「カルチャー」こそクリエイティブの次なる主戦場——KESIKI井上裕太
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「カルチャー」こそクリエイティブの次なる主戦場——KESIKI井上裕太

プロジェクトマネージャー・井上裕太。

KESIKIパートナー、Whatever CorpDevディレクター、quantum Executive Fellow、GO FUNDアドバイザー、そしてグッドデザイン賞の賞審査員——肩書きだけを並べると、一体何者か不思議に感じるかも知れない。

2020年までは、TBWA HAKUHODO傘下で立ち上がったスタートアップスタジオquantumを創業から牽引しCIO,CSOなどを歴任。クリエイティブの力を武器に事業を作り、それを生かす環境作りにも寄与してきた人物だ。

現在は、クリエイティブの力が生かされる領域としてカルチャーを挙げ「組織に“人間らしさ”を取り戻させるのが、カルチャーの役割だ」という。そう語る背景と、八面六臂に渡るその活躍を表す2つのキーワード「一点突破」「構造へのアプローチ」を紐解いていく。

クリエイティブの力を、事業や組織づくりに

現在の活躍もさることながら、井上氏のユニークさはそのキャリアにもある。

マッキンゼーの経営コンサルタントにはじまり、そののち東日本大震災で被災した若者を対象とした、リーダーシップ育成を支援する財団を設立。『WIRED』の北米特派員や、文部科学省で初の官民協働プロジェクト『トビタテ留学 JAPAN』の立ち上げ、『SDGs Design Unit』を支援する九州大学の客員准教授などを歴任している。

とても一言で表せないその活動を、井上氏も「毎回表現に困るんですよね」と苦笑する。

井上「何をしてる人なんですか?と聞かれることも少なくないんですが、言い表すのがとても難しいんです。最近は、ロフトワークの林千晶さんが『プロジェクトマネージャー』と名乗っているのを見て、勝手に同じ言葉を使わせていただいてます。

現在取り組んでいることは大きく二つ。一つは、クリエイティブの力が生きそうなプロジェクトを実際に立ちげたり、そこに関わったりすること。もう一つは、クリエイターやデザイナーが社会で恒常的に活躍できるための仕組みづくりです。どちらも、クリエイティブの力を事業や組織づくりにどう生かしていくか、一貫して考え続けています」

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シリコンバレーで見いだした、クリエイティブの可能性

現在のような活動を始めた背景には、いくつかのきっかけがある。

一つは2011〜12年ごろにかけ、当時携わっていた企業の北米オフィス設立に伴い、シリコンバレーと日本を行き来していたときに感じた“差”だ。

当時アメリカでは、ビジネスにおけるデザインの価値が急激に高まりつつあったという。ユーザーにとっての「居心地の良さ」をどうつくるかが重視されるようになり、スタートアップを中心に優秀なデザイナーを奪い合う。そんな状況は、その後2010年代をかけて大手企業にまで波及していった。

井上「ところが、日本の芸大・美大出身の知人は、広告代理店や制作会社で働くのが当たり前。かつ、アメリカと比べるとその力を生かしきれているとは言えない状況でした。この違いを肌で感じ、何とかできないかと思っていたんです」

他にも、デザイナーと一緒に仕事をした際に、それまで語っていた内容を絵にしてもらうだけで「急に伝わるようになった」という経験。もともとデザインやアートなどが好きで、そういったものを生み出すパワーは「きっとビジネスや社会にも必要とされる」と感じていたことも大きかった。

それらをもとに、井上氏が取り組んだのがquantumだ。2014年にTBWA HAKUHODOの中で組成(2016年に分社化)されたquantumは、企業のオープンイノベーションを戦略立案から事業作り、採用、投資までさまざまな形で支援する。その中で井上氏はデザイナーやクリエイターを巻き込み、プロダクト開発やブランド作りに力を発揮できる機会を作っていった。

この組織を広告代理店の中で立ち上げたのは、当時の日本で「一番クリエイティブのリソースが集まっている場所」と考えたからだ。たが、当初はその価値をなかなか理解してもらえなかったと話す。

井上「当時はクリエイティブの力を使い事業をつくるなんて『訳がわからない』という反応ばかりでした。事実、クリエイター側も、経営者と対話ができたり、直接経営に関わったりする人は今とは比べ物にならないくらい少数だったと思います。しかし、時代とともに日本でもデザインの存在感が増してきました。それとともに、quantumの活動も『広告会社が行くべき方向性に合致してる』とされ、仕事の範囲を広げるようになっていったんです」

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井上氏自身、クリエイターと協業する中でその可能性を感じる機会がいくつもあった。

井上「例えば、コピーライティング。以前の僕は、コピーライターを『商品の名前をつけたり、広告の印象的なコピーを考える人』と認識していました。でも、一緒に仕事をするなかで、彼らは『世の中の人々が潜在的には持っているが、まだ気づけていない欲望や意志』をすくい取り、言語化できる力も持っていると気づいたんです。

