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対話を通し輪郭を見出すブランディング──SLUSH TOKYOからBARKブランドが生まれた軌跡

デザインプロセスを開発する動きが増えている。

デザインファームでも事業会社でも、安定してデザインが価値発揮するには、そのプロセスを定常化し、再現性を持たせるのは当然の流れだろう。ただ、決まったプロセスはアウトプットの定常化にもつながりかねない。

企業経営の分野で近年注目を集める「両利きの経営」という概念では、「知の深化(特定の領域を深め再現性を高めること)」と「知の探索(新たなイノベーションの種を探索・発見すること)」の二軸をおこなう必要性が述べられている。

デザインを捉える上でもこの「深化」と「探索」の両輪を回す意識が必要ではないだろうか。現時点の価値を最大化すべく効率性・再現性を高める「深化」は欠かせないが、どこかでは未知の可能性を「探索」しなければいけない。

今回話を伺った、BARKのリブランディングプロセスは、その「探索」活動と言える。

2019年で通算5回目の開催を迎えた日本最大級のスタートアップ・テクノロジーの祭典『SLUSH TOKYO』を運営していたチームは、その名を一新する形で2019年11月に新会社・ブランドの『BARK』を設立。このリリースに際し、フォースタートアップスが新ブランド構築の支援をおこなった。

そのリブランディングの経緯とプロセスを、BARKでブランディングを担う塩田小優希氏と、ブランド構築を担当したフォースタートアップス Experience Designerの石橋宗親氏に伺った。

『SLUSH』をあえて手放し、リスクと向き合う

フィンランド発の世界最大級のスタートアップイベント『SLUSH』。

SLUSH TOKYOは、そのグローバル展開の過程で2015年に設立された(編注:当初はSLUSH ASIA)。以来、一貫して地域のエコシステムに着目し、日本のスタートアップシーンに特化した支援活動をおこなっている。

運営チームは若く、20代前後を中心とする国内外約400名ものボランティアと15名前後のコアメンバーからなる。メンバーは国際色豊かで、コミュニケーションには英語が用いられる。

塩田氏は、高校時代にボランティアとして参加したことをきっかけに、コアチームに参画。現在は大学に在学しながら、マーケティングやブランディングなどを担当する。

5年間SLUSHの名を冠して活動を続けてきたチームが、ブランド自体の議論を始めたのは2019年。同年のイベントが終わり、次の活動を見据える中でのことだった。

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塩田「5年間SLUSHとして活動する中では、この地域ならでは、このエコシステムならではの取り組むべき課題がいくつも見えてきていました。一方で、それらを解くにはSLUSHというブランドのままで良いのかという議論がチームで生じたんです。

ゼロから世界の舞台を志すスタートアップを応援したいと言っているにもかかわらず、自分たちはグローバルで既に確立されたブランドの元で“守られて”活動している。(編注:実際には完全な別組織でプログラム等も各国で独自に作っている)応援するだけではなくて自分たちも取り組んで背中を見せる、そんな存在でありたいとチームで思ったんです」

リスクをとり挑戦する人々を賞賛する——その姿勢を行動で示すべく、チームはリブランディングを決意。

幸い本国のSLUSH側も「エコシステムのために」というチームの判断を前向きに捉えてくれた。結果、SLUSH TOKYOに2016年から参画してきた古川遥夏氏(現・BARK CEO)を中心に、13人体制の新チームが組成。新ブランドとして立ち上がる下地を固めた。

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ビジュアルと言葉の両面で重ねた対話的プロセス

ただ、これは単なる“独立”ではない。

SLUSHというグローバルブランドを手放し、新たなブランドをゼロから構築していく挑戦への入り口でもある。そのパートナーを務めたのが、フォースタートアップスだ。同社は成長産業支援の一環として、SLUSHの日本展開タイミングからサポートを続けてきた。

