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Amazon,BCG,Teslaも注目する「学習体験デザイン(LXD)」とは?——LXD in NYC#1

UX、学習科学、認知科学等を横断的に学ぶ学際的デザイン領域『LX(Learining Experience/学習体験)デザイン』。AmazonやBCG、TeslaなどもLXデザイナーを募集するなど、米国内ではその独自の専門性が徐々に注目を集め始めているという。『LXD in NYC』は、2021年よりニューヨーク大学大学院でこのLXデザインを専攻する石渡翔氏による寄稿連載。本記事はその初回。

「学習デジタルメディアデザイン(Digital Media Design for Learning, 以下DMDL)」——これが現在の私の専攻である。といっても、これだけでは、何をやっているのかいまいちピンとこないかもしれない。実際、「学習」「デジタルメディア」「デザイン」すべてを掛け算したようなプログラムはかなり珍しく、日本はもちろんアメリカでも、同じ内容を提供している大学はほぼないという。

ただ、私の所属するニューヨーク大学の場合は「デジタルメディア」(とりわけゲーム)に力点を置いている関係でユニークな立ち位置にあるものの、「学習とデザイン」の組み合わせに関して言うと、アメリカではかなりポピュラーになってきている。

ニューヨーク大学でも、私の所属するプログラムとは別に、「学習体験(LX)デザイナー」の資格を提供するオンラインプログラム(Ceritification Program)の開発を進めているそうだ。このプログラムも需要があることの裏返しとも捉えられるだろう。

このLXデザインが、いまアメリカで急速に人気を博している。簡単にいうと、「学習領域にUXの考えを応用しよう」というものだ。近い領域として「インストラクションデザイン」や「教育工学」が挙げられるが、LXデザインはUXデザインの思想に習い、学習コンテンツではなく学習者を中心に据えているのが特徴だ。

比較的新しい職業区分ということもあり、その職務内容は企業によってかなり異なるが、大きく分けると次のようになる。

  • プロダクトのプロトタイピング、使用方法の紹介、設計、開発

  • プロダクトの主要な機能や製品の深いレベルでの理解、およびユーザーがビジネス目標を達成できるような学習体験の開発

  • 定期的な学習教材の評価、調整、作成、ならびにプロダクトの変更やリリースに合わせて学習ソリューションを最新の状態に維持

  • アナリティクスやストラテジー部門との協力、学習ソリューションの効果を評価する指標の決定および改善

  • トレンドやニーズの特定、カスタマーサポート改善のためのフィードバック

その活躍の場は、学校やEdTech関係にとどまらない。AmazonやBCG、PayPal、PwC、Teslaなど、さまざまなタイプの企業がいま積極的に募集している。最近では、募集要項に「LXデザインかそれに類する修士号以上を持っているのが望ましい」と書く企業すら存在するほどだ。実際、ニューヨークの求人を確認すると、“Learning experience designer”で100件以上募集が出てくる(Google調べ)。今後もこうした流れは加速していくはずだ。

そういう背景もあってか、私の所属するDMDLでも、LXデザイナーを将来の進路として考えている学生は珍しくない。ではLXデザイナーをめざす学生はどういうことを学ぶのか? ここでは必修科目に指定されている授業の一部を紹介したい。

  • 認知科学 (Foundations of Cognitive Science)

  • 学習科学 (Foundations of the Learning Sciences)

  • UXデザイン (User Experience Design)

  • 学習体験のデザインプロセス (Design Process for Learning Experiences)

世界は「学習」であふれている

私はこの秋学期、必修科目からは「学習科学」および「UXデザイン」を受講している。

学習科学は認知心理学や神経科学で得られた知見を土台としつつ、効率的な学習のあり方を探索する、比較的新しい学際領域の一つである。その特徴として、(1)学校教育に限らず、あらゆる環境の「学習」を対象とすること、(2)「デザインベース研究 (Design-Based Research、以下DBR)」を主な研究手法として採用していることが挙げられる。

あらゆる「学習」を射程に入れる学問というだけあり、授業内では学習理論の紹介とともにさまざまな「学習」がトピックとして登場する。また、学生たちがフィールドワークとして選ぶ学習フィールドも十人十色だ。

私は「ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ(世界最古のテーブルトークRPG、以下D&D)」をフィールドとした。世界的に有名なゲームにもかかわらず、私も含めて周囲にほとんどプレーしたことのある人がいなかったので、興味本位で選んだわけだが、学習科学はそれがどういう環境であろうが、(「学習」を対象にしている限り)問題なく取り扱えるわけである。

