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『デザイナーが課題と出会うための場所』としてのギルド型組織へ。STANDARDが考えるデザインファームの役割

目的から逆算し、自らの環境を変えられる人は多くない。環境の変化は時に痛みを生み、苦労を強いる。それでも環境を変える決断をするには、意志が必要だ。特に「会社」という組織を変えるには。

2018年1月、UXデザインファーム『Standard Inc.(以下・STANDARD)』は、組織変革を行った。「会社」の形は取りながらも、社員はフリーランスとして独立しSTANDARDから案件を受託する形となる。専門性を持つプロフェッショナルが集う「ギルド型組織」へ転向したのだ。

THE GUILDをはじめ、デザインファームにおいても近しい組織形態はいくつか存在する。しかし、これまで少数精鋭でさまざまな事業やサービスをデザイン面から支援してきた同社はなぜ組織を変えたのだろうか。同社代表 鈴木健一氏に話を伺った。

鈴木 健一
Standard Inc. 代表 / デザイナー
2006年からFICC Inc.にてブランドサイトのWebデザイン/ディレクション業務に従事した後、2014年にアプリやサービスのUXデザインを専門に行うStandard Inc.を設立。現在はB2Bプロダクトの改善や新機能の仮説検証を中心に、ユーザーの課題解決とビジネスゴール達成を両立できる設計を追求する。元ケーキ職人。

「使われるものを作りたい』——サービスへコミットできるデザインへ

STANDARDの組織を語るためには鈴木氏のキャリアについて触れておく必要がある。鈴木氏は意外にも元パティシエ。たまたまWeb担当になったことがきっかけでデザインに関心を抱き、転職。制作会社などを経て、2006年STANDARDを創業するきっかけを生んだ前職のFICCに入社。デザイナーとして多くの経験を積んでいった。

鈴木「FICCでは、化粧品のプロモーションサイトや、企業のブランドサイトなどを担当していました。現在のFICCはマーケティングコンサル的な領域が多いですが、当時はまだ制作が中心。クライアントが持つ製品の価値をいかにエンドユーザーに届けるかを考え、日々制作に没頭しました」

鈴木氏がSTANDARDを創業するきっかけを生んだのは、自社サービス『JAYPEG』との出会いだった。JAYPEGはクリエイターによるポートフォリオ公開サービス。同サービスを運営する中で、ユーザーのリアクションが間近で見られる経験が、鈴木氏を独立へと導くこととなる。

鈴木「サイトを積極的に利用してくれるコアユーザーの姿を目の当たりにして、サービスそのものでユーザーに価値を届けられる楽しさを感じました。作品公開を通して彼らの間にコミュニケーションが生まれているのを見たり、『作品を公開したことである会社から声をかけられて転職に成功した』という声を貰ったり。サービスを通し価値を提供する楽しさを得た原体験だったと思います」

『使われるものを作りたい』と考えた鈴木氏は、よりサービスへコミットできる会社への転職を考えた。しかし、経営層に辞意を伝えたところ、『やりたいことと意志があるなら出資するよ』という意外なオファーを受ける。

鈴木「お互いにシナジーを生む形をとれるんじゃないかという期待も、お世話になった会社に対して恩返しをしたい気持ちもありました。社員としては一旦離れることになりましたが、繋がりを保ちながら仕事ができるだろう。結果、STANDARDはFICCのグループ会社としてスタートしました」

情報発信を軸に、『やるべきこと』をなす精鋭チームを

こうして2014年に創業したSTANDARD。立ち上げからしばらくは、UIデザインに関わる仕事であれば幅広く請け負っていた。しかし、次第に自分たちが本当にしたいことを仕事にするための情報発信に力を注ぐようになる。

鈴木「徐々に案件が増えていく中で、『本当にこれをやるべきか?』『やるべき案件を増やすためにはどのような情報を発信するべきか?』という視点を意識するようになりました。そのなかで、ある程度案件の数を絞ってでも、我々がやるべきと思えることだけにフォーカスしようと考えたんです」

実際、STANDARDのブログやオウンドメディア『本棚とノート』を見てみると、同社のデザインに対する姿勢や考え方などを紐解くことができる。これは同社が考えつづけてきた『やるべきこと』の解像度が高いからに他ならない。設立当初から『やるべきことをやる』姿勢を貫けたのは、創業メンバー・鈴木智大氏との二人体制という小規模な組織だったこともあった。

左・STANDARDのブログ/右・本棚とノート

鈴木「規模も要因のひとつです。人数が多くなると給与を払うために安定した売上が必要になり、売上のために仕事を受けざるを得なくなることもある。当時のSTANDARDはそこまでの売上を担保しなくてもいい規模だったからこそ『やるべきこと』に注力できたと思います」

情報発信は採用活動にも寄与した。組織の拡大にあたり「何のために人と一緒に働くのか」という目的思考を突き詰め、「欲しい人材を獲得するために必要な情報発信とは何か」という視点からの発信を心がけた。結果、現在のSTANDARDを構成する5名の精鋭チームが集う。鈴木氏は、取り組みを経て見えてきたメンバーの特徴を以下のように語る。

鈴木「デザイナーとして技術力があるだけでなく、『自ら積極的に情報発信をしている人』が多いです。学ぶことに貪欲で、新しい情報をブログやTwitterで頻繁に更新する人が個人的に印象に残ったのだと思います。加えて、新しい情報をインプットするだけでなく、インプットをブログやSNSでアウトプットに変換する力がある人たちのため、メンバーの発言を通じて思考が深まったり、新たな気付きを得続けることができました」

