イノベーションデザインを民主化せよ——NEWh神谷憲司
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イノベーションデザインを民主化せよ——NEWh神谷憲司

日本でも政府を挙げて推進する対象となり、もはや誰もが知る言葉となりつつある「イノベーション」。1912年にオーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターによって提唱されてから一世紀以上、かのピーター・ドラッカーやクレイトン・クリステンセンなど、数多くの識者たちがそのメカニズムについて思索を重ねてきた。

しかし、未だその探求は発展途上。そんな中、「デザイン」の方法論を応用し、イノベーションの創出に挑んでいる人物がいる──2021年1月、“イノベーションデザイン”に特化したデザインコンサルティングファームNEWhを立ち上げた、神谷憲司氏だ。

神谷氏は2015年、博報堂傘下のデジタルエージェンシー・スパイスボックスで、テクノロジーイノベーション事業を手がけるWHITEを立ち上げ。大企業の新規事業創出を支援するイノベーションデザインに取り組み続けてきた。広告、サービス、プロダクトと領域横断で活動してきた神谷氏が見る、「デザイン」がイノベーション創出において発揮できる価値とは?

神谷憲司(かみや・けんじ)
NEWh 代表取締役社長
デジタルマーケティング業界でクリエイティブディレクター、クリエイティブテクノロジストとして企業のブランド戦略、デジタルコミュニケーション戦略に携わった後、2015年にイノベーションデザインコンサルティングファームWHITE Inc.を創業。WHITEとして100を超える大企業の新規事業開発プロジェクトを手がける。2021年1月NEWhを創業。代表取締役社長に就任。

広告、サービス、プロダクト、そしてイノベーション……領域横断のデザイン遍歴

神谷氏が「イノベーションデザイン」に関心を持った源流は、広告のクリエイティブに携わる中で感じた、限界にある。

神谷氏が広告に関心を持ったのは、学生時代。現・ライゾマティクスの創業メンバーが手がけた、デジタル技術と身体パフォーマンスが融合したメディアアートを観て衝撃を受けたことがきっかけだった。

そこから、当時はまだ珍しかった体験型のデジタル広告に関心にフォーカスし、インスタレーションやFlashコンテンツを連動させた広告のかたちを模索し続けた。数々の受賞歴を残すなど成果をあげていた同氏だが、2010年代初頭そこに限界を感じるようになる。

神谷「高度経済成長期と比べるとわかりやすいと思います。当時、広告はものすごく勢いがあった。企業が提供する商材が広まれば、世の中が良くなると信じられていたので、広告は“価値を広める”役割さえ担えばよかった。しかし、価値を享受するのが当たり前の時代になったとき、そもそも“何が価値か”を見直す必要に迫られてきた感覚があったんです」

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単に“広めるだけ”の広告の限界を察した神谷氏は、もう一歩踏み込み「“価値を創る”ことに取り組むべきなのではないか?」と考えるように。興味関心の矛先も、広告や体験という“広める”デザインから、サービス・プロダクトといった“価値”のデザインに向かっていく。そこで2012年から、スパイスボックス内のプロトタイピングラボを設立。ハードウェアを中心とした商品開発を通し、自ら、“価値創り”に取り組むようになった。

その過程で、デザインシンキングやプロトタイピングなど“価値を創る”上での手法やプロセスの重要性を痛感し、2015年にはWHITEを創業。そのナレッジやノウハウを大企業の新規事業創出にあてはめ、価値創りを支援する立場となる。WHITEでは約5年間、企業のイノベーション・新規事業を数多く支援。実績も徐々に積み上がるとともに、社員数も40人弱にまで拡大していった。

イノベーションデザインの成否を分ける「判断軸の設定」

そして神谷氏は2021年1月、新たなチャレンジに踏み出す。「新しい、を価値にする」をミッションに掲げ、大企業の新規事業創出を支援するデザインコンサルティングファームNEWhの立ち上げだ。

同社は、4カ国、6都市で1500名以上のエンジニアやクリエイターが在籍するデジタル・クリエイティブスタジオSun Asteriskのグループ会社として創業している。

「世の中への実装力を強みとして持っているSun Asteriskと組むことで、社会により大きなインパクトを与えられると思った」という。その背景には、神谷氏がイノベーションデザインに取り組むなかで醸成された、「社会実装」にまつわる問題意識があった。

