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創造性とプレイフルネス——Garden Eightコペンハーゲン支社の意図

2020年の中秋、週末に差しかかる金曜日の夕暮れどき。デンマークの首都コペンハーゲン中心部の暗いオレンジ色の空に、ローゼンボー城の緑色の尖塔が映える。

17世紀にデンマーク国王が建てたという小さな城から、徒歩でたった数分ほど。デザインエージェンシー『Bold』のオフィスでは、日本で言うところの“アフターファイブ”を待たず、仕事を切り上げた人の談笑の声や缶ビールを開ける音が聞こえてくる。

そんなオフィスの一角に、一人の女性が座っていた。手元のノートパソコンを閉じ、弾むような足取りで週末を迎える人の輪に向かう。

場に溶け込んだ姿から、Boldの一員であるかのようにも見える。彼女の名前は、酒井菜津子。日本のクリエイティブ・デジタル・プロダクション『Garden Eight』でディレクターを務め、つい数週間前、単身この街にやってきたばかり。

いったい彼女はどのような経緯でコペンハーゲンの地にやってきたのだろうか。「不安とか、全然なかったんですよね」と語る、その軽快な歩みを追った。

入社2年目の若手ディレクター、“面白そう”に飛び込む勇気

Garden Eightは、「aircord」「maxilla」「Helixes」等クリエイティブ企業のサイトから「DDD HOTEL」「FIL」などのライフスタイル領域、「慶應義塾大学SFC Open Research Forum」のイベントページに至るまで幅広い案件を手がけ、デジタルデザイン領域のアワードを多数受賞。国内外で高い評価を得ている。

全世界から毎年1300万人以上のクリエイターがアクセスするウェブデザインアワード「Awwwards」では、その日に最も優れたウェブサイトに贈られる「Site of the Day」、卓越したディベロッパーを表彰する「Developer Award」などを複数案件で獲得。その数は国内のプレイヤーのなかでも群を抜いている。

酒井氏は2018年に新卒入社。持ち前の語学力を活かし、海外案件のディレクションをいくつも担当。石材を扱うタイの企業「Stone and Style」のコーポレートサイトでは、先述の「Sites Of The Day」と「Developer Award」を、同社メンバーの利倉健太氏とともに受賞した。

国内屈指のプレイヤーであるGarden Eightに新卒入社。複数の海外案件を率い、アワード受賞案件にも携わるなどの成果も残す。そんな入社後の活躍から、恐らく学生時代からデザインを学んできたのだろうと想像し、取材に臨んだ。

デザインの知識や経験はどこで、どのように身につけたのか。取材の冒頭にたずねてみたところ、予想もしない答えが返ってきた。

「入社したときはまったくの未経験でした。Photoshopって何ですか?くらいのレベルでしたね」

そう、彼女はGarden Eightに加わったとき、デザインの知識や経験はほとんどゼロだったという。そうなると、今度はどういった背景でGarden Eightの門を叩いたのかが気になってくる。

酒井「大学では、言語を専門に勉強していたんです。デジタルデザインに興味を持ったのは、卒業間際。それも明確な理由があったというより、テキストではなく、ビジュアルでコミュニケーションできるのが面白そうという、ふわっとした考えでした。多分、皆さんが信じられないくらい未経験だったと思います」

Garden Eightについても「いくつも賞を獲っていて凄いらしい」くらいの認識だった。「業界についての理解が皆無だったからこそ『話聞きたいです!』って、無邪気に飛び込めたんだと思います」と振り返る。

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未経験で「面白そう」と飛び込んできた酒井氏を、代表の野間寛貴氏を含め、Garden Eightは喜んで迎え入れた。ジョインしてからは、Webデザインの入門書で基礎をみっちり学びつつ、野間氏の“鞄持ち”として、打ち合わせなどに同行する日々を送った。

衝動に導かれる個人、背中を押すGarden Eight

インターンを始めて数ヶ月経ち、少しずつ仕事にも慣れていた頃。打ち合わせに同行した帰り道、いつも通り野間氏と雑談をしていた。

そこで彼が何気なく発した言葉が、酒井氏のキャリアにおいて大きな意味を持つ。

「もし、デンマークに支社出したら、行く?」

真っ先に浮かんだのは「デンマークってどこだっけ?」という疑問だったという。しかし、それよりも先に口をついて出たのは、たった一言。

「行きたいです!」

即答だった。「決断するうえで不安はなかったのか?」なんて、彼女にとっては野暮な質問なのかもしれない。

酒井「不安は全然ありませんでしたね。昔から、自分にとって新鮮なこと、面白いことが好きで。飛び込んでいく性格。支社の立ち上げについて『不安じゃない?』ってよく言われるんですけど、『え?絶対楽しいじゃん』って」

