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IDEOに聞く、とにかく時間を掛け“対話文化”を醸成する姿勢:連載「クリエイティブ組織の要諦」第1回

本記事は、Mimicry DesignDONGURIが運営する、組織イノベーションの知を耕す学びのメディア『CULTIBASE』との共同企画です。本記事は双方の媒体に掲載されています。

昨今、クリエイティブ職の人材を社内で集約し、「デザイン組織」「エンジニア組織」といった、機能別組織を組成する流れが強まっています。ただ、クリエイティブ職は成果を定量的に計りづらく、他職種に比べマネジメントコストや難易度が高いといわれ、組織作りも従来と同様にはいかない場面も少なくありません。

本連載『クリエイティブ組織の要諦』では、こうしたクリエイティブ職種の組織作りに取り組む企業にインタビュー。デザイン組織立ち上げを支援してきたDONGURI 代表 ミナベトモミを聞き手に、組織デザイン/組織開発の両面からヒントを探っていきます。

初回に話を伺ったのは、世界的デザインコンサルティングファーム『IDEO』。デザイナーを中心に、世界9拠点で700名を超えるメンバーがおり、日本拠点『IDEO Tokyo』には現在40名ほどが所属しています。

グローバルカンパニーということもあり、国籍も職歴もバックグラウンドも多様なメンバーが集うIDEO。その組織の裏側を、IDEO Tokyo代表のダヴィデ・アニェッリさん、タレント・リードの杉浦絵里さんに伺いました。

コラボラティブなプロセスが持つ意味

ミナベ:この連載を始めようと思ったとき、真っ先にお話を伺いたいと思ったのがIDEOでした。読者の方々含め、IDEOと聞くとデザイン思考を土台に多様なスペシャリストが協業しながら、世界各地で多様なクライアントに対し価値を発揮されている印象を持つかと思います。

ですが、過去の特集や記事、論文を拝見すると、組織デザインや組織開発にも力を入れており、価値提供の裏には綿密な組織作りがあるのではないかと仮説を持っていました。言うなれば、単純にIDEOのやりかたをなぞるだけでは価値は生まれず、それを実現する組織や人に鍵がある。本日は、そうしたお話を伺えればと思っています。

ダビデ:まさに、組織やタレントのお話は、我々が特に思い入れを持ち取り組んでいる部分。かなり意図的に様々なことに取り組んできているので、お話しする機会をいただけたのはとてもうれしいです。タレントの話ひとつとっても、採用からオンボーディング、キャリアプランまで、全てのプロセスで意図をもって取り組んでいます。

ミナベ:まずはマクロな部分、今お話しいただいたタレントのお話から聞かせてください。日本企業では、HRの中でも管掌領域が分割され、採用、オンボーディング、育成だけみても別々になっていることが少なくありません。それによってメンバーの体験に分断も生じています。IDEOでは、こうしたタレントの体験に対しどのように取り組んでいるのでしょうか?

杉浦:ことIDEO Tokyoでいえば、現状タレント・リードが私しかいないので全部担当しており、一連のものとして形作れていると思います。ただ、それは「一人だから」という話ではなく、より規模の大きい拠点でも同様ですね。

その理由は、横との協力やコミュニケーションがあると思います。採用もオンボーディングも、私が1人で全てをやるわけではありません。例えば人を採用する際には、同職種のメンバーやディレクターに「どういう人物か」を見てもらいますし、逆にIDEOがどのような会社かを紹介してもらうプロセスも必須です。

オンボーディングも、クライアントコミュニケーションの話は事業開発担当の人にお願いしますし、現場での業務はチームの協力が不可欠。その時々、必ずメンバーと協力しながら、プロセスを進めなければいけない。メンバーの協力こそ、よりよい体験の鍵ではないでしょうか。

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IDEO杉浦さん(左上)、ダビデさん(右上)、通訳を担当頂いたIDEO Design Director 田仲薫さん(左下)、DONGURIミナベ(右下)

ミナベ:御社では自然にやっていながら重要なトピックが見え隠れすると感じました。日本企業の場合「それは採用担当がやることでしょ」となってしまうんですよね。ですが本来、採用も育成も組織の課題なので、全社で協力しながらすすめなければいけない。御社はそれを自然と行えている。

