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重たい産業でデザイナーに求められるのは“調和”させる力——「業界のプロ」とつくるデザイン【Ubie×みんなの銀行×atama +】

デザイナーの活動領域が拡大し続ける昨今、様々なプレイヤーとの「協働」は至上命題になりつつある。

とりわけ長い歴史を持ち、多様なステークホルダーが複雑に絡まり合う「重たい産業」では、その傾向が顕著だ。そうした領域に挑むデザイナーたちは、いかにしてその道のプロフェッショナルと協働し、優れたプロダクトに結実させているのだろうか?

2021年10月に開催されたイベント「突撃!となりの業界のUX」では、金融、教育、医療といった「重たい産業」の変革に挑む3社が集結し、プロフェッショナル人材との協働のポイントが語られた。

登壇したのは、『みんなの銀行』のデザインディレクター・中村隆俊、『atama+』のプロダクトオーナー・林田智樹、『ユビーAI問診』などを提供するUbieのプロダクトデザイナー・村越悟の3名だ。司会はTHE GUILD代表取締役・深津貴之が務めた。

三者の言葉から見えてきたのは、専門知識とデジタルを“調和”させる力の重要性だった──。

「心地よい体験設計」と「法令遵守」の落とし所

トップバッターを務めたのは、みんなの銀行でデザイングループのリーダーを務める中村。

日本初のデジタルバンク『みんなの銀行』では、口座開設や振り込みなど一般的な銀行が持つ機能はもちろん、バーチャルな封筒を作成し、目的別に貯蓄をするための機能など「銀行と財布が一体化したようなサービス」を、スマートフォンアプリ上で提供している。

デザインコンセプトは「デジタルネイティブであるY世代、Z世代をターゲットとしたミニマルなデザイン」。金融サービス「らしくない」シンプルなUIやユニークなイラストを用いる一方、銀行らしいブランドカラーを採用。こと「とっつきづらい」印象が持たれやすい金融サービスのイメージを変えるサービスとなっている。 

「銀行の仕組みは複雑で、金融のプロの力無しではサービスは成り立たない」と中村。同社では開発当初から銀行などの金融機関で働いた経験を持つメンバー、通称SME(Subject Matter Expert)がチームに参画。デザイナーなどの他業種とチームを組み、預金、為替、ローンなど各機能開発に臨む体制を取ってきた。

金融の専門家とデザイナーのディスカッションの中では、意見がまとまらず議論が平行線を辿ることも少なくなかったという。

中村隆俊|株式会社みんなの銀行 デザインディレクター。プロダクトデザイナーとして、アプリケーションのサービス設計からフロントエンド実装までを経験。2016年にジョインしたラクスル株式会社では人間中心設計プロセスを導入し、新規サービスの立上げや改善業務に従事した。2019年に地元福岡へ移住し、株式会社みんなの銀行にジョイン。アプリケーションのデザイン統括とデザイン組織の構築に注力している。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。

中村「デザイナーは心地よいユーザー体験を最優先し、SMEは法令違反と見なされるかもしれないリスクの排除を優先します。ときに激しく意見をぶつけ合うこともありました。しかし、対話を繰り返す中で、結局は互いに『ユーザーのため』という意識を持っていることを理解し合えた瞬間があったんです。そこからはユーザー目線で議論をすることで、共通理解を深めながらアイデアを醸成していきました」

「デザイン的には」と言わないことから、協働は始まる

デザイナーと金融のプロフェッショナル、それぞれの専門性とこだわりは、「ユーザー目線」を媒介とすることで、次第に融合を果たしていった。その中で、中村はスムーズに協働するための、あるポイントに気が付いたという。

中村「まず、それぞれの役割を明確にすること。どんな議論やタスクの分配でも、それぞれの役割を踏まえた上で行い、役割やスタンスを明確にしてあげるんです。そうすることで、互いのやるべきことが明確になり、アクションの確認や会話がしやすくなりました。また、間にあるタスクも、役割を明確にすることで抜け漏れを防げるようになりましたね。

次に、ユーザーを主語にすること。デザイナーからSMEに『デザイン的には』と説明をすると、理解が得られにくいことに気が付きました。なぜなら、デザイナーの主観によって設計されているように聞こえるから。だから、『ユーザーとしては』とユーザーを主語にして話すことで、目線が合い、ディスカッションが進みやすくなりました」

「相手を理解しようとする気持ちと、根気強く対話する熱意」もポイントだ。互いの意見に徹底的に耳を傾け、その意図を理解しようと努め続ける。そうすることでしか、法令を遵守しながらも心地良いユーザー体験を提供できるプロダクトは生み出せないと中村は言う。