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迷いなく「行きたい」と答えた姿を見て、「じゃあ楽しそうだしやるか」と、野間氏もデンマークへの進出を決めた。もちろん、単なる気まぐれで提案したわけではなく、背景にはいくつかの理由があったそうだ。

酒井「私がジョインする少し前くらいから、徐々にGarden Eightとしても、デンマーク含め、海外の仕事が増えていたんです。そこに、英語でのコミュニケーションにあまり抵抗のない私が加わって、野間さん的にも、海外進出の流れが来ているなと感じていたみたいです」

海外案件の増加や英語のできるメンバーの入社。それらが重なったとはいえ、当時の酒井氏は、ジョインして半年足らずのインターンだ。支社の立ち上げを任せると決断することに、躊躇いはなかったのだろうか。

酒井「多分、野間さんにとっては会社や事業の成長よりも、メンバーが楽しく生きていくことのほうが大切で。そのために会社が機能すれば良いと捉えているような気がします。私がコペンハーゲンで面白く楽しい経験を得られたら良い。それが、めぐりめぐって会社に還元されたらラッキーくらいで考えていると、後に聞きました。

実際、現地に来てからも、指示やフィードバックは全然なくて。びっくりするくらい放任。一応、隔週とかで定例を開いているのですが、野間さんは基本的に『おぉ、いいじゃん』しか言わない。同じように日系企業から出向している人と話していても、驚かれます(笑)」

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「面白いから」と未知の領域に飛び込んでいく酒井氏。その衝動を歓迎し、全力で背中を押し、時には放任するGarden Eightという会社。

「なぜ未経験で採用したのか不思議」と彼女は言う。しかし、入社の経緯や立ち上げを任されたきっかけを聞く限り、両者は出会うべきして出会い、意気投合したのだと感じられてならない。

仕事への真剣さと人の余裕が共存する街、コペンハーゲン

では、なぜデンマークのコペンハーゲンを進出先に選んだのだろうか。酒井氏も初めに「行く?」と聞かれた当初は、定かではなかった。先ほど書いた通り、デンマークが地図上のどこに位置するかも曖昧で、「幸せな国」以外の印象は特になかったという。

しかし、2019年に現地のデザインイベントへの登壇と視察を兼ねてデンマークを訪れたとき、その理由の一端を垣間見る。

酒井「そのイベントでは、日本のデジタルデザインの簡単な歴史を紹介しました。参加者は皆、しっかりと話を聞いてくれて。『FLASH全盛期の頃、日本は優れたアウトプットを生み出していたが、今はどうなのか』などの、鋭いもの含め、質問や意見を沢山挙げてくれました。誰もが、受け身ではなく前向きに議論に参加している姿が印象的でした。

一方、イベント自体はとてもリラックスした雰囲気だったのも覚えています。パンやフルーツ、チーズの並ぶテーブルを囲み、和気藹々と話す。真剣さと穏やかさのバランスを心地よく感じました」

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現地のイベントに参加した際の様子

仕事への真剣な姿勢と人の穏やかさのバランス。それは、実際にコペンハーゲンで現地企業のオフィスで働くなかで、より鮮明に感じるようになった。

酒井「今、間借りしている『Bold』は、優れたアウトプットで知られるブランディング・デザインエージェンシーです。スカンジナビア航空を始めとする、大手クライアントの案件も手がけています。仕事への姿勢はとてもストイック。ウェブサイトに“Take pride in craftsmanship(クラフトマンシップに誇りを持つ)”と掲げている通り、細部まで一切手を抜かないんです。

一方、彼らのオフィスでは、金曜14時には人が帰り始めて、16時にはビールを飲む。適度に肩の力が抜けていて、ちゃんと生活や暮らしを楽しむ余裕を持っている。だからこそ、目の前のクリエイションに没頭できているんじゃないかなって。近くで見ていて感じるんです」

真剣さと適度な余裕が、優れたクリエイションを生み出す。そのあり方は、Garden Eightいう会社とも重なると酒井氏は言う。

酒井「Garden Eightは職人集団のイメージがあると、よく言われるんです。確かに皆、アウトプットには一切妥協しませんし、自分たちの仕事への矜持も持っています。ただ、適度に肩の力は抜けているなと感じます。

