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“創造性の触媒”となるデザイン・アートイベントはいかに生まれる?——Featured Projectsキックオフイベント

多くのクリエイターにとって、オフラインでの対話や作品を通した交流は、インスピレーションの源泉だろう。実空間での人や作品との出会いは、往々にして、創造性の発露を促す。

そうした「場」を創出すべく、“よいものづくりは、明日を拓く”をコンセプトに、2022年11月「Featured Projects」は立ち上がった。活動の第一歩として、同年12月、「デザインコミュニティの現在地」と題したスピンオフイベントを開催。ゲストに招いたのは、デザイン&アートフェスティバル「DESIGNART」の青木昭夫、デザインカンファレンス「Designship」の広野萌、アート出版に特化したブックフェア「TOKYO ART BOOK FAIR」の東直子だ。

デザイン・アートをテーマにした大規模イベントの運営者たちとともに、クリエイターを取り巻く環境の現在地と展望、「コミュニティ」が果たすべき役割について議論した。本記事ではそこで展開された議論をダイジェストでお届けする。創造性を引き出す触媒となるイベントやコミュニティは、いかにして生み出されるのだろうか。モデレーターはFeatured Projectsを主宰する後藤あゆみ、相樂園香の両名が務めた。

領域や業種を超えて人々を繋げるイベントのエネルギー

冒頭ではまず、登壇者各々が運営する、デザインやアートに関わるイベントの出発点や、立ち上げの経緯が語られた。

口火を切ったのは、日本最大級のデザインカンファレンス「Designship」を主催する、デザインシップ代表理事の広野だ。氏はFOLIOのCDOを経て、自身が代表を務めるデザイン会社フォルテを創業。内閣官房IT総合戦略室やデジタル庁で行政関連のプロダクト開発に携わるなど、いちデザイナーとしても精力的に活動している。

デザインシップ代表理事 広野萌

Designship立ち上げの背景には、「デザインの各領域間の繋がりが希薄であること」への課題意識があった。グラフィックやインダストリアルといったトラディショナルな領域と、デジタルプロダクトやサービスデザインといった新興の領域が、お互いの存在を軽視して認めない傾向があるのではないかと感じていたという。

広野「デザイン業界の中で、コミュニティが分断されている印象があったんです。しかし、これからは例えば自動運転車のように、モノとインターネットが統合されたプロダクトの開発が増えていくはず。その時に、「プロダクトデザイナーだからモノだけつくる」「デジタル系デザイナーだからアプリ開発が担当」と自分の領域だけにこだわっていると、良いプロダクトが生まれなくなると思いました。

どうすれば各領域のデザイナーたちを繋げ、お互いを尊重しあう関係をつくることができるか。その問いに向き合ったときに、注目したのが「物語の力」です。どんな領域のデザイナーであれ、デザインに対する熱い想いは共通しているはず。だから、Designshipでは「物語の力でデザインの壁を超える」というコンセプトを掲げ、「自分が人生を通してデザインとどう向き合ってきたか」といった物語を共有する場を提供することにしたんです」

続いて、マイクを握ったのは国内最大級のデザイン&アートフェスティバル「DESIGNART TOKYO」の代表・青木。

2017年から、毎年開催されている同イベントは、「クリエイティブ産業を活性化する」「業種を横断するコミュニケーションの促進」「若手クリエイターの支援」などをビジョンに掲げた。その背景には、デザインやアート業界において「新たな才能の発掘が難しくなった」という危機感があった。

デザイナート代表取締役 青木昭夫

青木「イベントの立ち上げ当時、それまで活気付いていたデザイン業界が、収束に向かいはじめているような感覚があったんです。

国内外のデザイナーによる大型展覧会が頻繁に開催されていた2000年代と比較して、あるデザインイベントの火災事故や東京五輪のロゴ問題などをきっかけに、デザイン業界への不信感を抱く人が増えたように感じた。このままでは才能あるクリエイターが世に出るチャンスが失われてしまう。DESIGNART TOKYOをはじめたのは、そんな危機感からでした」

同イベントは、初年度で42,500人の来場者数を記録。以降も、増加の一途を辿っているという。設立当初に掲げたビジョン通り、資金やコネクションがある企業と、独創性ある若手クリエイターとの間で、さまざまなコラボレーションが生まれたと青木。

最後は、アート出版に特化したブックフェア「TOKYO ART BOOK FAIR(以下、TABF)」を運営する、東京アートブックフェア 代表理事の東。自費出版本が集まる「アートブックフェア」は、現在、世界各国で開催されている。その中心が「NY ART BOOK FAIR」だ。2008年、初めて出展者として同イベントに参加した東は、大きな衝撃とともに「日本でもアートブックフェアを開催したい」と思いはじめたという。

「NY ART BOOK FAIRでは、珍しいヴィンテージの本からパンクな本までさまざまな価値観が混ざり合って共存していました。その場が生み出すカオスなエネルギーが、すごく心地よかったんです。