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石橋「2015年、グローバルブランドのSLUSHがSLUSH ASIA(のちにSLUSH TOKYOに名称変更)という形で日本に上陸したタイミングから、私たちは企画・運営のサポートを開始。以来5年間、社名でもあるビジョン“for Startups(すべてはスタートアップスのために)”のもと、スタートアップエコシステム創造の一貫として、SLUSH TOKYO運営チームを支え、プログラムの共同プロデュースなどにも取り組んできました」

塩田氏は、今回のブランドには「ストーリーを伝えられるものが必要だった」と話す。単に素晴らしいビジュアルを構築するのではなく、SLUSH時代から年月と共に折り重なってきた同チームの姿勢やマインドを反映したアウトプットを求めた。

そのためには「SLUSH TOKYO時代をともに走り、スタートアップ支援にも明るいフォースタートアップスであれば」と考えたという。

最初に相談があったのは、独立だけが決まったタイミング。逆に言えば、それ以外は何も決まっていなかった。ブランドとしてのメッセージやミッション・ビジョンはもちろん、“社名/ブランド名”さえもだ。

この難題と向き合ったのが石橋氏のチームだ。

同氏は、NTTやブリヂストン、伊藤忠など著名企業100社以上ものVI・ブランドデザイン、事業・ブランド戦略を手掛けるPAOSでアシスタントプランナーとして経験を積んだ後、フリーランスのアートディレクター、プロダクションの役員経験やベンチャー企業の1人目のデザイナー経験等を経てフォースタートアップスにジョイン。

フォースタートアップスでも、NET jinzai bank(旧社名)からフォースタートアップスへリブランディングするプロセスを率いるなど、ブランド構築には造詣が深い。

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ブランド構築でも多様なアプローチや事例を経験している石橋氏が、この状況をふまえまず提案したのは「設立趣意書」を記すことだった。

石橋「当時は、伝えたいメッセージや断片的な言葉はいくつもありましたが、それらの関係性や連続性、意味が見いだせていない状態でした。まずはそれらのピースをつなぎ合わせ、土台となるものを作りましょうと提案しました。想いの断片である言葉を文章として綴り、何度も推敲を重ねて、物語へと編んでいく過程で、自身の中にある、普遍的な考えや存在意義に気づいていけるからです」

趣意書というと、「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」などを掲げた、SONYのようなものイメージするかも知れない。

しかしBARKのそれはおそらく多くの人が想像するであろうアウトプットとは大きく異なった。言葉だけでなくビジュアルやイラストも並び、一見すると趣意書というよりも、コンセプトシートのようにも見える。

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BARK古川氏の初期のメモ。何度も書き直した内容は、フィロソフィーとしてまとめられる。

これに限らず、BARKのブランド構築のプロセスは一貫して「言葉」と「ビジュアル」が並行してまとめ上げられていった。加えて、それらをまとめる上では、対話を重ねダイアローグの中から共にアウトプットを探っていくアプローチを取る。提案をジャッジするといった形ではない。

一見すると合意形成の力量が問われ、時間もかかりそうなアプローチだが、塩田氏は「私たちにとって、この手法は不可欠だった」と振り返る。

塩田「理由は二つありました。一つは、言葉だけではコンセンサスを取れなかったからです。というのも、私たちは英語を公用語としているのですが、全員がネイティブではないため、バックグラウンドによって言葉に持つイメージが大幅にぶれてしまう。言葉と並行してビジュアルで理解をすりあわせることはチーム内では不可欠でした。

もう一つは、全員がステークホルダーだからです。私たちは13名のメンバーを基本フラットな立場と捉えています。つまり、誰かの一声で意思決定がなされないので、コンセンサスを取るには対話が最適な方法だったんです」

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石橋氏がインスピレーションの資料として用意した、多様な樹皮の写真

対話の中で繰り返される、言葉とビジュアルの往復。複数のブランドネーム検討案に対して、チーム全員で丁寧に検討を積み重ね、導かれたのが「BARK」という言葉だ。この単語は「樹皮」の意味を持つ。石橋氏、塩田氏ともこの言葉はまさにこのチームが目指す方向を指していると感じたという。

