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freeeのリブランディングを支えた、デザイナーが事業に伴走する姿勢

SlackやUber、Evernote…。

ここ1年弱だけをみても何社ものスタートアップで大規模なリブランディングが行われた。企業規模を拡大しフェーズの変わるタイミングで、ブランドとの向き合いは欠かせない転換点になっているのかもしれない。

リブランディングが、ユーザーから好意的に受け入れられるか。それを大きく左右する要素のひとつに、いかに全社で取り組めるかがあるのではないだろうか。トップダウンで刷新されたブランドも、適切に実装、運用されなければ、形骸化してしまう恐れもある。

慣れ親しまれたデザインが刷新されるとなると、「前のほうが良かった」といった声が、“味方”であるはずの社員から出てくることも少なくない。

いかに「機能する」ブランドを作り上げるか——そこに必要なのは、経営陣と実務側、双方の認識をすりあわせつつ、現場のニーズをも満たす、デザインではないだろうか。

スモールビジネス向け事務管理SaaSを提供するfreeeは、2018年10月リブランディングを実施した。2017年10月にブランドコミュニケーションチームを立ち上げ、1年間、現場・経営の双方が納得し、共に歩めるブランドの在り方を模索していった。

彼らはどのようにその意思疎通を図り、アウトプットを生み出したのか。ブランドコミュニケーションチームを率いるクリエイティブディレクターの小川テツヤ氏に伺った。

中長期的な関係を構築できるブランドが必要だった

小川氏は自動車部品メーカー大手のデンソーで自社のブランディングや広告プロモーション制作に携わった人物。その経験を携え、2017年freeeへジョインした。入社にあたり、同氏のミッションは「freeeらしさの構築」と安定したブランドを生み出す体制作りだった。

「freeeは2013年に会計freeeをリリースして以降、会社設立freeeや人事労務freeeなどサービスを拡充。ウェブマーケティングによって順調にユーザー数を伸ばしてきました。ただ今後を見据えると、中長期的な関係構築を要するSaaSの性質上、統一したブランド体験を構築し、継続的なコミュニケーションを前提としたブランドクリエイティブが必要になってきていたのです」

小川氏の着任当時、freeeのクリエイティブは、組織もブランドも目の前のことで精一杯の状況。経営陣も実務側も、「このままでは良くない」という課題意識はあるものの、現場は短期的な指標のもとPDCAを回すことに目が行きがちだった。

この状況に対し、経営陣はブランドへの注力を決意。小川氏を迎え入れ、事業の継続的な成長のために、中長期でfreeeを支えるブランドの土台作りを進めることとなった。

「社内のクリエイティブを担うメンバーはサービスごと必要に応じて配置され、ナレッジや外部との連携も個々に依存していました。コーポレートカラーや共通のブランドアセットもなく、ロゴの青色だけでも6色近く使われているような状態。freeeが次のフェーズに向かうには、より中長期を見据えたブランド作りと、運用体制の構築が急務でした」

コアメンバーで議論を重ねたデザインコンセプト 

海外と比較すると、日本のBtoB SaaSのブランディング事例は多くない。小川氏自身、デンソー時代にリブランディングを経験したものの、freeeとは事業規模も企業文化も異なる。AtlassianやSalesforceなど海外事例を中心にリファレンスを携えつつ、freeeが取り組むべき方法を模索していった。

まず行ったのは、経営陣とコアメンバーによるデザインコンセプトの策定だ。リブランディングの必要性は皆が感じていたからこそ、社内を巻き込み、思想を共に構築することを求めた。週に1回2時間のペースで3カ月間に渡り、CEOの佐々木大輔氏はじめ、経営陣とマーケティング、UI,UXデザインの責任者らを交え、freeeブランドが持つ哲学をすり合わせていった。

「社歴の長いメンバーもいれば、僕のように入社したばかりのメンバーもいる。立場や経験含め、多様な視点から『freeeらしさ』を集め、丁寧に言語化していきました」

前半は、とにかくワードやイメージなどを共有しアイデアを発散。後半は、その解像度を高めていくべく、言葉への落とし込みを進めていった。そこで導かれたのが、ブランドフィロソフィーとなる3つの言葉。『心地よい開放感』『ちょっとした楽しさ』『もうひと手間かけられる余裕』だ。鍵となったのは、佐々木氏が挙げたペルソナ像だった。