杉浦:それは、IDEOのコア・バリュー(大切にしている価値観)の影響が大きいように感じます。我々は7つのバリューを掲げているのですが、それはいずれも、本当に様々な場面で機能している。プロジェクトはもちろん、普段から当たり前に意識・行動に反映されています。

『Take Ownership(自分事化する)』というバリューがわかりやすいと思います。「育成は私の担当じゃないから」とならず、それぞれが新しい人に対し、何かしら「自分だったら何ができるか」と考えて行動する。文化として、それが身についてるからだと感じます。

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IDEOが全社で共有する「7つの価値観」(提供:IDEO)

ダビデ:我々がクライアントに提供している価値にも関連すると思います。我々は「クライアントとともに新しいものを作り出すこと」を仕事としています。そこでは、コラボレーションが不可欠。コラボレーションには、Take Ownershipは欠かせません。

また、プロセスに多くの人が参加すること自体も意味があります。これは、ポジションを問わずです。。多くのメンバーが入社前にその人を知っていれば、入社する時には、その人が何に熱意を持ち、何に興味があり、どんな仕事をやりたいかがよくわかっている状態になる。

すると、社内外問わずコラボレーションへの道も開けやすくなる。クリエイティブのアウトカムにも影響するんです。コラボラティブな採用プロセスは、結果を生む人を雇う上でも重要です。

明確な責任範囲と、文化的フラットさの両立

ミナベ:今のお話は、触れていただいた文化や組織開発はもちろん、構造や組織デザイン的な部分も大きな要素ではないかと感じています。

リサーチの中で、IDEOは部署がなく階層も非常にシンプルだと拝見しました。日本でも組織構造をシンプルにする動きはあり、フラットな組織やティール組織などが注目され、試行錯誤も進んでいます。一方、唐突に部署や階層を排し、炎上するケースも少なくありません。IDEOはその構造をどのように担保されているのでしょうか。

ダビデ:たしかに、フラットな組織はよく耳にするようになりました。我々もフラットと言われることはありますが、完全なフラットではありません。正直、“完全にフラットな組織”は都市伝説のようなものかなと捉えています。

実際、我々の場合、Individual, Team, Director, Enterpriseという4つのレベルをもうけ、レベルごと、そして個々にも「役割」「今後のキャリアへの期待値」をしっかりと付与します。

これらは、「IDEOで長く働きキャリアを形成してほしい」という思いからおこなっているので、どのようにレベルを上げキャリアを形成していくかも一緒に考えます。「役割」や「期待値」さえない“フラット”は、ありえないかなと思いますね。

しいて、我々がフラットだと言われる理由を挙げるとすれば、文化的なフラットさではないでしょうか。どのタイミングや状況、どの立場でも、経験年数・レベルに問わず意見を述べるし議論する。その文化はあります。

ミナベ:組織構造的にはしっかりとレイヤー分けされており、それぞれの責任範囲が明示されている。その一方、文化としてのフラット性は非常に重要視しており、上位者とメンバーの意思決定も一方的にせず、お互いに対話することを大切にされているのですね。

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提供:IDEO

対話を軸にした、キャリア形成

ミナベ:二つご質問させてください。一つ目は育成。期待値や責任を明示しながら、キャリア形成を一緒に考えるとありましたが、具体的にはどのようなアプローチを取られているのでしょうか。

二つ目は、レイヤーを作ってもフラットに話し合える環境をどう作るか。デザイナーのような職種の場合、レベルに差があると上の人がレビュー的な立ち位置になり、下の人が何も言えなくなってしまう状態は珍しくありません。そうではない形で、フラットに質を高めたりプロジェクトを推進する方法論があればお伺いしたいです。

杉浦:一つ目でいうと、いくつかのトレーニングプログラムを用意しています。

例えば、入社してすぐ受ける「101 (米国の大学などで新入生が受けるオリエンテーションの総称)」プログラム。これはIDEOの社史や組織について学び、対話を重ねながら、実感してもらうものです。世界中から同じ年に入社したメンバーが米国サンフランシスコのオフィスに集まり、レベルに関係なく3日間一緒に行います。OJTの役割もありつつ、拠点問わずIDEOで働く上でのマインドセットを醸成する場です。