『みんなの銀行』は、デザイナーとSMEの相互理解と「妥協なき歩み寄り」の結晶とも言えるだろう。たとえば、ユーザーが振り込みを実行したあとに表示される「振り込み確認画面」にも、それは見て取れる。

振り込みサービスを利用する際、タイミングと振り込み先によってはすぐに振り込みが実行されず、入金の反映が遅れることがある。振り込み確認画面には、振り込み先の口座情報など様々な情報を記載した上で、反映が遅れる可能性がある旨を明記する義務があるが、ただ情報を羅列しただけでは伝わりづらい。そこで、デザイナーとSMEが「何を優先して伝えるべきか」吟味した上で、以下のような変更を加えたそうだ。

中村「ユーザーにとって最も重要なのは『振込先が間違っていないかどうか』。しかし、『反映が遅れる可能性があること』も同時に分かりやすく伝えなければなりません。最重要事項を明確に伝えつつ、それ以外の情報もしっかりと伝えるためにこのような変更を加えました。

また、Beforeでは長くなっていた文章が、Afterではすっきりしています。文章は短くしながらも、伝えるべきことはしっかりと伝わるものになっているのではないかと思っています」

社外のプロフェッショナルと「目線を合わせる」方法

続いて登場したのは、『atama+』のプロダクトオーナーを務める林田。同社のデザイナーが協働するのは、『みんなの銀行』のような社内ではなく、「社外のプロフェッショナル」たちだ。

『atama+』はAIを活用したラーニングシステム。AIによってつまずきの原因を特定し、「何を」「どんな順番で」「どれくらい」学習すれば、課題を解消できるのかを提示。一人ひとりに最適な学習ルートを示し、学力の向上に導く。

この仕組みは、社外の「学習科学」「教材制作」「教育現場」、3つの分野のプロフェッショナルたちとの協働によって生み出されている。社内にはそれぞれとの協動を担当する3つのチームが存在するそうだ。

「学習科学」の専門家との協働を担当するのは、アルゴリズムチーム。このチームは直接的な接点を持っているわけではないが、学習に関する学術的な研究論文やノウハウをプロダクトに反映する。

林田智樹|atama plus株式会社 プロダクトオーナー。早稲田大学表現工学科にてCG・VFX等の映像技術、画像処理、認知心理学やメディア論などをつまみ食い的に学ぶ。2015年にリクルートにUXデザイナーとして入社。就活生のエクスペリエンス向上に尽力。2017年に創業間もないatama plusへJoinし、UXデザイナーとして数々の機能開発に携わる。現在はAI教材atama+のプロダクトオーナーを担当。

林田「アルゴリズムチームは理論と実践の間にあるギャップを埋めることが役割です。そのために、重視しているのがアジャイルなアプローチ。理論に基づいた複雑なロジックを、最初からまるっとプロダクトに落とし込まず、まずはかなりシンプルなロジックにしてシステムへと反映。それを生徒のみなさんに使ってもらい、課題を発見し改善を重ねるんです」

次なるパートナー、「教材制作」の専門家と協働するのはコンテンツチームだ。多くの学習サービスでは、既存の教材を活用したり、教材とシステムが独立したりしているが、『atama+』はそうではない。独自のコンテンツを作成し、レコメンドエンジンと連動する形でアップデートしており、その改良には外部のプロフェッショナルが大きく寄与しているという。

『atama+』のコンテンツ作りで壁となるのが、「すべてのユーザーが、必ずしも同じ教材・順序で学んでいくわけではない」ということ。『atama+』は、ユーザーの単元ごとの学習習熟度を分析し、「何を」「どんな順番で」「どれくらい」学べば良いか提案する。ゆえに、ユーザーによって学び始める教材も違う。様々な学力のユーザーが、どこから学んでも最終的に一定水準の習熟度に到達する教材——この、今までにないものを作る上で重要だったのが「目線合わせ」だと林田。

林田「目線を合わせるために、様々なペルソナを作り、ペルソナごとに各教材を『学ぶ前の状態』と『学び終わった状態』がどのようなものかディスカッションを重ねました(編注:参考)。加えて、指導の現場における課題を知るために、外部のプロフェッショナルも含めたコンテンツチームと、デザイナーが共に先生たちへインタビューしました。