「freeeを使う人のイメージとして、佐々木は『炭酸水を飲んでいる人』を挙げたんです。日常のなかに楽しさを見つけ、時間や心の余裕がある人は、炭酸水を選ぶんじゃないか、と。確かにそうだな——と議論が進み、一気に言葉が定まっていきました」

続けて、このブランドフィロソフィーを現場のデザインに落とす上での指針として、デザインコンセプトも整理する。freeeが当時掲げていた「スモールビジネスに携わるすべての人が創造的な活動にフォーカスできるよう」を土台に置き、「創造的な活動をしている状態=テクノロジー(freee)を活用した先にある世界」を表現するのが、デザインコンセプトの基本指針となった。

「スピーディさや機能性などを謳うのではなく、テクノロジーはあくまでfreeeの掲げるミッションをかなえる手段にすぎません。ですから、ことさらにテクノロジーを強調するのではなく、その先にどんな未来が実現するのか、なるべく具体的なイメージで表現するようにしました」

1on1を通し、ボトムアップで声を集める

ブランドフィロソフィーの策定と並行して、小川氏はデザイナーやマーケターなど、クリエイティブを制作するメンバーとの1on1を進めた。業務上の課題や要望をヒアリングし、どのようなアウトプットやアセットがあれば、より効率よく業務を回し、ブランドを維持できるのかを多面的に理解する場を設けたのだ。

「僕自身、入社後に実感したのですが、freeeはかなりのボトムアップ型組織です。『やるべき』とメンバーから共感してもらえれば、人も予算もついてきますが、共感してもらえなければ、何も動きません。リブランディングもコアメンバーだけで固めて『あとはよろしく』では絶対に成立しない。

その意図をしっかり現場のメンバーに伝え、どうすれば体現できるか、どんなコンセプトなら共感できるか、どんな素材や要素が必要かなど、細かくヒアリングを実施。現場でのアクションへすぐに繋げられるよう、密にコミュニケーションを重ねていきました」

デザインアセットにイラストを積極的に採用したのも、1on1がきっかけになった。

「1on1を進めるなかで、『ビジュアルのトーン&マナーをいかに統一するか』は度々議論に上がりました。特に写真の場合、全てを撮影するのは難しい一方、ストックフォトから統一感のある画像をセレクトするには、技術も経験もいる。汎用性のあるイラスト素材を制作し、それを活用することでトーン&マナーを一貫できるだろうという声があったんです」

この声をもとに、小川氏はメンバーにどんな素材が必要かをヒアリング。汎用性の高い約150種を抽出し、イラストやアイコンとして統一した素材を拡充した。

加えて、CIも検討の土台に上がる。ただ、既存のCIは社内外とも評価が高く、大幅な変更をあえてすべきものではなかった。今回は細かい造形や色の調整のみにとどめ、より優先度の高い「安定的なクリエイティブ体制の構築」へ注力する道を選んだ。

「CIの刷新も、検討の余地がないわけではありません。ですが、今の段階でやるべきではないと考え、ブランドを維持する上での必要最低限の調整だけを行いました。色の統一や取り扱ううえでのガイドライン策定、つばめの刃先を少し丸めるといった微調整が主です」

ブランドブック、ルールに加え、スライドが役割を果たす

土台となる思想や哲学、そして必要となる素材を整理し、2018年4月にリブランディングの第1段階としてブランドブックとデザインハンドブックが社内に公開された。

ブランドブックには、今回まとめ上げられたブランドフィロソフィーのほか、ロゴに込められた想いや扱いを記載。freeeが大事にすべきブランドの思想が詰め込まれた。

デザインハンドブックには、思想を体現する上で必要な「デザインルール」が示されている。デザインコンセプトに加え、それをビジュアル化し、デザインの方向性を示す「デザインムードボード」や、指定フォントやカラースキーム、アクセントカラーや、用いる写真、イラストなどの方向性を定めた。

「公開後は、何度も勉強会を実施し使い方を伝えつつ、現場からのフィードバックをあつめました。結果、色違いやパターンの豊富さ、使い勝手を考えかなり調整を実施。当初と比べても、かなりの情報がアップデートされています」

これら指針となるルール類とは別に、小川氏はある重要な役割を果たすツールを手掛けた。「スライド」だ。登壇や営業資料など全社で用いるスライドのテンプレートを用意。全員へ配布したのだ。

