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デザインもマネジメントも「個に向き合うこと」は変わらない──メルペイ成澤真由美

2021年9月には時価総額1兆円を突破。同年第4四半期にはアメリカ法人単体でも黒字を達成するなど、国内外で存在感を強める日本スタートアップ界の雄・メルカリ。
この躍進のタイミングに、同社はデザインの力を事業成長のドライバーと見据えているという。designingではこの機に、「メルカリデザイン」を特集。全3本の連載を通し、そのデザイン文化と重視するキーワード「N=1」「体験」を紐解いていく。

1:ソウゾウ プロダクトデザイナー 鈴木伸緒
2:メルペイ デザインマネージャー 成澤真由美
3:メルカリ ジャパンCEO 田面木宏尚

プレイヤーか、マネジメントか。デザイナーとしてのキャリアを積む中、この選択を前にする人は決して少なくないだろう。

最前線を常に切り開き、自分の手によって価値を積み上げる/チームを率い、自分ではなく皆でより大きなインパクトを狙う——それまで積み上げた価値観・経験から、各々にとっての“正解”は分かれていく。

ことデザイナーにとってマネジメントは未知の領域のはず。かつ、チームや組織、上司、企業によってもそこに求められる役割も責任も異なる。「デザインマネージャー」といってもその実は多種多様。一筋縄にその”理想像”は描けない。だからこそ、そのロールモデルを探るべく挑戦者たちの知見を共有していく。

今回話を伺ったのは、メルペイのデザインチームマネージャーを務める成澤真由美だ。成澤は「マネジメントか現場かという二項対立で考えることが全てではない」という示唆をくれた。氏の考える「デザインと組織マネジメントの共通点」とマネージャーが果たすべき役割とは。

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すべて自分で100点にしなければ。プレイヤーとしての「とがり」

2018年5月、成澤が入社したメルペイは、いまだ草創期にあった。

前年の12月に金融事業への参入が発表されたが、当時はまだプロダクトの影も形もない。社内さえ「何を作るのか」の共通認識が曖昧な状態だった。

他方で、デザイナー陣は「世の中に誇れるデザイナーチーム」を目指し、実際数々の実績と高い実力を持ったメンバーが集う。成澤自身「自分史上最高の環境」と自信を持ち振り返る。

今でこそメルペイのProduct DesignerとUX Researcherという2つのチームを率いるMoM(Manager of Manager)の成澤だが、入社当時はいちデザイナーだった。かつ、メガベンチャー、FinTechスタートアップを経て鍛えた腕には相応の自負もあり、「とにかくとがっていた」と当時の自分を形容する。それは一切の妥協を許さない姿勢に表れていた。

成澤「立ち上げ期のメルペイは、スケジュールを強く意識し開発を進めていました。いくつもの開発チームが存在し、全チームが足並みを揃えてリリース日を目指していく時期でした。当然、開発の優先度決めの話題になります。チームは苦渋の決断を強いられます。

『80点のUXになってもいいから間に合わせるべきではないか』といった議論がどのチームでも頻発していました。私はそれがとにかく許せなかったんですよ(笑)。周囲のメンバーと何度も衝突し『スケジュールを優先して、正しいUX構築を断念するのはありえない!最高のお客さま体験を達成できない!』といった内容をよく言い張っていました」

何より成澤は、最終的なアウトプットや体験はデザイナーの責任と考えていた。デザイナーという職域、職責に対する高い意識がそこにはあった。

成澤「当時を振り返ると、立ち上げ期の混沌とハイスピードな流れの中では仕方ない状況ではありました。ただ、もっと他職種と折り合いをつけたり優先順位の背景を理解したりすべきだったと思います。でも、当時の自分にはそんな柔軟性はなかった。『すべてを自分が100点にしなければ』という思いが強すぎて、上司からはValueになぞらえ『Be a Proなのは良いが、同じくらいAll for Oneを意識してほしい』と毎日のように言われていました」

デザインもマネジメントも「N=1」に向き合うこと

そんな成澤にマネジメント職の打診があったのは、2020年初頭のこと。プロダクトもリリースされ、事業は次のフェーズへ進んでいた。「マネージャーといっても、技術者として注力事業をリードし続けて、メンバーにはその姿勢を見せてもらえればいい」。そんな留保つきの打診だったという。

「それであれば」とチームを率いることになった成澤だったが、その滑り出しは決して思い描いた通りではなかった。

成澤「はじめは失敗も多かったですね。スキルに関する細かな指摘ばかりしていました。後から聞いたことですが、当時は『成澤さんが言っていることの意味がわからない』などと思われていたそうです。全く最悪なリーダーですよね」

しかし、ぶつかり合いながらも、少しずつ目に見える成果を重ねていくと、風向きも変わりはじめた。明確な転換点があったわけではないが、「コミュニケーションがだんだんとスムーズになっていった」という。次第に、「メンバーが抱えているデザイン課題のゴールに到達するには、今何が足りないのか」をともに考えるスタイルへ移り変わっていった。