教材制作のプロフェッショナルたちは、実際に生徒たちがどのように教材を使っているのか見えにくいそうなんです。だからこそ、プロフェッショナルたちからも『現場の声を知ることはコンテンツ制作にとってかなり有益だ』と感想をいただいています。スムーズで効果的な協働を実現するためには、『誰の』『どんな課題を解決するために』サービスを作るのかといった、忘れがちな目線のすりあわせが一番効果を発揮しています」

アジャイル、ペルソナ、一次情報……ポイントはUX設計の要諦と同じ

「教育現場」のプロフェッショナルたち、つまり学校や塾の先生たちとの協働も重要だ。その役割を担うのは、林田が所属するアプリチーム。生徒たちが使うアプリケーションはもちろん、先生たちがその指導力を最大限に発揮するためのアプリケーションも開発している。

先生向けのアプリケーションも作り始めた背景には、こんな課題があった。もともと教育現場では、生徒たちの学力を伸ばすための様々な工夫がこらされてきたが、教材を『atama+』に変更することで、従来の「工夫」が行いにくくなってしまうというのだ。

その一例が、「適切なタイミングでの声掛け」だ。『atama+』を利用すると、従来の学習のように「全員が同じ単元を学んでいる状況」は生まれない。そのうえ導入先の多くは「1人の先生と多くの生徒」の構造になっているため、先生がすべての生徒の学習を横からチェックすることはできず、「どんなタイミングで、何と声を掛ければいいのか」が分かりづらい状況が生じていた。

言うなれば、教育現場のプロフェッショナルたちがそれまで実施してきた指導と、新たな学び方を融合させる必要があったのだ。そこで、林田らアプリチームは教育現場に赴き、何が行われているのかを徹底的に観察。

課題を特定し、最終的には「コーチングアラート機能」を開発・実装した。先生に対して、個々の生徒が「現在の単元を終えようとしている」ことや、「間違えたのに、解説をよく見ず次の問題に進んでいる」ことを伝える。この機能によって、従来行っていた「適切なタイミングでの声がけ」が可能になり、生徒たちの学習効率も向上したいという。

林田「一次情報を取りに行くことも、協働におけるポイントです。プロフェッショナルたちが、現場でどんな工夫をしているのか。それを注意深く観察しなければ、コーチングアラート機能は生まれませんでした。

これまでお話してきた『アジャイルなアプローチ』『ペルソナを用いた目線合わせ』、そして『一次情報を取りに行く』、いずれも僕らデザイナーが普段からUX設計時に意識していることでもありますが、協働においても重要なポイントでもあると学びました」

ただ、学習科学・教材制作・教育現場、3つの領域のプロフェッショナルとの協働にあたり、円滑なコミュニケーションを取るための工夫は行っているのだろうか?領域や理論が異なるステークホルダーの声を考慮しようとすると、その優先度付けに難儀する事態も想定される。

林田「確かに、一人のPdMがすべてのプロフェッショナルたちとコミュニケーションを取っていたら、混乱が生じていたかもしれません。しかし、私たちは担当するチームを分けていました。それぞれのチームが、協働する人たちの言葉や知見を解釈し、うまく連携していたことがスムーズな開発につながったのだと思います」

プロフェッショナルやユーザーと「共に学ぶ」重要性

最後に登場した村越が所属するUbieのデザイナーは、「社内にいながら、社外でもその専門性を活かし続けているプロフェッショナル」と開発を進めている。みんなの銀行のとatama plusの中間に位置すると言えるだろう。

Ubieは「テクノロジーで人々を適切な医療に案内する」をミッションに掲げ、toCサービス『ユビーAI受診相談』と、医療機関向けの『ユビーAI問診』を提供。同社が協働するプロフェッショナルとは、医師である。

村越「現役の医師がスクラムチームに入って開発を進めている点が特徴です。Ubieに所属している医師たちは、週4日Ubieで働きつつ、週1日は臨床の現場に立ち患者と向き合っています。つまり、現役のプロフェッショナルとともに作り上げているんです」

村越悟|Ubie株式会社, Ubie Discovery プロダクトデザイナー。デザインエージェンシー、事業会社を経て、2015年より株式会社グッドパッチにジョイン。国内受託事業の責任者、執行役員としてグローバルでのクライアントサービスの事業部門を立ち上げを歴任。2017年にアクセンチュアへ入社、主に保険会社を中心としたDXプロジェクトやデザイン思考を活用したプロトタイピング、サービス企画に関するプロジェクトに多数参画。2021年2月Ubie株式会社に参画。

