全てが“XaaS”化する時代、メーカーに求められるサービスデザインの視点
2017年、Deloitteは「Everything as a Service A new era of value delivery(価値提供の新しい時代)」と題されたレポートを公開した。
冒頭では、あらゆるモノがインターネットを介しサービスとして提供される動き「Everything-as-a-service」が「事業や業務のあり方を抜本的に覆す」ものであり、すでに多くの企業において既存ビジネスの再構築が起きていると書かれている。
国内でも、2010年代後半からモノや機能価値の飽和が叫ばれ、多くの企業がオンラインとオフラインを横断した「サービス」による体験価値の創出に取り組むようになった。
とりわけ従来「モノ」の製造や販売に合わせて経営を最適化してきたメーカーは、既存ビジネスの再構築を求められた。2016年末に、トヨタが「メーカー」から「モビリティサービスプラットフォーマー」への移行を発表したのは、象徴的な出来事だったと言えるだろう。
転換期のメーカーが実践する「サービスデザイン」
目に見える製品を創る「メーカー」から、利用する人々の活動や体験をもデザインし、新たな体験や価値を創る「プラットフォーマー」へ——。転換期に立つメーカーが目を向けたのがサービスデザインだ。
サービスデザインの定義は諸説あるが、『THIS IS SERVICE DESIGN THINKING. Basics - Tools - Cases(BNN)』では「『サービスを利用する』という観点で、企業と顧客の関係性を見つめ直し、そのことによって事業自体をあらためて定義し直す」ことが本質だと説明されている。
それはいったいどのように実践できるのだろうか。昨年スペインの戦略デザインファーム『Mormedi』が主催したオンラインイベント『Everything as a Service: From manufacturers to service platforms』では、サービスデザインに取り組むプレイヤーが、メーカーでの実践において基礎となる視点や考え方を共有していた。
これからサービスデザインに取り組もうとするデザイナーや、関連する業務担当する人にとって参考になる内容だったので、ポイントをピックアップして共有できればと思う。
サービスを取り巻くシステムを、深く広く捉える
フィリップスでサービスデザインチームを率いるJon Rodriguez氏の発表からは、体験の「Enabler(筆者註:実現要素)」を整理する重要性が伺えた。
フィリップスでは、消費者向けのヘルスケア製品や医療従事者向けの医療機器、それらの製品と合わせて利用するITソリューションを提供。「より良い製品だけでなく、患者や医療関係者にとっての『より良い結果、より良い体験』を追求している」と言う。
サービスの利用者と提供者、双方にとって優れた体験を実現するため、サービスデザインチームでは、「人やツール、業務プロセスといったEnablerに着目している」とRodriguez氏は強調する。
Rodriguez:患者や医療関係者の体験は、氷山モデルでいうと、水面上に見えている一部に過ぎません。より良い体験を創るには、患者や医療関係者、フィリップス社内のメンバー、パートナー企業のメンバーが、どのようなケイパビリティを持ち、どのような役割を担うのか、何のツールをいつ利用するのかなどを整理する必要があります。
その意味で、フィリップスでは“user-centric(ユーザー中心)”ではなく“multi-stakeholders-centric(複数のステークホルダー中心)”を意識して、サービスデザインを実践していると言えるかもしれません。
フィリップスのサービスブループリント
続いて、Renault–Nissan–Mitsubishiの実践からは、サービスを利用する「人や社会」への影響を捉える大切さを改めて感じた。
MaaSプロダクトやサービスプランニングを担う三好健宏氏曰く、自動車業界では「Connected(コネクティッド化)」「Autonomous(自動運転化)」「Shared/Service(シェア/サービス化)」「Electric(電動化)」といった4つの変化が起きている。これらの進化は頭文字を取って「CASE」と呼ばれ、自動車メーカーがプロダクトや事業開発を考える上で前提となっていると言う。
三好氏は、「CASE」が人や社会に与え得る影響を顧客視点でも考慮し、サービスをデザインすべきだという視点を示した。
三好:例えばバルセロナではMaaSサービスの流行によって交通渋滞が悪化し、抗議運動が起きていました。「CASE」はあくまで業界側で語られている進化であり、顧客が歓迎するかどうかは別問題。自動車メーカーはCASEによって顧客や社会がどのような価値を享受できるのかを考え抜き、丁寧に共有していく必要があるでしょう」