D&Dはロールプレイの技量、世界観・ゲームシステムの把握、パーティメンバーとの協力など、さまざまな能力が求められるゲームだ。授業では、D&Dのプレイ中にどういう学習が起きているのかを解釈・分析するとともに、「なぜ人はそれを求めるのか」「そこで起きた学習は他のフィールドにも転用可能か」など、より思索を深めていくことが求められる。

解釈や分析の土台となる学習理論はいろいろとあり、ここで深く立ち入ることはしないが、D&Dの場合であれば、「学習は他者とのコラボレーションによって生じる」と捉える社会構成主義 (Social Constructivism)や、「学習はその状況・環境の相互作用として生じる」と考える状況性学習(Situated Learning)が、分析の大枠として有効になってくると考えられるだろう。

こうした学習の価値は、ペーパーテストのように、あくまで個人の持つ「能力」にフォーカスした行動主義 (Behaviorism)や認知主義 (Cognitivism)では取りこぼされてきた。しかし、その世界のルールや文脈を把握しつつ、他者とうまくコラボレーションすることを「能力」として定義づけるのであれば、社会構成主義や状況性学習の考え方はきわめて重要になってくる。

いわゆる「21世紀型スキル」と呼ばれているのもこうした能力であり、望ましい「学習」のイメージが変わることで、理想の学習環境のイメージも変わっていくだろう。これまで社会でともすると疎まれていたゲームが、次世代では理想の学習環境としてみなされる日も来るかもしれない。

「学習」を広く捉え、日常の中で発見・分析するというエクササイズを重ねることは、職場や学校での学習環境をデザインしていくうえで、貴重な視座を与えてくれる。日常のなかに優れたデザインを発見するように、日常のなかに優れた学習を発見するのはいつだって可能なのだ。

自ら「手を動かせる」価値がますます高まっていく

もうひとつ、私が受講しているのが「UXデザイン」である。授業としては、ユーザーリサーチやアイディエーション、プロトタイピングなどを人間中心の原則に基づき実践するというもので、比較的オーソドックスな内容だ。「学習科学」がLXデザインの理論的な枠組みを提供する授業だとしたら、「UXデザイン」は実践の機会を提供することを目的とする授業である。

そしてこの実践の機会を提供してくれるというのが、私にとっては魅力的に思えた。というのも私はこの大学院留学を通じて、計量分析やフィールドワークのスキルを身につけたりするだけでなく、「もっと自ら手を動かしてアイデアを具現化する経験を増やすとともに、その理論的な基盤を吸収したい」と考えていたからだ。

これは自分自身、どちらかというと考えることを好み、手を動かすことが疎かになりやすいという反省を踏まえてのこと。実際この「自ら手を動かしてなにかを作り、それを検証する」というスキルの持つ価値は、今後ますます上がっていくように思える。

実践することの重要性がさらに高まるにつれ、そしてその分析の価値が高まるにつれ、UXデザイナーは、今後さまざまなフィールドで重用されていくだろう。いまどの領域で働いていたとしても、UXデザインはどこかのタイミングで一度体系的に学んでおく価値はあると感じる。

LXデザイナーも、まさにUXデザインの考え方を学習領域に応用させたものだ。「デザインの概念がどんどん広がっている」と言われているように、デザイナーの活動領域もますます広がっていくに違いない。いまは「UXデザイン」という名前で募集されている職種も、数年後には細分化され、別の名前で呼ばれるようになるかもしれない。ちょうどLXデザイナーがそうであるように。


LXデザイナーは、主に学習科学や認知科学をその理論的基盤に起きつつ、UXデザイナー/リサーチャーとして求められるスキルを活用していく職業だ。今回は、アメリカの大学院でLXデザイナーのスキルがどのように教えられているのかをシェアさせてもらった。LXデザイナーとして働く人々や企業については、次回以降あらためて紹介したい。

[文]石渡翔
国際基督教大学卒業。株式会社フライヤーにて、書籍の要約の作成・編集、ブックコミュニティの企画・運営、学習デザインに関する知の集積・企画に従事。また、旅する高校 インフィニティ国際学院では、「旅する図書館」館長を務める。現在はニューヨーク大学大学院修士課程にて、学習デジタルメディアデザインを専攻。

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