デザインツール『STUDIO』が“プロダクト作りのプロ”にこそ、高い評価を得る理由
「とにかくプロダクトにフォーカスする」
STUDIO Inc. CEO/Design Chief 石井穣氏は、創業以来この方針を貫き、デザインツール『STUDIO』を磨き上げてきた。
コードを書かずWebサイト制作を完結させるデザインツールとして2017年4月にβ版をリリースした『STUDIO』。他のコーディング不要のWebデザインツールとは一線を画す使い心地と設計思想を軸に、デザイナーを中心に高い評価を集めてきた。
同年8月にはProduct Huntで国内スタートアップとしては初のデイリーランキング1位(#1 Product of the day)を獲得。海外からも高い評価を得て、注目を集めた。
加えて、同社は2019年7月25日に、IDEOが出資するD4Vや、日本デザインセンター、THE GUILD、PARTY、坪田朋氏といった、クリエイティブ界の重鎮を中心に計1.3億円の資金調達を発表した。デザイナーであれば、その並びに見覚えのある方もいるだろう。
石井氏は、STUDIOが世界で評価をされるのも、今回の出資者がクリエイティブ界の重鎮ばかりなのも、同じ背景があるという。その理由を紐解くべく、話を伺った。
一度目の起業で学んだ、“圧倒的な強み”の必要性
STUDIOの“プロダクトへフォーカスする意思”は創業時まで遡る。
同プロダクトは2016年デザインファーム・OHAKO傘下のOHAKO Productsで立ち上がった。石井氏は同年12月に参画し翌年9月にMBOを経て代表取締役CEOへ就任した。経営陣に名を連ねたのは、石井氏とOHAKO Productsの創業者でもある甲斐啓真氏のふたり。
両者にはある共通項がある。それが、プロダクト作りへの熱意と経験だ。
甲斐氏は、大学時代にOHAKOへジョインして以来、iOSの開発からUI,UXデザイン等プロダクト作り全般を経験。クライアントワークを通してプロダクトと向き合い続けた後、そのナレッジを活かしSTUDIOを立ち上げた。
一方の石井氏は、起業家として一度プロダクトを育て上げた経験を有する。旅行系スタートアップ「Travee」を共同創業。CPOとして同プロダクトの成長を牽引し、創業から1年半後でエイチ・アイ・エスへ事業譲渡を果たしている。
左・CPO/Founder 甲斐啓真氏/右・CEO/Design Chief 石井穣氏
両者が肩を並べSTUDIOを牽引することとなったのは、冒頭の通り「プロダクトへのフォーカス」を意図したからだ。
石井「圧倒的に秀でた点がなければ、小さな組織は勝てません。Traveeでの経験から、この難しさを強く感じました。だからこそ、STUDIOはとにかくプロダクト作りに突き抜けると決めました」
海外視点で、圧倒的なプロダクトは欠かせなかった
このプロダクトフォーカスは、単に“勝つ”ためだけではない。“世界で勝つ”ための選択だ。
STUDIOは、プロダクトの構想段階から海外展開を前提に据え事業を組みたててきた。というのも、同社が解決しようとする、デザインを作った後にコーディングするという二度手間は世界共通だからだ。
かつ、デザインやコードには国による差はなく、デザインツールも開発ツールも現状海外のプロダクトが主流。であれば、あらかじめ海外を見据えてプロダクトを作るという判断は決しておかしな話ではない。
ただ、そのためにも圧倒的なプロダクトが欠かせないと石井氏は考えた。
「現在デザインツールとして主流となっているFigmaやSketch、老舗のAdobe、STUDIOの競合となるWebflow含め、いずれも北米のプロダクトです。これらのツールは、言語対応もままならない頃から、日本でも多くのデザイナーが愛用している。
その理由は、圧倒的にプロダクトが優れ、便利で使いやすいからです。であれば、我々もとにかくプロダクトを磨きこまなければいけない。海外展開を考えた上で、プロダクトへのフォーカスは必須条件なんです」
このためにSTUDIOは、創業以来とにかくクオリティ、使い心地、機能面などプロダクトの磨き込みに時間とリソースをかけてきた。特に、機能の肝となる直感的にデザインを組む部分には、かなりの時間と労力を裂き続けている。
「我々のプロダクトには、優秀なフロントエンドエンジニアが欠かせません。Webアプリを、まるでネイティブアプリかのような快適性で自然に動かし、その裏でコードも生成していく。
これは、フロントエンドの技術が高いからこそなせる技です。僕らは、この技術にとにかく力を入れてきました。だからこそ、プロダクトとしての価値が徐々に認められるようになってきたんです」
その結果のひとつが、冒頭でも紹介したProduct Huntでのデイリーランキング1位の受賞だった。もともと多言語対応をしていたこともあり、これを機にSTUDIOは海外ユーザーが爆発的に増加。資金調達等を経て国内でも認知が広がってきた最近でも、ユーザーの4割近くはいまだ海外だという。
作り手こそ評価する、完成度とプロダクト力
この評価のもと、STUDIOは今年7月プレシリーズAラウンドとして1.3億円の資金調達を発表した。同社としては、2017年10月のシードラウンドに続き2度目の調達だ。
注目すべきは、本ラウンドで名を連ねた投資家陣だ。D4V、THE GUILD、PARTY、投資案件は初という日本デザインセンター、坪田朋氏、家入一真氏など……。いずれも業界の重鎮、トッププレイヤーが名を連ねる。
