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二人だから、STUDIOの未来は見えた──クリエイティブ・ファーストを貫く旅路|石井穣×甲斐啓真

ゆっくり進むスタートアップなど許されない。より速く、より大きく、より強く成長することは、至上命題とも言える。時には、速度とクリエイティブの質を天秤にかけるシーンもある。

しかし、このスタートアップは他の追随を許さぬ成長を続けながら、同時にデザインファームさながらのクリエイティブ最重視の文化を創業期より貫き続ける。それが、STUDIOだ。

同社が提供するノーコードデザインツール『STUDIO』は、日本デザインセンター、グッドパッチといったデザイン業界の雄、メルカリ、クックパッド、noteといった著名スタートアップに愛用されている。ユーザー数は、全世界20万人を突破。2022年1月には、シリーズAラウンドで3.5億円の資金調達を実施した。

プロダクトのピボット、CEO交代、そして数え切れないほどの喧々諤々な議論……STUDIOが歩んできた決して平坦でない道のりの中でも、クリエイティブを最重視する姿勢だけは崩さなかった。ともすれば“スタートアップらしからぬ”とも言えるような文化は、なぜ立ち上がり、醸成されたのか。創業者で現CPOの甲斐啓真とCEOの石井穣に、その旅路を聞いた。

(Sponsored by STUDIO)

デザイナーとエンジニアが分業するのはおかしい?

STUDIOの企業文化の根本は、創業よりはるか前に遡る──。そうと言っても過言ではない。

「日本へiPhoneがやってきた時、ちょうど中学校3年生だった」という甲斐は、いち早くiPhoneを手に入れていた。

今でこそ大小さまざまな企業がしのぎを削るモバイルアプリ市場だが、当時は個人開発者が中心。それを目の当たりにした甲斐は「アプリは気軽に作れるもの」と捉え、自らも制作への関心を募らせていった。実際に、PowerPointでインターフェースらしきものを描き、覚えたてのプログラミングで形にしていく。甲斐にとって、デザインとプログラミングは当初から一連のものだった。

進学した慶應大学SFCでは、米AppleでiPhoneの日本語入力システムを開発した、UI研究者・増井俊之の研究室に所属。並行して複数のスタートアップを経験し、2014年4月にデザインファームのOHAKOへ入社する。そこでは、意外な「分業」が行われていた。

甲斐「この業界に入って、初めてアプリ制作ではデザイナーとエンジニアが分かれていることを知りました。“デザインをしながらエンジニアリングをする”のが当たり前だった自分からすると、そのプロセスの分断が気になって。自然と、もっとよい方法があるのではと思うようになりました」

STUDIO株式会社 CPO & Founder 甲斐啓真

デジタルプロダクトにおいて、デザインから実装まで一気通貫で担える“ツール”があれば、プロセスを分けずに済むのではないか──甲斐はその課題意識のもと、2016年4月にOHAKO社内で『STUDIOプロジェクト』をスタートさせる。ここで甲斐はデザインから実装までをワンプロセスで可能にするものを目指す。

言い換えれば、思い描いたものをそのまま実装する「人間の創造性をスムーズに発揮できるもの」を志向した。

Appleに影響を受け、独力でものづくり──二人の“偶然の共通点”

石井もまた、デザインへの道を開く契機はAppleだった。学生時代、留学中にiPhoneやMacBook Airに触れ、「その体験や美しさに惚れて、のめり込んだ」という石井。プログラミングを覚え、Webサイトを作るためにデザインも習得。「作りたいものが先行していて、必要だからデザインを独学した」──甲斐と同様、「創造」の欲望に突き動かされていた。

帰国後、身につけたスキルをもとにWeb制作会社を創業。並行して、旅行サービス『Travee』を運営するトラビーも立ち上げ、国内大手旅行会社への事業譲渡も経験。スタートアップとして一つの成果を残し、次なる進路を模索していた。