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神谷「これまでは事業構想に重きを置いてイノベーションデザインに取り組んできました。しかし、大企業とパートナーシップを組むと、承認までのステップが多く、実現までのプロセスがスムーズにいかないケースが少なくない。問題を可視化し、完璧なプランがあっても、事業として実装されないと世の中は変えられない。軸を『社会実装』に持っていく必要性を、強く感じるようになったんです」

社会実装に対する課題意識から生まれたNEWhは、プロジェクトの方針策定からアイデア創出、PoC、収益計画まで、事業化に必要な全プロセスを伴走支援。そのプロセスは、独自に編み出された「デザインフローチャート」として体系化されている。

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デザインフローチャート

とりわけ、神谷氏が重視しているのが「0 プロジェクトデザイン」だ。成功の定義と承認項目、プロセスをデザインする、一見すると地味な「下準備」とも取られかねないこのプロセスが、イノベーションデザインにおいて最も重要だという。

神谷「イノベーションデザインは、プロジェクトデザインに尽きるといってもいい。たとえば新規事業の場合、『いつまでにどのくらいの収益をあげるか』という目標は明確でも、社会的意義や個々のメンバーが参加する理由は曖昧なことも少なくない。プロジェクトの最初に、社会と個人、自社の視点を接着し、チームとして進むべき理由とゴールを明確に設定することは、すごく大事にしていますね。

ここが不十分だと、判断軸が不明瞭なまま進み、『収益性だけ』の事業になったり、成否の判断もできなくなったりすなる。ですから、まず決裁者と軸を握り、Whyをクリアにすることを大切にしているんです」

事業の鍵は「持続可能性」に

プロジェクトデザインが完了すると、実際に事業を構想・計画し、成立させていく段階に移る。ここで神谷氏が重視するのが「顧客」と「未来」という二つの視点だ。前者はデザインシンキングの流れを汲んでいる以上、ある意味で当然ともいえるが、後者は神谷氏ならではだろう。

神谷「5年後や10年後、社会や人びとの価値観がどう変わっていくのかを未来予測しながら、『未来の顧客に対してどんなサービスが作れるか?』と考えています。気候変動をはじめ、多くのリスク要因がある中で、いかにしてそれを機会として捉えられるかが重要です」

もちろん、精緻な未来予測など、誰にも不可能だろう。あくまで意識するのは一定の確度があるものに限る。人口動態をはじめとしたほぼ間違いなくおこる変化、天候、技術革新が及ぼす影響といった、一定可能性が予測されうる変化を踏まえ、『気温変化がない未来』と『平均気温が10℃上がる未来』といった“両極端”を描くという。

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神谷「その範囲内で最低限、いまやるべきことを考えるんです。不確実性は加味した上で、いくつかのルートを定め、選択肢をあらかじめ持っておく。先が予測できない時代だからこそ、重要だと考えています」

顧客と未来の視点を踏まえたうえで、ビジネスモデルを構築していく。ここでは「持続可能性」が鍵になる。

神谷「事業を継続することで、どれくらいの売上が立つか…ではなく、どのような価値が蓄積されていくのかを考えるんです。すなわち短期的なビジネスの成否ではなく、持続可能性の観点です」

持続可能性を考えるには、ビジネス書を読みあさるより地方の面白い取り組みを見る方が学びがあることも多いという。例に挙げたのは、静岡県焼津市の『みんなの図書館さんかく』だ。図書館という名前だが、『一箱本棚オーナー制度』というものを導入しており、基本的には本を紹介したい人が月額2,000円を払い、本を並べる権利を買う。運営側はその費用で、家賃や水道光熱費などの最低限の経費をまかなっている。

神谷「本来は開業時に大きな負担になる調達コストを、抑えるどころか収益に変え、事業が持続する土台にしている。かつ、これはコミュニティビジネスなので、本を並べている人はもちろん、その人の本棚を起点に集まってくる人も資産になる。こうした持続可能性を担保した仕組みは、大企業でも学ぶ点は多いと感じています」

イノベーションを生む組織のための「マイミッション」

イノベーションを生み出すために神谷氏がデザインするのは、事業やプロジェクトそのものだけではない。

それを手がけるプレイヤーのあり方、言い換えるなら、組織にも力を入れてきた。特に重視するのは、そこに所属する個人のビジョン・ミッション、彼の言い回しを借りれば「マイミッション」を持つことだ。