石橋「樹木は、地球上の様々な場所に存在します。自らが生きるその場所で、環境を受け止めながらも強かに生きています。その樹皮を良く見ると、個性的で多様な表情をしていることに気付きます。BARKに集う人々の多様性、インクルーシブな文化を表現するために、チーム全員が考え抜いて選んだ言葉としてふさわしいと思いました」

塩田「樹皮は木の外側にあって樹木の内側を支える存在。これは私たちがやっていきたいスタートアップのエコシステムを支えるという意味にも重なる。そういう意味でもBARKという言葉はぴったりだと感じました」 

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ダイアローグの積み重ねがBARKには必要だった

社名/ブランド名が固まった後、いよいよロゴを詰めていく。ここでも、BARKチームと石橋氏は、引き続き言葉とイメージの双方を行き来しながら対話を重ねていく。

具体的なプロセスは次のようなものだった。

まず「BARK」の4文字とメンバーが考案したキーワードとそれをイメージしたムードボードを石橋氏に提供。「Inclusive & Diversity」「Life journey」「Unusual」など、BARKが大切にしたい価値観や言葉がそれぞれの解説とともに伝えられた。

この言葉を受け、石橋氏は可能な限り多様な方向性でデザイン案を用意した。

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「BARK」という4文字に対し、ポップなもの、シンプルなもの、コンセプチュアルなものまで、デザイン案を見るとこの段階でイメージを固定してしまわないよう、石橋氏が気を配っていたことが伺える。

これをたたき台としてBARKメンバーがチーム内で意見を出し合った。すべての案に対し、良い点と改善点を伝え、再検討というプロセスが繰り返された。

目を見張るのはそのフィードバックの密度だ。デザイン案に対するメンバーからのコメント集を見てみると、具体的な点から直感的な印象まで、国際的で多彩なバックボーンを有するBARKチームならではのバリエーションに富んだコメントが集められた。

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石橋氏は、プロセスを以下のように振り返る。

石橋「ここに白い紙があるとして、円を描くとしたら、みなさんはどのように描くでしょうか?私は、解を出すには2通りの考え方があると思っています。一つはストレートに“円”を描く方法。もう一つは、周辺を塗りつぶしていくことで“円”を浮かび上がらせる方法です。前者は、答えがあるとされるものに“正解”を求めていく考え方で、後者は、答えのない未知なものに対して“共有解”を見出していく考え方とも言えるかもしれません。

物理学者デヴィッド・ボームが提唱する『ダイアローグ』では、立証主義に依拠する科学の場合、未知の意見も根拠がなければそれを否定することも肯定することもできない。だから何よりも『聞き入れる』態度が重要になると言われています。

BARKメンバーの考えや意見に対して自分たちがもっている知見を差し出し、それによってまた新しいアイデアが返ってくることを通じて、このプロジェクトチームが目指すべき本質を浮かびがらせていく。今回のプロセスでは、そうした『対話』の積み重ねを重視しました」

加えて、石橋氏自身PAOS時代から多様なデザインプロセスを経験してきた。その積み重ねの中で、「一般化されているプロセスに当てはめることが必ずしも正ではない」という思いがあった。

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石橋「近年、デザインのアプローチは様々なメソッドが共有され、定型のワークフローやワークシートなどをもとに、効率的に合意形成を図り、答えを導こうとするケースも多いように感じられます。どういうアプローチを取るかは、プロジェクトの目的や諸条件で最も適切なものを採用すれば良いと思いますが、今回BARKチームのユニークポイントを最大限活かすのであれば、先に何かを提示してガイドするようなアプローチではない方が良いと考えました。

あのSLUSH TOKYOの高揚感に満ち満ちたアトモスフィア(空気、雰囲気)を生み出してきたメンバーそれぞれの中にある、経験に培われた視点や考え、想いを表出させて、自分たちの中にある大切にしているものにいかに気づけるか。チーム同士で考える機会を多く提供し、このプロジェクトの経験自体が一人一人の深い経験となるように意識をしました。