他にも、Team Levelの社員に向けた「201」プログラム。デザイナーは、技術やクラフトといった内向きの意識が強いため、それをチームやメンバーなど外側へ向ける目的の研修です。いわゆるマネージャー研修をイメージされるかもしれませんが、自分はどういうリーダーなのか、どのようなスタイルでプロジェクトを率いるのが自然かなど、自己認識を高め、リーダーシップのスタイルを見つけ、築いていく場です。


全てのプログラムに共通するのは、“学ぶ”というよりは、他の参加者と対話をしながら、自分が今までやってきたことを俯瞰したり、苦労している点やうまくいってる点などを共有しながら、自分のスタイルをつけ見つけていく点です。一つの型をインプットするのではなく、それぞれが自分のスタイルを探す手伝いをする。

企業によっては「この役職はこれができるように」「こういうリーダーシップに」という型に寄せていくと思いますが、IDEOは自分がどういうスタイルで、自分がどういうリーダーやデザイナーになっていきたいのかを一緒に探すんです。我々はよくジャーニー(=物語)と言うのですが、自分なりのジャーニーを作りその道筋を描く形ともいえます。

ミナベ:まさに、育成の形が日本企業とは違うなと感じていました。CULTIBASEでも以前記事にしたのですが、日本は階段型の学びを促す「インストラクショナルデザイン」の研修が一般的です。「学習目標」を明確化し、それをいくつかの「下位目標」に分割、「行動目標」として定義し、順番、評価方法を決める。

ですが、御社の場合はワークショップデザイン的に対話を行い、思考や態度の変容を目的に置かれている。問いを立てながら、一緒にその人なりの成長曲線にコミットされている。前提で採用される人材のレベルが高いのはあると思いますが、ファシリテーション型の人材育成に全力投球するのは他にないアプローチだと感じました。

文化的フラットさは、“そもそも”を話す環境が生む

杉浦:こうした姿勢は、二つ目の質問でいただいた「フラットに話し合える雰囲気作り」にも通じる部分があるかもしれません。いくつかの理由があると思いますが、一つは、多様性です。IDEOは多様な人種、バックグラウンドの人が働いてるので、何か一つの常識が通用しません。

「今までこうしてきたから」という当たり前がないので、何を進めるにも“そもそも”を話し合わなければ進まない。その中で、相手が何を意図して話しているかを理解しようという気持ちが生まれる。その積み重ねがあります。

ミナベ:対話し、互いを理解する文化が根付いていると。

杉浦:そうともいえますね。もう一つあげるなら、フィードバックし合う機会の多さもあります。例えばプロジェクトを実施する際は、開始前、期間中、終了後それぞれにチームメンバーを集めてレビューの場を用意します。

開始前には一緒に働くメンバーやディレクターを集め、プロジェクトの目的、何を達成すべきか、個人的な目標などを話し合います。その上で、期間中に、課題を洗い進捗を確認。終了後の振り返りでは、良かった点はもちろん、今後違うプロジェクトを進めていく上で気をつけた方がよい点もレベル関係なく必ずお互いにフィードバックをし合います。

また、評価も役職関わらず360度評価を採用。記名式なので、ちゃんと「私からあなたへのフィードバック」として伝える。そういった部分も影響しているとは思います。

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2020年11月にはコロナ禍で「使われなくなったオフィス」と「物理的に人と会えなくなった」という二つの状況を機会と捉え、メンバーが有志で“When no one’s is looking, do you miss me?” をテーマにプライベートなアートギャラリー『Oolong Gallery』を展開した。写真は『The Real Faces of IDEO Tokyo』という作品。メンバーがそれぞれ大切に思う人の写真と、その人へのメッセージが壁一面に貼られている。ここでも、互いを深く知る姿勢や、メンバー間の関係性が伺える。(提供:IDEO)

多様性は「作る」ものではなく「見いだす」もの

ミナベ:情報透明性を担保するなどの土台はありながら、いずれも「対話」を通し、お互いに理解、解決する文化が徹底されている。一貫して対話する組織文化が核にあるとうかがえます。

多様性という観点は国内でもよく話題に上がりますが、その理解には迷っている企業が多い印象を受けています。「これからは組織に多様性が重要だ、いろんな考え方の人を集めよう」とし、結果意見が合わず回らなくなるといった状況も耳にします。

杉浦:そもそも、多様性は目的ではありません。「違いに対する認識」が重要なので、「違う考えの人を採用しよう」というアプローチは違うかなと。既存の組織の中でも、全く同じ経験をしてきた人ばかりではないはずです。皆さん考え方も違うでしょうし、一人ひとり異なる経験やバックグラウンドを持っているはず。

