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デザインドリブン“ではない”組織を乗りこなす4つの視点

デザインドリブンではない組織において、ビジネス職とデザイン職の溝を埋めていくには、どうすれば良いのか。プロダクトデザイナーAlden Tan氏は、東南アジアの巨大ECプラットフォーム『Shopee』での経験を踏まえつつ、4つのヒントを挙げる。

以下はAlden氏がUX Collectiveに寄稿した『Driving design in a business-driven organisation』を、公式に許可をいただき、翻訳したものだ。

デザインとは何か——。

Appleのプリンシパルエンジニアであったケン・コチエンダは、著書『Creative Selection Apple 創造を生む力』で、以下のスティーブ・ジョブズの言葉を引用した。

「デザインとは、どのように機能するかだ(design is how it works)」

シンプルで掴みどころがなく、考えさせられる言葉だ。ユーザーが惹かれるのは、プロダクト自体であり、形態は機能に従う。機能にまつわるあらゆるものがデザインである。デザインは目的のための手段(a means to an end)ではなく、すべて(the end all)なのだと。

4年ほどプロダクトデザイナーとして働いてきたが、ジョブズの言葉が心に響くようになったのは、デザインドリブンではない組織の文脈やカルチャーに触れるようになってからだ。

また、同時期に「デザインドリブンな企業を判断するには?」や「実践者たちがデザインドリブンな組織へのシフトを検討するには?」といった議論も注目するようになった。私たちは何からシフトしようとしているのか、あるいは何と比較して「デザインドリブン」や「ビジネスドリブン」を判断しているのかが気になったからだ。

私は「ビジネスドリブン」を以下のような観点で整理している。

  • フォーカス:事業成長が組織の最優先事項。収益を最大化し、コストを最小化する。財務的な検討が重要になる。財務的な目標を達成するため、顧客の獲得や、オペレーション能力の向上に優先的に取り組む

  • 意思決定:ほとんどの場合、意思決定のマトリクスは、事業にとっての必要性と優先順位に応じて作成される。事業的な目標の達成に貢献しない活動は、優先順位を下げるべき