そんな両者が出会ったのは、あるパーティだった。

石井「甲斐から自慢気にプロトタイプを見せられたんですよ(笑)。それがすごく良いなと思ったんです。僕自身デザインと実装の二度手間を面倒に感じていたので、コーディングしながらデザインしていて。甲斐のツールは効率がよく、直感的に“欲しい”と思えた。そこから、定期的に会うようになりました」

甲斐「パーティにいたほぼ全員にプロトタイプを見せて回っていました。その一人が石井さんだった感じです。でも、その場ではあまり会話をしていない……はず。お互いにそれほどよくしゃべるタイプではありませんからね。よく聞くような、『会うなり意気投合して、盛り上がって始まった』、というパターンではないんですよ(笑)」

石井が甲斐のプロトタイプを気に入ったのには、他にも理由があった。試作品ゆえの粗さはありながら、デザインの質が高かったのだ。興味深いのは、甲斐が石井と定期的に会いたいと思うようになったきっかけも、石井が過去に手がけたプロダクトの品質の高さだったということだ。お互いのクリエイティブへの姿勢が、自然と両者を引き寄せた。

そして2016年12月、石井は『STUDIOプロジェクト』に参画。Apple製品に触れたことを契機にデザイナー兼エンジニアとして活動し、価値観も共有しあえた二人は、ここから肩を並べることになる。

加えて、二人は共通項だけでなく、互いの「異なる部分」を好ましく感じたともいう。たとえば、甲斐は「裏側の作りや構造を大切にする」が、一方の石井は「裏側よりもユーザー体験の気持ちよさを最重要視する」。二人が異なる思考から導き出した成果を両方生かしてみると、「意外と一人で作れるものより良くなった」と甲斐は言う。

甲斐「僕と石井さんは、感性がちょっと違うんです。お互いが導き出す(異なる)答えが混ぜ合わさると、よりすごいものが生まれていく、という感覚が最初の頃からありました。自分一人でやっていたら今の『STUDIO』にはなっていなかったし、石井さん一人で作ったとしても、きっと違ったと思います」

β版での失敗、MBOという賭け、CEOの交代

2017年4月24日、『STUDIO』のβ版がリリースされる。当時はWebサイト制作ではなく、iPhoneアプリのプロトタイプが作れるUIデザインツールとして公開。今考えても先進的な機能をいくつも有していたというが、実用化への道は険しかった。

1年をかけて作られたβ版だったが、早々に暗礁に乗り上げてしまう。資金は尽きかけ、売り上げの目処も立たない。ゴールデンウィーク、熱海の旅館に集ったコアメンバーの間では「開発を一時やめ、受託案件で資金を貯めるべきではないか」といった議論もなされた。

ただ、二人はプロダクトの可能性を信じ、OHAKOからのMBOという賭けに出た。

STUDIO株式会社 代表取締役CEO 石井穣

石井「当時のチームにはスタートアップのような風土が足りませんでした。もう一度取り組み直すなら、独立したスタートアップになったほうがより速く進めると考えたんです」

もう一つ大きな意思決定が、甲斐から石井へのCEO交代だ。甲斐からの信頼が厚く、さらには前職でのCPO経験もある、石井に対しての安心感がその判断を支えた。また石井も、甲斐と作るプロダクトにこそ未来を見ていた。

石井「甲斐と仕事していくうえで、“『STUDIO』の未来”がより見えた感じがあったんです。技術力など難しい制約はあっても甲斐となら達成できるかも、と思い始めていました。もっとも、甲斐はプロダクトは作れても、ビジネス周りは不得手。当時から僕がビジネスやブランディングなどの領域も担っていたので、それならと、引き受けることを決めました」

甲斐「デザイナーのタイプでいえば、僕がエンジニア寄り、石井さんがアーティスト寄りなんですよね。僕が“こういう世界であるべき”と考えるなら、石井さんは“こういう世界が良いな”ともっと可能性を広く捉えられる。会社を引っ張っていくとしたら、アーティスト寄りであるほうが、より大きな未来を描けるし、人もついていくだろうと思ったんです」

