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デザインリサーチは創造性を育む「しばりプレー」——書評『デザインリサーチの教科書』

「デザインリサーチ」という言葉を、どれくらい正確にご存知だろうか。

本書『デザインリサーチの教科書』によると、日本だとまだあまり聞き慣れないこの概念は、すでに欧米では一般的な手法となりつつあり、専門職としてのデザインリサーチャーの需要は高まるばかりだという。一方で日本では、まだまだ体系化が進んでおらず個々のデザイン会社、デザイナーが手探りでおこなっている状態と著者は述べている。

実際、UXデザイン、組織デザイン、業務デザインなど、デザインの対象は年々拡がり続けている。それぞれの分野で専門性が求められるなか、体系的なフレームワークが求められるのは必然の流れだろう。本書はそのタイトルが示すように、デザインリサーチについての本格的な「教科書」であり、具体的な方法論はもちろんのこと、「なぜデザインリサーチが求められているのか」という点についても詳しく論じている。ぜひ本書を通じて、デザインリサーチを体系的に身に着けていただければと思う。

デザインリサーチとは、デザイナーにとっての羅針盤である

デザインを取り巻く環境はどんどん複雑になっている。一般的に「デザイン」という言葉は、ビジュアルに関するものを指すことが多い。ただ近年、少しずつこうした風潮が変わってきている。UXデザインは見た目ではなく体験に関する概念だし、グランドデザイン(Grand Design)のように「将来設計をデザインする」という文脈で用いられることも増えてきた。2018年には、経産省が「デザイン経営」宣言を発表するなど、確実に私たちの「デザイン」概念は拡張してきている。

また、デザイナー側が考慮するべき事項も増えている。1980年年代から、ユニバーサルデザインや人間中心設計(HCD)という概念が浸透しはじめ、ユーザーを理解することの重要性が叫ばれるようになった。いまはそれに加えて、社会や環境に配慮したデザインも求められている。2015年に国連総会で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)は、日本企業でも積極的に取り組みが進められており、今後は個人や社会だけでなく、地球環境全体に与える影響を常に考えることが望まれる。

こうした変化に応じて、デザイナーに求められる役割も変わってきている。現代のデザイナーに求められるのは、見た目を整えることだけではないし、人々のニーズを理解してそれに応えることだけでも不十分だ。多種多様な利害関係者への影響を踏まえつつ、プロダクトの価値を最大化するためには、プロダクトそもそもの存在意義や本質的な価値について考え抜くことが要求される。

このような背景から、デザインはもはや一人だけでなし得るものではなくなってきている。諸々の制約条件を考慮し包括的な視野を得るためにも、デザイナーは他者との対話との対話を通じて、デザインを創造していかなければならない。もはや「一人のスタープレイヤーがデザインをする」という時代は終わりを告げたのだ。つまりデザイナーの仕事もまた、世界と同様に複雑化しているわけである。

こうした世界において、必要なのは確固たる羅針盤だ。そしてデザイナーにとっての羅針盤こそ、本書で解説される「デザインリサーチ」にほかならない。

デザイナーに、包括的な視野と様々な制約条件の中で適切なソリューションを出すことが求められるようになると、課題を見つけて、そこに対する脊髄反射的なソリューションを出すことだけではなく、綿密なリサーチに基づいて、様々な利害関係者(人間以外を含む)への影響を念頭に置きつつ、プロダクトが提供する価値を最大化する試みが必要になる。これが新しいデザインが必要な理由である。(p.30)

本書はデザイナーがあらゆる意味で「最大の成果を出す」ための一冊だと言える。最大の成果を出すために必要なことは、もちろん徹夜や根性論ではないし、すばらしい美的感性や着想でもない。人間や組織、社会、そして世界とどうやって関わるのかを思考したうえで、それぞれと協調すること。そのうえで自らの考えを反映させることができなければ、もはやすぐれたデザインを生み出すことは難しい。

本書を読み終えたとき、私がまっさきに連想したのは、大学時代に専攻していた文化人類学だった。文化人類学は、文化や慣習の理解を通して、「人間」というものを学ぶための学問である。そして今日、「デザインする」ということの意味は、「人間について理解する」ということとオーバーラップしてきている。

ゆえに本書の対象は、じつはとても広い。基本的にはデザイナーに向けて書かれたものだが、デザイナーとともに働くことがあるメンバーが読んでも実りが多いし、さらに言ってしまえば、人間と人間の生み出すプロダクトに興味があるのであれば、本書を読む価値は十分にある。

デザインリサーチはすぐれた「縛りプレー」を提供してくれる

そもそもデザインリサーチとはなんだろうか。じつはデザインリサーチという言葉が指し示す範囲は広く、学術界ではプロダクトがどのようにデザインされているか、その手法やプロセスに関する研究を「デザインリサーチ」と呼ぶ一方で、産業界ではプロダクトをデザインするためのリサーチを「デザインリサーチ」と呼ぶことが多い。本書においては主に後者、「プロダクトデザインするためのリサーチ、つまり人々や社会などプロダクトが置かれる状況を理解するためのリサーチ」(p.46)を取り扱う。

