デザイン、クリエイティブという枠さえ不要——“逸脱”を掲げるDEが目指す姿
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デザイン、クリエイティブという枠さえ不要——“逸脱”を掲げるDEが目指す姿

2020年12月31日、タイムラインを眺めていると思いもしない投稿が流れてきた。ブランドスタジオ『カラス』代表で、親会社エードットの取締役副社長も務めていた牧野圭太氏の退任報告だ。

エードットの副社長、そしてグループ会社のカラスの代表として数多くのインパクトのあるクリエイティブを世に送り出してきた同氏の退任には、多くのコメントが寄せられていた。年明けには次なる挑戦として新会社『DE(ディーイー)』を立ち上げる旨が報告されたが、読み解けない部分は少なくない。

・会社のテーマは「逸脱」「脱線」
・コンサルとクリエイティブの融合
・自社サービスの開発

など興味深いキーワードは並ぶが、同氏が次の挑戦に選んだのはどのような道なのか。

インパクトを突き詰め、新たな道へ

渋谷区桜丘町。

スタートアップがひしめく地の雑居ビルの最上階に、そのオフィスはあった。

ポストに表札もなければ、ドアにも看板はない。ただ最上階は1室しかないため、ここで間違いないだろうとインターホンを押した。

入口横には胡蝶蘭が並び、デスクには本が積まれ、BGMを流すスピーカーは床に転がっていた。インターネット回線の工事が間に合わず、業務は仮設のWi-Fiで進めているという。

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「実は、新しい会社のカレンダーをみんな見ていなかったみたいで」——と、出迎えてくれた牧野氏は苦い表情を見せた。

幸い、今回は取材時間を普段よりも長めに取っていただいており、牧野氏個人に伺いたい話もあったので、まずはあらたな道筋を歩むまでの背景を聞いてみることにした。

牧野「シンプルに言えば、よりソリッドに、よりシャープに、クリエイティブを突き詰める会社を作りたいと思ったんです。エードットでの経験はとても貴重なもので、代表の伊達は今も尊敬しています。ただ、この先を突き詰めていくには、エードットという大きくなった船から出て挑戦したほうがいいんじゃないかと考えました。5年も走ってきたら、見える景色も変わっていきます」

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牧野圭太/DE Inc. Co-CEO
1984年生まれ。早稲田大学卒。東大大学院修了。2009年博報堂入社、コピーライターに配属。HAKUHODO THE DAYなどを経て2015年独立し、株式会社文鳥社設立。1作品最大16ページという「文鳥文庫」が話題に。2016年カラス設立、代表取締役就任。2017年エードット取締役、2019年取締役副社長就任。「Oisix」と「クレヨンしんちゃん」のコラボレーション広告、旬八青果店立ち上げのほか、話題性のある広告やプロモーションを数多く手掛ける。2020年末にカラス代表、エードット副社長を退任。DEを共同創業し代表取締役に就任。

エードットは上場も果たし社会的責任を持って成長が求められる中、クリエイティブワークのような“線形の成長”を狙いづらい業務を深めるのは容易ではなかったのかもしれない。

牧野氏自身「エードットはとても良い環境、いいメンバーが集まった会社だった」と言葉を重ねるように、選択の背景にネガティブな要素があったわけではないのだろう。ただ「一度ミニマムな”点”になったほうがいいと思った」と、前向きに次を選んだと理解する方が正しそうだ。

牧野「DEは多様なメンバーが集まってきてくれていて、それぞれの意見や希望があっていいと考えています。ただ、僕個人の意見としては、DEは社会的なインパクトを突き詰めていきたい。質の追求だけをする小さなクリエイティブ・ブティックで終わるイメージはありません。もちろん、人数や売上がインパクトとイコールだとは思ってなく、生み出すアウトプットで社会的なインパクトを追求する。そこも含めて、挑戦すると決めました」

DEは逸脱というテーマを持つファンクション

では、『DE』とはどのような会社なのか。牧野氏が書いたnoteでは以下の言葉で表現されている。

新しい会社のテーマは「逸脱」「脱線」にしたいと考えていました。いま私たちはいろんなものから「脱する」ことが求められているように思うのです。いろいろ名前を考えた結果、「DE」という二文字が最もミニマルにその概念を体現していると行き着きました。