成澤「端から見ているだけではわからないこともあって、時にはペアデザインなどもしていました。一緒に画面を見ながら、ともに考え、手を動かす。すると、そのメンバーに足りないものや自分との考えの相違が明確に見えてくる。次は、それを一緒に埋めていくんです」

最初こそ、「私のような柔軟性に乏しい人材がなぜチームを」と思ったと言うが、ともに手を動かしていくうちに「メンバーの成長に喜びを覚えたり、時にはメンバーから新たな学びを得たりすることも増え、だんだんとマネジメントが楽しくなってきた」そうだ。

成澤のマネジメントスタイルは、こうして定まっていく。デザインと同様、「N=1に向き合えばいい」と気づいた。

成澤「私にとってデザインとは『人と向き合うこと』。では、デザイナーである私らしいマネジメントとはなにか。そう考える中で気づいたのが、個々の人に向き合い、パーソナライズする——つまり『N=1』に向き合うことだったんです」

言うまでもなく、メルペイのデザイナーの全体的なレベルは高い。とはいえ、メンバーそれぞれで得意とする領域やスキルレベル、特性、仕事の仕方、バックグラウンドは異なる。成澤はそれを一様に“マネジメントする”という視点で捉えることを手放したのだ。

成澤「すべてのメンバーの人となりや、キャリアに向き合うんです。そう考えたら、『なんだ、結局マネジメントもデザインもいっしょじゃないか』と思いました。どちらも、人と向き合い、その人が抱える課題を解決する行為である。そう捉えてから一気に視界が開けた感覚がありました」

現在、マネジメント業務の割合は20%ほどという。週に4日はプレイヤーとして、1日はマネージャーとしての責務を果たす。マネジメントに充てる日は、1on1でメンバーの話を聞くことに時間を投じる。

成澤「ただただ話を聞くだけです。そして個々にあわせたコミュニケーションをする。プロフェッショナル人材が揃っているチームだからこそ、マネージャーにできることは多くありません。メンバーが抱えている課題を聞き解決策をともに探ること、1on1の最後にメンバーが『また頑張ろう』と思える言葉をかけることくらいです」

さらに言えば、「1on1の実施有無」さえパーソナライズしている。

成澤はマネジメントするメンバーのうち、何人かは1on1さえ行わず「お任せしている」そうだ。「放任した方が、余計な雑音がなく良いパフォーマンスにつながる場合がある。ただ気をつけなければいけないのは、放任するタイミングや事柄を見誤るとただの放置になるので、先回りしてレールを引きバトンを渡すフェーズを入れる場合もある」という。メンバーのパーソナリティに向き合い、それぞれの能力が最大限発揮できる方法で仕事を任せることが伺える。

人と向き合い、大きなインパクトを生むという軸

デザインとマネジメントの双方において、成澤が重視する「N=1」。

一人ひとりを重視し、常に向き合うという姿勢は、デザイナーという職種から考えれば自然とも言える。ただ、成澤の場合この姿勢はそのキャリアにも起因する。

大学卒業後、ECサイトを運営する企業でデザイナーとしてのキャリアをスタート。その後、2013年10月からDeNAでの仕事に従事。当時の同社は、モバイルエンタメ事業に注力しはじめた頃。成澤は、SNSやキュレーションメディアを中心とした新規事業のUI,UXデザインを経験した。

その後、主に関わるようになったのは、他社と共同でプロダクトを開発するプロジェクト。大手企業をはじめ外部パートナーとの共同事業の経験が、デザイナーとしての転機となった。

成澤「自社のサービスでは、とにかく早くリリースし、お客さまの反応を見て改善のサイクルを高速で回すことが重視されていました。ですが、他社との共同事業は『まず市場に出す』はできない。

『なぜこのデザインなのか』をしっかりとパートナーに説明し合意をとっていかねばなければなりません。『解決しようとしているユーザーの課題は』『ユーザーが抱える不安とは』『その不安はいかにして解消するのか』……説明責任を果たすためには、こうした質問に対する答えを、全て言語化する必要がありました」

昨今のプロダクト開発の考え方からすると、一見「手間のかかる」アプローチにも見える。ただ、共同事業は一社では実現できない大きなインパクトを秘める。事実、それだけの手間をかけた先に、成澤はいくつもの成功体験を積み、自身のキャリアの軸を見出した。

成澤「さまざまなステークホルダーに相対しているうちに、気づいたんです。私が主にしているのは、『人と向き合うこと』なのだと。さまざまな人たちの課題と丁寧に向き合いながら、社会的にインパクトの大きいアウトプットを作り上げることに魅力を感じている。その姿勢のもと、デザイナーとして世の中に貢献していきたいと考えました」

