのか想像しやすかったですし、自分が「足りないピース」になれると確信できたんですよね。自分が手伝えることが多く、この人の描くビジョンのためなら楽しめるだろうと思えたからだと思います。

後々佐俣から聞いた話だと、僕らがジョインすると決まり、慌てて法人化したらしいです(笑)。

デザイン、コーディング、営業、カスタマーサポート……。「何でもやった」創業期

──創業時点ではお二人も含めて、4人のメンバーがいたと聞きました。4人中2人がデザイナーというかなり珍しい布陣だったと思うのですが、お二人はどんな業務を担当されていたのですか?

久下:僕はハードウェアに関する部分が担当でした。ただ、サービスのデザインカンプはみんなで考えていましたし、基本的には何でもやっていましたね。

たとえば、iOSの開発。アプリの制作を進めていく中で、ある日突然気づいたんです。「おや、iOSエンジニアがいないぞ」って。当初はバックエンドを担当してくれていたエンジニアが「僕やりますよ」って言ってくれたのですが、バックエンドも大変だったこともあって途中で難しくなってしまい。そしたら誰かが「久下さんできない?」と言い出して、僕がその場で学びながら担当することになったんです。

サービスが一定形になった後は営業もですね。知り合いの会社を中心に「試しに導入してもらえないか」と営業していました。松本もそんな感じでしたよ。

松本:そうですね。最初は僕も画面のデザインするだけだったんですが、実装するフロントエンドエンジニアがおらず「自分がやるしかない」となり、独学でフロントエンドのコーディングを習得。見よう見まねで自分がデザインしたものを自分で実装していきました。

久下:創業当初はそれが当たり前でしたね。カスタマーサポートの電話番号がしばらく僕の携帯の番号でしたから(笑)。導入してくれているお花屋さんから「使い方が分からない」と電話が掛かってくれば、僕がパソコンを持ってお客さんのところに行くんです。お客さんと画面を見ながら「こうした方が分かりやすいですか」って言いながら、その場でコードを書き換えて、対応していましたね。

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創業期、Coineyリーダーのパッケージについてディスカッションする松本さん、久下さん、佐俣さん

──本当になんでもやっていたんですね。当時を振り返ってみると、0→1フェーズにデザイナーがいたことは、組織にどんなメリットをもたらしたと思いますか?

松本:デザインドリブンの文化が根付いていることは大きいなと思います。事業がスケールした今でもプロダクトはもちろん、セールスが使うサービス説明のスライドなど、あらゆるアウトプットのデザインをこだわり抜くカルチャーがあることは、サービスの強みになっているのではないでしょうか。

久下:デザインが優れていると、提携先や投資家など、外部パートナーとのコミュニケーションにおける大きな武器になります。一般的には、想定売上額やユーザー数など「数字」がコミュニケーションの中心になりますよね。もちろん、数字も大事なのですが、数字は外部環境に影響されやすい。当初説明していた数字がぶれると「前はこれくらいいくって言ってたじゃん」と、パートナーの不興を買うことにもつながってしまう。

その点、デザインはぶれにくい。デザインカンプに沿って「こんなサービスをつくります」と説明したことは、数字と異なり「想定と大きく違う」といった事態を招きにくいんです。つまり、パートナーがサービスのUIやUXのデザインを見たことで抱いた期待感は、彼らとの関係性を作る強力な武器になる。さまざまなパートナーの力を借りなければ、サービスは立ち上がりません。そういった意味で、創業期にデザイナーが果たせる役割は小さくないと思っています。

0→1で求められる“猪突猛進力”、1→10で求められる協働する力

──創業期を振り返り、0→1フェーズを支えるデザイナーには、どのような力が必要だと思われますか?