牧野「柴田(DE共同代表で共同創業者の柴田賢蔵氏)が昔から言っていた『アイデアやクリエーションは”逸脱行為"だ』という言葉でした。逸脱しないと何も新しいものは生まれない、と。僕は昔からその概念が好きで、“逸脱し新しいものをつくること”を会社のテーマにしたと思ったんです」

そこから社名となるワードを探す中で、Detachment(分離)、Derailment(脱線)、Deconstruction(再構築)といった言葉と出会う。これら全てDeがついていることに気づき調べてみると、「De-」は「脱-」という意味を持つ接頭辞だと知った。そこで「DEはどうか」と、社名に据えた。

牧野「アイデアやクリエイションが逸脱行為であることに加えて、今は社会的にも資本主義や成長などから脱却すべきタイミングであるという感覚がありました。そういった大きな文脈からも、“脱する”という意味を掲げることに意味があると感じ、社名に選びました」

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このプロセスにおいて興味深いのは、牧野氏は一度も「デザイン会社」「クリエイティブファーム」「ブランドスタジオ」といった既存の枠組みで会社の定義や名称を考えていないことだ。クリエイティブの会社とは言ったが、何をする会社とは述べていない。

これは、DE自体もまた既存の枠組みから“逸脱”した概念で存在する企業だからだ。

牧野「DEは“ファンクション”のようなものだと考えています。逸脱というテーマのもとに、デザインスキルやクリエイティブスキルを持つ人が集まっている。それ以上の定義は特にしなくていいかなと」

筆者が「カラスにおける“ブランドスタジオ”のような肩書きは付けないのか」と尋ねると、「ないですね」と一蹴した。

牧野「そういった思いはすでに社名に込められているので。僕も柴田も、多くを語るのがあまり好きではないし、すべきではないと思っています。僕自身、コピーライターでありながら“言葉で定義すると失われるものがある”ということはずっと考えています。感覚で共通認識を作れたり存在意義が伝われば、それでいいと考えているし、そういう組織を目指していきたいと思います」

10年来のパートナーとの共同創業

そんな会話を重ねていると、柴田氏がオフィスに現れた。二人は、新卒で入社した博報堂時代からの戦友で10年来の仲になる。3年目から同じチームで働き始め、ともに経験を積んできた。

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広告案件はもちろんだが、DEのWORKSにも掲載されている都市型の八百屋『旬八青果店』や、1作品最大16ページの文庫本シリーズ『文鳥文庫』、黒染めによる服のリウェアプロジェクト『PANDA BLACK(現・K)』もほぼ二人で立ち上げに携わっている。(編注:旬八青果店はアグリゲートの左今克憲が主体)。

2015年に牧野氏が退職。文鳥社を経てカラスを立ち上げ、2年後に柴田氏も合流した。カラス時代は「社長」と「社員」という構造だったが、今回共同代表として肩を並べる。

柴田「カラスでは、牧野が会社の全体を考え、僕はデザインに集中できればいいと思っていました。しかし、カラスでの経験を経てもっと会社と一体化した視点も必要だと感じるようになったんです。ただ、自分は一人で引っ張る柄じゃないので。DEでは共同でやることにしました」

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柴田賢蔵
DE Inc. Co-CEO
1984年生まれ。東京都北区赤羽出身。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。2008年博報堂入社、HAKUHODO DESIGN、HAKUHODO THE DAY等を経て、2017年カラス入社。2021年DE設立。旬八青果店、文鳥文庫、Komons、Fruitest、東京メトロ「Find my Tokyo」やなどのデザインを手がけている


牧野氏も「迎え入れた」というトーンではない。ビジネスパートナーとして、柴田氏には全幅の信頼を寄せている。その証左に、過去に筆者が牧野氏を取材した際にも「柴田という優秀なデザイナーがいるので」と度々言葉にしていた。

その信頼の理由を問うと「本人の前で言うのも恥ずかしいですけど」と笑いながら、こう答えてくれた。

牧野「まずは、何よりデザイナーとしての能力がずば抜けている。シンプルに最終的に定着するデザインアウトプットのレベルが高いんです。それは例えば旬八青果店のロゴやポスター、東京メトロのFind my Tokyoの文字などをみるだけでもわかってもらえるかと思います。博報堂時代から、若手からも上からも高い評価を得ていました。