「はじめに頼まれたときには、『スライドかぁ……』と軽く考えていたんですが、スライドはほぼ全ての社員が使うもの。テンプレートを作るなかでは、だれでも使えるのか、なぜこれを守るべきかといった思考を繰り返し、ガイドラインの内容を精査する機会になりました。加えて、“freeeらしさ”を体現するものを、普段使いするツールで共有できたのは、現場のブランドに対する理解を得るうえでも重要な役割を担いました」

デザイナーが現場に伴走し、浸透を支援

目指すべき方向は示した。ただ、ここからが本番と言っても過言ではない。指針を整理しつつ考え続けていた、「いかに組織へ浸透させるか」という問いと向き合うべき時がきた。

「もっとも避けたかったのは、ブランドコミュニケーションチームや経営陣が定めたCIやガイドラインをトップダウンで指示すること。それでは、ボトムアップ型のfreeeでは絶対に浸透しません。浸透には、現場の声と意志が求められる。そこで、ガイドラインが決まり次第その意図を丁寧に現場へ伝えつつ、事業に伴走してクリエイティブを生み出せる体制を敷いたのです」

ガイドライン公開と共に、小川氏はサービスごとに散らばっていたクリエイティブ職(デザイナーやコーダーなど)を集約。セントラルのクリエイティブ組織を組成した。クリエイティブ職が現場に併走し、プロジェクトベースで必要な人員をアサインするような体制をとったのだ。

「統一されたブランドの価値は言葉だけで理解しやすいものではありません。ゆえに、身をもって納得してもらう必要がある。そのためには、デザイナーの支援が必要でした。たとえばLPのA/Bテストを行うとき、細かな要素の検証を重ねた方が、より深いレイヤーで検討できます。

ただ、その案をハンドブックやガイドラインからすぐに導くには、デザイナーがレビューしつつ共に作り上げた方がわかりやすい。ガイドラインによってマーケティングの精度がより高められると理解してもらうには、デザイナーの伴走は必須でした」

クリエイティブチームをセントラルに集約したことで、デザイナー側にも変化が生まれた。それまで「指示され、作る」ことに特化していたのを、組織内で業務報告やアウトプットのレビューを通し、「freeeらしいデザイン」を議論し思考する機会が増えた。

加えて、担当する事業ごとスキルセットやナレッジが分散していたのを、相互に何を作っているかを把握できる環境が整ったことで、知識や素材の共有も容易になった。お互いにフィードバックし合うことで、小川氏自身ディレクションにかかる工数も削減された。

「現場への伴走をはじめて数ヶ月経ったころから、僕が指摘しなくても、『これってfreeeっぽくないですよね?』という声が挙がるようになってきました。ブランドイメージとして一つのものを共有できているからこそ、メンバー一人ひとりのなかに確固たる指針を醸成できたのだと思います」

ブランド浸透は「いかに汗をかけるか」

2018年10月には、リブランディングの第2段階としてサイトのリニューアルを実施。リニューアル後1カ月で、LPのコンバージョン率は約20%アップし、バナークリック率は約4倍に、ダイレクトメール成約率が約2倍になるなど、定量的な結果が次々と得られた。

定性的にも、全体としてマーケティングツール制作にかかる作業効率が飛躍的に向上し、テキストベースではなく、イラストを用いて視覚的にわかりやすいランディングページが増加。既存のタッチポイントだけではリーチできなかった層への行動変容を促せた事例もあがっている。

「当初から運用を設計に入れ、完成した指針と素材をただ渡すのではなく、制作にひたすら伴走する。加えて、何度もフィードバックをもらい、使い勝手を徹底的にアップデートする。泥臭いやり方ではありましたが、結果、アウトプットのブレはどんどん少なくなり、ブラッシュアップされるようになったのです」

BtoB、ましてや会計や人事労務という、一見とっつきにくい「かたい」分野のプロダクトを、イラストを主体とした「やわらかい」クリエイティブとリブランディングで刷新したfreee。

500人規模という成長期真っ只中で、「freeeらしさ」を醸成し全社に浸透させたのは、もとよりfreeeが組織として志向してきた「ボトムアップ文化」に、いかに寄り添い、並走し、「汗をかけた」からではないだろうか。丁寧なヒアリングや情報共有、勉強会やスライドの活用、クリエイティブ体制を集約しながらプロジェクトベースで部署横断的に取り組むなど、地道な施策の成果だ。

「今後、よりプロダクトそのものへの理解を広めるべく、ブランドコミュニケーションチームとしてもチャレンジしていきたい」

freeeの新たなブランドはまだ走り始めたばかり。今後の浸透も注目したい。

[文]大矢幸世 [写真]今井駿介

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