image1_のコピー

『LIFE DESIGN』著者と考える、ライフデザイン思考と従業員エンゲージメント

2019年3月21日、「PR Table Community」主催のイベント「DESIGNING YOUR LIFE——開発者ビル・バーネット氏と考える、ライフ・デザイン思考が導く従業員体験」が開催された。

イベントの第一部では、人生に行き詰まりを感じている多くの人々に向けて書かれた『LIFE DESIGN(ライフデザイン)——スタンフォード式最高の人生設計』(原題:DESIGNING YOUR LIFE How to Build a Well -Lived, Joyful Life)の著者、ビル・バーネット氏をゲストに迎えトークが展開された。

ビル氏は、スタンフォード大学にてプロダクトデザインの修士号を取得したのち、AppleのPowerBookのデザイン等に携わったトップデザイナーだ。現在はスタンフォード大学で「デザイン・プログラム」を指揮し、同大学の人気講座となった”Designing Your Life (DYL)”にて、デザイン思考に基づいたライフデザインの手法を伝えている。イベントではDYLの成り立ちや効果、企業における活用について語られた。

デザイン思考プロセスを、ライフデザインへ

ビル氏が提唱するのは、デザイン思考における5つのステップを人生設計に応用するライフデザインの手法、DYLだ。DYLは同氏が教鞭をとるスタンフォード大学の学生がもつ課題感を起点に開発されたものだ。

「きっかけは2007年、共著者であるデイヴ・エヴァンスとの会話でした。スタンフォードの優秀な学生であっても、卒業後人生に行き詰まることがある。それをどうすべきかという話になったんです。彼らが人生に行き詰まる理由を深掘る中で見えてきたのは、“将来を思い描けないこと”に課題があることでした」

この課題にアプローチすべく開発したのが後のDYLだ。DYLは共感、問題定義、創造、プロトタイプ、テストというデザイン思考のプロセスを人生設計に当てはめる。

特に特徴的なのは、『LIFE DESIGN』の第1章で紹介される「現在地を知る」というアプローチだ。これはデザイン思考における「共感」に当たる。いきなり将来を思い描くのではなく、「今の自分と向き合うこと」がDYLにおいて重要な役割を果たす。

「自分が何を必要とし、どうなればHappyなのか。一方、世界は何を必要としていて、そのニーズを満たすと世界はどう変わるのかを考える。ここを土台に、問題を定義づけ、アイデアを出し、プロトタイプを作り、テストするのです」

これはつまり、一般的な「自分のモチベーション」と「社会のニーズ」が合致するところに挑むべきということ。DYLはそこで明らかになる「すべきこと」を小さな実践に落とし、すぐに検証を繰り返すデザイン思考的手法を取り込む。DYLが提案しているのは、唯一の正解を目指す人生ではない。一人の人間には複数のライフプランがあることを受け入れ、プロトタイプ作りを繰り返しながら、人生をデザインしていくアプローチだ。

本講座は、受講生6人の小さなワークショップから始まった。2時間×2日間に渡るプログラムとしてプロトタイプを設計してみたところ、その反響は想像以上のものだった。

「はじめて学生と2日間のワークショップを行った際、プロセスが終わると、『自分たちの人生がかかっている大事なことだからもう少しやらせて欲しい』という声がでたんです。なぜなら、もし人生の中で対処不可能な問題があっても、行き詰まらず、熱中できる作業だからです」

なぜ行き詰まらないのか。それは対処不可能な問題にいつまでもこだわるのではなく「問題を別の観点で捉え直すこと(視点の転換)」を繰り返すからだ。問題を一歩引いて考えることによって、自分の中にある固定概念を掘り下げ、新しい解決策の可能性を切り開いていく。ビル氏は、同書の中で、対処不可能な問題にこだわらない必要性を以下のように語っている。

大事なのは、成功する見込みがかぎりなく低い物事にいつまでもこだわらないこと。世界を変えるような大胆な目標を掲げるのはけっこうだ。権力と戦う。不公平に声を上げる。(中略)どれも素晴らしい目標だ。ただし、賢くおこなわないといけない。心を広げて現実を受け入れれば、あなたにも対処できる問題へと視点を切り替え、あなたにとって重要なもの、さらにはあなたにぴったりの物であふれる世界へと進む道が描けるだろう。(『LIFE DESIGN』第一章「現在地を知る」より)

多くの人が「行き詰まり思考」に囚われる

DYLは、現在ハーバード大学やイェール大学、MITなど世界中の60の大学でも実施されるほど信頼性のあるプログラムになっている。受講生に現れる効果も、データとして集まり始めているという。

「スタンフォードの学生でDYLのクラスを履修した人・履修しなかった人を比較した研究があります。その研究では、アイデアを生み出す力において統計的に有為な差が発見され、2倍ほどの差が出ていました」

同書ではさらに、大学を卒業したばかりの若者や30代半ばの社会人、リタイア世代など、さまざまな世代が経験する人生・キャリアの「行き詰まり思考」の弊害が指摘されている。「行き詰まり思考」とは、“学位でキャリアが決まる”、“いまからでは手遅れだ”といった固定観念のことだ。