だとすれば、『こんなサービス作ったから名前つけて』ではなく、このサービスは『どのような関係性を人と作ればいいか』から一緒に考えてもらう方がいい。コミュニティーや社会での認知を変えたいときにも、言葉を考えるのではなく、『どういう切り口でアプローチすれば人の気持ちを変えられるのか』から議論に加わってもらいたい。そういった、理解が深まりました」

“一点突破”と“構造へのアプローチ”

quantum設立の2014年から現在までを振り返ると、社会のデザインやクリエイティブに対する認知も大きく変化してきた。

デザイン思考が注目を集め、デザイン会社や代理店などが制作の手前から入ることも珍しくなくなった。美大が、ビジネスにデザインの持つ創造性と美意識を実装するクラスを新設したり、理系総合大学が「国際デザイン経営学科」を新設、経済産業省・特許庁から「デザイン経営」宣言が出されるなど、様々な方面で変化が現れている。

こうした変化を、井上氏はデザインの持つ特性が社会に求められるようになっているからだと捉える。

井上「ユーザーに共感したり憑依したりする機会って、意外と持てていないんです。ただ、特に経営者がこれをしなくなった結果、ビジネスが大きく狂ってしまった事例は少なくない。だからこそ、その目を常に持つデザインが重視されるようになった。

それと同時に、『より良いものを求めていく』探究心が事業を進めていく上で欠かせないものになってきている。事業は、目指す地点はあってもゴールはない。ずっと、変化し続けなければいけません。これもデザイナーの振る舞いから大いに学べる点だと考えています」

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とはいえ、そうした重要性に誰もがすぐ気づけるわけではない。だからこそ、井上氏は二つのアプローチで取り組んでいる。

井上「僕の活動は、大きく二つに分けられます。一つは個別プロジェクトにおける“一点突破”、もう一つは社会全体の認識を変えていく“構造へのアプローチ”です。

“一点突破”は、自ら手を動かしてロールモデルをつくり、それをみんなが目指すのろし的な役割にしていくこと。組織の中で何かを変える際のスタート時であったり、同じような事例を増やしたい場合などに有効です」

このアプローチの価値は、現場にある障壁を身をもって理解できることにある。例えば、大企業とスタートアップが一緒に何かプロジェクトを進めようとしたとき、現状の契約書のフォーマットでは組めないことに気づくかもれない。あるいは、広報的に配慮しなくてはいけないポイントに躓くかもしれない。いずれも、実践がなければ気づけない要素だ。

井上「無理やりプロジェクトを進めると、こうした“落とし穴”を順番に踏んでいくことになります。すると、『これに対処しないといけない』という要素を解像度高く理解できる。それをもとに、穴に落ちなくて済む仕組みや方法論を整えていけるんです」

KESIKIなどで、プロジェクトへ携わるのも、この一点突破のひとつだ。

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一方の“構造へのアプローチ”は、社会全体の認識や構造を緩やかに変える取り組みだ。

その一例として挙げるのは、審査員を務めるグッドデザイン賞で今年、井上氏のユニットから選出した台湾デザイン研究院の『plan』(最終審査3位)。学校の教室や食堂などのリノベーションをプロトタイピングの実践授業として位置付け、何をどう変えるかは、そこに通う生徒自身がプロの建築家やデザイナーと一緒に考えていく。

教室という学生にとって当事者性が高い対象で、実践を通しデザイン的アプローチを学ぶ。台湾国内での採択件数も年々増えているという。

井上「こういった、中長期で見るとインパクトあるものを賞などに少しずつ混ぜ込んでいこうと意識しています。クリエイティブの業界には、今も“権威”を意識する構造が存在していて、賞賛されたものはやはり多くの人が見ている。もちろん、その評価を素直に受け入れるかは別にしても、ある年に起きた変化が翌年以降、全体へと波及していくことはよくあるんです。

特にグッドデザイン賞は、膨大な時間をかけて審査をするので、その年の審査員の価値観が色濃く表れる。2020年に決選投票まで残った『WOTA BOX』も『まれびとの家』も、数年前では考えられなかった選出ではないでしょうか」

「カルチャー」が事業に求められる理由

時に現場から、時に構造から、クリエイティブ領域の拡張に挑む井上氏。

そんな同氏が、近年プロダクトやサービス開発以上にこれらの力が生きると考える場がある。「カルチャー」へのアプローチだ。カルチャーの必要性について、同氏はKESIKIの公式note『カルチャーこそすべて』の中で、以下のように記している。

どれだけ魅力的なミッションを策定しても、丁寧な仕組み化を行っても、そこにカルチャーがなければ組織が輝き続けるのは難しい。カルチャーは、制度では担保しきれないギリギリの局面での意思決定を左右し、ミッションでは描ききれないディテールへの異様なまでのこだわりを後押しし、最も組織にストレスがかかる時期に皆がふんばるエネルギーを生み出します。