  • カルチャー:事業がすべて。組織を構成する要素は、すべて事業に奉仕する、目標に貢献するものであるべき

ビジネスドリブンな組織において、ビジネス職とデザイン職の間には、何らかの緊張関係、あるいは知識やコミュニケーションの溝があると思う。

例えば、以下のようなシナリオが考えられる。

  • デザイン職がプロダクトの開発・進行における「対等なパートナー」ではなく、制作に関わる「機能」として捉えられる

  • デザイン職の取り組みのうち、費用対効果を定量化しづらいものが反対にあう

  • デザイン職がプロダクトの戦略には関与しない

こうしたシナリオを避けるために、両者の溝を埋めるために、私はデザイン職に以下が求められると思っている。

  1. ビジネス職へのエンパシーを働かせる

  2. デザインの価値を、定量化できるよう翻訳する

  3. 「デザインとは、どのように機能するか」という考えを広める

  4. ゼロからデザインドリブンなカルチャーを浸透させる

1から4が満たされたとき、以下のような状態に近づけるはずだ。

  • ビジネス職とデザイン職との間にシナジーが生まれる

  • デザインがビジネス戦略の一部となり、プロダクトに反映される

  • 「どのように機能するか」が、事業目標を達成するために重要だと認識される

デザインの価値や重要性が理解されていない状況では、一からデザインドリブンな発想や視点を磨いていく必要がある。上記の状態にたどり着くには時間と労力が必要だ。

だが、決して損はしないはずだ。優れたデザインから優れた事業は生まれるのだから。ここからは個人的な経験を交えつつ、それぞれのポイントについて説明していく。

・・・

1. ビジネス職へのエンパシーを働かせる

優れたデザインはエンパシーがすべてだ。エンパシーは、決してエンドユーザーだけでなく、社内のステークホルダーにも向けられるべきものだ。

ビジネス職のメンバーから以下を聞き出し、理解しなければいけない。

  • どのような事業目標を達成したいのか

  • 今進めている取り組みの目的とは何か

  • 私たちがフォーカスすべき指標とは何か

  • プロダクトのロードマップはどのようなものか

  • 事業の制約はどのようなものか

  • どのように業務に取り組んでいるか?何を終えなければいけないか?業務におけるペインポイントは何か

  • 私たち(デザイナー)に期待していることは何か

簡単に言うと「誰が、何を、なぜ、いつ、どのように」を知る必要がある。全体のうち自分はどの役割を担うのか、どの問題に労力を費やすべきなのかなど、包括的に目的を理解しよう。

その際、陥りやすいのが「アイデアに満ちた新入社員症候群」だ。とりわけデザイナーに多く見られるように思う。

例えば、あなたがとあるプロダクトを開発している組織に入社したばかりだとしよう。フローや機能を改善するアイデアで頭はいっぱい。さっそく企画書を作成し、自信に満ちた顔でプロダクトマネージャーに提出。意気揚々とアイデアをシェアする様子を、プロダクトマネージャーは黙って聞いている。あなたが一通り話し終えると、開口一番こう言った。

「いいですね。ただ、以前そのアイデアについては議論済みです。事業目標を達成できないこと、プロダクトのパイプラインに合わないことから、今は実行しない予定です」

あなたの表情は凍りつき、気まずい沈黙。何を言うべきか悩んでしまうだろう。

ここで学ぶべき教訓は、ビジネスドリブンな組織において、デザイナーが仮説や推察にもとづき簡単にプロダクトを最適化できるわけではないということだ。デザイナーが、その価値ある視点と労力を、何に対して提供すべきか。正しく理解するには、まず周囲とコラボレーションやコミュニケーションを重ね、協力とコミュニケーションを図る必要がある。私自身も以前、ビジネス職について知るための段階を踏まず、すぐに改善や最適化に取り組み、反省した経験がある。

2. デザインの価値を、定量化できるよう翻訳する

Credits: Design Better (InVision)

ライアン・ラムジー(※1)は、著書『Business Thinking for Designers』において「知覚価値(perceived value)」と「実際価値(actual value)」という区分を用いて(※2)二項対立を説明している。知覚価値は主観的な好みや経験則、実際価値は定量的なデータによるものだ。

※1:訳者注...Applyでデザイナーとして20年以上活躍した後、クリエイティブリーダーやエグゼクティブ向けのスクールを提供するSecond Wave Diveを設立。
※2:訳者注...ラムジーは以下のような二つの価値を定義している。

・知覚価値:計算するのは難しい一方、知覚価値は実際価値と同等、それ以上に重要だ。顧客や経営者が「優れている」「使いやすい」「美しい」などの言葉を使うものは、すべて知覚価値の例だ
・実際価値:数学で扱いやすいのが実際価値だ。何かを作るためのコスト、プロダクトの価格、従業員の給料、ツールの開発に必要な時間などを計算するために用いられるものだ。

デザインはどちらかというと知覚価値を重要視する。デザイナーは、デザインによって実際価値が生まれると理解してもらうよう働きかけるべきだと、ラムジーは説明する。それによって、ビジネスドリブンな組織においてもデザインを重要視する意義を共有できる。ビジネスとデザインが相互に対立するものではないと知ってもらえるだろう。

例えば、組織において新たにデザインシステムを作るとしよう。ギャップを埋めようと意識せずデザイナーの直感に従ったら、私は以下のように説明してしまうだろう。

  • デザインシステムは、プロダクトにおけるUIの一貫性を担保し、フロントエンドにおけるユーザーエクスペリエンスを統一感のあるものにする

  • デザインシステムによって、プロダクトの見た目や使い心地について、ステークホルダー間で共通認識を持って動けるようになる

  • デザインシステムは、デザイナーやエンジニアのワークフローを効率化する

こうした主張は、いずれもビジネスドリブンな組織(実際にはより多くの組織)において、あまり重要ではない。いずれも価値はあるが「実際価値」に欠けている。

プロダクトのUIが一貫性のあるものになったら、どうなるのか?ワークフローが効率化したら、どうなるのか?一連のアクションだけでなく、事業目標へのインパクトを測る指標など、成果と結びつけることが重要だ。

