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海外デザインスクール経験者が語る、タイミングとマインドセットの重要性 #DesignScramble

2018年11月24日、DesignScramble 2018が開催された。ReDesignerが企画したDesigner Cafe内の『越境するキャリアデザイン 海外デザインスクールという選択肢』は、海外で得られる経験にフォーカスを当てたトークセッションだ。

デザインの領域が拡張し細分化された現代において、デザイナーは自らのキャリアをどう歩むべきか。スキルやキャリアアップのために、デザインスクールは選択肢のひとつ。

本セッションでは海外で得られる経験にフォーカスをあてる。実際に海外のデザインスクールで学んだ経験者と、国内で新たなデザインスクールを立ち上げようとする方、計三名が登壇。それぞれの視点から、デザインスクールの価値が語られた。

長谷川 敦士
株式会社コンセント 代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト
1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。「わかりやすさのデザイン」情報アーキテクチャ分野の第一人者。2002年にコンセントを設立、UXデザインやサービスデザインを探求・実践している。2019年より武蔵野美術大学院造形構想研究科 教授。著書・監修多数。Service Design Network日本支部共同代表、特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)副理事長。

鈴木 伸緒
株式会社メルペイ プロダクトデザイナー・デザインマネージャー
京都工芸繊維大学情報伝達デザイン専攻。欧文タイポグラフィを学ぶ目的でニューヨーク・パーソンズ美術大学に留学。 Web制作会社、サイバーエージェントを経て、2015年に株式会社メルカリに入社。US版メルカリのグロース、UK版メルカリの立ち上げを担当。2018年より株式会社メルペイにて、金融関連事業・デザイン組織の立ち上げに携わる。

神谷 泰史
TigerSpike株式会社 サウンドアーティストとして作品を発表する一方で、大手楽器メーカーにおいて新規事業開発のための共創コミュニティを組織し、デザインプロセスにアートの視点を導入することによる新しい価値軸の探索を行った後、デンマークのCIIDに留学。現在はTigerspike株式会社でSenior UX Designerとして、TAKT PROJECT株式会社にてArt Strategistとして複業中。

現役クリエイターから学ぶ、NYパーソンズ

セッション前半は、各登壇者の講演が行われた。

海外のデザインスクールではどのような教育がされたのかと、日本の美大が始めた取り組みについて、三者三様に披露する。はじめに登壇したのは、ニューヨークのパーソンズ美術大学で1年間留学したメルペイ プロダクトデザイナー・デザインマネージャーの鈴木伸緒氏だ。

鈴木伸緒氏(以下・敬称略)「僕は京都工芸繊維大学でグラフィックデザインを勉強したあと、パーソンズのサーティフィケイトという社会人向けクラスでグラフィックとタイポグラフィを学びました。選んだ理由は、入学・卒業試験がなく、費用も1年間で100万円程度と比較的安価なこと。そして、講師が現地で働いている現役のデザイナーやクリエイターであるという点も魅力でした」

パーソンズは、3つのクラスに分かれている。学部、大学院、そして、鈴木氏が選んだサーティフィケイトだ。

鈴木「サーティフィケイトは学位がもらえないプログラムです。ただ、実践的なスキルを勉強できる場として、キャリアチェンジを志す人が多かったように思います」

仕事を続けながら学べるのは、社会人向けに用意されたコースだからこそのメリットだ。ただ、その分留意すべき部分もあるという。

鈴木「サーティフィケイトの場合、学部や大学院に比べると学べる範囲は限定的です。ゆえに、ある程度『これを学ぶ』というのが定まった状態でいく方が吸収しやすいと思います。また、大学とは異なり在学中や卒業後のビザが出ないため、他の手段でビザを取らなければ行けません。僕は、ビザを得るために、現地の語学学校にも通いました」

ビザの手間や学べる範囲はあるものの、短期間で集中的に学ぶ場としては申し分ない。日本の教育機関にはないようなカリキュラムを求める人にとっては、良い学びを得る様々な機会が提供される。

鈴木「パーソンズ在学中に新鮮だと感じたのは、デザインプロセスに、ものを観察したり、アイデアを広げたりするステップを、意図的に取り入れていることでした。例えば音楽を聴きながら頭に浮かんだイメージをグラフィックに落とすというという授業や、街中にあるタイポグラフィを収集する授業、家にあるものだけでタイポグラフィを作る授業など、日本の教育機関ではあまり馴染みのないプログラムを実践できたのは良い経験になりました」