より深く人に向き合い、より多くの人々の幸せに寄与する仕事がしてみたい──自然とそう感じるようになった成澤。そんな折、SNSを介し一通のメッセージが届く。

グッドパッチ土屋が誘った、FinTechへの道

送り主は、グッドパッチ代表の土屋尚史だった。

成澤「『もし、次のステージを考えていれば、一度お話ししてみませんか?』とおっしゃって下さったんです。それで、オフィスに遊びに行って、これまでお話したようなことを土屋さんに伝えました。

すると、『教育や健康、モビリティなど、今さまざまな領域でデジタル化が推進され始めている。中でも金融は複雑かつ難解な概念をわかりやすく伝えることが求められるため、デザイナーが活躍しやすい領域。またモビリティよりも世に出すまでのスピード感がある。』と言われました。より人に向き合えてインパクトがあればドメインは何でもいいと思っていたのですが、その一言で一気にFinTechに興味を持ったんです。2016〜17年のことだったと思います」

2015年前後、日本のFinTech産業は大きく動き始めた。2014年6月に閣議決定された「『日本再興戦略』改定2014」では「キャッシュレス決済の普及による決済の利便性・効率性の向上を図る」旨が明記されるなど、政府の動きが活発に。

企業側も然りだ。たとえば、2015年12月にはSBIホールディングスがFinTech企業への投資を目的とした「FinTechファンド」を立ち上げ、ビットコイン取引所を運営するbitFlyerが2016年4月に約30億円を調達。まさに、金融というインフラに大きな変化の兆しが生まれ始めた時期だった。

そんな活況なマーケットで成澤が選んだのは、決済サービスを展開するKyash。「新たなインフラを生み出し、ユーザーの生活を劇的に変化させる可能性を感じた」のが決め手。同社において、物理カードのデザインなどを担当することになった。

ただ、入社半年後でそのチャレンジの舞台がメルペイへ移ることになる。きっかけは、あるミートアップだった。

成澤「忘れもしない、あれはメルペイ発表後のミートアップ第一回目に参加させていただいたときのことです。当初は業界勉強のためだったのですが、その場で青柳(同代表取締役CEO・青柳直樹)と曾川(メルペイ取締役CTO・曾川景介)の話に圧倒されました。同じFinTechに携わる身として、2人が幾多もの修羅場を越えた歴戦の猛者だと感じたからです。

特に、曾川はLINEグループ在籍時に『LINE Pay』事業で数々の成功と失敗を経験しています。そうした経験を踏まえ『メルペイではこんなチャレンジがしたい』と語る言葉には説得力があった。デザインについても『こういった体験設計ではうまくいかない』とかなり具体性のある話をしていました。

『これは民間企業の立場からでも、国民全員から必要とされるインフラをつくれるのではないか』と本気で思いました。Kyashも大変魅力的な環境でしたが、メルペイの可能性に懸けたいと思ったんです」

「企業の成長」と「メンバーの成長」の間で

そうしてメルペイにジョインし、事業立ち上げ、マネジメントと歩んできた成澤。

「N=1」に向き合うという軸があるとはいえ、マネージャーとしてはいまも日々葛藤している最中という。マネージャーはチームを率いる役割でもあるが、同時にチームの力を持って企業の成長へより大きく寄与することも求められる。メンバーと経営の橋渡し役も成澤は強く意識をしている。

成澤「経営目線は、マネージャーになってからの大きな変化だと思います。チームのマネージャーとしてメンバーに向き合い続けることは必須ですが、とはいえ全ての意思決定を『メンバーのために』行うわけにはいきません。

会社の利益を生み出すためには、どうしてもメンバーの意向や希望の優先順位を落とし、意志決定をしなければならない局面もあります。自チームの現状だけではなく、他組織のリソースや状況も踏まえ、判断を下さねばなりません。そこには当然、マネージャーとして葛藤もあります」

「会社の成長」と「メンバーの成長」の双方にどう折り合いを付けるか。ジレンマを抱えることもあるが、成澤の中には明確なスタンスも存在する。「少し厳しい言い方になるかもしれませんが」と前置きし、「『成長するために働く』のは間違いだと思っている」と言葉を続けた。

成澤「事業成長を追い求めるため、個々のメンバーの成長は必要です。しかし、あくまでも、目的は会社や事業の成長でなければならない。だから、採用の局面でも『こんなことを学ぶために入社したい』というスタンスの人は、基本的にはお断りします。

ただし、事業成長のために必要な成長度合いや抱える課題は人それぞれ。だからこそ、私は個々に向き合うことも変わらず続けるべきだと思うんです」

「会社の成長」と「メンバーの成長」を両立させるため、徹底的に個々(N=1)に向き合い、その言葉に耳を傾ける。それこそ成澤の考えるマネジメント像だ。

プレイヤーかマネジメントか——デザイナーのキャリア選択においては、この問いに大きな意味はないのかもしれない。デザイナーは常に、誰かの声に耳を傾ける。組織を率いるとは、「聞くべき声が増えること」にすぎないのかもしれない。

[文]鷲尾諒太郎[取材・編]小池真幸[写真]今井駿介

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