また、その頃はインディペンデントな出版コミュニティが世界中で一斉に花開いた時代でもありました。インターネットの台頭により紙媒体の存続が危ぶまれる一方、誰でも本の制作や流通が可能になった。そうした時代背景の中で、まずは友人たちと小さく立ち上げたのがTABFでした」

東京アートブックフェア 代表理事 東直子

小規模/大規模、壇上重視/分散重視…フォーマットの意味

三者が語ったように、リアルイベントは、分断をつなぐエネルギーを持っていることはたしかだ。しかし、そのあり方は一様ではない。続いて論点になったのは、イベントの種類やパターン、フォーマットについて。

参加者同士の交流を重視するフェス形式もあれば、壇上でのプレゼンを最重視する形式もある。会場に関しても、特定の場に一堂に会するものもあれば、複数の拠点を来場者が自由に往来して楽しむ形式もある。その選択にはどのような意図と想いが込められているのか。

TABFは一会場にアーティストが集まって出展し、来場者と交流する形式だ。2009年に始まったTABFは、2019年には東京都現代美術館に出展者数300組、来場者35,000人が集まる大型イベントになっている。

しかし、意外にも東は「正直、ここまで大きなイベントになるとは思っていなかった」と振り返る。

「当時、他国のアートブックフェアは、ニューヨークのMoMAやイギリスのTate Modernといった、著名な美術館が開催地になっていました。一方、「DIYスピリット」を掲げるTABFは、最初は小さな会場から始まった。それでも出展者や来場者と一緒にイベントを10年間育み続けていたら、気がつけば東京現代美術館で開催するまでになっていたんです」

規模が大きくなることには、メリットもデメリットもあると東。例えば、規模が拡大すると、どうしても当初のDIYスピリットを維持する難しさを感じることもある。その一方で、「アート業界にTABFが貢献できている」と感じることも増えているともいう。「若手クリエイターの支援に繋がっている実感がありますし、アートに触れたことがない層にも楽しんでもらえているのではないかと感じます」。

小さくはじめ、徐々に成長していったTABFに対し、最初から大型フェスティバルイベントを目指していたのがDESIGNART TOKYOだ。かつ、拠点も分散させ都内各所に展示を設置した。初回の開催から表参道を中心に、渋谷・六本木・銀座などで作品を展示する形式を採用。2022年の開催時には、総展示会場数は60以上にものぼったという。

青木「複数拠点で分散して開催するメリットは、数多くの作り込まれたアート・デザインの作品展示を自由に見て回れることです。

しかし、たくさんの展示を見て回るためには、少なくない移動時間や、自分で情報を探す手間などがかかります。回ることに必死で、展示に集中できない人も出てきてしまいかねない。そこで近年では、参加者が展示全体への理解を深められるように、展示会場をめぐるツアーも試験的に実施しています。ゆくゆくは、エリア間を繋ぐ​連絡バス​も運行することが理想です」

「複数拠点を回遊する」という体験を提供するDESIGNART TOKYOに対して、「一つの会場に参加者を集めて、徹底的に演出にこだわる」のがDesignshipだ。

広野「Designshipでは、参加者同士の対話や交流を楽しむ形式ではなく、壇上にスピーカーが登壇するというスタイルを取っています。照明・音響・映像投影などにこだわり、来場者には映画館や劇場で物語を見ているような没入感や特別感を感じてもらうんです。

こうしたスタイルを取っているのは、「いつかこの舞台に立ちたい」とデザイナーが憧れ、努力するきっかけの一つにDesignshipがなることで、デザイン業界を底上げできると思うから。「デザイナーを鼓舞するイベントでありたい」と思っているんです」

多種多様な人びとを巻き込むための、コミュニティマネジメントの要諦


DIYスピリットで少しずつ規模を拡大してきたTABF、最初から大型フェスイベントさながらの形式を採用したDESIGNART TOKYO、デザイナーを鼓舞するために壇上重視の鑑賞スタイルを重視するDesignship。それぞれの目指す方向性やあり方は異なるが、共通して語られた言葉がある。それは、「多種多様な人を巻き込むこと」の重要さだ。

例えば、DESIGNART TOKYOは今後、複数のイベントや団体を積極的に巻き込む設計を検討しているという。その理想像は「ミラノデザインウィーク」だ。

青木「ミラノデザインウィークはイベントの立て付けが巧みなんです。国際家具見本市「ミラノサローネ」とデザインの展覧会「フォーリサローネ」などを同時開催することで、約50万人の動員数を実現している。日本でも複数の団体やイベントで協力すれば、もっと広くデザインやアートの価値を広められるはずです」

また、世界中から注目されるイベントを目指すDESIGNART TOKYOは文化や国籍を超えた活発なコミュニケーションが欠かせない。それには「国外出身の人を中核メンバーに入れる」ことが重要だと青木は語るが、この発言に東も同意する。

「特定の国や地域の出版文化を展示・トークイベント・ワークショップで紹介する「Guest Country」という企画がTABFにあります。この運営チームには、出版やアートについて詳しい、現地在住のキーパーソンに入ってもらっているんです。現地の一次情報に精通している人たちがいるからこそ、活動が円滑になるし精度も高くなると強く感じます」