大事なのは、お互いを知ること。この人は何に興味関心を持つのか、どのようなキャリアをたどってきたのか、土日は何をしてるのか、家族はどんな人なのか……。その人を知れば知るほど、「だからこういう場面で意見が食い違うんだな」がわかってくると思うんです。

ミナベ:IDEOを「多様性があるから強い組織なんだ」と理解している時点で、そもそも失敗するんですね。それぞれの違いに着目し、対話を通し理解し合うのが大切なんだなと。WhyとHowが逆になってたんだと理解しました。

ダビデ:まさに、多様性をゴールにして人を雇うというのは避けるべきでしょう。やるべきは、等身大の自分を安心してさらけ出したり、自分のパッション、やりたいことをさらけ出しても大丈夫だと思える“余白”を設けることではないでしょうか。

例えば、弊社に映画好きのデザイナーいるので、定期的にオフィスで「映画ナイト」を開催したり、ボードゲーム好きなメンバーが何人かで集まって、数時間ボードゲームに没頭するイベントをしたり、金曜日の夕方5時くらいからキッチンのあたりで勝手に飲み会が始まったりしています。(残念ながら今はコロナの影響で、3月以降基本的にオフィスは閉鎖しています。)

これはいずれも、「こういうことをやろう」「こう使ってほしい」と言ったわけではなく、余白を感じ取って自然と生まれたんです。キッチンでの飲み会はたまに杉浦が主催しているのですが、誰かに何かをいわれて始めたわけじゃないですし、逆に言えば「毎週金曜日5時に必ず飲むぞ」というとルールになっていたら、絶対人は来ないと思うんですよね。それが許容されるような雰囲気や文化をいかにつくるかが大切です。

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コロナ以前は、スタジオで皆で食事やお酒を楽しむ機会を頻繁に設けていたという。(提供:IDEO)

現場にある“行動”を重視し、一貫して取り組み続ける姿勢

ミナベ:つい制度化してしまいそうな部分を、自発的に生まれる遊び文化や余白を大切にし、トップが賞賛奨励してるんですよね。それがお互いを理解し合うきっかけや対話文化にもつながっているし、対話自体を楽しむ組織文化が基盤にもなっている。

御社は、組織構造からマネージャー育成、フラットさ、多様性など、どの観点からみても「対話」を大切にし、それが生まれるアプローチをとり続けているからこそ今があるのかなと感じています。

そして、それを実現できているのは、長い期間をかけ文化を根付かせる胆力があったからではないでしょうか。特に、トップが目の前にあるビジネスを優先したり、効率に流されず、時間がかかっても文化に力を入れてきた。リーダーが果たす役割が大きいのではないでしょうか。

ダビデ:その姿勢は、先ほど触れたバリューにも現れているかもしれません。よく周りから「IDEOのバリューはすごいね。それがあるからうまくいくんだ」と言われるのですが、これが生まれた背景を知ると少し見え方が変わるんです。

このバリューは10年前初めて言語化しました。言語化したというのは、「メンバーが自然と実践していたbehavior(行為・行動)、マインドセットを言葉に落とした」からです。バリュー等の指針を作るとき、「こうなるといいな」「こうやるべき」と作ることが多いと思います。しかし、我々は「既にやっていること」「やれてきたこと」というアクションをベースで考えました。

言い換えれば、「そこで行われること」を大切にしてきたんです。メンバーも周囲の人も、そこにある振る舞いや言動から「IDEOの文化」「IDEOらしさ」を体感します。ですから、重要なのは言葉ではなく振る舞いである。逆に言えば、規定した言葉は重要ではない——その意識で、ここまで続けてきました。

ミナベ:日本企業では指針となる言葉を規定する際、経営層が理想像を決めて現場へ落としたり、コロコロ変えてしまったりします。ですが、IDEOは現場に存在する成功体験を見つけ、なぜそれが成功だったのか、成功できたのかというリフレクション・意味づけを、対話を通し組織単位でかなり長い時間をかけて続けてきた。だからこそ、文化が強く根付き、行動となり、価値につながっていのですね。

ダビデ:ありがとうございます。変化はとても時間かかるものですから。時間がかかっても、常にやり続けることが本当に重要な姿勢だと感じています。