松本:“猪突猛進力”ですかね。どんな状況でもサービスを形にするために続ける力が求められる。僕はサービスローンチまでを0→1と捉えているのですが、このフェーズって何が起こるか本当に分からないんですよ。

状況はどんどん変化しますし、昨日までの方針を次の日には大きく変えなければならないこともある。そんなカオスな状況でも、事業を前に進めるために手を動かし続けることが求められます。

久下:どんなことも厭わずに、楽しんでできることも重要ですよね。先程、僕らが「なんでもしていた」というお話をしましたが、0→1フェーズのデザイナーには「デザイナーとしての業務ではないこと」が当たり前のように求められます。

ただ、デザイナーの中には「自分の作業」に集中したいという人もいます。それ自体が悪いことだとは思いませんが、少なくとも創業フェーズに「自分のやり方で、自分の業務だけをしたい」というスタンスの人がいることは、その人にとっても組織にとってもデメリットが大きいだろうと思います。

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ローンチ前、カスタマージャーニーを検討をしていた様子

──“猪突猛進力”はサービスローンチ後、つまり事業が0→1から次のフェーズに移行してからも、必要な力なのでしょうか。

松本:いえ、それより他者と協働する力が求められてくるかなと思いますね。事業が1→10フェーズに入るころには、徐々に「チーム」で動く機会が増えてくる。私たちもサービスローンチ前後に、3人目のデザイナーがジョインしました。すると、個人としてどれだけ頑張るかより、チームとしてどうパフォーマンスを出すかが重要になる。

そのためには、「やるべきこと」と「やるべきではないこと」の峻別が必須です。「なんでもやる」という動き方では出せないパフォーマンスを発揮するには、各々の得手不得手を見極めて、適切に業務を差配することが必要ですから。同時に、チーム内外の人とコミュニケーションを取り、いま自分たちがやるべきことの見極めも求められます。

久下:漫画『鬼滅の刃』に、今の話に通ずるものがあるなと思います。主人公の炭治郎の仲間に、伊之助というキャラがいるんですよ。彼は敵を倒すために、とにかく一人で突っ込んで行く。仲間と歩調を合わせることは、基本一切考えていないんです。一方、炭治郎は周囲の力を借りながら、チームで敵を倒そうとする。

物語が後半になり強力な敵が登場すると、伊之助一人では敵を倒せなくなり、仲間と協力せざるを得なくなります。チームプレイの中でも力を発揮するのですが、やはり元から仲間と協力することが得意な炭治郎の方が躍進していくんです。

事業運営も同じだと思います。0→1フェーズでは個人レベルで突破しなければいけないイシューがたくさんあり、とにかくそれをバタバタとやっつけていかなければならない。そこで必要とされるのは、松本の言葉を借りれば“猪突猛進力”ですよね。

しかし、事業が成長し組織も大きくなってくると、個人ではどうにもできない課題も増えてくる。そういったフェーズでは、猪突猛進しているだけでは活躍できないんですよね。他者と協働できない人は、バリューを発揮できなくなってしまうんです。

事業を知らないデザイナーに0→1フェーズは支えられない

──“猪突猛進力”で0→1を切り抜け、1→10では協働する力が重要になるんですね。

松本:それ以外にも、0→1フェーズでは事業戦略から物事を捉える力も重要なポイントだったと思います。佐俣と久下のオフィスに行ったとき、ハードウェアのデザインに関する話を聞きにいったはずなのに、久下はほとんど事業についての話をしていたんです。

事業を伸ばすための戦略から、具体のマーケティングや営業施策までをホワイトボードを使いながら整理していた。当時の僕は制作会社のデザイナーだったので、事業のことなんて分かりませんでしたし、全くついてい行けず、終始ポカンとしていましたね(笑)。でも、そのとき「こういうデザイナーがキーマンになるんだな」と思いました。

久下:当時はデザイナーが事業を語ると怒られることもあったんです。「『そもそも論』なんていいから、デザインのことだけ話せ」と。でも、僕はデザイナーも事業のことを理解しなければならないと考えていましたし、こだわりを持っていました。