また、グローバル展開を視野に入れていなくても、多種多様な人を巻き込むことは重要だと青木は続ける。特にイベントを一過性に終わらせないために重要なのは、「コネクター」の存在だという。

青木「プロデューサーやプレス関係者など、領域を横断して人脈をつくることに長けている人を、意図的に「コネクター」としてアサインするんです。「クリエイティブ業界を盛り上げるため」と目的をしっかり共有し、損得感情抜きに人を繋げることに注力してもらう。そこで生まれた関係性はイベント後にも続き、後のコラボレーションの種になっていく、というわけです」

一方で広野は、ここまで話された青木の積極性に感服しつつ、「その“陽キャ”なコミュニティマネジメントは自分にはなかなか真似できない」と語る。自身を“陰キャ”のコミュニティマネージャーだと称する広野は、もともとDesignshipを、誰でもオープンに受け入れて拡大させるつもりはなかったと語る。

広野「Designshipはそもそも、趣味の範疇でやっていた勉強会をたまたま一般公開してみたら、想像以上に需要があることに気づいたところから始まりました。そこからTwitterなどを通じて現在の運営メンバーや参加者と知り合ったり、スポンサーとの協業が生まれたりと、さまざまな人の力を借りることによって成長してきました。

もともと僕は人とのコミュニケーションに苦手意識を持っていましたが、周囲の助けを借りてイベントを成長させたことは、まさに「自分の殻を破る」体験でした。ですから「知らない人と話したり、一緒になにかしたりするのは苦手」と思う人同士でもゆるく繋がりあえるような、居心地のいい場にしていけたらと思っています」

コロナ禍という逆境を経て、リアルイベントはどこへ向かうか?

それぞれの方法でイベントの規模を拡大させてきた三者だが、2020年以降は一転して、「リアルイベントの自粛」を求められるコロナ禍の影響を受けることとなる。

そんな逆境でも、Designshipはエンジニアリングチームを組成し、特設サイトをローンチ。多くの来場者にオンラインイベントで「こだわりの演出」を提供した。また、海外から出展者を呼べない中、TABFも「Virtual Art Book Fair」と題した特設サイトでオンラインイベントを開催し、大きな反響を呼んだ。そして、DESIGNARTはデザインスクール「DESIGNART研究所(国際ブランディングディレクター養成塾)」を立ち上げ、オンライン・オフラインをあわせて運営をはじめた。

コロナ禍をきっかけに、オンラインを活用した取り組みや事業の再構築に取り組んだ各イベント。オフラインでのイベント開催が再開しはじめる中、三者ともに今後のイベント運営では新たな関係性づくりを目指すという。

「まだ知らなかった存在に出会える喜びという原点に、改めて立ち返りたい」と語る東は、リアルイベントを介して、さらに新しいアーティストを見つけ出そうと前向きだ。

「イベントが大きくなるにつれて、「光を当てられずに取りこぼしてしまっている人たちがいるかもしれない」という危機感を感じることもあります。私たちは年に一回、お祭りのようにイベントを開催するだけですが、毎日アートや本に向き合い、作品をつくったり、本を売ったりしている人が他にもまだまだいるはず。「ハレ」ではなく「ケ」の日にも目を向け、リアルな場を活用しながら、まだ見ぬ才能を発掘したい。新しい化学反応をTABFでは起こしていきたいと思います」

DESIGNARTのグローバル拡大という目標に向かって再始動を図る青木は、アジア間でのリレーション強化の可能性を説く。

青木「いま台頭しつつある、アジア圏のデザインシーンをもっと盛り上げていきたい。例えばワールドカップやオリンピックのように、各都市を同冠で巡回するイベントを実施するなど近隣の国同士で協力することで、新たな才能を見つけていけたらと考えています」

最後に、広野は「日本国内でもまだまだデザインの価値を広げられる余地はある」と語った上で、各イベントやコミュニティがお互いに手を取り合う大切さについて言及した。

広野「Designshipでは、デザインを通して日本経済を活気付けたいと思っています。まずは日本でデザイン人材を育て、この国のデザインを担う仲間を増やすことが私たちの役割です。今回登壇したDESIGNARTさんやTABFさんと協力して、お互いの手の届かない所を補い合いながら、全員で業界をより良くしていけたらと思っています」

「あの場に行ったら、何かが起こるかもしれない」──そう多くの人が感じて惹きつけられるリアルイベントでは、多くの場合「そのイベントらしい運営のあり方」が熟考されている。Designship、DESIGNART TOKYO、TABFという国内でも著名なデザイン・アートイベントの運営者が集った本イベントでは、その試行錯誤の裏側を垣間見ることができた。

2023年4月8日、9日開催のデザインフェスティバル「Featured Projects」のチケットは、下記のPeatixよりお申し込みください。

[文]佐々木まゆ[編]石田哲大[デスク]小池真幸[写真]今井駿介


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