そのため、対話の中でも『こうしたほうが良いだろう』と思っても敢えて言わなかったり、答えを保留にして、考えを深めるための問いを投げかけるといったことを意図的に続けていきました。塩田さんがブランドとしてのBARKを語る言葉が洗練されていく姿を見ていて、ブランドの考えがどんどんクリアになっていると感じましたね」 

未知の世界を想像させる「地平線・水平線」

ここで、完成したブランドロゴを見てみよう。

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(白抜き部分の)BARKの4文字は「BARK ELEMENTS」と呼ばれる10のエレメント(黒塗り部分)の組み合わせによって浮かび上がっている。その背景には複数のイメージコンセプトが設定され、年齢や国籍に縛られない無限の可能性と持続的な進化が表現されている。

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さらに、BARK ELEMENTSを展開すると、「REFLECTIVE HORIZON」と呼ばれるもう一つのシンボルが形作られる。未知の世界を想像させる「地平線・水平線」をモティーフにしたこのシンボルは、BARKに集い、未来へと向かう人々を表現する。

塩田「ここにはあえてモーションロゴを採用しました。ロゴのエレメントが広がり崩れる動きには『人々をつなげたい』『つながりによって世界が広がったり、新たな出会いを生んで欲しい』という願いをこめています」

エレメントを組み合わせた際には中央に一本のラインが現れる。これは「人生の道筋」を表しているという。

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このように、記号性と可変性をあわせもつBARKのロゴは、平面、立体、空間、そしてデジタルなど、どのシーンでも使えるように多様な展開を想定してデザインされている。

例えば、広大なイベント空間でも、ダイナミックなサインやアイコニックなシンボルとして機能することも考えられているという。

また、ロゴ自体はモノクロで表現されるが、イメージカラーに「夜明け」を思わせる色彩を検討し、最終的には日本の伝統色・猩々緋(しょうじょうひ)と銀朱(ぎんしゅ)を参照したカラーを採用。

石橋氏によると、これは「朝日が登る瞬間の色」で、日本発のグローバルスタートアップコミュニティが生み出す物語への「予感」が表現されている。

大きな決断を経て、BARKが再びゼロから考える理由

こうして、ネーミング・ブランドロゴが完成したBARK。

新たなアイデンティティのもと、チームは2020年2月に最初のイベント「BARKATION by BARK」を開催予定だった。しかし2020年1月、突如としてイベントの中止が発表される。

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塩田「すでに会場も押さえていましたし、無理に開催することもできました。ですが、当時開催しようとしていたイベントはBARKとして本当に提供すべきと思えるものか真摯に問いかけていくと、首を縦に振れなかった。

私たちは“イベントをやりたい”わけではなく、参加者にとって“人生のトリガーになること”にこだわっています。参加いただける方々の体験価値、そして自分たちの信念を顧みた結果、今回の判断になりました」

この判断は相当な意思がなければできないものだ。言うまでもなく、それまで準備を進めていた様々なものが無に帰すことになる。尽力したメンバーの人件費はもちろん、場合によっては制作物や会場のキャンセル費等のコストも発生する。人によってはモチベーションが低下する要因になるかもしれない。

それを顧みても、あえて中止の判断を下したのは、チームの“信念”が明確にあるからに他ならないだろう。その信念を明確にしたのは、このデザインプロセスも一役をかったはずだ。

実際、これからのBARKの展開を聞くと「リブランディングをゼロから始めたように、私たちが提供するもの自体も信念を元にゼロベースに立ち戻って考えている。純粋に、エコシステムに対し、前向きなビジョンを提案できるものを用意したい」と力強く語る。

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メンバーとともに歩んできた石橋氏は、中止の決定に最初は「驚いた」としながらも、「中止については周囲からも様々な意見があったと思うが、挑戦することを諦めず、ひとつひとつの決断や経験を次へとつなげてほしい」とエールを送る。

BARKが新しいネーミング・ロゴとともにどのような「夜明け」を見せてくれるのか、今後の展開に期待していきたい。

[文]藤生新[編]小山和之[写真]今井駿介



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