「多くの人々が『行き詰まり思考』によって、実際は不可能ではないのにも関わらず、不可能と思い込んでしまうのです。『行き詰まり思考』は仕事だけに限らず生活のあらゆるシーンに存在します。DYLを受講した人々は、自らその固定概念を除外して行動できるようになるのです」

また、スタンフォード大学の学生における「キャリアに関する自己効力感」についての心理学研究によると、DYLのクラスを受講した学生は自己効力感が非常に高いこともわかったという。

※自己効力:自分が自らの将来について意思決定をし、決定した通りに自分なら成し遂げられるのだと思えるような力のこと

DYLは、“社畜”にも役に立つ?

DYLは現在、大学に限らず一般向けのワークショップとしても開講され、あらゆる世代の人々が実践している。昨年、取材を受けるために来日した際にビル氏は「日本は世界でも従業員エンゲージメントが低い国の一つ。だからこそライフデザインの考え方が重要だ」と語る。

Forbes JAPANの取材を受けた時、一つ目の質問は『DYLは、日本の“社畜”にも役に立つんでしょうか』というものでした。私は、社畜の意味を知らなかったので『社畜とは何ですか?』と聞いて説明を受けたんです。それがなんたるかを知った時にはとても可哀想な気持ちになりましたが、私は『とても役に立ちます』と答えました」

本書の中にはライフデザインを行うにあたってのマインドセットが紹介されている。好奇心、行動主義、視点の転換、認識、過激なコラボレーションの5つだ。「もちろん本を読んでいただければ、あなたの上司も変化するかもしれません」と前置きした上で、“社畜”にまず有効なのは「好奇心」だと指摘する。

「出発点は『好奇心』です。人間は、生まれながらに好奇心を持っています。そして何かを上達したい、マスターしたいという気持ちが備わっている。これを仕事に活かすことで、人生に対するより強い目的意識を持つことができ、社会や会社が変わらなくても、自分自身が変わっていくことが可能なのです」

DYLに全社的に取り組む企業もある。Pinterestでは全社員が受ける動きになっており、従業員のうち500名がDYLトレーナーの資格を取得。10名のマスタートレーナーの育成も行われている。

同時に3年間にわたり生産性、離職、勤続等に関するデータを調査。参加した94%の社員が「会社が自分のことを本当に大事にしてくれたと実感する初めての経験だった」と答えているという。

「企業がDYLを使うのは、生産性を高めるだけでなく、従業員がより仕事を楽しめたり、離職率の低下を狙う意図もあります。特にシリコンバレーなどではエンジニア不足が著しく、争奪戦が過熱している。企業側は社員が今の会社に居続けてもらうためにも、従業員エンゲージメント向上に向けた投資は必須になっているのです」

キャリアコーチやライフコーチによる実践から学ぶ

現在24カ国語に翻訳されている本書を起点に、本を読んだ人々が実践をしたり経験談をシェアするコミュニティも生まれている。

「本を手にとってくださった方々が職場、もしくは定年退職後、新卒で就職した後などのキャリアの経験談や実践を共有してくれているんです。それらを『DYLコミュニティ』として発展させ、研究成果と共にメソッド強化につなげていきたいと考えています」

実践コミュニティには、キャリアコーチやライフコーチなどの職業の人々も参加している。彼らはDYLを用いたコーチングを実践し、その中からはDYLを用いた次なる可能性を生まれてきている。

「実践コミュニティに属する二人のコーチは今、イリノイ州の刑務所システムで出所後の服役囚のライフデザインを担当しています。出所後、より生産的な生活を送れるようにコーチングをしているのです。彼らの経験からインスピレーションを受け、私は今『Design your Life at Work』と題した著書の準備を進めています。つまり、職場における自分たちのライフデザインを考える本です」

2冊目の出版にあたっては、企業のマネージャーレベルの人々にもヒアリングを行い、何が彼らのモチベーションになっているのかを探った。話を聞く中で、仕事の質を向上することも、長時間頑張ることも、エンゲージメントができていなければ難しいことが明らかになった。

「先ほどのシリコンバレーの例でも挙げましたが、いま企業において“人”が非常に重要な時代になっています。企業は、お金や効率、品質などにばかりこだわっていてはもはや立ちゆかなくなる。人のエンゲージメントが担保されていなければ、お金や効率、品質へと跳ね返ってきます。そういった点を含め、職場におけるライフデザイン思考は、とても重要なことなのです」

日本では少子高齢化社会の中、採用の観点でも従業員体験(Employee Experience)や、エンゲージメントなど、企業としていかに従業員と向き合うのか、その姿勢がますます問われる。単なる「働き手」としてではなく「従業員がいかにワクワクと仕事を続けられるか」を含めて、企業側が従業員とともに考え、投資する姿勢が求められるだろう。

[文]佐藤由佳[写真]PRTable提供

関連リンク
Designing Your Life 公式ワークショップ|タトル・モリエイジェンシー

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!