協働におけるポイントとしてまず挙げたのは「共に学ぶこと」。その内容を、開発段階で直面した実際の課題を例に説明した。

『ユビーAI問診』は、データベース・フローチャートを活用したタブレットやスマートフォンによる問診によって、患者が病院にかかる際の問診を効率化することで、医療従事者の業務負担を軽減することを目的に提供されている。開発を進める中で、患者が問診時に回答していた内容と、診察室の中で医師に語る内容が一致しないケースが多くあった。さらに、医師ではないメンバーは「そういったケースがどれくらいの頻度で発生しているか」「どこに原因があるか」を解像度高く理解できていなかったという。

そこで開発に携わる医師たちの臨床における経験則をもとに問診のフローを9つに分解し、どのセクションでどのような問題が生じているのか、詳細に確認・データによる分析を重ねていったという。いわば、社内のプロフェッショナルの暗黙知を、共に再現可能な「学び」に落とし込んでいるといえる。

次なるポイントは「お客様からも学ぶ」。プロダクトの改善を支えるのは「社内のプロフェッショナル」だけではない。Ubieではユーザーである医師たちから、問診の内容に関するフィードバックを集める。Webフォームを設けるのはもちろん、医師たちへの定期的なインタビューを通して、その意見を改善に活かしているという。

「人を理解するエキスパート」──医師とデザイナーの共通点

「プロフェッショナルとそうではないユーザー双方の声を聞き、翻訳する」が最後のポイントだ。

Ubieは年間約200人の生活者に、のべ50軒程度の医療機関へのインタビューを実施しているという。このインタビューを通して見えてきたことのひとつが「患者と医師の間にある、診療に対する意識のギャップ」だ。

患者は体調が悪く、不安を抱えた状態で病院を訪れる。診療に期待するのは「体調不良の原因について、医師から十分な説明をしてもらうこと」「不安な気持ちを医師と話し、説明を聞くことで安心したい」。一方の医師は、限られた時間の中で大量の患者を診る必要があり、熱意があっても一人ひとりに膨大な時間を費やすことは現実的に難しい。それゆえ、治療に最低限必要な医学的情報を提供する。このギャップが医療と患者の距離を遠ざけることにつながるのだという。

Ubieは問診という行為を通して、医師と患者をつなぐ存在だ。「両者の声を聞き、それぞれの声を翻訳することで適切なコミュニケーションを図れる状態にする。それがデザイナーとしての務め」と村越は語った。

村越はこれまでの開発を通して、協働するプロフェッショナルたちとデザイナーには共通点があると気付いたという。それは「対話を通じて問いを立て、その答えを探っていくこと」だ。

村越「医師は臨床の現場で、患者との対話を通じて患者の身体に起こっていることを把握し、治療計画を立てる。デザイナーはユーザーとのコミュニケーションをヒントにプロダクトの問題を特定し、改善を加えていく。もちろん、関わっているドメインは違いますが、行為に着目すれば大きな違いはない。だからこそ、分かり合える部分も大きいんです。

僕たちはデザイナーとして、デザインの専門知識を用いながら、医療現場の課題を解決しようとしている。Ubieには『デザイナーだから』『医師だから』といった、職種による壁はありません。違いがあるとすれば、持っている知識が異なる点のみ。それぞれが持てる知識を活用しながら、職種の壁を越えて協働していることが、Ubieのプロダクト開発です」

ユーザーの声を正確に聞く力、優れた意匠を生み出す力、プロダクト戦略を立案する力……。いま、デザイナーにはさまざまな力が求めらる。三社三様のプロフェッショナルとの協働模様を通して見えたのは、非対称的な複数の対象をそれぞれ深く理解し、最適な形に落とし込む力、言い換えるなら「調和させる力」もまた、デザイナーに要求される力の一つであるということではないだろうか。

デジタル化の波は、幅広い領域に及んでいる。金融、教育、医療、あるいは製造、建設、行政等々。これらの領域はデジタル化に出遅れた領域でもある。その理由は一つではないだろう。しかし、専門知識を持たない者からの「とっつきづらさ」、言い換えれば「分かりづらさ」が一つの要因となったのは間違いない。そして、その突破口となるのは、その道のプロフェッショナルの知見にあるはずだ。

しかし、プロフェッショナルたちはデジタルサービスの専門家ではない。プロフェッショナルが持つ経験や知識とデジタルサービスの間に立ち、それらを調和させ、ユーザーに届ける──いま、デザイナーに求められているのは、そんな役割を担うことなのかもしれない。

[取材・文]鷲尾諒太郎[編]小池真幸

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