井上「カルチャーへの貢献は、より抽象度が高く、数値化もしづらい。短期的に成果を測りづらいものです。仮にカルチャーが崩壊していたとしても、必ずしも短期的に売上が下がるとは限らない。ビジネス自体が定型化されていれば、ある程度はそのまま回り続けることもできる。

ですが、5年10年といった単位では、必ず影響が見えてきます。カルチャーがないと少しずつ組織のパワーが衰えるし、メンバーの間にあったバイブスも失われていく。人が採用しづらくなる、離職が増えるなどの形で、直接的な弊害が出てくる場合もあるはずです」

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逆に、カルチャーを大切に育めば「長く愛される企業になっていく」と語る。例に示したのは、創業100年を超える幼児教育の事業者ジャクエツだ。

2020年3月に公開された報告書『中小企業のデザイン経営〜経営者のビジョンが文化をつくる〜』で、デザイン経営を実践する8事例にも選ばれたジャクエツ。『未来は、あそびの中に。』を掲げ、幼稚園や保育園向けにさまざまな遊具や教材を開発、販売している。少子化が進むなかにもかかわらず、2014年度に175億円だった売上は2019年度に199億円まで増えるなど、老舗ながら今なお成長を続ける。

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ジャクエツ コーポレートサイト

井上氏が特に注目するのは、同社の本社横にある「モデル園」の存在だ。自社で開発したプロダクトはそこで必ずモニタリングし、「ユーザーの目線」で検証、改良を加えて出荷している。社員は、自分たちが企画したもので日々子どもたちが遊ぶ姿を見ることができるという。

井上「それがやりたくて入社した方、何なら自分のお子さんもその園に通わせる方がたくさん集まってくるそうです。この現象って、『何を大事にするのか』『どんな世界を目指すのか』という哲学と、そこから生まれる無形のカルチャーが、企業にしっかり根付いているから起きると思うんですね。

以前、代表の徳本達郎さんにお話を伺った際、とても印象的だったのが、日々の売上などではなく、『100年後にどういった会社を残せるか』だけを考えられていることでした。ジャクエツは100年前、自ら運営する幼稚園で使う教具を開発したところから始まっています。そこから商材を広げる過程で、『クリエイティブな遊び方のできる環境、遊具や教材こそが、最も効果的な教育投資になる』と信じてきた。彼らが今ものをつくる姿勢にも、それがすごく表れているなと感じるんです」

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ジャクエツのカルチャーブック。「あそび」に軸足をおき事業を展開する同社のカルチャーの強さが伺える。

組織に人間らしさを取り戻す、デザイナー

強い組織をつくるうえで、欠かすことのできないカルチャー。先に紹介したnoteには、次のような言葉も置かれている。

カルチャーとは愛であり、愛されるための要素である。カルチャーこそがすべてだ。

井上「どんな組織もビジネスも、最初は『誰かを幸せにするため』に生まれたはずなんです。人に何かを届けたり、仲間と協働したりする手段としてシンプルに存在していた。ただ、最初の想いや目的は、意識しないと気づかないうちに見失われてしまう。

結果、拡大するなかで、人々が幸せになるとは思えない仕組みや、関わる人が苦しんでしまう状況が生まれることもある。では、本来持っていた原点の想いへはどう立ち返ればいいのか。そのヒントが、深いレベルで方向性を示し、事業体に“人間らしさ”を取り戻すカルチャーだと思うんです」

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“人間らしさ”を取り戻すのは、まさにデザイナーのまなざしそのものだ。

組織には「意識し続けないと失われていく」無形物があるからこそ、クリエイティブサイドが事業体のカルチャーに関わり続けるべき——その姿勢は、KESIKIが伴走した「KOEL」(NTTコミュニケーションズのデザイン組織)の立ち上げプロジェクトの事例からも伺える。

キャリアで職責も、さまざまな変遷を続けてきた井上氏。その経験を持ってしても、このカルチャーを重視するスタンスは今後も変わらないだろうと話す。

井上「カルチャーの価値は普遍だと考えていますから。ただ、それをつくるためのアプローチは変わるかもしれません。あくまで僕は、周りにある『こうなったらいいな』と思うものに対し、自分のできる範囲でやり続けているに過ぎません。

これまでのキャリアも、『自分が今関われば意味のあることをできそうだ』と感じる人やプロジェクトと出会い、そこに飛び込んでみたということの繰り返しでした。ある教育企業経営者の知人は育てたい人材像として『ガッと来たものをグッと掴む』と言っていたんですが、まさにそんなイメージです。

流れに身を任せていると、実現したいと思うものもどんどん変わります。1年後にはきっと、また想像しなかった自分になっている。それを楽しみに、僕はこれからもクリエイティブに関わっていきたいと考えています」

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[文]佐々木将史[編集]小山和之[写真]今井駿介

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