『デザイナーが課題と出会うための場所』としての会社

価値観を共有できる精鋭が集ったSTANDARD。事業としてみれば、チームを拡大する、自社事業を展開する、より上流にコミットするなど...多様な選択肢があっただろう。

その中で鈴木氏が考えたのは、フリーランスの集合体としての「ギルド型組織」という新たなチャレンジだった。きっかけは約1年前。2017年6月まで遡る。社内で、自分たちのミッションに向き直った議論をする中でのことだった。

鈴木「議論の中で、『受託ビジネスのジレンマ』というテーマが出てきました。通常、我々のクライアントがデザイン会社へ支払う報酬には、純粋な人件費・経費に加え、会社としての利益が上乗せされています。ゆえに費用は上がり、スタートアップや事業の初期フェーズなど、予算的に余裕があるわけではない場面では、依頼するハードルが高くなる。しかし、事業の初期段階でデザインが関わることはサービスや企業にとって大きな価値になる。この課題を解決できないかという問いが出たのがきっかけでした」

より事業やサービスにコミットしようとしても、予算の都合上難しい…制作会社で働くデザイナーならば経験したことがあるだろう課題のひとつだ。会社であるがゆえに単価が上がり、コミットするためには費用がかさむ。鈴木氏がSTANDARD創業当初考えた、サービスによりコミットするデザイナーであるためには「会社」という組織形態よりも最適な選択肢が有るのではと考えるようになる。

鈴木「結果、STANDARDという会社は『実績などの情報発信の集約』『案件の問い合わせ窓口機能』『バックオフィスのサポート』という3つの役割に絞り、企業が発注しやすく、デザイナーがデザインに集中できるサポートをする場にシフトする決断をしました。フリーランスと同じ価格であれば、クライアントは費用を抑えデザインの支援を受けられる。一方デザイナー個人にとっても、フリーランスという選択肢をとることで早く稼ぐことができる。正社員として1年で稼いでいた額を半年で得られたら、残りの半年は思考を深めたり、学びに投資できたり、やりたいことを考える時間に使うことができます」

企業は、フリーランスのデザイナーを探して契約するよりも、デザイナーのネットワークを持つ組織に発注する方が、コミュニケーションコストも低く、契約上のリスクも避けやすい。そしてバックオフィスを会社がサポートすることで、デザイナーはデザイン業務そのものに割ける時間を増やせる。鈴木氏は、デザイナーを「社会に対し課題を提起し解決を図る人」と定義し、STANDARDが組織として果たす役割をこう語る。

鈴木「STANDARDは『デザイナーが課題と出会うための場所』としての役割を果たしたいと思っています。さまざまな課題を持ったクライアントと知り合うきっかけになりますし、コミットした案件の課題が本当に共感できるものであれば、その会社に入るなど課題解決に全力でコミットする選択もある。そうした課題との出会いと成長の機会をデザイナーに手渡せる仕組みを、提供していきたいです」

自分が挑むべきと感じる課題にコミットするデザイナーもいれば、さまざまな案件の助っ人として力を発揮するデザイナーもいる。会社としてそれらの役割を各人に割り当てるのではなく、それぞれのデザイナーが自らの役割を探し出せる機会を提供したい、と鈴木氏は強調した。

デザイナーにとっての「思考と成長」

鈴木氏が担当した『KARTE』のVI(ビジュアルアイデンティティ)

組織を変え4ヶ月。メンバーそれぞれ新たなフィールドでの活動をはじめている。鈴木氏自身、18年4月にプレイドが運営するCXプラットフォーム『KARTE』のVIリニューアルを担当したと発表。5月からは正社員として兼務する旨を公表している。

同時に、グループ会社であるFICCが保有していたSTANDARDの全株式を自社で買い戻し、次なるフェーズを見据え意思決定を集中させる形を取った。

新たなステージへ歩みを進める中、STANDARDは今後組織の緩やかな拡大を見据えている。しかし、ただ数を増やすだけではなく目的意識に共感できることを重視するという。

鈴木「社会に対してデザインで課題解決したい気持ちがあることと、学びや情報発信に積極的なこと。僕はこの2つを持っている人はデザイナーとして魅力的だなと思っています。ギルド型組織での働き方への共感だけでなく、『自分は何のためにSTANDARDで働くのか』『どんな課題解決をしたいのか』という目的意識を共有できる人と仕事をしたいですね」

これまでの会社組織の在り方とは違う形態を選んだSTANDARD。同社が目指す『デザイナーが課題と出会える環境』と、『より成長できる環境』の提供はいま着実に必要となりつつある要素ではないだろうか。

あらゆる領域でデザインの必要性に注目が集まるいま、デザイナーにとって「何をなすべきか」は一人ひとりが思考し解くべき課題と言える。加えて、領域が拡大し、変化の激しさからもデザイナーが学ぶべきものは全方位に広がり続けている。いまデザイナーにとって「思考」と「成長」の場は確実に必要だ。

STANDARDが実践する「ギルド型組織」というあり方は、まだまだ実験段階かも知れない。一般的に価格が合わずサービスを提供できないことは珍しい話ではない。そこで思考停止せず、価値提供をする術を思考し続けたSTANDARDが導いたひとつの解が今回の組織だ。

デザインの価値をどう発揮するか、なんのために発揮するか。考え続ける姿勢が求められているように思う。

Text: Fujisaka
Edit/Photo: Kazuyuki Koyama