CASEを構成する4つの変化、それにともなうメーカーの事業領域やフォーカスの変化を表す図
フィリップスや日産三菱ルノーの実践から連想されるのは、Dell傘下のBoomiのデザイナーJulie Guinn氏が、2019年のService Design Global Conferenceで提案した『トリプルダイアモンドモデル』だ。
このモデルは、問題を探して定義し、解決策を考えて解決するというデザインプロセスを定式化した「ダブルダイアモンドモデル」を、さらに進化させたもの。2つのダイヤモンドの前に、状況の調査とスコープの把握というプロセスが加えられている。
トリプルダイアモンドモデル
フィリップスや日産自動車の取り組みは、いずれも問題解決の前にシステムを把握する点に重きを置いていたように感じる。それらは医療や自動車など、安全性が重要かつ社会への影響度の大きい領域に関わるメーカーが、サービスプラットフォーマーへ移行するために欠かせないプロセスではないだろうか。
また、そうした広い視野でシステムを見つめる重要性は、Mormediの掲げる「プラットフォーマーへのシフトに必要な5つの原則」にも通じる。
MormediのCEO Jaime Moreno氏は、Renault–Nissan–Mitsubishiを始めとする複数メーカーでサービス開発やデザインの導入を支援してきた。イベントでは現場での経験を踏まえ、Moreno氏はメーカーがサービスプラットフォーマーへ移行するための5つの原則を紹介した。
1. 顧客中心に設計されたサービスを構築する
2. 製品を接続し、便利に利用するためのソフトウェアを開発する
3. 他の企業とWin-Winなパートナーシップを積極的に築く
4. 誰もが利用できるプラットフォームを構築する
5. デバイスやサービス間の壁を取り払い、相互運用性を実現する
Moreno:メーカーからプラットフォーマーへシフトするには、技術や製品ではなく、顧客が中心となるようサービスや事業のあり方を再構築する必要があります。それと同時に、顧客と双方向のコミュニケーションを重ねて関係を築き、信頼を培わなければいけません。
顧客中心はもちろん、「他企業とのパートナーシップ」あるいは「デバイスやサービス間の相互運用性」によって、サービスや事業のあり方を変えていく。その向かうべき方向性や取るべき施策は、サービスを取り巻くシステムを捉えてこそ見えてくるのかもしれない。
サービスデザインの実践、個人や組織の変容
サービスデザインに取り組む際の視野にまつわるヒントに加え、個人のマインドセットや組織のカルチャーについても話題が上がった。
Moreno氏は、メーカーが顧客中心でサービスを思考するためには「目の前の課題を解くときに顧客中心のアプローチを採ることができるか。日頃の振る舞いや態度の変容をどう起こすのかも考えていく必要があります」と語った。
それに対して、本イベントのモデレーターであり、国際的なサービスデザインの啓蒙組織「Service Design Network」本部代表のBirgit Mager氏は「『Managing as a designing』という書籍を連想した」と共有する。
本著では、企業が新たなサービスや価値を生み出すために、マネージャーは「与えられた選択肢から最適なものを選び、意思決定する」だけでなく、チームとともに「最適な選択肢を生み出す役割を担うようになる」と指摘している。
Mager:マネージャーは単なる意思決定者ではなく、より最適な解決策を思考し、コラボレーションを促す役割を担うと書かれています。マネージャーの果たす役割など、職種のあり方においても変化が必要になるのかもしれません。
冒頭に述べた通り、サービスプラットフォーマーへの移行には既存のやり方を再構築する必要がある。個人のマインドセットや組織のカルチャー、職種の定義など、組織レベルでの変容も不可欠だと言えるだろう。
イベントの最後、Mager氏は「複雑なシステムやステークホルダーとの関係に向き合い、人をエンパワーする。そんなサービスのデザインを共に思考し、創造していきましょう」と画面の向こうのデザイナーたちへ力強く呼びかけていた。
今回のイベントでは、実践の前提となる重要な視点が挙がっていた一方、具体的にどう実践するかについては十分に語られていなかった。語られた重要な視点をどのように具体的に実践できるのか、そのために必要な組織変革とは?など、designingにおいても引き続き考えていきたい。
本イベント全編は以下の動画で視聴できる。興味を持った人がいればぜひチェックしてみてほしい。