このスタンスは、新卒で入社した家電メーカーを退職し、自分の会社を立ち上げスタートアップと仕事をし始めてからですね。そもそも僕は、家電メーカーでデザイナーとして働く中で「表面的なデザインだけにこだわっても、売上は伸ばせない」と感じ、より根本から事業を支える仕事をするために起業しました。だからこそ、事業に関する知識も身につけましたし、エンジニアリングも勉強したんです。

その中で、デザインの正解はタイミングや事業の“目線”によって変わるんだと気が付いたんです。「いま、この事業はどんなフェーズにあって、次は何を達成するべきなのか」あるいは「この事業が目指しているのは、どんなことなのか」、そういったことを理解せずして、「正しい」デザインはできない。そう気付いてから、事業に関しても意識的に学ぶようになりましたね。

さっき松本は「ついて行けなかった」と言いましたが、今では事業についても当たり前のように話をしています。事業の状況や目指すべき方向から、デザインを考えるスタイルが板についている。松本の姿を見て、heyのデザイナーたちもそういったスタイルになっていますね。

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現在のheyのデザインチームと松本さん

──最後に、0→1フェーズに挑みたいと考えるデザイナーにアドバイスを送るとすれば、どんなことを伝えますか?

松本:「速筋的なスキルを磨き、遅筋的なマインドセットを持ってください」ですね。スタートアップの事業立ち上げはスピードが命。「デザイナーとしてはここにこだわりたい」なんて言っている間に、状況はどんどん変わっていく。なので、超短期間の中で一定の品質でアウトプットを出し続けることが大事だと思っています。これが「速筋的なスキル」の意味ですね。

速筋を使って短距離走を駆け抜ける一方で、数年先を見据えて「このデザインがブランドをどうつくっていくのか」を意識することも大切です。やがて、レースは短距離走からマラソンに変わっていく。ハイスピードでアウトプットし続けながらも、そのアウトプットが未来のブランドを形づくることを意識する「遅筋的なマインドセット」が重要になります。

久下:スキル面でいえば、デザインのスキルはもちろん、エンジニアリングから営業までありとあらゆるスキルを身に付けておくことをおすすめします(笑)。ただ、そういうときりがないですから。重視すべきは、新たなスキルが必要になったときに、そのスキルを習得するラーニング力でしょうね。

たとえば、「UIデザインを3ヶ月学んだだけでは何もできない」という人がいますが、そんなことはないと思います。効率良く学べば、3ヶ月で素晴らしいデザインができるようになりますし、物事を素早く習得するラーニング力があれば、たいていのことはすぐに一定レベルできるようになるんです。

──どんなスキルが求められるか分からないからこそ、「学ぶ力」こそが重要になると。

久下:あとは、起業してみてもいいですし個人事業主としてでもいいので、事業をつくり、自分でお金を稼ぐ経験をしてみると良いと思います。先程、事業目線を持つことが重要という話をしましたが、事業目線を持つためには、自分でやるのが一番早い。

「経営者から見ると、デザイナーってこんな風に見えているんだな」と、経営者目線からデザイナーという職業を見ることで気づきを得られると思いますし、さまざまなことを俯瞰できるんですよ。自分で事業をやると、ともすればデザイナーが軽視しがちな営業やCSが事業にとってどれだけ重要なのかを実感できますしね。

自ら事業を立ち上げ、事業を俯瞰して捉えることで、0→1フェーズで求められる視点やスキルを身をもって知れると思います。

[文]鷲尾諒太郎[編集]小山和之

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今回ご登壇いただいた松本さんは、誰でも簡単に本格的なネットショップが作れるサービス「STORES」の開発と提供にあたり、「意味のイノベーション」実践にも取り組んで来られました。CULTIBASEでは本内容についても解説した記事をリリースしておりますので、ご興味のある方はこちらの記事も併せてご覧ください。