『Build, Test, Repeat』を体に叩き込むデンマークCIID

続けて登壇したのはデンマーク、コペンハーゲンにあるCIID(Copenhagen Institute of Interaction Design)へ留学していた、神谷泰史氏。神谷氏は前職であるヤマハ株式会社に務めていた際に、エンジニアを経て新規事業開発を担当するなかでの課題感からCIIDへ学びを求めた。

神谷 泰史氏(以下・敬称略)「僕はインタラクションデザインプログラムに1年通いました。新規事業開発で、デザイン思考等に取り組んでいる中でより学びを深めたいという意図から学べる場を求め、CIIDにたどり着きました」

CIIDはコペンハーゲンにある小さな6階建ての施設だ。教育機関だけでなく、スタートアップのインキュベーターや研究機関等も併設しており、多様な人や組織が集まっている。少数精鋭での教育を行っており、毎年最大で25名しか入学できないという。

神谷氏の年の学生はわずか、23名。世界17カ国から集まった多様性に富むチームで、デザイナーの割合も1/3ほどしかおらず、エンジニアやビジネス職、プロマネ、法律家、研究者なども含まれていたという。

具体的にはどのような授業を受けたのだろうか。

神谷「CIIDは1年間で20ほどのプログラムを、グループに分かれてこなし、全体として150ほどのプロジェクトを生み出します。。モノづくり系から、プログラミング、機械学習、サービスデザイン、UXデザイン、ピープルセンタードデザインなどに加え、クライアントワークを体験するインダストリープロジェクトという授業もありました。多様性に満ちた環境で、実践的なプロジェクトを大量にこなすというカリキュラムが特徴です」

短期間でアイデアを形にするまで繰り返す「インテンシブプログラム」を繰り返すCIID。神谷氏はこの繰り返しを「正直、かなり大変だった」——と振り返る。ただ、この経験を経て、とにかくつくってみるというスタンスと、その力を身につけることに繋がっていく。

神谷「CIIDのデザインプリンシプルである『Build, Test, Repeat』をとにかく体にしみこませる日々でした。まずは形にしてみてから考えるというスタンスを、体で学びましたね」

武蔵美が手掛ける、デザインとビジネスを接続する新学部

3人目は武蔵野美術大学が2019年4月に新設する、デザインとビジネスを学ぶための造形構想学部・研究科の立ち上げに携わる、コンセント代表取締役の長谷川敦士氏だ。この学部・研究科では海外のデザインスクールを参考にしたプログラムも多く、長谷川氏自身、以前から国内外の様々な教育機関やデザインファームなどを視察しており、その経験を元に話が展開される。

長谷川 敦士氏(以下・敬称略)「造形構想学部および造形構想研究科は、デザインをビジネスで活かしていくためのプロジェクトの提案や問題解決型から一歩踏み込んだビジョンの提案ができる人材を育成します。

1,2年次でデザイナーに欠かせないプロトタイプ思考や造形力を身につけ、3年次からはビジネスやテクノロジー、心理学など広い基礎知識を養うというカリキュラム。同時に企業と連携したプロジェクトに実際に取り組み、プロジェクトの進め方を学びます」

同学部は、デッサンの実技試験無しでの入学が可能であることも特徴的だ。文系・理系という分け方にさえとらわれないさまざまな入試制度を設けることで、多様な人材を迎え入れることを目的としている。ただカリキュラムには、スタジオワークがふんだんに盛り込まれている。

身体性を伴った造形力を養ったのち、幅広い教養教育を受けさせることによって、観察力や洞察力を身につけられるという。そのような方針の元に育成された卒業生たちには、多様なキャリアを描くことが期待される。

長谷川「学部の卒業生は、UXデザイナー、デザインエンジニア、起業家、サービスデザイナーを目指すことを想定しています。大学院の卒業生にはさらにもっと積極的に、スタートアップを立ち上げる、企業で事業開発に関わる、地域で事業を起こすといった活動まで期待しています。いずれにせよ、プロジェクトを肌感覚を持って進めていけるような人材になってもらえることを期待しています」

何を求め、デザインスクールという環境を選ぶのか

講演の後、パネルトークへと移る。まずは、それぞれがデザインスクールを志したきっかけが語られる。一人目は鈴木氏。彼がデザインスクールを志したのは美大時代だった。

鈴木「僕がパーソンズを志したのは大学4年生の頃です。海外で学びたいという想いと早く仕事をしたいという想いの中で、短期で学べる留学先を探し出会ったのが、パーソンズでした」

続く神谷氏は前職の頃。丁度扱っていた職務の中での課題感がきっかけだった。

神谷「当時は新規事業開発を担当していたのですが、デザインプロセスを活用し事業作りの仕組み化に取り組んでいました。ただその中で、新規事業の立ち上げまで含めたスキームづくりが上手くいかず、その解決策を求め、デザインスクールを志しました。加えて、組織作りにも興味がありました。日本の組織体制の意思決定のプロセスを変えるヒントを得ようと、海外のスクールを選びました」