人々がどういう生活をしているのか、どういうニーズを持っており、どういう社会課題があるのか、今度どうなっていくべきなのか等、デザインに着手する前や初期段階で情報を収集する。そうすることで、プロジェクトが正しい方向に向かっているのか、果たしてユーザーに受け入れられるのか、ビジネスとして成功するのかどうかを検討し、意思決定に役立てる。
そして実際にデザインしつつ、またリサーチに立ち返ることを繰り返し、プロダクトを理想的な状態に近づけるのだ。

こう書くと、いわゆる一般的なマーケティング上のリサーチとは何が違うのか、疑問に思われるかもしれない。実際、両者は大きく異なる。一般的なリサーチがマーケティングを強化するためのものであるのに対し、デザインリサーチの目的はあくまでプロダクトデザインそのものをエンパワーすることだ。また両者は歴史・文化的に重視するものが違うため、必然的にリサーチ手法も異なってくる。

デザインリサーチでは統計データよりもまず一人ひとりに注目し、人々を集団として扱うようなことはしない。私たちは一人ひとりが異なる考え方や生活様式を持っており、一人として同じ人間はこの世に存在しないからだ。(p.72)

たとえばマーケティングリサーチは、すでにニーズが明らかになっているものについて、さらに多くの人に受け入れるためにはどうするべきなのかを考えるための方法だ。ゆえに統計を重視し、平均値を求めるために行われる。一方でデザインリサーチでは、新たなインサイトを探すことが目的である。ゆえに集団ではなく個人に着目し、統計ではなくフィールドワーク(参与観察)を重んじる。マーケティングリサーチが1を10にする方法論とするならば、デザインリサーチは0を1にするための方法論と言えるだろう。

デザインリサーチの具体的な手順は、それぞれ(1)デザインプロセス、(2)プロジェクト設計、(3)チームビルディング、(4)リサーチ設計、(5)調査、(6)分析、(7)アイディエーション、(8)コンセプト作成、(9)ストーリーテリング、(10)仮説検証プロセスとしてのプロトタイピングに分けられる。

こう書くと、「ひとつのデザインをするのに、ここまでのステップを踏まなければならないのか」と面食らうかもしれないが、現在の抱えている課題をどう改善するのかを踏まえて、自分に必要そうなところから読んでいただければと思う。そのため、ここでは仔細は語らない。ぜひお手にとっていただき、折を見て必要な箇所を読み返していただきたい。

それよりおもしろいのが、このようなしっかりとしたデザインリサーチをすることの意義として、著者が「デザインをするために必要な制約づくり」(p.55)と表現していることだ。よく言われるように、創造性というのは、何も制約のない場所からは生まれない。なんらかの「しばり」があるからこそ、人はその限界を超えようと創意工夫する。

デザインリサーチは、創造力を縛る「型」ではない。むしろデザインリサーチにもとづいてデザインしていくことは、創造力を開花させる「しばりプレー」にもなりうる。

デザインリサーチをどう組織に実装するか

もうひとつ、本書について強調したいことがある。

それはデザインリサーチの意義や具体的な手法を述べるだけでなく、「どうやってデザインリサーチを活かす組織構造にするのか」、「プロダクトマネジメントとデザインリサーチの関係はどうすればいいのか」、「デザインリサーチそのものの価値を高めるためにはどうすればいいのか」といったところまで踏み込んで書かれていることだ。

それは一見すると、「デザイナーの仕事」とは結びつかない、泥臭い調整作業のように思えるかもしれない。だがあらゆる人がそうであるように、デザイナーもまた置かれている環境によって、発揮できる能力が変わるものだ。

冒頭で「本書はデザイナーがあらゆる意味で『最大の成果を出す』ための一冊」と述べたのも、この点を強く意識してのことである。個人を超えてチーム、組織、社会とレイヤーが拡がり、ステークホルダーが増えていく中で、デザイナーのポテンシャルを最大限に発揮するためには、「デザインは一人でなし得るものでもなく、全員でつくるものである」という思想が不可欠になってくる。

著者のいうように、「私たちの社会は私たちが想像している以上に民主的」(p.346)だ。一人やごく少数の人数で及ぼせる影響範囲はごく少ない。だからこそ、デザイナーは最大限の実力を発揮できるよう、環境そのものをデザインしていくべきである。ちょうどプロダクトをつくるときのように、リサーチとプロトタイピングを繰り返しながら。

[文]石渡翔
国際基督教大学卒業。株式会社フライヤーにて、書籍の要約の作成・編集から、ブックコミュニティの企画・運営まで、コンテンツディレクターという立場から多方面に携わる。現在は「フライヤー研究所」の所長として、学習デザインに関する知の集積・企画に従事。また、旅する高校 インフィニティ国際学院では、「旅する図書館」館長を務める。