例えば、自分の好きな時間に出社できるとか、代表が入り口に一番近い横並びの机に座り、メンバーが奥にある広い半個室で働いていいるとか、そういう自由さもそうですし、仕事を面白く楽しくやろうとする余裕がある。

象徴的だなと思うのが、コーポレートサイトです。Garden Eightは動物好きなメンバーが多くて、飲み会でもウサギの話で盛り上がったりするんですけど(笑)、コーポレートサイトも社員一人ひとりの好きな動物がモチーフになっているんです。こだわり抜いたアウトプットのなかに遊び心がある。Garden Eightらしいな、と思います」

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仕事には妥協せず取り組むが、適度な遊び心も忘れない。Garden Eightの価値観やアイデンティティともっとも響きあう場所が、コペンハーゲンという都市だった。

『クリエイティブ都市論 創造性は居心地のよい場所を求める』のなかで、リチャードフロリダは、みずからの価値観やアイデンティティに合致した場所に住むことが、個人の幸福、ひいては創造性の発揮につながると指摘している。

Garden Eightは、クリエイティビティを最大限発揮するために、自らにとって居心地の良いコペンハーゲンという都市を自然と選びとっていたのだろう。

真剣に遊びながら、プロジェクトを創造する

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仕事への真剣さと遊び心のバランス。それは酒井氏がコペンハーゲンに到着してからの動きからも伺える。

先ほど述べた通り、Garden Eightは「事業の拡大よりも、面白い経験を得ること」を大切にしている会社だ。しかし、酒井氏自身はデンマーク企業含め、海外企業とのプロジェクトを増やすことも、自身の重要なミッションと捉えている。

現地に着くとすぐ、住民票、口座開設などの手続きと並行して、現地でクライアントを得るためのアクションに取りかかった。

酒井氏曰く、デンマークでクライアントを得るには、人とのつながり、言葉を選ばずに言えば「コネ」が重要だという。まずは知り合いの輪を広げるために、アクションしていった。

酒井「新型コロナウィルス感染症の影響で、イベントなどは開催されていなくて。とにかく色んな人にコンタクトを取って、会って、話をするのを繰り返しました。

幸い、デンマークのデザインエージェンシー『ayanomimi』代表の岡村彩さんなど、すでに現地でビジネスを展開する日本人の方も協力してくださって。皆でご飯を食べたり、BBQをしたりしながら、人の輪を広げていきました。

交流していると、コペンハーゲンには明確な意思や専門性を持って、チャレンジしている人が沢山いる。彼らに負けず、私もこっちで早く仕事を創りたいなと刺激をもらいます」

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楽しさを忘れず、でも、仕事には真剣勝負。

酒井氏のあり方は、ここ数年で注目されるようになった「プレイフル」という概念を思い起こさせる。

プレイフル・シンキング』の著者である上田信行氏によると、「プレイフル」とは、「物事に対してワクワクドキドキする心の状態」だ。ただ、楽しく遊ぶのではなく、目の前の仕事に没頭し、真剣に取り組むことを意味する

「プレイフル」であるとき、人や組織の創造性が引き出されるという。近年は、経営やマネジメントでも、そうした状態を実現するための研究や実践が出てきている。

目の前の仕事に、楽しく、真剣に向き合う。酒井氏とGarden Eightは、あくまで自然に「プレイフル」を体現していると言えるだろう。そのあり方は、創造性を発揮し、新たな価値を生むクリエイターにとって、大切なヒントを示しているように思う。

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現在は、欧州における新型コロナウィルス感染症の流行に伴い、一時帰国をしている酒井氏。第二波が落ち着きデンマークに戻ったら、引き続きクライアントの開拓をしつつ「Boldとも一緒にプロジェクトを創りたい」と展望を語る。

目標はいくつもあるが、そこから逆算するだけではなく「今、目の前のことを全力で楽しみたい」。

Garden Eightがコペンハーゲン支社を設立したという知らせを目にしたとき、満を持しての海外進出のように受け取った人は多いかもしれない。

しかし、話を聞いて浮かび上がったのは、事業戦略的なWHYだけでなく、「面白そう」を起点に動く酒井氏、そしてGarden Eightという組織のあり方だった。

ビジネスの拡大や経済的成功を追い求めること、目の前の面白さに夢中で飛び込んでみること、どちらかが正解という話ではない。

ただ、酒井氏の清々しい言葉が示すGarden Eightの思想は、とかく前者に偏りやすい私たちのモノの見方を、心地よく揺さぶってくれる。

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[文]向晴香[編集]モリジュンヤ[写真]今井駿介

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