一方、現在デザインスクールの立ち上げに取り組む長谷川氏からは、いま国内で新たなデザインスクールを立ち上げるべき理由が語られた。

長谷川「デザインの重要性が高まる一方、プロジェクトや企業の中にどうデザインを組み込めばいいか、デザイナー自身わかっていない人が多いという課題感が前提にありました。現状では、自身の経験則から、見当を付けられなければいけない。

従来の美術系の大学では実務へ落とし込んで経験をする場がなかったんです。そこで、プロジェクトを立ち上げ、プランを設計し、実践、確認、フィードバックといったループを何度も繰り返すことで、実践的に経験を積める場を作ろうと考えたという流れです」

費用対効果は、定量的に判断すべきか否か

つづけて、デザインスクールの投資対効果についての質問が投げかけられる。1年間、学費だけでも数百万円はかかる。加えて、時間的なリソースも投入することになる。単純な金額で比較することは難しいが、実際どれだけの価値になるかは検討する人であれば気になる部分ではあるだろう。

鈴木氏は、卒業後にキャリアを積む中で、その恩恵を生かすチャンスはあると考える。

鈴木「中長期では回収できると思っています。僕は、卒業後すぐに帰国し、割と苦労して就職。その後数社を経てメルカリに入社し、海外プロダクトなどに関わっています。メルカリでは海外経験があって英語に抵抗がなかったおかげで、海外のプロダクトに携われたのだと思うので、投資対効果は得られていると思っています。強いて言うのであれば、卒業後に一度現地で働ければ、帰国後のキャリアや給与は、異なったかも知れません」

続く神谷氏は、昨年帰国したばかりなのでまだ一概には語れない——と前置きをしつつも、実利ではない価値をすでに感じていると言及した。

神谷「CIIDの学費は1年間で250万くらい。物価も高いので月の生活費は15万くらいかかります。かなり大きな額ではありますが、とても良い経験をでき自信にもつながりました。定量的に回収できているわけではないですが、満足度や自身の変化という意味では後悔の無い選択だったと思っています」

一方長谷川氏は、学校運営側の視点で言葉を続ける。

長谷川「費用では測れない意味があると考えています。自分の棚卸しや、新しい視点の獲得を通し、キャリアチェンジやスキルアップにつながる。そのための場です。中でも、海外のメリットを述べるなら、多様性に触れられることが挙げられるでしょう。海外の人と話すと、文化や食生活など、細かな前提の違いに気付く。前提に違いがあるという視点を得ることは、デザイナーの多様な視点を養うことにも繋がります」

自身の中に課題を持ち、デザインを学べ

セッションは、それぞれのデザインスクールを検討している人へのメッセージでしめられる。鈴木氏からは、自身のパーソンズでの経験を踏まえた上で、海外で学ぶ意義が述べられた。

鈴木「先ほどの長谷川さんのお話にもありましたが、僕にとっては、デザインの力だけでなく、日本では会えない人に出会えたことも大きな経験になりました。例えば『誰でもいいから人物にインスパイアをして作品を作る』という課題で、『自分自身をインスパイアしました』って学生がいたんです。自分にとっては、課題からそんな選択肢がでてこなかったので、日本では絶対出会えない人だなと、素直に驚きました。それ以来、もっと自由に考えるようになりましたし、彼のような人に出会える機会が、海外であれば手にできる。その意味でも価値はあると思います」

続く神谷氏は、社会人の場合、同じ学生という立場だからこそ、多様な価値観を持つ人同士がフラットに関係性を構築できる意義を述べた。

神谷「CIIDの学生は、23歳から39歳までと、前述の職業だけでなく年齢にもかなりの幅がありました。ただ、学生なのでその関係性は非常にフラットであり、そのなかで議論をまとめていくという経験は、決して会社ではできないものです。年齢に縛られた考え方など、マインドセットを変えるために飛び込むというのも、ひとつ良い考え方だと思います」

最後、長谷川氏は二人の話を踏まえ、改めて「目的意識」の重要性を語る。

長谷川「おふたりの話がまさにそうですが、『ここに課題意識がある』というのが明確な状態で学ぶことを是非意識していただきたいと思っています。何か教えてもらうというスタンスではなく、この課題を解決したいという状態の方が経験の解像度が高くなるからです。逆に自分のトピックがないと心が折れてしまう可能性もある。やりたいという課題感があるときが、デザインスクールの行き時かもしれません」

[文]Yuuka Maekawa[写真]DesignScramble公式