そこに加えて、発想力や思考力。複雑な課題をアイデアで突破する力がある。僕は柴田と働くようになってから、はじめて『デザインとはこういうもの』を学びました。つまり、(よく言うように)デザインとは表層だけの衣装という意味だけでなく、機能や本質性を追求する思考と技術であるということです。自分が普段語っているデザイン論も、だいたい柴田から学んだもの。それぐらい、彼のデザインや姿勢からは学ぶことが多く、確実にそこから僕の人生は変わっています」

他方の柴田氏も、博報堂を離れカラスで働く道を選んでいる。その理由は、異なる強みを持つ点にある。

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PANDA BLACK

柴田「企画やデザインすることと、実現することって全然違う能力だと思うんです。僕はそこに苦手意識がある。例えばPANDA BLACKのときも、牧野がWWFで聞いてきた『洋服の廃棄量が多い』という課題に対し、『真っ黒に染めれば再び着れるんじゃないか?』というアイデアは出せます。

ただ、その時すぐ染める会社をみつけて、連絡して契約してスキームを作るのは全く別の力です。そこを超えられる人は、アイデアパーソンでもデザイナーでもなく、“行動する人” だと思うんです。牧野は博報堂時代から「行動家」というか「実行家」というか、そういうところがありました」

事実、PANDA BLACKの際には、京都にある黒染め専門店を見つけると、すぐに電話をかけ、「翌日なら会える」と言われれば、即座に京都へ向かい話を聞いてきたという。

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「飲みながら、『こんなことやりたい』って話をすることあるじゃないですか。僕はそれで忘れちゃうけど牧野は翌日にそれを進めているタイプなんです」と柴田氏は例えた。

DEの“際”を広げる、もう二人のボードメンバー

この二人に加え、DEにはとても面白いタレントが参加している。

その一人であるクリエイティブディレクターの岩田英也氏がちょうどオフィスについたタイミングで、その意図を牧野氏・柴田氏はこう語ってくれた。

牧野「岩田は元大広のアートディレクターでバーガーキングのCDを担っています。とても大きな話題になった、秋葉原の縦読み看板や下北沢のTwitterのキャプチャを貼った店舗も彼が携わった仕事でした。数年前から話をしており、昨年から一緒に仕事をするようになったんです。

柴田「会社としては岩田や有井によってすごく広がりが出るなと感じています。牧野と僕でできないことをできる人物なので、DEの“際(きわ)”を広げてくれる感覚があります。もちろん、円を描けば重なる部分はあるからこそ一緒にやっているのですが、面としては大きくなるなと」

岩田氏が、DEという環境を選んだのはまさに柴田氏の言葉の裏返しでもある。

岩田「僕は今までは“広告の仕事”を幅広くやり込んで、『できないことを1回なくしてみよう』と生きてきました。それを一定やりきったタイミングで、次は深さを出していきたいと考えたんです。そのとき、牧野や柴田のように自分と違う前提を持ちながらも、質の高いアウトプットを出しながら、やりたいことを突き詰めている人と出会った。この人たちとなら、自分が深掘りしていく方向を探りながら、社会に対して何かをなせるんじゃないかと思ったんです」

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岩田英也
DE Inc. Art Director/ Creative Director
1985年生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業し、2009年大広入社。約10年間、グラフィックだけでなく、映像・デジタル・イベント・プロモーションなど、枠にとどまらない多岐に渡るディレクション・受賞を経て、2020年より株式会社カラスにジョイン。2021年より株式会社DEに参画。

岩田氏に加えて、さらに“際”を広げる人物として名前が挙がったのが、ビジネスディレクターの有井誠氏だ。

ボストンコンサルティンググループ、アクセンチュアとコンサルで経験を積んだ後、起業。D2Cのハウスケアケアブランド『Komons』やレア・ドライフルーツブランド『FRUITEST』などを立ち上げたり、日本初の国産Tシャツメーカー・久米繊維工業のファクトリーブランドのリブランディングも手がける。

牧野氏もDE設立の際に記したnoteでは「コンサル的な合理性とクリエイター的な非合理性(感性)の両方もつ希少なタイプで僕自身もとても尊敬している仲間」とし、「コンサルとクリエティブの融合」という事業領域を掲げる上でもキーパーソンになる。