頑なに「Webサイトビルダー」とは打ち出さなかった

STUDIO株式会社へと社名が変わり、最初の転機は2017年8月に訪れた。

その夏、同社は北参道にあったスタートアップのデザインを手伝う代わりにオフィスを間借りし、プロダクトを開発しながら資金調達に奔走していた。

8月26日の夕方頃、Adithyaと名乗るインド人から「『Product Hunt』にSTUDIOを載せた」と連絡が入る。当初から海外を志向し、LPなども英語ベースで作り、英語圏を意識していたのが功を奏したのだ。成果が出れば注目度は一気に上がる。二人は紹介動画を急ピッチで仕上げ、日本企業初のデイリーランキング第1位を獲得。その勢いのまま、IDEOが出資するD4Vなどから、シードラウンドでの5,000万円の資金調達も果たした。

調達後は、IDEOに何度も足を運んでミーティングを重ね、ビジネスモデルの検討を続けた。この時点の『STUDIO』は、まだアプリ開発用のUIデザインツールを志向していた。しかしここで、現在につながる「Webサイト制作ツール」へのピボットを決断する。

甲斐「正直、ピボットには嫌な顔をしていました(笑)。僕はアプリ制作のほうがWebサイト制作より未来があるというイメージがあって。古臭い“Webサイトビルダー”で食っていくの?みたいな話は何回もしました。……ただ、ビジネスとしての市場はあるし、ツールの環境を見ても初心者向けか、小難しいものかの選択肢しかなく、そこに切り込む余地はあるのは事実でした」

石井「僕は真逆だったんです。Web畑出身でアプリは作ったことがない。ユーザーとしてもアプリだから超便利だと思ったこともなかった。なおかつ『STUDIO』のコアバリューであるコードベースのデザインツールと、Webサイト制作は最強に相性がいいはずだと思っていました」

2018年4月2日、『STUDIO』は「Webサイト公開機能」を搭載し、正式版としてリリースされる。現在のようにノーコードツールという言葉が普及していなかったこともあり、「自らを表現する呼び名は熟考した」と石井。落ち着いたのは「コードベースのデザインツール」だ。

石井「海外ではデザインツールが出揃ってきていたので、“最強のデザインツール”という見せ方を意識しました。まずはその価値をわかってくれる人を狙い、デザイナーでもリテラシーの高い人に刺さるように、と。今思うと、それがよかったのでしょう」

リテラシーの高い層を皮切りに、着実にユーザーを広げたSTUDIO。正式版リリース後は一歩一歩成長を遂げてきたようにも見えるが、その裏には堅実な積み重ねもあった。

石井「とにかく自分たち自身が使い込んだり、ユーザーの声を聞きながらプロダクトを改善していきました。それをひたすらに繰り返したからこそ、順調な伸びを維持できたのだと思っています。奇抜な策は一切打っていません。デザインツールとして、とにかく磨きこんでいった成果です」

根幹にある“クリエイティブ・ファースト” 

リリースから3年半。追加の資金調達やコロナ禍を経たが、STUDIOは今も変わらずプロダクトの磨き込みを重ねている。周囲を見れば、ノーコードのトレンドが生まれ、「ノーコード/ローコード」を標榜するスタートアップが増えてきたが、それも追い風になっている。

甲斐「“Webサイト制作のノーコードツールなら『STUDIO』“という想起をしてもらいやすくなりましたね。また、初めてお会いする人が実はユーザーだったということも増え、プロダクトの成長を身をもって感じられるようになりました」

こうした成長の軌跡、その道筋を支え続けてきたSTUDIOのカルチャーは、2021年11月に策定したミッション&バリューにも表現される。

甲斐「これまでのSTUDIOはデザイナーやエンジニアが多く、プロダクトやコードを介した非言語コミュニケーションを取ってこられました。しかし、シリーズAの調達もあって、これからはもっと明確に文化を共有できなければいけない。そう思い、このタイミングで言葉に落とし込みました」

この話だけ聞くと、組織拡大フェーズに際してミッション&バリューを急ごしらえするという、よくあるスタートアップの話だと感じるかもしれない。しかし、STUDIOのそれとは異なる。これまで一貫して「実行してきた」姿勢をそのまま結実させたからだ。これは、カルチャーに強みを持つIDEOの手法にも近い。