例えば、以下のような改善案が考えられるだろう。

  • デザインシステムは、プロダクトにおけるUIの一貫性を担保する。デザインの一貫性は、ユーザビリティの低下を引き起こすため、非常に重要だ。例えば、見た目は同じでも、機能の異なる複数の要素があると、ユーザーは混乱してしまう。重要なタスクを効率的に終わらせられない。ユーザビリティの低下は、満足度に悪影響を及ぼす。ユーザーの離脱による解約率の増加、クチコミ効果の低下による獲得率の減少を招く(過去のデータや事例を参照しよう)。つまり全体的に購入してくれる人が減ってしまう

  • デザインシステムは、デザイナーやエンジニアのワークフローを効率化する。新たな機能追加やプロジェクトで必要になる度に、同じコンポーネントを一から作り直す時間が不要になるからだ。また、エラーが多く一貫性のない実装を心配せずに済み、UIのバグも減る。コンポーネントが可視化され、再利用でき、一つの正しいソースに紐付く。これによって作業時間を( )時間減らせ、組織はコストを( )ドル抑えることができる

ビジネスドリブンな組織では、デザイナーが指標やコスト、ROIなど、事業全般について思考する必要がある。一見、抽象的で「直感的に動く」ものを数値化するのは難しいかもしれないが、数値と紐づけることは必須だ。それがデザインのインパクトを明確に証明する方法だからだ。

3. 「デザインとは、どのように機能するか」という考えを広める

ここまで話してきたように、ビジネスを理解するように努め、ビジネス職の“言語”でコミュニケーションする。これはビジネスドリブンな組織においてもデザインの価値を発揮するために重要な第一歩だ。
だが、同時に「デザインはどのように機能するか」であると周囲へ積極的に伝え、デザイナーの影響力を確立していくべきだとも思う。そうした変化を促していくためには、コラボレーションや地道な努力、粘り強さが必要だ。

変化を起こすには、マインドセットの転換が不可欠だ。ビジネス職のステークホルダーは、デザインが事業目標の達成にどう貢献できるか、あまり意識していない可能性が高い。前述のように、プロダクトがどう機能するか、すべてがデザインだ。だが、ステークホルダーはデザインを優れたプロダクトという目的を達成するための手段と捉えているかもしれない。この区別はとても重要だ。デザインは単なるツールではない。デザインこそがプロダクトなのである。私たちが市場に送り出すものは、すべてデザインなのだ。

デザインが優れたプロダクトのための手段になってしまうと、デザインの構成する要素の一部である「美」や「美意識」ばかりが求められるようになる。私はこれまでの仕事において「もっと見た目をいい感じにしてほしい」という要求に数多く出会ってきた。恐らく発言者は、デザインの価値を十分に理解できていないのだと感じる。デザインを、より素敵で、より洗練された見た目のためのものと捉えているからだ。

だが、プロダクトの美しさは見た目だけではなく、機能に宿る。プロダクトがどのように機能するかの意思決定は、すべてデザイン上の意思決定だ。定量データと定性データのバランスを図ったり、経験則とアルゴリズムを組み合わせたり。デザイナーがよりよい意思決定に貢献する方法は数え切れないほどある。

もちろん、こうした話を言葉で共有するだけでは、抽象的すぎるだろう。デザイナーは、実際に成果物を生み出し、ビジネスパートナーと連携することから始めなければいけないと思う。