牧野「僕自身、広告業界に入ったときから“コンサルとクリエイティブの融合”にチャレンジしたいと思っていました。でも、それは本当に簡単なことでないと考えています。なぜなら根本的に思考の仕方が違うから。そこには絶望的な壁を感じてきました。でも有井はその融合を体現している人物。有井とであれば、一緒にその融合を一歩進めることができるだろうと確信しています」

柴田「有井はKomonsやFRUITESTなどを一緒に手がけてきた実績もあります。3年ぐらい前から一緒に会社やチームでも作りましょうかと話しをしていました。有井は山梨出身で地域のものを活かしたブランドを作っており、地方やものづくりという文脈でも一緒にやれることがある。それぞれの強みを活かしいい仕事ができると感じています」

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有井氏が手がけている『Komons』

クライアントワークと自社事業の両輪を

それぞれ、異なる“際”に立つ面々が集まり、DEは大きく2つの車輪で進んでいく計画らしい。それが、クライアントワークと自社事業だ。

クライアントワークは、これまでと同様それぞれの専門性や経験を活かした活動となる。ただ、その“当てはめる先”はこれまで以上に多様になるだろう。

柴田「メンバーが多様になったことで、提供できる範囲は広がりました。例えば既存のシステムが強すぎる大企業の方と話すことでむしろ何か生まれるかもしれないし、行政の方とのプロジェクトができるかもしれない、地方の歴史ある企業の方とはお話ししてみたいです。手段は広告かもしれないし、事業かもしれないし、まちおこしかもしれない。様々な形でDEがコミットできる部分があると感じています」

それに加え、自社事業を挙げる。クリエイティブの会社が自社事業を手がけるのも珍しくなくなってきたが、DEの場合は少々おもむきが異なるようだ。まず、クライアントワークとバランスは5:5が理想と牧野氏か考える。

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牧野「クライアントワークを否定するつもりもないし、僕自身もそれが好きだからこそやっているという自覚はあります。ただ、会社としてはそこに100%依存するのは、やはり健全ではない。いくら働いても資産がたまらない自転車操業ですから。DEではクライアントワークとオウンドビジネスを行き来しながら、得られた知見を双方に活かしていきたいと考えています」

実際、牧野氏は目下Webサービスの開発をエンジニアとともに進めている。他にもアイデアベースやフェーズは違うが動いているものもある。ただいずれも、それぞれのメンバーのやりたいことに沿うべきだと考えている。

柴田「メンバーそれぞれ、やりたいことが違います。例えば、牧野は今エンジニアと一緒にWebサービスをつくっていますが、僕や有井はワインに関わる仕事したいなぁとか考えています。今までや現在の仕事と地続きでない発想で、広がりをつくっていきたいと思っています」

岩田氏も「直近は立て込んでるのであまり深められていないのですが…」と前置きをしつつも、言葉を重ねる。

岩田「僕の場合は、エンターテインメント性を軸に、世の中に寄与できるものを探っています。コロナ禍に音楽、ゲームなどエンタメが救ってくれた部分は少なくないと思っていて。心に対してゆとりをもたせてくれるアプローチなどをDEの中で今後やっていけたらと思っていますね」

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“際”を追求する中で、インパクトを出す組織へ

話を聞いたのは、まだ創業から数週間ほど。将来を語るにはまだまだ早いタイミングだろう。事実、皆「まずは目の前のことを」と口を揃える。

牧野「正直、直近1年ぐらいはそんなに変わってないように見えるかもしれません。広告の仕事も多いでしょうし、“とりあえず走る”姿勢を持っていたい。ただ、自らをクリエイティブカンパニーとは呼ばないですが、そういったジャンルの中で日本のトップレベルという認知は、早々につくりたい」

この言葉に牧野氏、岩田氏も強く頷く。とはいえ、「トップになること」が目的ではないのもここまで読まれた方であれば分かるはずだ。

時間はかかっても、独立した目的でもある「インパクト」であったり、掲げる「逸脱」を突き詰める姿勢は決して崩さない。

柴田「どこかに似るのではなく、どこでもいいので“際”に立っていたい。順位ではなく、際立った存在であり続けることこそ大事なんじゃないかなと思います」

牧野「逸脱し続けないと“際”にはいられないと思うので。僕らの仕事は世界の“際”を広げること。逸脱を突き詰める中で、インパクトが生まれているように見えていたら嬉しいですね」

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[写真]今井駿介[文]小山和之

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