よく周りから「IDEOのバリューはすごいね。それがあるからうまくいくんだ」と言われるのですが、これが生まれた背景を知ると少し見え方が変わるんです。このバリューは10年前初めて言語化しました。言語化したというのは、「メンバーが自然と実践していたbehavior(行為・行動)、マインドセットを言葉に落とした」からです。
バリュー等の指針を作るとき、「こうなるといいな」「こうやるべき」と作ることが多いと思います。しかし、我々は「既にやっていること」「やれてきたこと」というアクションをベースで考えました。言い換えれば、「そこで行われること」を大切にしてきたんです。メンバーも周囲の人も、そこにある振る舞いや言動から「IDEOの文化」「IDEOらしさ」を体感します。ですから、重要なのは言葉ではなく振る舞いである。

IDEOに聞く、とにかく時間を掛け“対話文化”を醸成する姿勢 より

ミッション&バリューで大切にしたのは、創業よりずっと重視・実践してきた、「クリエイティブこそ、世界をよりよくする」という考えだ。甲斐・石井ともが「ただプロダクトを作りたかった」という好奇心から始めたこと、ビジネスサイドではなくデザイナー/エンジニア出身だったことが、その根底にはある。さらには、ものづくりのこだわりを失わずに、ビジネスにもより貢献できるプロダクトであることを志向している。

甲斐「もともと『STUDIO』のコンセプトで、“Everyone is Creative”といったキャッチコピーを使っていた時代もあります。クリエイティブは特別な人のものではなく、誰もが使えるものである、と示していきたいんです」

石井「多くの人がデザイナーやエンジニアをクリエイターと思っているかもしれませんが、僕は全人類がクリエイターだと思っています。だから、特定の誰かに寄与する“クリエイター・ファースト”ではなく、全員のクリエイティブを率先する“クリエイティブ・ファースト”なんですね」

バリューは3つから成る。

“Make your Play.”には、「作りたい」という好奇心や楽しさが原動力となることの大切さを込めた。

これは『STUDIO』に限らず、これまでの制作物でもそれらの気持ちが根幹にあると「アウトプットがまるで変わる」という経験があったという。また、石井がSTUDIOにジョインする前に進路を迷った際、「楽しそうな方を選んだ」という経験も生きている。

“Jam your Ideas.”は、まさに甲斐と石井の関係性から生まれた言葉。

同じ目標へ向かい、異なる視点からアイデアをぶつけ合って今日のSTUDIOを作り上げてきた。その過程はまさにこの言葉へ集約されている。

甲斐「意見が割れている状態で、お互いに押し通すのではなく、実は見えてなかった第三の道を探す。そうしてたどり着いたアイデアは、異なる要素が化学反応を起こしているからこそ、よりよいものになる。自分たちがしてきたことを、体現している言葉かなと」

ビジネスには時には割り切りも、完成度よりもスピードを、求められるシーンもある。しかし、とりわけ甲斐はあらゆる側面で完成度の高さを求め、満足するまで絶対にリリースをしない、というこだわりがあった。そのこだわりが石井を巻き込み、ユーザーや投資家からの評価へもつながっている。

そういった姿勢、メンバーそれぞれのこだわりを、100パーセント発揮し続ける──その意志を表すように、ミッションの最後には“Love your Passion.”を据えた。

石井「こだわりは、その人なりに正解が浮かんでいたり、その人なりの視点があったりするから生まれる。周りの人には一見わからなくとも、その熱は大きな可能性を秘めているかもしれない。それを切り捨てるのではなく、育んでいきたいんです」

甲斐がプロトタイプを作った初期衝動、石井と出会って掛け合わせたアイデア、そしてSTUDIOを「STUDIOたらしめる」要素となる情熱。これら自体が「STUDIOとは何か」を端的に表している。その言葉たちを胸に、二人は次なる未来を見据える。

(続編を26日に公開予定)

[文]長谷川賢人[取材・編]小池真幸[写真]今井駿介

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