現場の仕事において理想を形にし、個人としての影響やインパクトを高めよう。アイディア発想から実行まで、ビジネスパートナーと効果的に関わる力を身につけ、証明していこう。デザインの可能性を最大限に発揮するには、組織や事業がどう機能しているかに関心を持ち、決められたロールから一歩踏み出そう。

私たちは、ビジネスとデザインを融合する方法を探していかなければいけない。プロダクト戦略とデザイン戦略が手を取り合うべきで、どちらか一方が他方に従うべきものではない。

エンパシーを持って、ビジネス職をデザインのプロセスに巻き込み、デザインの価値を体験してもらう。それは非常に興味深い試みであり、実際に価値があると思う。デザインは、共に、ビジネスにおける課題を解決する営みになっていくだろう。

4. 現場からデザインドリブンなカルチャーを浸透させる

シニアマネジメントは、トップダウンの変化を起こせる立場であり、その権限を持っているべきだ。だが、他のメンバーやマネージャーがトップからの指示をじっと待っている必要もない。

トップダウンの計画を実現するのは、同時進行で起きるボトムアップの取り組みだ。現場において受け入れられ、あらゆるデザイナーが自身の信じる実践を模索し、デザインを浸透させるために働きかければ、変化は起こせるはずだ。

マネージャーはチームとのコミュニケーションにおいて重要な役割を担っている。大胆かつ忍耐強く、メンバーの探究を促すべきだ。ローマは一日にして成らずだ。ビジネスドリブンな組織において、デザインを浸透させ、重要性を共有するのは時間がかかる。時間がかかり、困難なプロセスかもしれない。だが、どこかで一歩を歩む必要がある。焦りも感じるかもしれないが、だからこそ地道に進まなければならない。

結局のところ、変化は自然に起きるのが一番だと思う。理想主義だと言われようと、変化はデザインへの情熱に突き動かされ、同じ志を持つ人々によって導かれるべきだと思う。そうすれば最終的には利益と視点が一致する地点に辿り着けるはずだ。

・・・

私は考え続けてきた。ビジネスとデザインを結ぶダイナミクスについて。今のプロダクトデザインがどのように誤解されやすい領域になってきたのかについて。ビジネスドリブンな組織にデザインを浸透させるのは、言うは易く、行うは難しだ。

マインドセットの変化を促し、ビジネス職とデザイン職の溝を緩和するには、言葉だけでは不十分で、行動が必要だ。デザインは現実の組織において一定の制約において実践され、「デザインとは、どのように機能するかだ」という言葉の意味を、誰もが考えているわけではない。

曖昧に聞こえるかもしれないが、繰り返し言いたいことがある。デザインがもたらす価値を具体化し、優れたプロダクトを作るためにデザインが果たせる役割を周囲に伝えるのは、私たちの担うべき責任だ。ビジネスとテクノロジー、デザインが融合し、相乗効果を発揮する接点を、協力しながら探し続けていくべきだ。

Appleのミッションは、アートとテクノロジーの交差点において、素晴らしいプロダクトを作ることだった。私たちのような次世代を担うデザイナーも、そのクラフトや美意識への並々ならぬ献身に刺激を受け、ピクセルの世界を飛び出せる。デザインによってテクノロジーの未来を切り拓けないだろうか。

先駆者たちが素晴らしいプロダクトを生み出せたのは「デザインとは、どのように機能するか」であると知っていたからだ。スティーブ・ジョブズは次のように語る。

多くの人はデザインを「プロダクトの見た目」と勘違いしている。四角い箱を渡され、「見た目をいい感じにしてください」と言われているような。飾りや装飾をするものだと思っている。それは、私たちの考えるデザインとは異なる。見た目や感触だけではない。デザインは、どのように機能するかだ。

願わくは、デザインがプロダクトの進化や大きな飛躍を促す存在になることを。そして、あらゆるビジネスにおいてデザイン的な考え方やカルチャーが浸透していくよう、共に取り組んでいきたい。

[文・翻訳]大畑朋子[編集]向晴香

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