この面々を連ねた意図もまた、プロダクトへのフォーカスにある。
「STUDIOとしてどんな方とご一緒すべきかは非常に考えました。単に積み上げてきた数値や伸び代だけで投資いただくのではなく、プロダクト自体の価値や目指す世界観を適切に評価していただき出資してもらわなければ、このプロダクトドリブンで進める姿勢は貫けないと思ったからです」
特にSTUDIOはデザインプロダクト。非デザイナーにその価値を説明し、触ってもらい、プロダクトの良さを体感してもらうにはハードルが高い。一方数値面や経営者といった軸で判断されては、本意ではない。今回のラウンド、石井氏はその点に苦労した。
「数字ではなく、プロダクトそのものの価値を評価してもらいたい。そう考えたとき適切な出資者は、自らプロダクトと向き合い続ける方々でした。今回の出資者にデザイン領域の方に集中したのは、それも理由のひとつでした」
石井氏の狙い通り、今回の出資者に名を連ねる面々は、いずれもシンプルにコンセプトとプロダクトの完成度を評価し出資を決めた。加えて、投資家が投資家を呼ぶ好循環も生んでいったという。
「最初はTHE GUILDの深津さんです。こちらから依頼する前にプロダクトを触って興味を持ってもらい、御連絡いただいたんです。そのあと日本デザインセンターも紹介いただき、最初はランチミーティングに参加しました。グラフィックデザインのリーディングプレイヤーである同社にとってWebにより力を入れる上で価値のあるプロダクトだと訴え、同社にとっては初の投資案件として出資いただける運びとなりました。
他にも、アクセラレーションプログラム『GRASSHOPPER』をきっかけにPARTY中村さんにも出資いただき、中村さんからの紹介で家入さんにも出資いただけることになりました。家入さんもこちらが連絡する前にすでに使われていて、“プロダクトの完成度が高い”とお会いしてすぐ判断をしていただけました」
出資にあたっては、深津氏からは「完成度がAppleやAdobe並に高い」と、家入氏らかは「これは世界で戦えるレベル」と評価の声をもらったという。いうまでもなく、石井氏はこの面々とともに、調達後も引き続きプロダクトにフォーカスする。
「投資家陣は、プロダクトの成長に長けた面々。その知見をお借りできるのはもちろん、多くを語らずとも『まずプロダクトを強くすべきだよね』とすぐに理解してくれる。狙っていた部分ではありましたが、この環境は非常にありがたい限りです」
プロダクトのレベルはマーケットレベルに依存する
調達から早数ヶ月。同社は現在もスタンスを変えることなくプロダクトにフォーカスする。調達の発表直後にはRSS対応を発表。その後も引き続きプロダクトのアップデートに力を入れている。
採用面も引き続き、プロダクト作りに長けたエンジニア等の採用を強めている。実際取材の翌月にも数人優秀なエンジニアの入社が決まっているという。
ただ、今回の調達を経てやっと同社がスタートラインに立つと語る変化がある。それは海外展開だ。石井氏は、一年以内には北米支社を立ち上げるべく検討を進めている。その背景にも、プロダクトへの想いがある。
「プロダクトのレベルはマーケットレベルに依存します。日本のマーケットで勝てるプロダクトが海外で中々勝てないけれど、北米のプロダクトが日本でも勝てるのは北米のマーケットレベルが高いから。我々はそこで勝たなければいけないからこそ、早々に難易度の高いマーケットへ挑まなければいけない。ゆえに北米での活動を早々に進めようと考えているんです」
Product of the dayの獲得もあり、外国語でのサポートやSNSアカウントの運用など海外に向けた活動は早期から取り組んできたが、北米で勝ち残るのは話の次元がまったく異なる。容易でないのは自明の事実だ。その中、石井氏は勝ち筋をどこに見ているのか。この問いに石井氏は「スタンスは変わらない」と言葉を続ける。
「今回の調達がそうだったように、とにかくプロダクトを磨き込み、トッププレイヤーから落としていく。このスタンスを貫いていくつもりです。GoogleやAdobeのようなトッププレイヤーはもちん、幸い僕たちにはD4VがいることでIDEOというキープレイヤーとの関係地がある。それを皮切りにしつつ、向こうのキーマンを次々と落としていく。あくまで“プロダクトの質にこだわり抜くことで勝つ”状態を目指し続けたいと思っています」
キーマンを取り込めれば現地のコミュニティでも影響力を持てる。これは日本でSTUDIOが広がってきたスキームと基本は同じだ。
無論、そこへたどり着く手前には、なすべきことが膨大にある。直近では、CMSやアニメーションなど、WorkflowにはあるがSTUDIOにはない機能をしっかりと拡充し、議論の土台に並ぶ状態を目指さねばならないと石井氏は考えている。
その上で、プロダクトを磨き続け、本来目指していた理想のデザインツールを目指し邁進していくつもりだ。
「STUDIOが目指すのは、プロのデザイナーに愛用されるデザインツールです。ノンデザイナーをターゲットにするのではなく、グラフィックデザイナーやプロダクトデザイナーも使えるものを目指さなければいけない。
そのためには、デザイナーさえうならせる圧倒的なプロダクトの質が欠かせません。とにかくプロダクトと向き合い続ける。その先に、デザインに関わる誰しもが知るという状態がつながっていると信じています」
[文]鈴木しの[編集]小山和之[写真]今井駿介