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神谷「自分の軸を持っている人は、流されないじゃないですか。踏みとどまれる、良い意味でささくれのような人こそが、イノベーションを起こせると思うんです。そもそも企業が掲げるビジョン・ミッションがあり、みんなが一丸となり100%の力でそこに向かっていく組織は、少し胡散臭いなと思っていて(笑)。100人いれば、100通りの理由でその企業にいるはず。だから、100のマイミッションがあってしかるべきなんです。

だから、企業と個人が完全に同じ理由で動くことはあり得ない。共感くらいのレベルでつながっていて、ある程度オーバーラップしていればいいと思うんです。ゆるやかにWin-Winになる関係性が本質的ではないでしょうか」

この考え方はクライアントの組織に対するスタンスだけに限らない。

神谷氏自身、経営者としてNEWhを率いる中でも重視する。メンバーがマイミッションを持つことは、個々人の生存戦略としても有効だと神谷氏は考える。ミッションを会社に依存してしまうキャリア形成は、終身雇用制度が崩壊した現代ではリスクが高い。

その考えのもと、神谷氏はメンバーとの1on1などを通じて、マイミッションを持って働くことを支援していく予定だという。

評価やポートフォリオから、イノベーションへの最適化を

ここまで神谷氏の話を聞き、一つの疑問が浮かんだ。なぜ、大企業なのか?純粋にイノベーションを生み出していくならば、スタートアップを支援したほうが近道のように見える。あえて難しい山を登る理由を問いかけると、そのインパクトを理由に挙げる。

神谷「そうですね。おそらく、スタートアップ支援のほうが、簡単にイノベーションが生み出せるでしょう。でも、日本における課題の大きさでいえば、大企業のほうが深刻だと思っているんです。優秀な人をたくさん抱え込み、お金も持っているのに、有効活用しきれていない。これは大企業の中の人も強く感じています。ただ、その規模の分変化が起こった時には、大きなインパクトがある。

僕らが目指すのは、イノベーションデザインの民主化ともいえます。デザインフローチャートをコーポレートサイト上で公開しているのも、難易度が高くても影響のあるところを攻めるのも、そのためなんです」

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昨今は「DX」を旗印に、大企業でも既存の方法論から脱却しようとする動きが活発化している。その機運をイノベーション創出につなげてるカギを、神谷氏は「組織」に見る。

神谷「当然と言えば当然ですが、いまの大企業は、既存事業を回していく上で最適な形に組み上げられています。イノベーションを生むには、それを新しいものを生み出すために最適化しなければいけない。構造的な部分はもちろん、評価軸や、社内における役割の整理、新規事業のポートフォリオ管理など、最適化された組織に設計していく必要があります」

さらには、そこを手がけるプレイヤーを増やしていくことも不可欠だという。神谷氏のようなプレイヤーは、少しずつ現れはじめてはいるものの、まだまだ絶対数が少ない。事業計画に縛られすぎず、柔軟にビジネスや組織を試行錯誤しつつ組み上げていくプレイヤーが今後ますます重要になる。神谷氏は「とりわけサービスデザイナーがビジネスの経験を積んでいくことが有効ではないか」と語り、インタビューを締めてくれた。

神谷氏の思想と実践の中でとりわけ印象に残ったのが、「イノベーションデザイン」という一見華やかな営みの成否を、オペレーティブで地道なプロセスが大きく左右するという点だ。

アメリカの経営コンサルタント / 起業家のマイケル・トレーシーとフレッド・ウィアセーマが著したビジネス書の古典『ナンバーワン企業の法則──勝者が選んだポジショニング』では、優良企業が選択する価値基準の一つとして「オペレーショナル・エクセレンス」、すなわち現場のオペレーション遂行力を競争上の優位性を持つレベルにまでに磨き上げることが挙げられている。

標語として掲げられた「イノベーション」の文字列からは、何やら“魔法の杖”のようなものを想起してしまいがちだ。しかし、より社会実装の推進が求められるいまこそ、“泥臭い”側面を、いま見つめ直す必要があるだろう。

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[文]小池真幸[編集]小山和之[写真]今井駿介

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